第10話 盗賊砦
朝の陽光を受けながら、エインの町を出て行く冒険者風の姿をした3人の人影があった。
エイン町長ギスカーとの短い面談を終えたアマンたちである。
エインから南に向かう街道に沿って歩いていく。
昨晩、宿屋の女将から盗賊団が多く出没しているポイントは教わっている。
さすがに町の外壁近くには盗賊団が出たという報告はない。
それでも町を出たときから、油断なくアマンは街道の脇にある森へと目を光らせている。
傍から見れば、魔法士風の男が和やかに話しながら、ただ歩いているようにしか見えない。
だが『暗殺者』でもあるアマンの視線は、細かな事象まで観察しているのである。
太陽が中天に近づき、そろそろ昼食にしようかという頃、アマンが右側の森に違和感を覚えた。
急に立ち止まったアマンに、サロスとエイミーは声をかけることもなく見守る。
アマンが何かに気づいて集中していることを理解しているからだ。
アマンの視線の先をサロスも追ったが、何の変哲もない森にしか見えなかった。
しかし、アマンは僅かな痕跡を見逃さなかった。
人間が通り、それを隠蔽した痕跡。
音もなく森に近づいたアマンは、見つけた痕跡の辺りの落ち葉を掻き分ける。
落ち葉の下からうっすらと残る人の足跡が見えた。
アマンは更にいくつかの足跡を見つけると、その足の向きから歩いていった方向を予測する。
森からサロスたちの方へ歩いてきたアマンだったが、そのまま反対側の森へ向かう。
背の高い木を選ぶと、重力がないかのようにすばやく登っていった。
「ホークアイ《遠視》」
木のてっぺんまで登ると、アマンは遠視の呪文を唱える。
先ほど予測した方向を観察していると、かなり離れた場所ではあるが微かな煙を見つけることができた。
それを確認したアマンは、登ったとき同様に重力を感じさせずにするすると木から下りてきた。
「拠点らしきところを見つけました」
アマンの報告にサロスが質問をする。
「規模は分かったか?」
「いいえ。森の中に潜んでいるようで、かすかな煙を見つけただけです。
おそらく昼食の準備でもしているのでしょう」
「森に煙か。間違いなさそうだな。まだ、規模もなにもわからないから、しばらくは慎重に近づいていこう」
サロスの言葉に、アマンとエイミーが頷く。
先ほど落ち葉を掻き分けた場所から森へと入っていく3人。
道などない森の中を歩いていくので、時折方向感覚が失われる。
そのたび、大きな木に登って方向を確認するアマンのおかげで、確実に煙の元へと近づいていた。
「まもなく煙の元に辿り着きます。気配をなるべく消しながら、私から少し離れて後ろを付いて来て下さい」
そう言いながら先頭を行くアマンの足音は、全く聞こえない。
次第に獣道のようになってきた地面に、サロスも気づいた。
アマンの背中を見失わないように歩いていると、アマンの「止まれ」という身振りを確認する。
指示通り、その場で気配を殺して止まるサロスとエイミー。
すると、2人の視界から突然アマンが消えた。
偵察に向かったのだと理解したサロスは、そのまま気配を殺し続ける。
ほどなくして、先ほどまでいた場所にアマンが現れ、サロスたちの方へと歩いてくる。
「だいたい様子がわかりました」
小声で打ち合わせを行う3人。
「聞いていたよりも大規模な盗賊団のようです。木材を使った防壁や櫓なども設置されています。
さながら小さな砦といったところですね」
「思ったよりも厄介そうだな」
「そうですね。建物の大きさからすると30人近くは生活しているのではないでしょうか。
一番問題なのは防壁ですね。3人で普通にあれを突破するのは困難だと思います」
「魔法士らしきやつはいたのか?」
「少なくとも表にはいませんでした。
弓兵も配置できるようになっていましたし、通常の討伐とは考えないほうがいいでしょう」
「逆に考えると、少人数の奇襲は効果的ということだな」
ニヤリと笑いながらサロスが言い放つ。
アマンは、真面目な顔で返す。
「仰るとおりです。あちらは少人数で攻め込まれることを想定していません。
いまも見張りはいますが、完全に油断しています。
一気に防壁を破壊して攻め込めば、浮き足立った冒険者崩れたちとの白兵戦など怖くないでしょう」
「その口ぶりだと、防壁は任せても大丈夫そうだな」
「ええ、お任せください」
「よし、決まった!アマンの魔法で防壁が破壊されたと同時に俺とエイミーが突っ込み、制圧。
これで作戦は決まりだな」
アマンとエイミーがサロスの言葉に頷く。
早速、息を殺しながら盗賊砦へと近づく3人。
再び、アマンの「止まれ」という合図に立ち止まるサロスとエイミー。
アマンが静かに魔力を高めだした。
サロスは待ち切れないという表情で、エイミーは無表情で、アマンを見つめる。
準備のできたアマンが一瞬だけ2人を振り返る。
その視線に2人が頷いたのを確認すると、アマンは魔法を唱えた。
「ストーン・バレット《岩石弾丸》」
詠唱と同時に、直径1メートルはある岩が5つ、アマンの目の前に浮かんだ。
そのまま岩石は、盗賊砦の防壁へと高速で飛んでいく。
木材でできている防壁は、飛来した岩石によって粉々に破壊された。
爆音が響き、盗賊たちの慌てる声がこだまする。
と、同時にサロスとエイミーは砦の内部へと突っ込んでいくのであった。
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