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最終話 同接7人の配信者ですが、リスナーに恵まれている幸せ者です

退院から、一週間が経った。 小暮こぐれ ゆずるは、いつものように目覚まし時計を止め、朝日を浴びて伸びをした。


「……うん。今日もいい天気だ」


体の調子はすこぶる良い。 ドクターから処方された謎の漢方薬と、カゲによる徹底的な栄養管理のおかげで、入院前よりも肌艶が良くなっている気がする。


身支度を整え、アパートを出る。 ここ最近、小暮は奇妙な感覚を抱いていた。


(……なんだか、人生の難易度が『イージーモード』になってないか?)


駅へ向かう道中、信号は全て青。 通勤ラッシュの満員電車に乗れば、なぜか小暮の目の前の席だけが「どうぞ」と言わんばかりに空いている。 会社に着けば、以前は気難しいことで有名だった取引先が、仏のような笑顔で「御社の提案通りで!」と即決してくる。 さらには、昼休みにコンビニへ行けば、いつも売り切れだった「特製たまごサンド」が、小暮が入店した瞬間に棚に補充されるのだ。


「……運が良すぎる」


小暮は首を傾げた。 もちろん、彼は知らない。 電車のダイヤや信号制御にAdminのAIがさりげなく介入していることを。 取引先にミケやフクロウの「天の声」が届いていることを。 コンビニの流通網に、御子柴グループの物流部隊が「ルルルート」を敷いていることを。


世界を動かす7人のリスナーたちは、反省したのだ。 『我々の推しに、二度とストレスを与えてはならない』と。 結果、小暮の周囲半径5メートルは、物理的にも社会的にも、世界で最も安全で快適な空間になっていた。


「ま、いっか。誰かが応援してくれてるおかげかもな」


小暮は能天気にそう結論づけ、今日も元気に仕事に取り掛かる。 その「鈍感力」こそが、彼が彼である所以であり、彼らが愛してやまない才能だった。


   ◇


定時退社。 これも最近の鉄の掟だ。 残業しようものなら、オフィスの照明がAdminの仕業で自動で落ち、上司がミケの間接的な圧力から血相を変えて「頼むから帰ってくれ小暮君!」と懇願してくるのだから、帰らざるを得ない。


帰り道、スーパーで夕食の買い出しをしていると、隣にスッと人影が並んだ。


「こんばんは、譲さん。今日は何になさいます?」


影山 栞だ。 彼女は当たり前のように買い物カゴを持ち、小暮の選んだ野菜の鮮度をチェックし始める。


「あ、栞さん。こんばんは。……いつもすみません、わざわざ」

「いいえ。私が食べたいものを作るだけですから」


そう言って微笑む彼女との距離は、入院前よりもずっと近くなっていた。 二人は並んで夜道を歩く。 街灯が二つの影を長く伸ばす。


「……栞さん」


小暮が足を止めた。 栞も立ち止まり、不思議そうに振り返る。


「あの、改めてお礼を言いたくて」

「お礼、ですか?」


「はい。入院中、ずっとそばにいてくれて……本当に心強かった。 栞さんがいなかったら、僕、もっとダメになってたと思います」


小暮は、買い物袋を握りしめ、少し照れくさそうに、でも真っ直ぐに彼女を見た。


「あの時、病室で……栞さんが僕のために怒ってくれたり、泣いてくれたりしたこと。 すごく、嬉しかったです」


「……小暮さん」


「だから、その……これからも」


小暮は言葉を探した。 気の利いたプロポーズの言葉なんて知らない。 でも、飾らない自分の気持ちを伝えたかった。


「これからも、僕の隣で……僕の配信を、一番近くで見ていてくれませんか? ……リスナーとしてだけじゃなくて、えっと、その……大切なパートナーとして」


一瞬の静寂。 車の通る音が、遠くで聞こえる。 栞は目を丸くし、それからゆっくりと、花が綻ぶように微笑んだ。


「……ふふ。ええ、もちろんですわ」


彼女は一歩近づき、小暮の腕にそっと手を添えた。


「特等席は、誰にも譲りません。 ……覚悟してくださいね? 私の管理(サポート)は、一生続きますから」


「あはは……。お手柔らかにお願いします」


二人は顔を見合わせて笑い合った。 月明かりの下、二つの影が一つに寄り添うように重なった。


   ◇


帰宅後。 夕食を終え、風呂も済ませ、万全の状態。 時計の針は22時を指そうとしている。 復帰配信の時間だ。


「……よし。機材チェックOK」


マイクの前に座る。 隣には、温かいハーブティーを用意してくれた栞が、椅子に座ってスマホを構えている。 彼女は今、「影山 栞(同僚で、大切な人)」ではなく、「カゲ(トップオタ)」の顔つきだ。


「準備はよろしくて? ルルさん」

「はい。……なんだか、初配信の時より緊張するな」


小暮は深呼吸をした。 画面の向こうには、きっと「彼ら」が待っている。 入院中、色々なことがあった。 すごい人たちが現れ、病院が改造され、世界が動いたような気配がした。 そして、それに関わっていた人たちの顔や声が、ふと脳裏をよぎる。


(……まさか、ね)


小暮の中で、点と点が繋がりかけていた。 見舞いに来た、不器用な「財界の王」。 テレビの中でエールをくれた「大臣」。 爆速Wi-Fiとメロンをくれた「IT企業のCEO」。 売店で会った「国民的アイドル」。 主治医になってくれた「天才ドクター」。 仕事で共闘した「戦友」。


彼らの雰囲気、言葉の端々、そしてタイミング。 全てが出来すぎている。 もし、自分の妄想が正しければ、僕のリスナーはとんでもない人たちということになる。


(……でも、聞かないでおこう)


小暮は、ふっと口元を緩めた。 彼らが誰であろうと、関係ない。 ここ(配信)にいる彼らは、仕事の肩書きも、世間の評価も脱ぎ捨てて、ただの「小狐ルル」のファンとして集まってくれているのだ。 ならば、僕もそれに応えよう。 詮索など野暮だ。彼らが安心して帰ってこられる「秘密基地」を守ることこそが、僕の役目なのだから。


『配信を開始します』


ボタンをクリックする。 「ON AIR」のランプが灯る。


「――こんルル~! 小狐ルルだよ! みんな、ただいま~!」


その瞬間だった。 コメント欄が、爆発的な勢いで流れ出した。


『おかえりいいいいいいいいいい!!!!!』

『待ってたぞおおおおおおおお!!!!!』


そして、画面を埋め尽くす極彩色のスーパーチャット(投げ銭)の嵐。 SEが鳴り止まない。


¥50,000(スーパーチャット) from ミケ: 『退院おめでとう! 元気そうで何よりだ! 今日は祝杯じゃ!』


¥50,000(スーパーチャット) from フクロウ: 『お帰りなさい、私のヒーロー! 貴方の声が聞けて、やっと深呼吸ができますわ!』


¥50,000(スーパーチャット) from Admin: 『サーバー負荷テスト完了。……遅いぞ馬鹿者。待ちくたびれた』


¥10,000(スーパーチャット) from ドクター: 『声のトーン、張り、異常なし。だが無理はするな。24時までには寝ろ』


¥50,000(スーパーチャット) from 名無し: 『ルルちゃん! ルルちゃん! 生きててよかった! 大好きー!!』


¥10,000(スーパーチャット) from リョウタ: 『無理せず、マイペースでいきましょう。僕らはずっと待ってますから』


そして、隣にいる栞も、スマホを操作して涼しい顔で投げ銭を飛ばす。


¥50,000(スーパーチャット) from カゲ: 『貴方の帰る場所は、私たちが守り抜きました。……さあ、最高の時間を始めましょう』


たった7人なのに、数万人規模の熱量。 画面がキラキラと輝く。 その光景を見て、小暮の目頭が熱くなった。


「うわぁ……! すごい……! みんな、赤スパありがとう! ミケさん、フクロウさん、Adminさん、ドクターさん、名無しちゃん、リョウタさん、カゲさん……! 本当に、本当にご心配をおかけしました!」


小暮はアバター越しに深々と頭を下げた。


「入院中、みんなからの応援がすごく励みになりました。 僕は……本当に幸せ者だなぁ」


しみじみと呟くその声は、マイクを通して、世界中に散らばる「7人」の元へ届く。 会長室で、大臣執務室で、プライベートジェットで、研究室で、楽屋で、残業中のオフィスで。 彼らは一様に、安らかな笑顔を浮かべているはずだ。


「これからは、体調管理もしっかりして、また楽しい配信を届けていくからね! ……あ、そうだ。今日はね、入院中にあった不思議な話をしちゃおうかな! なんかね、病院のご飯がいきなりステーキになったりしたんだよ!?」


『ミケ: ……ほう、それは凄いな』

『Admin: ……病院側の配慮だろう』

『名無し: ……ラッキーだったね!(笑)』


コメント欄との掛け合いが始まる。 いつもの、温かくて、少し騒がしい日常。 外の世界では、彼らは国を動かし、経済を回し、文化を作る英雄たちかもしれない。 でも、ここでは等しく「ルルのリスナー」だ。


小暮はモニターを見つめながら、心の中で彼らに語りかけた。


(ありがとう。最強の守護者たち。 君たちが守ってくれるこの場所で、僕はこれからも語り続けるよ。 日々の疲れを癒やして、明日もまた頑張れるような、そんな時間を)


配信は盛り上がり、時間はあっという間に過ぎていく。 隣では、栞が愛おしそうに小暮の横顔を見つめている。


「……それじゃあ、今日はこの辺で! 明日もまた、この場所で会おうね! おつルル~!」


『おつルル~!』

『明日も生きる糧にする!』

『いい夢見ろよ!』


配信終了のボタンを押す。 ふぅ、と息を吐き、ヘッドセットを外す。 心地よい疲労感。 小暮は椅子を回転させ、栞の方を向いた。


「……お疲れ様でした、譲さん。 素晴らしい復帰配信でしたわ」


「ありがとう、カゲさん。 ……やっぱり、配信って楽しいね」


小暮は満面の笑みを浮かべた。 窓の外には、静かな夜が広がっている。 明日もまた、仕事に行き、誰かに助けられながら、ささやかな幸せを見つけるのだろう。


僕は、同接7人の底辺配信者。 世界一の影響力を持つ彼らにとっては、取るに足らない小さな存在かもしれない。 でも――。


「僕は、世界一、リスナーに恵まれている幸せ者です」


その言葉は、夜空に溶けて、優しい風となって7人の元へと届いていった。 物語はここで幕を閉じるが、彼らの「秘密の配信」は、これからもずっと続いていく。

これにて完結です!

およそ2か月…お付き合いいただいて感無量です……!


さて、こちらの話についてはここで区切りなのですが……

次回作について、実はどちらを書き進めるべきか悩んでるのでお知恵を拝借させていただきたく……

今のところ、

・税金(チート系)

・婚活(荒唐無稽ギャグ)

のテーマでネタがあるのですが……ここまで読み進めてくださった皆様はどちらが読みたいとかありますでしょうか?

良ければ感想欄や直接メッセージでも構いませんのでどっちが読みたいorいや、こういうのが読みたいがあれば教えてくだされば幸いです。

こちらについては……評判見てですがまた4月からGWぐらい中に書きだめを始めて定期投稿できそうな判断がつけば投稿させていただければと思っております!


作者のやる気のためにもせめて高評価だけでもいただけると嬉しいです!!

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