修羅場じゃなくて、両手に花でした〈その後〉
ある日の、とある駅前。
そこに、ファッション雑誌の一ページを切り取ったかのような光景があった。
通り過ぎる女の子達が、振り返ったり、立ち止まったりしてしまうほどのイケメンが、二人仲良く並んでいた。
彼女から最上級のイケメンと呼ばれる彼氏様の二人、綾斗と奏斗だった。
現在、二人はその彼女、梨愛を待っている。
「ったく、梨愛のヤツ、何やってんだよ? つーか、この俺を待たせるとか有り得ないだろ?」
「落ち着いて、アヤ。梨愛は僕達の為にオシャレをしてくれてるんだから。それに、女の子の身支度に時間がかかるのは当然だよ」
「まっ、確かに。俺とカナと歩くのに、ダセェ恰好で来られちゃ、興醒めだからな」
「僕はどんな姿をしていたって、梨愛はカワイイお姫様だけどね」
「ヨレヨレのジャージの上下だったとしても?」
「うん。勿論だよ」
「……俺はナシだな。お姫様はジャージなんて着ねぇよ。ダセェ恰好すんなら、何も着てねぇ方がマシじゃね?」
「……それは、犯罪だし捕まると思うけど。大体、梨愛のそんな姿を、僕達以外の誰かに見られて良いと言うの?」
「いや、見たヤツはぶっ殺す」
「だったら、ジャージの方が良いでしょ?」
なんて、綺麗に整った顔に似合わず、子供染みた会話をしながら、時間を潰していた二人だったが、一向に姿を見せない彼女と、無遠慮に注がれる、通りすがりの女の子達の視線に、耐えられなくなり口を閉じた。
「……」
「……」
自分達に見惚れる視線をあしらうべく、それぞれ正反対の反応を示す。
綾斗は俺に声を掛けられるものなら掛けてみろと言わんばかりに、挑発的に笑みを浮かべて見詰め返し、奏斗は君達なんて興味ないよと言わんばかりに、腕を組んで俯き目を閉じる。
綾斗の甘い微笑みに恐れ多いと逃げ出し、奏斗の美しい瞳が見えなくなったことにがっかりして、思わず足を止めていた女の子達は何処かに行ってしまった。
「ふん。詰まんねぇの……」
退屈しのぎに、ちょっとくらい相手にしてやっても良い、そう思ったのに面白くない。と、呟いた綾斗の声に、目を開け顔を上げた奏斗がちらりと兄の顔を見た。
ん? と、その視線に気付いて、綾斗は自分を見詰める弟の顔を見る。
「どうした? カナ」
軽く小首を傾げて浮かべる綾斗の表情は、さっき女の子達に向けたものとは違い穏やかで、優しいお兄ちゃん然とした微笑みだった。
「ねぇ、聞いても良いかな?」
問いに問いで返す奏斗の浮かべる表情も、さっきまでの険しさはなく、幼い子供が知らないものを見付けて、親に何故? と問うようなあどけない雰囲気を放っている。
奏斗の表情の変化に、綾斗は自然と笑みを深めた。
「あぁ、何だよ?」
「疑問に思ったのだけれど、君は昔からそんなに女誑しだっただろうか?」
「はぁ?」
顎に指を当て、今度は奏斗が小首を傾げて、綾斗を見詰める。
その瞳は心底不思議そうに輝いており、純粋な疑問に満ちていた。
そんな弟の熱心な瞳に見詰められ、兄は思わず目を逸らす。
女を屈服させたいという野望を抱いていたことを、バカ正直に話すかどうか考えながら、ふと綾斗も奏斗に対して、聞きたいことが出来た。
「そっちこそ、そんなに女嫌いだったけ?」
「えっ? まぁ、それは……」
綾斗としては奏斗が聞いてきたことに対して、お返しのつもりで他意なく聞いたつもりだ。
現に彼の記憶の中の弟は、確かに人見知りが激しく、内向的な性格だったとは思うが、人を拒絶する為に、絶対零度の空気を放つようなことはなかった。
答えたくないのか誤魔化すような苦笑を浮かべ、熱心だった視線を逸らし奏斗は俯いた。
マズいことを聞いたか。
そう冷静に判断して、まぁ自分も別に答えたくないし、と綾斗はテキトーに口を開く。
「まっ、離れてた時間長いし、色々あるだろ」
「……だから、変わっているのは当然で、知らないことがあるのも当然だと言いたいの?」
相変わらず俯いたまま、ポツリと呟く奏斗。
その頼りなさげな横顔は、いつも自分の背に隠れていた幼い頃を思わせ、懐かしい気持ちになる。
兄心を擽られた綾斗は、弟の顔を上げさせようと、ニッコリと笑った。
「カナ」
自分の名前を呼ぶ優しい響きに、奏斗もまた懐かしさを感じて顔を上げる。
声だけでなく、浮かべられている表情も懐かしいものだった。
悪戯っ子のような笑顔。奏斗はこの兄の笑顔が大好きだったことを思い出す。
母の顔でもなく、勿論、父の顔でもなく、奏斗が安心するのは綾斗のこの笑顔だった。
それに、笑顔だけじゃない。綾斗は言葉でも、奏斗を安心させてくれた。
こんな風に笑うのは久しぶりだな、と思いながら、綾斗はぎこちなくならないように、表情筋をフルに使って、笑みをキープしつつ、弟の曇った顔を明るくさせるべく、とびっきりの言葉を口にする。
「時間が経って変わるモンもあるだろうけど、変わらないモノもあんだろ。俺は会えなくなってから、お前のことを考えなかった日はない」
「……僕もだよ。僕も君のことを考えなかった日はないよ」
そう言って、嬉しそうに破顔する奏斗は、綾斗の思った通り晴れやかな表情だった。
「どんなに時間が経ったって、どんなに離れていたって、アヤ。君は、僕の双子の兄で、僕の大切な半身だよね?」
「あぁ、そうだよ。カナ、お前は俺の双子の弟で、俺の大切な半身だ」
愛しそうに微笑みながら、視線を交わし合う兄弟。
「アヤ……」
「カナ……」
二人は互いの名前を呼びながら、互いの体を抱き締め合う。
そして、どちらからともなく、体を離し、また微笑み合った。
「君と離れるのは、もうイヤだ。ずっと、僕の側にいて、僕だけの愛しい王子様」
「あぁ、安心しろ。俺はずっとお前の側にいる。お前がイヤだって言ったって、絶対離さない。お前はもう俺のモノだ」
愛の言葉を交わした二人は、永遠の愛を誓うようにキスをするーー。
なんてのは、私の妄想だ。
実際の彼氏様達は、また集まり始めた通りすがりの女の子達の視線なんて、もうどうでもいいと言うように、幼少期の思い出を無邪気に語り合っている。
「あぁ。ダメだ、私……」
本当に、ダメだ。
最近の私は彼氏様達と会う度に、いや会ってなくても、こんな妄想をしてしまう。
昨日の夜だって、デートが楽しみで何を着て行こう、最高に可愛くしなきゃ、なんて考えて寝ようとした筈なのに、何故か彼氏様達が、私抜きでベッドインするところを妄想して、興奮して眠れなくなってしまった。
そして、朝方になって漸く寝付き、寝坊してデートに遅刻。
「……」
ホント、何、やってんだ私。
今だって、遅れて来たんだから、早く二人の前に行って、ごめんって謝らなきゃなのに。と、私が思わず頭を抱えていると。
「おい、梨愛。そんなとこで、何やってんだよ? 早くこっちに来いよ」
「そうだよ、梨愛。早くこっちにおいで」
イケメンボイスが私を呼ぶ。
頭を抱えたまま、視線を上げれば、綾斗と奏斗が私に向けて微笑んでいた。その穏やかな表情に、私は一瞬見惚れた。
待ち合わせをして彼氏様の方が早く来ていた場合は、いつもヒヤヒヤしていた。
それが嘘みたいだ。
私が新しい扉を開いてしまったように、綾斗と奏斗も変わったのだろう。
前までなら、綾斗は私を待っている間に、ちょっとしたハーレムを作っていただろうし、奏斗はきっと私が来るまで不機嫌そうにしていた。
勿論、私が来ればハーレムは速攻で解散されていたし、私が来ればこれ以上にないくらいニッコリと笑ってくれていたから、問題ないと言えば問題なかったのだけど。
私を待っている間、無邪気に声を上げて笑っている彼氏様達を見たら、やっぱり安心するし嬉しくなる。
二人にとって安らぎの時間が増えて、全体的に纏う空気がちょっと優しくなったんじゃないかな。
まぁ、私の変化は、良い変化とは言えないのかも知れないけれど。
だって、デートに遅刻してるし。なんて、考えて我に返って、私は慌てて小走りで彼氏様達の元へ駆け寄る。
「俺達の為にオシャレして来たんだろう? 髪、ボサボサになってんぞ」
と、ふはっと笑って、私の髪を撫でる綾斗。
「会いたかったよ、梨愛。君の可愛らしい姿をもっとよく僕達に見せて」
と、相変わらず、私の顔を見ただけで本当に嬉しそうに笑ってくれる奏斗。
私は綾斗の言葉に、手櫛で軽く髪を整えて、奏斗の要望に応える為に、くるりとその場でターンして見せた。
「綾斗、奏斗、遅れちゃって、ごめんなさい……どうかな?」
顔色を伺うように、私は上目遣いに彼氏様達を見る。
可愛く見えるように、けれどもあざと過ぎないように気を付けて、申し訳なさそうに見えるように意識した。
「まぁ、イイんじゃねぇの? 流石、俺達のオンナだな。センスがイイ」
「うん、良く似合っているよ。今日もとってもカワイイね、梨愛」
なんて、綾斗も奏斗も遅刻したことを責めるどころか、私のことを手放しで褒めてくれる。
やっぱり、二人は最上級のイケメンだ。本物のイケメンは、心までイケメンなんだろう。
それに、比べて私はどうだろうか。
デートに着て行く服に悩んで寝坊するなら、まだ可愛げもあるけど、彼氏様には言えないような妄想をして寝坊するなんて、何か間違っているような気がする。
て言うか、女子力、下がってる? それは、マズい。
折角、堂々と二股を許してもらってるんだから、二人に相応しい世界一カワイイ女の子でいなきゃ。
もっと、自分磨きも頑張ろう。
そして、彼氏様達の麗しい兄弟愛を、こっそりと楽しもう。
二股を許してくれたからって、あんな妄想まで許してくれるか分からない。
だけど、綾斗と奏斗が麗し過ぎるから仕方ない。きっと、妄想は止められないだろう。
だったら、イケメンに愛されるという夢も、イケメンを愛でる萌えも、私はどっちも欲しい。
欲張り過ぎかも知れないけど、欲張りだからこそ、今の幸せがあるワケで。
「ありがとう、綾斗、奏斗」
可愛さと幸せ、絶対的な自信を持って微笑む。
私は世界一カワイイ女の子で、世界一幸せな女の子だ。そして、私は世界一、二人を幸せに出来る女の子にもなりたい。




