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陰キャの王  作者: 今川幸乃
光
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4/18

同じ趣味の友達

 翌日、今日も今日とて俺は試験を受けに大学に行った。思えば昨日の遅番のバイトの時に少しでも勉強しておくべきだったかもしれない。ノートをレジの下に仕込んでおけば、お客さんからすれば業務に関するノートなのか内職なのか分からないはずだ。そうすれば無理やり暗記をすることぐらいは出来ただろうに。


 そんな訳でほぼ無勉強で受けた試験は当然ながら厳しい結果に終わった。それでも俺は授業で聞いて断片的に覚えている説明を必死に答案に書き込んだ。果たしてこの内容がここで本当にいいのか。その辺は全く分からなかったが、とにかく答案を全部埋めた。



 二つ目の科目の試験時間は目いっぱい使えば十二時半までである。しかし森野の配信をフルで見るには十二時の少し前までには教室を出ておく必要があった。幸か不幸か、俺は試験勉強をしていないので答えがあまり分からない。時計を見ると書き終えた段階ですでに十二時十分前だったので、俺は軽く見直しだけして分からない問題を深追いせず席を立った。


 すると、俺の隣に座っていた女子もほぼ同時に立ち上がる。二十人ほどしかいない教室で妙な偶然だなと思ったが、俺は特に気にせず答案を提出し、教室を出るとスマホを取り出す。すると、一緒に教室を出た女子もスマホを取り出すのが見えた。そして何かを開いて絶望的な表情になる。


「そっか、今月は通信制限かかったか……」

 そう言って彼女はおもむろに俺の方を見る。俺は特に彼女のことを気にせずに森野未影の放送を開いていたのだが、彼女はおずおずと俺に声をかけてくる。


「もし今から森野未影の放送を見るなら一緒に見てもいいかな」

「うおわっ」


 久しぶりに大学で話しかけられたので俺は思わずのけぞってしまった。別に元から友達がいなかった訳ではないのだが、学業と就活のダブル不調により顔を合わせづらくなり、気が付くと連絡を取らなくなっていた。


 目の前の女子はおそらく俺と同じ四回で文学部。いかにも垢ぬけていない感じで、髪は黒く眼鏡をかけており服装も少しやぼったい。視線は微妙に自信がなく、俺に向かって話しかけつつも俺の顔ではなく胸の辺りを向いている。


「ご、ごめんいきなり……私、有明美夕」

 いきなり声をかけられて戸惑ったが、特に減るものではないしいいかという気持ちになった。それに彼女のようなコミュ障っぽい女子がいきなり話しかけてくるということはよほど森野の配信を楽しみにしていたのだろう。そう思うと少し嬉しい。


「分かった。じゃああそこ行くか」

 俺は大学構内の中庭のベンチを指さす。たまにカップルが仲睦まじくお昼を食べていることもあるが、基本的にあまり使っている人はいない。彼女、有明さんが頷いたのを見て俺たちはそこに座った。俺はスマホの音量を最大にする。タイミングもちょうどよく、そこで生放送が始まる。


「皆さんおはようございます、森野未影です。はい、私の音量とBGMの音量大丈夫?」

「そう言えば森野は何でいつでもおはようなんだ?」

 ふと疑問に思ったことを尋ねる。Vライバーの放送では最初のあいさつは決まっていることが多いが、森野の場合は昼でも夜でも「おはようございます」か「おはよう」である。


「前に夜の放送で『こんばんは』て言ったらコメントで『俺今起きた』って言われたからなんだって」

「そうなんだ、ありがとう」


 有明さん、森野に詳しいのか。正直森野はVライバーの中でもメジャーな方ではないのでこの偶然には驚きである。しかもある程度詳しい人だったとなればなおさらだ。

 しかしそれだけ聞くとギャグっぽいエピソードだが、森野のリスナー層を考えるとちょっと深い話かもしれないな。


「今日はせっかく夏休みで学生の人が見てくれていそうということで、『将来の夢』に関するお便りを募集していたんだけど……」

『学生じゃないけど毎回見てるんだが』

『学生(大学六回)です』

『早く学生になりたい(二浪)』

 そんなコメントの間に『高二です』『中三です』といったコメントがちらほらと挟まっている。


「相変わらずの視聴者層だな」

「そうだね。でも多分、特殊な人の方が多くコメントしてるだけでほとんどは普通の人じゃないかな、私たちみたいに」


 まあ俺もいちいち『大学四回生です』とかいう拾われる可能性ゼロのコメントは打たないからな。


「別に大きい学生の方も全然将来の夢は送ってくれて大丈夫だから。もしくは過去の夢とかでも大丈夫。じゃあまず一通目から行こうかな。まずはルキさんから。『小学六年生ですが、森野さんみたいなVライバーになりたいです』とのこと。ありがとう。でもおかしくない? 自分で言うのもなんだけど小学六年生が目指すタイプのVライバーじゃないよね私。普通小学生だったらもっと人気ある……というかバーチャルじゃない配信者目指すんじゃない?」


『確かに、こいつ絶対なりすましだろ』

『中身おっさんやな』

『いや、めちゃくちゃ陰の素養がある小学生かもしれないだろ』


 コメント欄の団結感はすさまじかった。森野は何人か有名な配信者や動画投稿者の名前を挙げる。確かに一般的にはVではない配信者の方が人気があり、どちらかというとVライバーはオタク人気が強い。最近はオタクと非オタの境界も大分あいまいになってきたので一概にそうとは言えないが。


「有明さんはどう思う?」

「森野さん、たまに小学生からのメールくると喜んで読むし。それで成り済ましたんじゃないかな」

「すごいよく見てるな」

 改めて有明さんに感心する。


「別に陽キャ小学生がこの放送見てもいいでしょ。私もあんまり見てるとは思わないけど。参考までに聞くけど陽キャ小学生の方どのくらいいる?」


『ノ』

『ノ』

『へ』

『ノ』


 ちなみに『ノ』が挙手で、『へ』が手を挙げていないことを示す記号である。

 俺も何となく『ノ』とコメントする。


「流れるようにしょうもない嘘つくのね」

「まあ、そういう流れだからな」


 しばらくコメントが流れるが圧倒的に『ノ』が多い。それを見て森野はため息をついてコメントする。


「うーん、私のリスナーには嘘つきの方が多くてちょっと悲しいな」

『我、心は陽キャだし小学生ぞ』

『リスナーは配信者の鏡だから』

「まあ確かに私の鏡だったら陽キャが多くても仕方ないかな? 小学生ではないけど』

『は?』

『は?』

『は?』


 この間わずか二秒である。そしてコメント欄から『は?』以外のコメントが消滅する。とりあえず俺も『は?』と入力しておく。

「とりあえず配信者としては皆が仲良さそうで何よりだな」

 森野が感心したような声で言う。


『リアルでは仲いい人いないけどな』

「えっと……別に皆そこまで私の鏡にならなくてもいいんだけど……」

『ごめん』

『しょうもない鏡でごめん』

「さ、次の話題いこ」


 相変わらず森野の配信は何とも言えない居心地の良さがある。

「何て言葉にしたらいいか分からないけど、相変わらず森野の配信はすごいな」

「うん。でも私、森野さんならもっと上に行けると思う」

「上?」


 ちなみに今森野はチャンネル登録者が五桁、配信すれば回にもよるが数百人を集める。当然上を見ればキリはないが、個人でやっているにしては大分成功している部類ではないかと思う。


「だってトークうまいし、コメントに対するとっさの切返しとかもうまいし」

「それはそうだな」


 その後俺たちは生放送を見ながら時々雑談しつつ一時間ほどをベンチで過ごした。Vライバーに限らず生配信を見る楽しみというのはリアルタイムで感想を共有出来ることだと思うのだが、コメントだけではなく有明さんが隣にいるとその楽しみは余計に広がった。


 有明さんは最初は地味な学生という印象だったが、好きなことになるとついつい熱が入るようで、森野について話しているといつの間にか大分打ち解けていた。


 ちなみに今まで話題を共有出来る相手がいなかっただけで、俺は共通の話題があれば会話は出来るタイプである。


「せっかくだし、ご飯どう?」

 配信が終わると有明さんはナチュラルに俺をご飯に誘った。ちょうど試験が終わって配信を見てお腹が空いていたところだったので、俺は深く考えずに頷く。大学構内にいたこともあって俺たちはそのまま学食に向かった。



 試験中の学食は混んではいなかったが、ノートや参考書を開いて勉強している学生がちらほらいて、席はそこそこ埋まっている。家だと勉強に集中出来ないという気持ちは分からなくもない。ただ、彼らが大体下回生であることに気づいて俺は少し嫌な気持ちになった。


 俺たちは食事を載せたトレーを持って歩いていると、テーブルいっぱいに参考書やらノートやらを広げていた学生が場所をどけてくれたので、そこに座る。


「ところで月岡君は就活どう?」

 ご飯を食べながら何気なく有明さんが切り出す。四回生である以上、一番の関心事はそこなので、深い意味はないだろう。


「なかなか難しいな。惜しいところまではいくんだが」

 実際は結構最初の方の面接で落とされているが、俺はささやかな見栄を張る。すると彼女もほっとした表情になる。


「実は私もそうなんだ。この時期なのにまだ内定なくて。結構焦ってるんだけど、そういうときに森野さんの配信見ると息抜きになる」

「そうだな。でも、世の中人手不足とか言いつつ、全然内定出ないよな」

「そうだね。結局、人手不足のところって私たちが受けてるようなところよりももっと小さいところなんじゃない?」


 一応俺は京都でも名の知れた大学に通っている。別に特別この大学に思い入れがあったと言う訳ではないが、高校のときに進路を決めるにあたって俺は無意識のうちに京都の大学を指定していた。そしたら親にせめてレベルの高いところにしろと言われたので決めた、というだけである。


 ちなみに高校では特に部活をしていた訳でも友達がいた訳でも趣味があった訳でもなかったので、勉強は出来た。言っていて悲しくなってくるが。


「でも小さいところ受けたら受けたで『失礼ですがあなたのような大学の方がうちのような会社に来るということについて親御さんは大丈夫でしょうか』とか聞かれたんだけど。親だってニートになるよりは受かった方がいいと思うだろう普通」

 少し苛々しながら俺は面接の思い出を話す。


「まあでも……最近本人は入社したがってても親の反対で内定辞退とかあるって聞くし、人事の人もピリピリしてるんじゃない?」

「それはそうかもしれないけど、俺に言われても困るんだよな」

 そんな就活の愚痴を漏らしつつ、俺たちは昼食を食べる。


「ところで有明さんはどの業界行きたいとかあるのか?」

「私は本が好きだから本屋になりたいって思って、その辺を中心に受けてる」

 そうか、ちゃんと希望があっていいな。しかし俺はそこですぐに後悔する。何となく会話を続けるために聞いてしまったが、普通に会話が進めば聞き返されるじゃねえか。


「月岡君は?」

 やはり何も考えずに会話をするのは良くないな。有明さんは俺と境遇が似ているからってつい油断して会話してしまっていた。


「俺は色々かな……あまりに内定とれなさすぎて最近見境なくなってるところがある」

 この言葉は半分本当で半分嘘だった。確かに見境はなくなっているが、そもそも元からこれといった希望などなかったのである。俺の言葉に有明さんは何て言葉をかけたらいいのか分からないのか、コップに口をつけて間をごまかした。

ふう、話題変えるか。


「ところでさ、もしツイッターやってたら教えてくれないか? 今度生配信のとき、もし見れたら一緒に見よう」

 話題を変えるためとはいえ、俺にしては踏み込んだことを言うなと思った。


「そうだね」

 が、有明さんは何でもない感じでスマホを取り出すと、ツイッターの画面を見せてくれる。俺もツイッターを取り出してお互いのアカウントをフォローした。

「ありがとう。今日は楽しかった。就活ももうちょっと頑張ってみる」

「そうだな。俺も頑張ってみるか」

 嫌なことばかりの日常ではあったが、俺は少しだけ前向きな気持ちになることが出来た。

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