芳村家
「ヨイチ、遂に全部の交通機関が全自動に切り替わったってよ!」
朝ごはんのウィンナーを齧りながら、芳村 恒星は弟の宵一に話しかけた。
癖毛のアシンメトリーに浅黒い肌。今は亡き父から貰ったオレンジ色のサングラスにディスプレイを反射させ興奮を露わにした。
「兄さんもレンズ視認型にしたら?デバイスは小型化してるのにそんなホログラム装置邪魔じゃないの?昔の携帯電話くらいあるじゃないか。」
「ブワッと浮き上がるのカッコいいんだよ。ロマンだよ、浪漫。」
恒星は旧式の板型情報端末の愛用者だ。
旧式は立体映像表示されるので基本的に誰にでも見えてしまうのが美点であり、欠点でもあった。
コンタクトレンズに表示される「レンズ視認型」がプライバシーにも強く今の主流でもある。
「それで?全ての交通機関が制御下に入ったって?
いまさらそれくらいじゃ驚かないよ。月に街が出来た時の方が驚いたね。」
「ありゃおったまげたよな。『マザー&マダム』って何処までの事ができんのかな」
恒星はもごもごパンを食べながら画面端の時刻に気づいた。
慌てて空中ディスプレイを消し、大きめのジャケットを羽織った。
「ヨイチ、お前技能選択結局なにしたんだ?技能習得まで4年しかないから焦るよな!」
「現代人は無駄を病的に嫌がるからね・・僕は修理とか医療とかを取得するつもりだよ。」
AIが様々な機構の中枢を司るようになり間も無く10年を過ぎようとしていた。
AIは社会からさまざまな無駄を取り除いた。
例えば待ち時間。例えば準備期間。
教育も専門性を重視し、自身の望む技術「のみ」を取得する技能選択取得制が採用されている。
「今日の研修で格闘技術4になりそうなんだ。」
「たった1年で?兄さんはやっぱ・・・凄いや。」
兄の名は芳村 恒星17歳
癖の強い毛は片側を刈り上げていて、肩幅が広く背の割には大柄に見える。海外の血を引いていて肌は浅黒く、良い意味で情熱的に見えるが、本人はチャラチャラ見えるのを嫌っている。
恒星は悪い意味で不器用な熱血漢だった。
弟は芳村 宵一
年子の宵一はまだ16歳だが背丈は兄と大差ない。
ただ筋肉質な兄とは対照的に細く長い体躯をしている。
母親譲りのストレートを頭の後ろで束ね、サイドと後頭部を刈ったツーブロックだ。
線は細く、浅黒い肌とは対照的に冷たい印象を与える青く丸いサングラス。
その印象通り、宵一は比較的クールな性格である。
身体より頭を動かすのが得意で、すぐに突っ走る兄のフォロー役でもあった。
ヨイチは幾何学模様のついたオープンフィンガーグローブで何もない宙空をつついたり払ったりしてから
「僕のポイントでスマタクよんであるから。慌てないで。」
となんでもないように答える。
日本で開発されたアルティメットAIは論理を重んじる合理主義の「マザー」と感情を重んじる非合理主義の「マダム」。
これによってコンピューターは飛躍的に進化を遂げた。
薄い手袋一つと、特殊な立体映像を視認する為のコンタクトレンズを使うだけで、どこからでもインターネットにアクセスできる。
物流を完全に支配下に置いたこのAIは、最小の労力で最大限の成果を出すように設計されていた。
時は20XX年。
物は薄く、細く、小さく。
情報は多く、詳しく、深く。
ミニマリズムが標準化していく今の世に「所持」という概念はない。
「助かるぜヨイチ!華の事頼んだぞ!」
「華は今日は寝る日にするってさ」
「寝る子は育つって言うしな!いってきまーす!」
騒がしくドアを開けて出ていく恒星。
自動ドアが当たり前の時代なのに未だにドアノブを捻る鍵のドア。
「浪漫、か。」
宵一は呟く。
今は亡き、父が好きだった言葉だ。




