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陰キャの王  作者: 今川幸乃
影
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6/18

兆し

 夜八時の配信が始まる少し前に俺はパソコンの前に座り、ツイッターと配信待機画面を開く。見ると、配信タイトルは最初は『【雑談】森野未影生放送』(森野は何をやるかきちんと決めていないとき、仮で適当なタイトルをつけることが多い)だったのが、いつの間にか『【お悩み相談】将来のこと、やりたいこと』に変わっている。


 自意識過剰とは分かっているが、もしや俺のメールを見て俺のために企画を変えてくれたのではないかと嬉しくなる。


『いつの間にタイトル変わってるな』

 俺がツイッターにつぶやくと、早速『明けの明星』という垢からリプライが返ってくる。これが有明さんの名前らしい。


『何か将来関係のお悩みが多かったから変えたんだって』

『ありがとう』


 そしてリプ早いな。確かにツイッターを掘り返してみると三時間前に森野がそう呟いていた。そうこうしているうちに森野の配信が始まる。待機所にはすでに多くのリスナーが集まっており、急なタイトル変更やどうでもいいことで盛り上がっている。


「おはようみんな~。最近配信見てくれる人が増えてうれしい。私に届くお便りもちょっとずつ多くなってて選ぶとき困るようになったし。贅沢な悩みだよね。ただ、それで配信で拾えないやつが増えてきているのは本当申し訳ない。流れてくるコメント全部拾ってたころから考えると本当すごい」


 森野は感慨深そうに言う。

『確かに最初のころは「おはよう」全部拾ってたな』

『おめでとう』

『それで配信おもしろくなるならいんじゃね?』

『そんな時代あったのか』(俺)


 俺が最初に森野の配信を見たときはすでにまあまあコメントが多かった気がする。

『新規の方も増えてくれて本当にうれしい、ありがとう。昔を知ってる人も知らない人も仲良くしてくれれば。そうそう、嬉しいと言えば今日は嬉しい発表があるんだけど、それは配信の最後にするので最後まで聞いてね』


『今までそんな発表とかなかったよな』

『何だろう。ついに夏服かな』

『いや、八月に入って夏服はさすがに遅くね?』

『3D化とか?』

『ついに事務所所属?』


 事務所所属は森野にとっては嬉しいと思うが、わざわざ嬉しい発表と言ってするほどのことか? 何にせよ最後まで見るつもりだったからいいが。

 ちなみにVライバーは時々立ち絵の服装などを変えることがある。森野の場合、一番普通な制服しかパターンがないので、そろそろ新しい服装が出てもおかしくはなかった。まあ、確かに八月で夏服は遅い気はするが。


『何だと思う?』

『夏服は違う気もするけど、新衣装はありそうかも。3Dは実現したら嬉しいけど、さすがに無理じゃない?』

 有明さんに聞いてみるとすぐに答えが返ってくる。確かに森野はいつも制服だからそろそろ私服か何かがあってもいいような気がする。ただ、森野の場合おそらく自分で自分の絵を描いてる訳ではないので色々あるのだろう。


「さて、配信タイトル見て気づいてくれた方もいると思うけど、今日はたまたま将来に関するお便りがいくつか届いてたからそれを紹介したいと思う。やっぱ夏休みっていうのは将来に関する悩みがあるのかな? いや、見た感じあんまり夏休み関係なさそうだからたまたまかも。うーん、どれからにしよう。よし、まずはこの辺りから行こうかな」


 そう言って紹介されたのは俺のメールであった。今まで何度かコメントを拾われたことはあったが、あまりメールを送ったことはなくメールを読まれるのは初めてだったので、読み上げられている間ちょっとどきどきする。

 森野の声がミカの声に似ているということもあって、読み上げられている間俺は不純な喜びを味わっていた。


『ねえ、これ月岡君だよね?』

 すぐに有明さんから指摘が来る。内容で分かったというよりは単にツイッターのアカウント名も月桂樹のままだからだ。知り合いにあれ聞かれるとかめっちゃ恥ずかしいんだが。


『黙秘権を行使する』

 そう返答するとそれ以上は追及されなかった。優しいな。


「という訳で、この方は特にやりたいことがないらしいけど、みんなはどう? まだ就職してない人たちは将来とかって決まってる? 何か急にコメントの流れ遅くなったけど大丈夫?」

『俺は面接で嘘九割だったけど内定とれたぞ』

『は? 俺が聞きたいんだが(十五連敗中)』

 確かに急にコメントの量が減る。


「そういう方もいるんだね。確かに、逆に面接で嘘ついたって方はどのくらいいる? ちなみに私は……そうだ、高校生だから就活はまだ分からないや」

『今何か言いそうになっただろ!』

『森野さんの就活事情めっちゃ興味あります!(純真)』

『冷静に考えろ。これまでの配信の深さから考えて絶対高校生じゃないって思ってた』

「いや、私のことはいいからこのお便りについてコメントしてあげて、ほら私高校生だからよく分からないし」


 話題をそらしたのか戻したのか、森野が言うとようやくコメントの内容が元に戻る。

『まあでも絶対高校生ではないよな。多分一人暮らしだし』

 俺も有明さんにメッセージを送る。一人暮らしっぽい例を挙げると、前回の冷蔵庫の話だ。普通家族がいたら冷蔵庫の奥からそんなものは出てこない。大学生かフリーターあたりではないだろうか、と俺は勝手に思っている。

『私もそう思う』


 ちなみにコメントを見ると、

『嘘とは言わないけどめっちゃ盛った』

『実際今の会社に入りたかったけど趣味とかは嘘ついた。なお今辞めたい』

『森野さんの体験談めっちゃ聞きたいです!』

『包み隠さず話した結果フリーターですが何か?』

 という感じだった。少なくとも俺と同じ悩みを抱えている(もしくはいた)人はそれなりの数いるらしい。まあ、ここのリスナーだから多いという傾向はあるのだろうが。


「という訳で、やっぱり就活ではある程度自分を偽ることも必要になる訳だね。まあでも、就活と言わず人生送る上である程度仕方ないんじゃないかな、極端な話、私だってそういうところあるし」

『やっぱ高校生じゃないのか!』

『確かに最初陽キャ路線で行こうとしてたよね』

 確かにⅤライバーなんて仮面そのものだからな。もはや面接はそこまで割り切ればいいのだろうか。


「ごめん、今いい話してるところだから感動して欲しいんだけど。それでこのメールくれた方は面接で嘘をつかなきゃいけないってことの他に、やりたいことがないようで悩んでると思うんだよね。どうなんだろう、やりたいことがないっていうのは本当に全くないっていうことなのか、仕事にはならないけど何かしらあるのか、それはこの文面から分からないけど」

 ミスったな。それも書いておけば良かったか。


『ちなみにどっちなの?』

 有明さんからメッセージが来る。

『本当に何もない』

『それは大変だね』

 有明さんにメッセージを返してから気づく。そうか、コメントすればいいのか。

『メールの送り主ですが、本当に無です』


「あ、ありがとう。そっか、本当に無なのか。それはそれで辛いよね。私も似たような感じだったんだけど、たまたま始めたⅤライバーで思いのほか多くの視聴者が出来たからこれを続けていこうと思ってるところがある。もし私がⅤライバーという存在と出会わなかったら、ていうかもし違う時代に生まれてたら何してたのか、全く想像できない。だから運が良かっただけで、実はこの方と同じ立場と言えなくもないんだよね……まあ、高校生だけど」


 最後にとってつけたようにつけたす森野。何か今の話し方、めっちゃ俺に共感してる感じですごいうれしかったんだけど絶対高校生はそこまで共感出来ないだろ。まだ大学で四年あるって思えば悩む時間は残ってるからな。

 確かに森野は陰キャだがオタクという感じではなかった。リスナーにはおそらくオタクが多く、時々その手の話題が出ることもあり、拾うことはあるものの深く掘り下げて語っているのはあまり見たことはない。


「正直それに関しては私からは、何か見つけるしかない、としかアドバイス出来ないな。私だって無だったけどたまたまこういう生き方を見つけて何とかやっていけてる訳だし。それに今はなくても、Ⅴライバーみたいに時代が進んで出てくるものもあるかもしれないからね。まあ私は金銭的には全然だけど」


『ありがとうございます』(俺)

『やっぱ高校生じゃねーじゃねえか』

 しかし時代が進めば解決するかもしれないっていうのは一つの解決法ではあるよな。確かに時代が変わればもっと色々な生き方が生まれてくるかもしれない。


「じゃあ次はやりたいことがある人はどんな悩みを抱えているのか、届いているものを紹介していこうと思う。では泥水サイダーさんから。『おはようございます、初めまして。今回は僕の悩みを聞いて欲しくてメールさせていただきました。僕は社会人五年目で、小説家志望なのですが、いくら書いてみても結果が出ません。新人賞も一次で落ちるし、投稿サイトに投稿してもあまりPⅤが増えません。多分諦めて定職についた方が幸せになれるような気がするんですが、諦められません。助けてください』」


 そのお便りを聞いて、俺は嫌な気持ちになった。てっきり俺は何もないがゆえに苦しんでいるのかと思っていたが、ちゃんと確固としてやりたいことがあるという者もそれはそれで苦しんでいる。つまり何かやりたいことを見つけただけでは幸せにはなれないということである。だとしたらどこまで行けば俺は何かを掴むことが出来るのだろうか。


 やりたいことがないのと、やりたいことと出来ることが一致しないのと、どちらの方が辛いのだろうか。そんなことを思わされる。そんな彼の悩みに森野は少し悲し気な声で話していく。


「切実だよね。しかもさりげなく定職についてないことが仄めかされてるし、五年目なら大卒だともうすぐ三十も見えてくるし。そのぐらいになると中途採用も難しくなるって言うよね。大体お悩みメールってどう思いますか、とかどうしたらいいでしょうか、みたいな感じで終わるけどこの方は『助けてください』だからね。きっと色々悩んで自分の中では一通り答えが出て、それでも理性で出した最善手を感情が邪魔して選べないんだろうね」


『悲しい』

『どうやったら助けられるんや……』

『ある意味答え出てるからその道を進むしかないだろ』


「多分大ざっぱに言えば、この人には二つ道がある。このまま夢を追い続けるか、ちゃんと就職しようとするか。就職は仮に自分に折り合いをつけたとしても、採用されるかっていう問題もあるから、一概に夢を追い続けるより現実的かって言われると詳しい状況を知らないと何とも言えないよね。就活もお金かかるし。私にあなたを助けることは出来ないけど、小説投稿サイトにあるなら教えてくれたら読むし、おもしろかったら配信で感想言ってもいいよ。ただ、あくまで私がおもしろかったらだけど。もしそうしたかったら後でこっそりメールか何か欲しい」


『聖人か?』

『でも読んでもらってその後全く触れられなかったらって思うと怖いよな』

『俺も読んでもらおうか』

『投稿サイトはテンプレじゃないと受けないからな』


 色々なコメントが流れていく。その後も将来のことややりたいことに関するお便りを読んでコメントを拾ったり、感想を述べたりして配信は続いていった。別に俺の悩みが解決した訳ではなかったが、誰しも何かしらの違和感や辛さを抱えているということは分かった。


 配信に集中しすぎて途中から有明さんからメッセージが来ているのにも気づかなかった。俺は慌てて自分の感想を返信する。


「……という訳でもう一時間ぐらい経つからそろそろ終わりにしようか。まだ話題は尽きないけど、あまり長すぎると支障が出る人もいるし、新規で入ってアーカイブ見てくれる人も見づらくなるし。まとめると、やりたいことがない人はないなりに辛いし、あってもそれが叶わなければ辛い。ちなみに私は一応こういう形でやりたいことをしながら生きているけど、それはたまたまってだけで、純粋に経済的な不安はやっぱりある。……さて、だいぶ雰囲気が暗くなっちゃったけど、最後に一つ発表があります」


『今までの話が重すぎて忘れてたんだが』

『待ってました』

『そう言えばそんなのあったな』


 俺もそうだが、内容に集中しすぎて“嬉しい発表”の方を忘れていた人も結構いたらしい。森野もそんな雰囲気が気になったのか、ちょっと明るめのBGMに変更する。


「実は来週の土曜日十九時から、バーチャルライブ所属の永原エリカさんとコラボすることになりました!」


『おお~』

『まじか』

『おめでとう』

『888888888』


 バーチャルライブというのは多数のⅤライバーを抱えている企業で、所属しているⅤライバーは軒並み登録者数が十万越えという有名な箱である。


 永原エリカというのは、引きこもりであることが放送で露見した女子高生Ⅴライバーである。例によっておそらく中の人は女子高生ではない。別に引きこもりでバズったという訳ではないが、引きこもりであるということを生かして(?)長時間のゲーム配信や、一日数回の配信を行うなどして人気を集めている。引きこもりというよりは単に精力的に活動をしているだけという気もしてくるが。


 コラボ配信もかなり行っているが、森野のように個人でかつ登録者もそんなに多くないⅤライバーとやるのは珍しい気がする。俺も一緒にお祝いコメントを打っておく。


『すごいね、まさか永原エリカとコラボなんて!!』

 有明さんから興奮していると思われるメッセージが送られてくる。ちなみに彼女は普段「!」とか絵文字顔文字を全然使わないタイプである。


『というか森野ってコラボ自体初めてじゃないか?』

 スタイルの問題なのか、森野自身も陰キャ寄りの性格だからなのかは分からないが。それに個人で配信していると、狙って絡みにいかないとあまり他のⅤライバーとの絡みは生まれない。

『そうだね。初コラボがバーチャルライブなんてすごい! 絶対見よう』

『俺も』


「コラボは私が永原さんのチャンネルにお邪魔する形になる。内容としては陰キャの姫と引きこもりの対談らしいけど、初対面の人に『陰キャの姫』として認識されるのって何か嫌だよね。皆に呼ばれるのは全然いいんだけど。あと、一緒にお悩み相談を予定してる。今回は事前に一緒にお便りを選びたいので当日のお昼ごろまでにお願い!」

 こうしてその日の配信はリスナーの間に大きな衝撃を残して終了した。


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