26.落ちこぼれ王女と乙女ゲーム?
白銀の季節3の月、5巡の4日。
魔物大量発生から既に四か月近くたちました。
大陸中を蹂躙していた魔物の数は、通常の数まで減らしつつあります。
中心地を破壊し魔物を殲滅したといっても、すべてを滅することはなかったのです。
残った魔物は、他大陸からの援軍とリーズステア大陸に存在する国家の騎士たちや冒険者たちで討伐していきました。
私も及ばずながら、ナガルたちと一緒に参加しております。
学園はあれから休校になりました。
その為、お兄様たち卒業予定の皆さんは繰り上げで卒業することになったのです。これからは、王国の復興に携わっていくことになるとおっしゃっておりました。
ミアさんは、光の精霊王の力を失って市井の学び舎に戻るのかと思いきや、その学業の優秀さを買われ学園に残る事になりました。
神殿で、聖女として皆の拠り所となりながら、いずれはこの国の為に尽力を尽くすとおっしゃっております。
街に行くと、よくトマと一緒におられるところを見かけます。仲良くお二人でいらっしゃる様子はこちらが妬けてしまうほどです。お兄様たちがお好きなのではなかったのですか?と訊ねたところ、攻略していただけだから、となんとも身も蓋もない返答が返ってまいりました。
それに付け加え「それより、フィアと彼らを見ている方がよほど楽しいしね」と意味ありげに微笑み、それはもう楽しそうにしていらしたのです。
ミアさん、お願いですから、その面白い玩具を見つけた、みたいな目で見るのは止めてくださいませ!
お兄様は、やはり私が精霊の守護を受けていたのを知っていたらしく「君が生まれた時、君の周りを風の精霊が飛んでいたからね」と懐かしむような瞳で教えてくれました。
風の精霊ってシンファなのでしょうか?
シンファは、お兄様に姿を見せていたのですか?
そう訊く私に、シンファは、そうだよ、と即答なさいました。
聞くところによると、ちょくちょくお兄様とはお話しなさっていたようです。さすがに精霊王本人とは言わなかったようですが……。
そしてお兄様は、自分の真名がフィランゼで、私に名付けられた真名がシエラと知った時、古の英雄のように私を守るのが自分の役目だと思ったのだそうです。
お兄様は、太古の英雄譚がとてもお好きらしいです―――
ルイフィス様は、相変わらず私と共に魔物討伐に勤しんでおります。
精霊王の存在を間近で感じられ、尚且つ、ティカお姉さんの傍にいられることが至福の時間なのだそうです。
相も変わらず精霊大好きなお方ですが、実害があるわけではありませんしその魔法は大変頼りになりますので、討伐に向かう時は一緒に行動しております。
シンファも諦めているのか、ルイフィス様の行動を呆れながらも楽しんでいるように見えます。
まあ、いざとなれば、ナガルやキーヤさんが何とかしてくださいますでしょう。
そのナガルですが、今年度から、学園の騎士科で実技の臨時講師として学園に通われるそうです。それにはちょっとした訳があるのですが、それは後で語るとして、先にナガルと騎士団長の関係です。
騎士団長は、ナガルの叔父上だったのです。
なんでも、騎士団長――イスファン伯爵家――の年の離れたお姉さまが、市井の青年と恋に落ち、駆け落ち同然で結ばれてナガルが誕生したという事みたいです。
ですから、ナガルは市井の民でありながら伯爵家の血も引いている、という事ですね。
ナガルは、非情にいやそうにしておりますが、団長さんはことあるごとにナガルを伯爵家に引き取ろうと――自分の娘の婿として――しておられるようです。
確かご子息もおられるはずなのですが、良いのでしょうか?
アルフ兄さん――アレフリード様は、自らを鍛える為とおっしゃって、王国の騎士団に入団すのを1年見送り、冒険者として今も私と共に魔物討伐に向かわれます。
ただ、どういう心境の変化なのか、白銀の季節2の月、1巡に執り行われた王国生誕祭のおり、私との婚約を解消してきました。
何でも、正々堂々と戦いたいから…とおっしゃっておりましたが、誰と?
その事で、さらに私を蔑む――婚約者に逃げられたらしいですわよ、というような声が良く聞こえてきます――令嬢が増え、さらには直接私に嫌味を言って来られる令嬢も増えたのです。
その理由の一つが、私の傍にいつもネスティ様がおられることが上げられるのですが、令嬢たちにしてみれば、私がネスティ様を独り占めしているように見えるので、腹立たしい事この上ないのだと思います。
ネスティ様は、お兄様に頼まれて私をエスコートしてくださっているだけですので、独り占めしているわけではありませんのに……。
そして―――――
「フィア! ユーフィア様!」
走って来るのはミアさんです。
淡い金髪を靡かせ輝かしい笑みで駆けて来る彼女を、幾人もの殿方が振り返り見惚れておられます。
ミアさんは異性を引き攣る力などなくても大変魅力的ですので、よく殿方に囲まれて辟易している様子を見かけます。
「ユーフィア様、今から試験なんですよね。応援に行きます!」
そうなのです。
今日と明日にかけて、学園では、入学試験が行われるのです。
私はその試験をこれから受けるつもりなのです。
総合学科? いえいえ、とんでもありません。私にそんな学力はありませんので、特例中の特例にはなるのですが、騎士科を受けるのです。
ナガルとアルフ兄さんに勧められたというのもありますが、私自身が望んだのです。
落ちこぼれ姫の名に甘んじていてはいけない――と。
そして私に出来る事といえば、ナガルに教わった剣術しかありませんので、騎士科を目指してみようと思ったのです。
その決意をお兄様に伝えたら「本来なら5年だけど、2年間なら許すよ」と言われ、ネスティ様からは「2年でも長いのですが、貴女のなさることに反対はしませんよ」と激励されました。
その後に「私を待たせるのですから、卒業後は覚悟してくださいね」とも言われましたが、何の覚悟ですか、ネスティ様?
その件をミアさんに伝えましたら、なぜか顔を赤くして「ネスティ様、一歩リードですか? やっぱり乙女ゲー!?」とはしゃいでおりました。
どこがですか…!?
ともあれ、私は教養学科から騎士科へと編入することを決めたのです。
試験場に集うのは、今年入学を希望する騎士を目指す貴族の子弟。
そして、試験を担当するのは――
「私の剣を受け止めて見せろ。受け止めた者は、この場で合格だ」
かなり横柄な態度の試験官ですが、実はナガルなのです。
ナガルはお兄様に命じられ、私が騎士科に在学中のみ、学園で臨時講師をすることになったのです。
貴族の子弟相手にかなりの上から目線ですが、念のため、とアレフリード様――試験補佐の為学園に来られておりました――との練習試合で見せたその剣技を目の当たりにした貴族の子弟の足が……恐怖で震えておりました。
分かります…! ナガルの剣は本当に怖いです!
幾人もの受験者が受け止められず、この場での合格を諦めている中、私の番がやってまいりました。
「…あれ、ユーフィア様、だよな?」
「なんで…落ちこぼれ姫がここにいるんだ?」
「学力が足りなくて、確か教養学科だろう?」
「それもぎりぎりな成績らしいな。姉が言ってたよ」
「それは俺も聞いた。その王女が…騎士科? いやいやいや、それはあり得ないだろう」
「その前に、なんで女が騎士科を受験するんだよ!」
「どうせ道楽だろう? 遊びで剣を握って見ました…みたいな」
「殿下は妹君に甘いからな…」
「出来そこないでわがままな王女様…ねえ」
「だからアレフリード殿にも愛想を尽かされたんだろう?」
「よく、元婚約者がいる前に顔を出せるものだね」
「なんで婚約を解消されたか、分かっていないんじゃないのか?」
「振られた自覚がないとか?」
「あり得る~! 落ちこぼれ姫だからな~!」
蔑む声やら、嘲笑する声が試験会場である学園の鍛錬場に響きます。
特例で騎士科を受けるのです。言われる事は予測の範疇です。
私は、集中するために目を閉じました。
「……フィア様!」
その時です。何とも場違いな声援が私の耳に飛び込んできたのです。
「ユーフィア様! 頑張って! 魔物を蹴散らしたその実力、笑った奴らに見せてやって!」
驚いて声の主を見ると、私をあざ笑った貴族の子弟を睨むミアさんが仁王立ちで憤っておりました。
「…魔物を…蹴散らした?」
「…はは、嘘だろう?」
「じゃあ、試してみるかい?」
驚愕に青褪める受験者に、アルフ兄さんの面白がる声が響きました。
「そうだな…、合格を決めたそこの君。彼女と戦ってみないか?」
「…私が…ですか?」
心外だと言わんばかりに顔を顰めるその少年に、アルフ兄さんは、さらに挑発の言葉を発します。
口調が刺々しいのは、やはりアルフ兄さんもお怒りでしたか?
「君は、冒険者組合Sランクのナガルさんの剣を受け止めた。それだけの実力がある。なら、そのナガルさんの愛弟子である彼女と、戦ってみたいと思わないかい?」
その言葉に、場の空気が一変しました。
ナガルがSランク保持者というのにも驚いているのでしょうけれど、私を見る目が、一様に異様なものを見るような目つきになっているのです。
な、なんですか?
「…彼の…弟子? 王女殿下が…?」
「そうだよ、ユイリス・イスファンくん」
イスファン? まさか、団長さんのご子息ですか!?
ユイリス様は、そのお顔に不敵な笑みを浮かべ私を見てこられました。
なぜか、とっても楽しそうです…。
私は、背中に冷たい汗が流れるのを感じておりました。
なぜ、こんなことに?
その後、ユイリス様と剣を交えた私は、なぜかあっさりと勝利をおさめ、ナガルの剣を受けることなく合格してしまったのでした。
何といいますか…ナガルやアルフ兄さんと比べると、一言、弱かった…につきます。
何はともあれ、私は騎士科に入学することになりました。
それから学園生活が始まり、私は、なぜか試合に負けたユイリス様にしつこく纏わりつかれ、ことあるごとに試合を申し込まれる羽目になったのです。
ナガルが団長さんから逃げる理由が分かりました―――
その様子を見て、ミアさんが「年下彼? 新たな攻略対象ですか!?」と嬉々としてユイリス様と一緒になって付き纏っております。
――もう、ほっといてくださいな。
振り回され気味な毎日ですが、それでも日々楽しく――学園生活と冒険者稼業をして――過ごしております。
◆ ◆ ◆
――実りの季節3の月、1巡の5日。
季節は巡り、あれから――魔物大量発生から1年。
大陸はだいぶ復興の兆しを見せ、今日は待ちに待った収穫祭当日を迎えることになったのです。
私は、昨年の約束通り、お兄様と収穫祭を祝っております。
「やっと、約束を果たせたねシエラ」
「はい、お兄様」
庭園の東屋のテーブルに用意された祝いの料理を口に運びながら、私はお兄様と二人きりで過ごしておりました。
辺りはゆっくりと夜の帳が下りようとしておられます。
魔法で照らされた明かりが、お兄様の金色の髪を照らして、きらきらと輝いております。
お兄様は、今日もとてもお綺麗です。
お兄様とはあれからもいろいろお話いたしました。
ミアさんの事も、ナガルの事も、アルフ兄さんの事も、そして…ネスティ様の事も沢山お聞きしました。
お兄様が語るには、ネスティ様は一度たりとも、私を「落ちこぼれ姫」と口にしたことがなかったのだそうです。むしろ、なぜそう言われるのか理解できない、ともおっしゃっていたと……。
その事を聞かされた時、私は思わず泣いてしまいました。
間違ってはいなかった……。
ネスティ様は、本当に私を落ちこぼれ姫と呼んではいなかった…!
その事が、本当に嬉しかったのです。
泣き続ける私に、お兄様がどこか寂しげな声で「癪だけどね…彼なら認められるかな」と呟いたのが印象的でした。
「大陸の情勢も安定の兆しを見せ始めているね、これでこの国も落ちつける」
収穫祭で賑わう城下の賑わいが、微かにこの庭園まで響いてこられます。
「魔物の数も通常に戻りつつありますものね」
「…収穫祭を、これほど喜ばしいものだと感じたことはないよ」
「昨年は、他大陸の援助がなければ、白銀の季節を乗り越える事すら出来ませんでしたものね」
「そうだね…。他大陸の方々には、いくら感謝しても足りないくらいだ…」
――殿下
その時、お兄様の背後から聞きなれた声がしました。
「…ナガル?」
お兄様は、ナガルは仕事中だよ、と訳ありの笑みを浮かべると、優雅に立ち上がりました。
「彼が来たようだね…」
「彼…?」
お兄様は、悪戯を思いついたかのように満面の笑みを浮かべると、私の手を引いて立ち上がらせたのです。
「シエラ…、今日は君に紹介したい人がいるんだ」
「紹介したい人?」
あれ…? こんなこと…前にもあったような…?
「私の友人でね、君にも紹介しておこうと思ってね、仲良くしてくれると嬉しいかな」
そう言いながらお兄様は、私の背後に目を向けました。
そして、振り向いた私の視線の先には―――
「ぜっ―――」
絶世の美女、と言いかけた私は、思わず口を両手で押さえました! そして条件反射のように俯いたのです。
言ってはいけない!
絶対に言ってはいけない!
いくら綺麗でも、美しくても、それは禁句!
私は、恐る恐る視線を上げました。
貴族の正装に身をつつみ、凛とした佇まいに映える青銀の長い髪。その髪は、艶やかさを増す様に綺麗に梳かされ、私の瞳の色と同じ碧の飾り紐で一つに結ばれていて、ますます美女に磨きがかかっております。
そして、冷やかな眼差しは―――
「初めまして、王女殿下。私は、ブレイクス公爵家嫡男、ネスティと申します。貴女のお名前を窺ってもよろしいですか?」
冷やかな眼差し…ではなく、柔らかい笑みを浮かべそう乞うネスティ様の言葉に、私は、驚きのあまり言葉を失いました。
だって…その挨拶は…初めて会った時の―――
『シエラ…、今日は君に紹介したい人がいるんだ』
『紹介したい人?』
『私の友人でね、君にも紹介しておこうと思ってね、仲良くしてくれると嬉しいかな』
小さいころ、お兄様の私室で紹介されたその人は、眩いくらいの美しい少女だったのです。私は、思わず、『絶世の美少女!』と叫んでおりました。
そして、その少女は、
『初めまして、王女殿下。私は、ブレイクス公爵家嫡男、ネスティと申します。貴女のお名前を窺ってもよろしいですか?』
背筋が凍るほどの冷やかな視線と声音で、私にそう告げたのです。
あの時と…同じ? でも、どうして?
唯一違うのは、ネスティ様の笑みが、声音が、すごく優しいという事でしょうか…。
「王女殿下?」
「あ…はい。初めまして、ネスティ様。私は、ユーフィア・シエラ・リスティアと申します」
何が起こっているのか分からなくて戸惑う私の手を、ネスティ様はそっと握ると、優雅に跪き、私を見上げてこられました。
その仕草一つ一つが洗練されていて、きれいで、私は、胸の高鳴りを抑える事が出来ませんでした。
「シエラ…出会ったあの瞬間から…やり直そう」
「…ネスティ様?」
「君と初めて出会った時、初めて言葉を交わしたのが、冷やかなものではなく優しいものでありたい。私はずっとそう願っていたのです。だから、こうして初めからやり直そうと、エスリードの協力を仰いだのですよ」
ネスティ様の言葉に、私はお兄様を見ました。
お兄様は微かに笑むと、邪魔者は消えるね、と言って、王宮に戻られてしまったのです。
ナガルは…?
と思い、辺りをきょろきょろするも、その気配は微塵も感じませんでした。
えっ? 誰もいないのですか? もしかしてネスティ様と二人きり…? えっ…嘘? 私にどうしろと…? 駄目でしょう…絶世の美女――特に今夜は美しさ倍増なんですから――と二人きりなんて心臓が持ちません! お兄様もどうして行ってしまわれるのですか!?
挙動不審に陥る私に、ネスティ様の笑い声が聞こえました。
その笑みに釘付けになるのは許してくださいませ。
「私の容姿が苦手ですか?」
「いえ…苦手と言うより…」
むしろ、好きです――
口ごもる私にネスティ様は逸らすことは許さない、とでも言いたげに目を合わせてきました。
「苦手と言うより?」
言わせる気ですか! やめてください…! お願いですから…!
私の混乱を悟ったのか、ネスティ様は「女性から言わせるのは卑怯ですね」と何やら呟いておりました?
卑怯? 何が…?
ネスティ様は、優雅に立ち上がると、優しい笑みを湛えた瞳から真摯な眼差しに変えて私を見つめてこられました。
い、居心地悪いです…。
といいますか、本当に心臓に悪いですから――
「シエラ…。君と初めて出会ってから、私はずっと君が気に懸かって仕方がなかった。エスリードの背後に隠れながらも私を見てくる君を、ずっと愛おしいと思っていた。それが、君を怯えさせる行為だと知っていながらも、私は君に冷やかな視線を向け続けていた」
「…ネスティ様?」
どこか後悔を滲ませた声です。
でも、その内容は……私を愛おしいと思っていた? えっ? 嘘っ!
思わずネスティ様を穴が開くほど見てしまいました。
今…ネスティ様、私を愛おしい、と、おっしゃいましたか?
「自分の気持ちに気付いたのは、貴女の婚約を聞かされた時です。あの時ほど、後悔したことはなかった。貴女の傍にいて、貴女を守る権利を得たあいつを――アレフリードを恨んだ」
そう告げるネスティ様の手が…震えておりました。
「その弱さゆえに、私はミアに…彼女の放つ力に負け、執拗に惹かれていったのです。軽蔑いたしますか? 私がこのような弱い男で…?」
淡々と語る言葉一つ一つが、ネスティ様の苦悩を物語っているようで、私はゆっくりと頭を振りました。
「ミアの力から解放された後は、貴女も知っておられる通りですよ」
私は、中心地で見たネスティ様の姿を思い出し、言葉に窮しました。
傷つき倒れ伏しているその姿…。
血の色を無くし、冷たくなっていく手の感触…。
そして、失うかもしれない、と思った、あの怖さ――
思い出すと今でも震えが来ます。
突然顔を曇らせる私を、ネスティ様がそっと抱き寄せました。
「シエラ…。あの時の事はもう忘れてください」
「…でも」
忘れたい――
ネスティ様の傷ついた姿を思い出すだけで、こんなに胸が苦しいのです。忘れてしまいたい! でも、それ以上に、ネスティ様が告げて下さった言葉が嬉しかったのも事実なのです。
「貴女の顔を曇らせる事など忘れてしまえばいいのですよ!」
「ネスティ様?」
ネスティ様は、私を息も出来ないくらい強く抱きしめると、懇願するかのように告げてきたのです。
「私は、何度でも貴女に願いましょう。貴女を守り、貴女の傍にあれる権利を私に下さい、と。そして、貴女の真名を呼ぶことを許してくださいと」
「…ネスティ…様?」
ネスティ様は、その腕を少し弱めると、私と視線をしっかりと合わせてこられました。
無性に心臓が早鐘を打ちます。
至近距離にネスティ様の顔があるのですから、抱きしめられているより緊張致します。だって、壮絶な美しさを纏った顔が、私の目の前、少し動くとその顔に触れるかという距離にあるのですよ、緊張するなという方が無理です!
ネスティ様は、宵闇と同じ薄紫の瞳を艶めかして、私をじっと見つめてこられました。
逃げたい――
「シエラ、言ったでしょう? 二度と貴女から離れる事はありません。覚悟してください、と」
「そ、それは……」
精霊使いとなる覚悟を決めた私に告げた言葉、ですわよね?
「撤回するつもりはありませんよ」
「え、えっと…」
「シエラ、私を見て…」
視線を泳がす私にネスティ様の声がかかります。
その声のまま、ネスティ様に視線を向けた瞬間――
「―――っ!」
私の頬に、微かに触れる感触があったのです。
「顔が赤いですよ、シエラ」
だ、誰のせいだとっ!
「私の所為ですね」
心を読まないでください! そして、その艶めいた声で話さないでっ!
「ねえ、シエラ」
「は、はい?」
動揺しまくりの私は、声がひっくり返っているのにも気付かず、ネスティ様を睨みつけておりました。
「そんなに睨んでも可愛いだけですから、無意味ですよ」
なんですか、それは…!?
貴方、本当にネスティ様ですか? 別人ではないのですか?
「これも言ったでしょう? 私を待たせるのですから、卒業後は覚悟してくださいね、と。2年も待てませんでしたけど…」
顔を真っ赤にしているだろう私の頬に、ネスティ様は、そっと手を添えてきました。
「私は、貴女が好きです。もう誰にも譲るつもりはありません。一度はあきらめたこの想いに再び火をつけたのは貴女です。責任、取って下さいますよね?」
そう告げるネスティ様の瞳が綺麗すぎて…。
「私のすべてをかけて、貴女を一生大切にしお守りするとお約束します。この想い、受けてくださいますか?」
私の頬に添えられる手が優しすぎて…。
「愛しいシエラ、返事は…?」
そして、私に乞うその言葉が嬉しすぎて――私は、涙が溢れるのを止められませんでした。
「はい…はい、ネスティ様!」
ネスティ様は輝くような笑みを浮かべ、まるで私の涙を拭うように、瞼に口づけ、頬に口づけ、そして――
「シエラ…貴女を、愛しています――」
優しく触れるように唇を重ねてこられたのです。
愛している、そう囁きながら強く抱きしめてこられるネスティ様に、私はそっと告げました。
「…私も貴方を愛してます、ネスティ様」
見上げる瞳に映るのは、眩しいくらいの―――満面の笑み…。
追記
後日、ミアさんにこのことを告げたら、異常に大騒ぎされてしまいました。
――やっぱり乙女ゲー? ネスティ様エンド、ですか!
お願いですから、乙女ゲームから離れてください、ミアさん!
落ちこぼれ王女と乙女ゲーム? おわり
あとがき
落ちこぼれ王女と乙女ゲーム? 完結です。
途中、どうなる事やらと思いつつ、初志貫徹とばかりに突っ走りました。
拙い文章力で、読みにくい点、分かりにくいところが多々あったと思いますが、最後までお付き合いくださったみなさんには、頭が下がる思いです。
読んで下さって、本当に感謝します。
ありがとうございました!




