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次の日、僕が朝の準備を進めているとようやくレフィアが起きてきた。寝起きはいいようで、既に表情はきっちりとしている。
「おはようレン。早いのね。朝から何かするの?」
「おはよう。……魔法の練習だよ。言ってなかったけど、サラとチームを組むことになったんだ。あの時僕がレイラ先生の研究室を尋ねたのはその件だね」
その言葉に動じる様子はなかった。でも、自分もそこに勧誘される予定だったことには気付いただろう。
「あなたがサラと…………。それで私達も呼び出されてたってわけね」
「良かったら、練習だけでも一緒に行かない? サラも喜ぶだろうし」
思い切って誘ってみたけど、反応はよろしくない。
「断らせてもらうわ。今日もノエルと出掛ける約束をしてるから。ごめんなさい」
あっけなく断られた。まあ予想通りではある。実際、こんな簡単に誘いに乗ってくれるならレイラ先生も困っていない。
「ノエルっていうのはあの銀髪の子だよね? いつも何してるの?」
「うーん……適当に街を出歩いてみたり、授業を受けてみたり、後は試合観戦とかかな」
意外と満喫しているようだ。そこらへんは王女様だったとしても変わらないのか。
「あ、意外だとか思ったでしょ。私だって普通の人間なんだからね」
その発言には妙な重さがあった。彼女も苦労しているのかもしれない。でも、丁度いい話題だし、乗っからせてもらおう。
「確かにそうだね。昨日も寝返りで壁に頭をぶつけてたし、王女様っぽくはないね」
「み、みてたの? は、恥ずかしい……」
心の距離を近づける意味もあって、からかってみるといい反応を返してくれた。恥ずかしがる姿がかわいい。レフィアとの接し方は、こういう距離感でいいのかもしれない。
「ははは。……それじゃあもう時間だし僕は行くから。……鍵も自分で閉めていくよ」
鍵を手に取って扉に向かう。レフィアが来てくれないのは残念だけど、サラと二人で練習するのも大切だ。張り切っていこう。
「ちょっと待って」
勢いよく扉を開こうとしたところで、レフィアは僕を呼び止めた。
「ん? 忘れ物でもしてた?」
「いや、違くて。…………その、サラの事。大事にしてあげてね。あの子は、私達と違って報われるべきだから……」
サラもレフィア達の事は大事に思っているのだろう。そして、この発言からレフィア達もサラの事を大事に思っているに違いない。なのに何なのだろうこの拗れ具合は。凄く気になるけど、悠長に話していると約束の時間に遅れてしまう。
「分かった。レフィアの気持ちは受け取ったよ。……じゃあね」
僕は手を振って部屋を後にした。
サラは約束の時間より早く来たようで、辿り着いた時にはもう準備万端の状態だった。
「おはようございます。レンさん」
「おはよう。今日も頑張っていこう」
とりあえずレフィア達のことは置いておこう。練習に集中しないとサラにも失礼だ。
まず、考えていた練習内容を伝えるところから始める。
「昨日に適性属性は分かったし、今日はそれを実戦で使えるように手を加えてみよう」
間違いなく空間属性の魔法は強力だ。でも、それをどうやって使えばいいか。サラはまだ分かっていないだろう。
「具体的には、どうやってですか?」
「僕も何個か考えてきた。でもそれは後にして、まずは空間魔法の利点を考えてみようか」
空間魔法は他の魔法に比べて珍しいというだけではない。優れているところがいくつもある。それに、サラは気付いているだろうか。
「利点?」
「そう。他の魔法と比べて優れている点。それを考えて欲しい」
サラ自身に考えさせること。それは今後の為でもあり僕の自己満足でもあった。
魔法はアイデアが全てだ。その属性の魔法をどうやって使うか。どのように発展させていくのか、決めるのは術者本人だ。
でも、前のチームでは僕が仲間の魔法にまで口を出していた。少しくらいならいいのかもしれない。それは、成長を手助けすることになるからだ。しかし、あの頃の僕は頼まれたのを断り切れなかった。気が進まないけれど方針さえ僕が決めてしまった。それが、彼らの不興を買うことになってしまった一つの原因なのかもしれない。
サラには自分で決めてほしい。自己満足かもしれないけどそう願ってしまう。
悩んでいる時間は長かった。こっちが待っていることにも気付いているだろう。どのような答えが返ってきても、それを僕は受け入れる。
「…………一つ思い付いたものがあります。……それは、制御できる範囲の広さです」
面白い。そこに気付けるとは……。やっぱりサラには才能がある。それを確信した。
「何故そう思ったの?」
「例えば火の魔法であれば、火に準ずるものが見当たらなければ自分の手元に生成するところから始めなければいけません。でも空間は違います。この世界のすべてが空間と呼べる。だから、生成する手順を無視してどこにでも使うことが出来ます」
魔法の使い方は大きく分ければ二つ。既にある物に干渉するか。新しく生み出すか。どちらにも一長一短があるが、基本的に生成する場合手元に生み出す必要がある。もし干渉できそうな物があるなら、敵は必ずそれを警戒してくるだろう。どちらであっても不意打ちは難しい。それが魔法の常識だ。しかし、空間魔法の場合は違う。すべての場所が攻撃できる範囲だ。
百点満点の答え。それは、僕が考えていたうちでも最高の答えの一つ。後は促していけば勝手に才能を開花させていくだろう。
「いい答えだね。それを実戦でどう活かせるか。もうサラの頭の中ではイメージが浮かんでいるんじゃないかな?」
僕の仕事はそれを形にしてやればいいだけ。
「た、たしかに構想は浮かんでいます。でもまだ詳しくは……」
「大丈夫。自分の直感を信じて。君の才能は間違いなく本物だ。僕が保証する。だから――」
自信の無さのせいで、根拠のない不安。それが根底にあるのだろう。それを吹き飛ばしてあげよう。
僕はサラから少し離れて魔法の準備を始める。
『座標確定』『範囲確定』『火』『生成』。レイラ先生が前に作っていたような火の玉が手元にできる。
「いくよサラ」
『ベクトル確定』。そのイメージとともに火の玉が飛んでいく。サラの危機感を煽るくらいの丁度いいスピードで。
始めは焦っていたサラも、覚悟を決めたようで構えた。
魔法の詠唱というものはイメージを補強するために使われている。つまり、逆に強固なイメージさえあれば詠唱を唱える必要はないのだ。戦闘中に長々と唱えることは出来ないし、高位の魔法使いはそのほとんどが無詠唱で使えるようになるまで練習する。その魔法を使うとどうなるのか、何度も何度も繰り返し確認して、ようやく一つの魔法を無詠唱で唱えられるようになる。それが定石で、一般の魔法使いが辿る道だ。
しかし、例外というものはどこにでも存在する。初めからどんなことになるのか理解して、嘲笑うかのように努力という手間を省く。そんな天才が。
そして、サラもその類だということに僕は気付いていた。彼女の集中力、また一度で魔法を成功させる制御の精密さ。どこを見ても魔法を使う才能に溢れている。だから実力を十全に発揮できる環境を用意すると、その才能は間違いなく開花する。
サラの目の前の空間が歪む。使うのは昨日と同じ『座標交換』だろう。その空間に、僕の放った火の玉が辿り着く。瞬間、その空間がくり抜かれ火の玉が消えた。ここまでは予想通り。後は、それがどこに行ったかだ。
「……上です」
言葉の通りに上を向くと空間の歪みが見える。数瞬後に歪みが消えて、そこには火の玉が現れていた。そしてそれが僕の真横の地面に着弾する。一発で成功させるとはさすがの精度だ。
空間を交換することによる魔法返し。それが今の魔法の正体だ。僕は空間魔法の詳細を知っていたから予測が出来たけど、初見でこれを避けられる魔法使いはいないだろう。
「成功しました。私……この魔法の使い道がどんどん思い浮かんでいきます。早く、試したい。魔法を使う事がこんなにも楽しくなれるなんて……」
「良かったよ。サラが魔法に対して前向きになれて。でも、今日はこれで終わりにしよう」
「なんでですか? まだまだ試したいことが…………。あれ? 足が……」
こちらに歩いてくるサラの足はふらふらだ。
「魔力の欠乏症。いきなり無詠唱で使ったから普通よりかなり多くの魔力が使われたんだろうね」
サラは間違いなく天才だけど、魔力量は並程度だ。一気に魔力が減ったことによって体に影響が出ている。
僕はふらふらで歩き寄ってくる彼女を抱きとめた。
「焦らなくていい。成長してるんだから。ゆっくりやっていけばいいよ」
「はい。……今日もありがとうございました」
悔しそうにそう言うのだから、サラはまだまだ成長していくだろう。
今日のところは、彼女を保健室に連れて行って練習を終了した。