第四話 等価交換
「条件〜?」
Kは顔をしかめた。
「嫌なら良いんだぞ?」
ヴォルフはこっちを見て言った。断れないと分かった上での発言だった。
「まぁ今日はもう遅い。明日朝また話す。今日は帰れ」
Kが気まずそうに口を開く
「ごめん、あと1つ言おうと思ってたんだけど、俺、
家に居られなくなっちゃったからさ、しばらくここに泊めて?」
ヴォルフが目を開く。
「…は?ここベット一つしかないぞ?!というかなんで家に居られなくなったんだよ!あのダンジョンどうした?!」
「…いや、待てよ。まさか…あの3人組か?」
Kがドキリとする
「はぁ…関わるもの関わらないも自分で決めろよ。」
Kがポカンとしてから言った。
「いや〜!俺より生きれない奴らとは関わりたくないよ〜!」
ヴォルフが笑った。
「それなら俺とも関わりたくないはずだが?」
ヴォルフがタバコに火をつけて、煙を吐いて言った
「お前は結局そういう奴だ。口では嫌だ嫌だと言いながら、本当に嫌なことはしない」
椅子に深く腰をかけて言った。
「1つ聞く、あの3人が死んだらどうする?」
Kの動きが止まった。口を開こうとしてヴォルフに止められる
「どうせお前は気にしないと言うだろう、本当か?」
「…余裕だよ!俺は人間じゃない、心なき化け物だよ?」明らかに嘘だった。声が震えている。
「…声、震えてるぞ」
それっきり、ヴォルフは何も言わなかった。
しばらくしてからヴォルフは棚から毛布を取り出した。
「あそこのソファで寝ろ。俺はもう少し仕事する」
Kは素直に毛布を受け取ってからソファに寝る。かと思っていたら、Kの体が溶け出した。黒い液体になって、再び固まる。次に見たときには手のひらサイズの黒い立方体になっていた
「…そんなこともできるのか、お前は。」
Kからの返事はなかった。すでに寝たようだった。
こうして夜は明けていく。
翌朝、ヴォルフが起きたときには、ソファには毛布を被っている黒い立方体があった。
「おい、起きろ。朝だぞ」毛布を捲り、立方体を手に乗せる。
「ん〜、後5年…」Kは立方体のまま答えた
「どうやって話してるんだよ、それ」
ヴォルフは笑いながら答える。
「人の形よりこっちが楽なんだよね〜」
ヴォルフの手のひらでコロコロと転がる
「はぁ…まぁ良い。それで、昨夜話した条件の話だが」
Kの動きが止まる
「一昨日、東方の商隊が全滅した。」
ヴォルフの声から冗談の色が消える。
「護衛の冒険者含む全員が死亡…。現場には魔物の痕跡があったんだが…妙な点がある」
「死体の損壊が異常なんだ。普通の魔物に噛み殺された。とかではない、内側から体が破裂している。」
Kが口を開いた。
「それの討伐が等価交換?」
ヴォルフが首を振った。
「俺の部下が4人、調査に出ている。まだ帰ってきていない。生きているかもわからん…」
Kはヴォルフをじっと見た。
「分かった。」
その一言で充分だった。
Kの体が立方体から人間に変わる。
「行ってくるよ、ヴォルフくん。」
部屋の窓から飛び降りる。
Kがいなくなってから、ヴォルフは窓辺に寄り呟く
「…行ってこい」
Kは街中から東門へ走った。怪異の身体能力であっという間に街を抜ける。
道なりに走り続けてから数分、様子が変わり始めた。
異質な魔力と血の匂い、明らかにヴォルフから言われた
魔物との戦いの後だった。
Kは足を止めて、ゆっくり歩く。
最初に目に飛び込んできたのは、ひどく惨い死体だった
臓器が飛び出ていて、あたりには乾いた血と臓物のかけらが飛び散っていた。それが3つ。
Kは分かってしまった。ヴォルフの部下だと
しかしKの足は止まらない。ヴォルフは4人の部下、と言っていた。もしかしたらあと1人は生きているかもしれない。
少し先に進んだとき、木の側にもたれている男がいた。
Kが駆け寄る。その男も他の死体と同じように、腹部が破裂していたが、まだ息があった。
「お前絶対死ぬなよ!」
Kは治療魔法をかける、止血と痛み止め程度だったが、延命には充分だった。
治療魔法をかけられて、男がゆっくり目を開く。
「あり…がと…ございま…」
言い切らない内に、男の目が開かれて、パクパクと口を開きながらKの後ろの茂みに指を指す。
「あの…黒い塊…!小鳥くらいの大きさで…1人が触れたときに…体が破裂して…!」
そのときだった。男が指を指していた茂みがガサッと動き、黒い塊がふよふよと出てくる
「あれ?」
Kが男に聞く。
「あれです…!あれが俺や仲間を…!」
木の幹に捕まりブルブルと恐怖で震えている。
Kがゆっくりと立ち上がり、黒い塊に触れる
「ダメです!」
男の静止も聞かずに、Kの指と黒い塊が触れる
指が触れた瞬間、Kの体に何かが流れ込んでくる。
圧縮された魔力の奔流、Kは体で理解した。
これは生き物ではない。相手の魔力回路に自分の魔力の塊を当てて、魔力回路を暴走させる魔術師殺しの兵器。
理解した瞬間、Kの体が破裂した。
「ゴボッ…!」
肺に血が入り、息ができない。腹部と言える部分はもうほぼ無くなっていて、中身が出ていた。口からは血が溢れてきている。Kは自分の体を支えることができなくなって、膝をついた。しかし、Kの手は黒い兵器に触れ続けていた。Kの手から光が出てくる。魔力の吸収。
Kが兵器を鷲掴みした。光が強くなってから、だんだん黒い兵器が消えていく。自立型の魔力兵器ならば、魔力を全て吸えば消える。
Kの手が空になった。その瞬間、Kの傷が動く
破裂した腹部がボコボコと泡立ち、散らばった肉や血がジュージューと音を立てて蒸発した。
瞬き1つの間に、Kの体は完治した。
Kは少し時間を置いて立ち上がり、男に向き直った。
「よし!もう大丈夫。君以外に生きている人はいない?」
男は首を振る
「2人目のやつ…俺を逃すために…」
男の目から涙が溢れる。安心感でようやく泣けたようだった。
「すみません…俺だけ情けなく逃げて…」
男が袖で顔を拭う。Kはそれを見ながら、亡くなった3人の遺体を埋めて、簡易的な墓を作り手を合わせた。
男が泣き終わり、まだ赤い目をこちらに向けて質問した
「あの…貴方は何者なんですか?」
Kは黙祷をやめて答える
「ただの化け物さ、ヴォルフくん待ってるから帰るよ。あと、君だけでも生きていてよかった。」
Kは男を優しく担いだ。傷が開かないように
「ありがとう…ございます…」
男はKに担がれた後、目を閉じた。死んだわけではなく、眠ってしまったようだった。
帰り道は静かだった。Kが起こさないように、しかし急ぎながら街へ戻った。
東門の門番がKを見て、慌てて駆け寄ってきた。
Kが事情を説明すると、すぐに男を受け取り、ギルドの医務室へと走っていった。これで助かるだろうと、Kは胸を撫で下ろす。自称心なき化け物にしては、妙に人間臭い仕草だった。
Kはギルドの医務室へと向かった
着いた時に、ちょうど病室からヴォルフが出てきた。
2人はしばらく無言で歩く。
「死者3名、生存者1名、上出来だ。」
最上階の昨日寝泊まりしたギルドマスターの部屋に行くために階段を登りながら、感情を押し殺しでいった。
「で、あれはなんだったんだ?」
ヴォルフの組んでいる腕の指先が白んでいた。
Kはヴォルフに向き直り、両手を開きながら言った。
「その前に…ん、ヴォルフ。ハグしよ?」
ヴォルフの動きが止まる。
「…は?」
その目には、困惑や警戒が浮かんでいた。目の前にいる
千年生きてる怪異の意図を測りかねている
「しないなら俺から行くね?」
ヴォルフの言葉を待たずに、Kがヴォルフに抱きついた。ヴォルフの頭に手を置いて、下に優しく押し込む。
ヴォルフは抵抗せずに膝をついた。身長差的に、ヴォルフが膝立ちしてもKの胸が目の前にある。そのままKが
胸に抱き寄せてヴォルフの頭を撫でた。
「お前、誰かとの別れは初めてか?」
ぶっきらぼうな声。しかし振り解こうとはしていなかった。
「違うよ、俺もたくさん経験してきた。ヴォルフくんも、人との別れはたくさん経験した事あると思うし、
これからもお互い経験すると思う。でも、溜め込むのはダメなんだ。それは違うよ、どれだけ綺麗事並べても
死は辛いものだし、泣きたい時は泣いて良いんだ。」
そう言いながらKはヴォルフの頭を優しく撫でる。
撫でられた瞬間、ヴォルフの肩が跳ねた。
誰かに撫でられるなんていつぶりだろう。この男はギルドマスターとして、常に人を守る側だった。故に、守られる事も、甘える事にも慣れていなかった。年上なら尚更だ。
「…辛くない」
明らかな嘘だった。背中に回された手が震えていた。
Kは何も言わずに、ヴォルフの頭を撫で続けている。
この男の手の中で、「ギルドマスター」として扱われていた竜人が、1人の生き物に戻っていく。
ヴォルフが絞り出すように言った。
「…あいつら、よく働いてくれたんだ。」
「うん。」
それだけだった。それ以上に言葉は必要なかった。窓から差し込む光が2人を包み、柔く照らしていた。




