第65話 【トップアイドル】ですが、推しが「送電鉄塔のトラス構造」のセクシーさを語る配信で、ファンサの概念が崩壊し困惑した
「ワン、ツー、スリー……はい、そこでウインク! 完璧!」
都内某所、大手芸能事務所のレッスンスタジオ。 国民的アイドルVTuber『天塚シエル』の中の人、橘 エリカは、鏡の前で決めポーズの練習をしていた。 流れるような指先の動き、計算し尽くされた上目遣い。 彼女の「ファンサ」は、数百万のファンを虜にする魔性の武器だ。
「ふふっ。今日の私の『流し目』もキレッキレね。 これなら、ルルちゃんもイチコロ……かもしれないわ」
時刻は20時。 レッスンの休憩中に、彼女はスマホを取り出した。 今夜の小狐ルルの配信タイトルは『大人の社会科見学』。 きっと、夜景の綺麗な場所でも散歩するのだろう。
『こんこん! こんばんは、ルルだよー!』
画面にルルが現れる。 しかし、背景に映し出されたのは、夜景でも観光地でもなく――田んぼの真ん中にそびえ立つ、無骨な送電鉄塔だった。
『今日はね、Googleストリートビューを使って、日本全国の「美しすぎる鉄塔」を巡る旅に出るよ!』
「……は?」
エリカのウインクが、ピクリと引きつった。
◇
『見て見て! この群馬県にある50万ボルト幹線鉄塔! ……うん、いいよ。すごくいい立ち姿だ』
ルルがマウスを操作し、まるでポートレート撮影のように、様々な角度から鉄塔を映し出す。 その口調は、モデルを乗せるカメラマンのようだった。
『このトラス構造の幾何学的なライン……。 無駄な脂肪が一切ない、究極の機能美だよね。 うーん、セクシーだねぇ……』
「……え、セクシー? それが?」
エリカは混乱した。 彼女の辞書にある「セクシー」とは、露出度の高い衣装や、艶っぽいポーズのことだ。 錆びた鉄の骨組みを見て「機能美=セクシー」と表現する感性は、トップアイドルの理解を遥かに超えていた。
『次はここ! 碍子(がいし:電線を吊るす白い絶縁体)の部分! 見てよ、重力に逆らわず、自然体で佇むこの姿……。 飾り気のない、無防備な無垢さを感じるよねぇ……』
『リョウタ: (あー、碍子の連なりね。懸垂型か。確かに造形美はある)』 『ドクター: (耐張型より懸垂型の方が、風に揺れる「ゆらぎ」があって風情があるな)』
おじさんたちは「分かる」と言っている。 エリカだけが取り残されていた。
(無防備な無垢さ……? 自然体……? 待って。私の「計算された上目遣い」よりも、あの「ぶら下がってる瀬戸物」の方が、被写体として魅力があるってこと!?)
彼女のプライド(アイドル魂)が、ガリガリと削られていく。 彼女は毎日、鏡の前で表情を作り込んでいる。 それなのに、ルルが今、熱っぽい称賛を送っているのは、ただそこに立っているだけの金属の塊なのだ。
『あぁっ! いいねぇ! 下からのアングル(ローアングル)で見ると、空に向かって伸びる力強さが際立つよ! うんうん、キミは本当にフォトジェニックだねぇ!』
ルルが、ストリートビューの視点を地面スレスレまで下げ、鉄塔を見上げる構図にした。
「……負けた」
エリカは、スタジオの床に膝をついた。
「小手先のテクニックじゃない……。 ただそこに存在するだけで人を魅了する、圧倒的な『芯の強さ』。 それこそが、ルルちゃんの求める『真のセクシー』だと言うのね……?」
完全に誤った解釈だが、プロ意識の高い彼女は、真剣に悩み始めてしまった。 自分のファンサは薄っぺらいのではないか。 もっと、こう、鉄骨のような「剛性」が必要なのではないか。
◇
配信終了後。 マネージャーがスタジオに入ってきた。
「お疲れ様です、橘さん。 そろそろ新曲の振り付け確認を……ひぃっ!?」
マネージャーは悲鳴を上げた。 鏡の前で、エリカが奇妙なポーズをとっていたからだ。 両手を三角形に組み、足を不自然に広げ、微動だにしない姿勢。 その瞳は、虚空を見つめていた。
「……タ、橘さん? それは一体……?」
エリカは真顔で、汗だくになりながら答えた。
「……トラス構造よ」
「は?」
「見てて。今の私は、50万ボルトの電流にも耐えられる『機能美』を表現しているの。 ……どう? フォトジェニック?」
「い、医者を呼べー!! 天塚シエルが壊れたぞー!!」
翌日のライブで、彼女がMC中に「みんな! 私の碍子のアクセサリーを見て! この重力に逆らわない感じ、いいでしょ!?」と叫び、会場を静まり返らせる事故が起きるのだが、それはまた別の話である。
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