STAGE13.本能のままに
田村と交替で雑誌のインタビューを受けていた。
おれが終えて田村が話をしに行く。
写真はもう撮り終えたので休憩する。
ディルクが暖かい缶紅茶を手渡してくれた。
座っているおれの横で立っているディルクからぽつりと声が降ってきた。
「……つらく、ないんですか?」
「え? なにが」
「アンゼルムとずっと友達でいて、ですよ」
どんな顔で言ったらいいのかわからず、無表情で淡々と答えた。
「正直に言って、あまり考えないようにしていないとつらくていられない」
「では、どうしておれやレオンにアンゼルムを説得するように頼むとか、しないんですか」
「どうしてかな。自分の力で何とかしたいのかな。でもただ一つはっきり言えることは」
「なんですか」
言おうとして自然に顔が微笑んだ。
アンゼルムの姿を思い出しながら話す。
「あいつがくれるものなら、苦しみでも愛しい。喜んでもらう」
「あなたって人は……」
「あいつがいなきゃ、このつらさも切なさも苦しさもない。ないよりは、あった方がいいんだ」
「でも両想いですよ?」
「そうだよね」
「そうだよねって……」
ディルクが苦笑する。
おれは少し首をかしげる。
「あいつをどうしたら口説けるのかな。口説いて失敗したら今の関係さえ壊しそうで怖いんだ」
「両想いなのに失敗なんて」
「上手く口説けなかったら、あいつは傷付くんだろうか、やっぱり」
訴えるようにディルクを見上げた。
アンゼルムを傷付けるのだけはしたくない。
それくらいならおれは消えてしまった方がよっぽどましだ。
「ナオ」
「ずっとずっと友達でもいいやと思っていながらさ、おれ時々、爆発しそうになるんだ。爆弾が胸の中にあるみたいだよ。でも、恋人になったらいつか別れてしまうかもしれないけど、友達でいれば一生仲よく傍にいられる可能性は高いんだ。友達の方がきっといいんだろ」
話しながら胸の疼く感じがぶり返すような錯覚にとらわれ、掌で自分の胸を押さえた。
「そんなの、わからないじゃないですか」
「煽らないでくれ。ディルクにとっても大事な弟が男同士の道に進むかもしれない瀬戸際だろ、反対しろよ」
「偏見はないんです。世間が厳しいのなら全力で応援します。弟には甘いので」
「恋人になって、何か得があるのかな」
「ナオは今まで恋人がいたことがないんでしたね」
「うん」
「じゃあ、想像もつかないのも仕方ないでしょうが、いままでと全く世界が違って感じられますよ」
「ふうん」
「毎日はこんなに素晴らしいものだったかと思えるでしょうね」
微笑むディルクの表情の柔らかさに彼の過去がどんなものだったのかと窺わせられる。
「今でも十分だよ、あいつがいたら」
「そんないじらしい言葉を聞くと何としてもくっつけたくなりますね」
「ディルクにそう思われてもなあ」
「俺は『ラムズのナオ』に恋人ができるのを許します」
「え?」
それは芸能人として恋人がいると公式発表していいということか?
「がんばってください」
「がんばってくださいって……」
「自己犠牲的なあの子に本当の幸せを教えてやってくれませんか」
「……本当の幸せ」
「我が儘に育ったあの子があなたのこととなると、自分のことよりあなたのこと優先になる。見ていられないんです」
「うん……でも」
「あなたも」
「おれ?」
「あなたも、もっと貪欲になってください」
「だって」
「怖いのは当然です。でも関係なんて恋愛も友人も壊れる時は壊れる」
「終わったー! おつかれ! あれ、なんか真剣な話してた? 僕も混ぜてよ」
田村が帰ってきた。
おれは苦笑して手をひらひらと振った。
ディルクが口を開いた。
「ナオとアンの関係について話してました」
「ディ、ディルク!」
「へえ?」
「田村、大したことは話してないんだぞ」
「うん、確かに口を出したくなるよね、二人の関係は。もう何とかしちゃいなよ、ナオ」
おれは黙り込んだ。
そんなに周りの人がおれたちを気にしてるなんて思ってなかった。
ずっと黙って見守ってくれてたのか。
「そう、言われても」
その日の仕事はそれで終わって、少し早めに終わったのでおれはアンゼルムの部屋を訪ねた。
もちろん、いつものように他愛ない話をして過ごし、口説いたりはしなかった。
ずっと、ディルクや田村の言っていた言葉が頭を巡っていたけれど。
年越しライブをした。
年越しをアンゼルムとふたりで過ごせないのは残念だったけど、楽屋にアンが差し入れを持ってきてくれたので、関係者席に彼女(?)を急きょ招待した。
楽しんでくれているようだった。
一年を振り返って、と訊かれ、振り返って考えるとアンに出会った春からこっちは嵐のような一年だった。
突然世界が色彩に満ち、彼の一挙一動に風を感じ、些細な出来事で胸が騒いだ。
もちろんそんなことみんなの前で言うわけにもいかないから、忙しかったけど充実していたと答える。
ファンのみんなにはすごく感謝している。
この一年の感謝をまとめていい演奏をすることで返したい。
だけど、意識がアンに向いてしまって仕方なかった。
曲の合間に、田村が言った。
「ナオ、何か気にしてるね」
「ごめん」
「ぐちゃぐちゃと何かを考えこんで縮こまっているから、音楽まで小さくなっちゃってる。どんな方向にだってかまわない、やりたい放題に思い切ってやってごらん。きっとそれがかっこいいから」
「田村」
「と、いうか、そうしてほしい。こんなおとなしいものはロックじゃない。僕は要らない」
「やりたい放題……?」
「君の本能のままに」
思った以上におれは無理してたのか。
おれは友達としてアンゼルムと付き合って、そのままやっていけると思ってたけど、結局この体たらくだ。
全然友達に徹し切れていないし、想いも隠せてなかった。
周りの人たちがおれたちのことを心配してる。
おれが唯一胸を張って人に披露できるものは音楽、でもそれにまで今は影響してる。
申し訳なさで足元が揺らぎそうだ。
おれの本能。
本能そのままに動くとしたらおれはどうするだろうか。
ステージが明るくなって、観客の歓声が聞こえた。
何かのスイッチをパチッと入れたように頭の中が客席と音に集中した。
『君が好き』のイントロが始まる。
大きく息を吸って、ドラムとギターとベースがぶつかり合って生まれたリズムにふわりと乗せて、『英語』で客席に語りかけた。
「おれ、好きな人がいます」
悲鳴のような歓声が返ってきた。
「初めて会った時からもうお前に夢中だった。会うたびにどんどん好きになって、今もそれがずっと続いて、もうお前がいないなんて考えられないんだ」
ラップのようにリズムに乗っているから英語がわからないファンの子にも楽しんでもらえてると思う。
おれは続ける。
「前にも言ったけど、おれの幸福を君は考えてくれるけれど、それはお前が隣にいてくれることだ」
田村がふらふらとリズムをとりながらhoo、とコーラスのような小さな声を入れた。
傍から聞くと打ち合わせたちゃんとした音楽のように聞こえるが多分今のはひやかしだろう。
語り続けた。
「お前はおれの幸福を考えるのではなく、自分が本当はどうしたいか考えてほしい。考えて、それでもどうしてもおれの幸せを願ってくれるのなら、おれを受け入れてくれ。だって、おれはお前が欲しい。お前の全部が欲しいんだ」
ザワッと観客が騒いだ。
曲のイントロが終わってしまった。
おれは田村の顔を見た。
田村はニッと笑って頷き、おれはまだ英語の語りを続けてしまった。
「特別なことはおれは何も言えない、ただ、本当の気持ちを言うだけだ。おれはお前が何者であっても好きだ。会った頃の君も、今のお前も変わらず好きなんだ」
息を吸って、最後に日本語で、好きなんだ、と囁いた。
すぐに田村……GEIKAが歌を始めた。
曲の途中なのに観客が盛大な歓声と拍手をくれた。
曲の終わりに、田村に髪をぐしゃぐしゃにされ、苦笑した。
「やるじゃん、ナオ。カッコ良かったんじゃない?」
「だといいけど」
ライブは最後の方になるにしたがってどんどん盛り上がって、熱いうちに終わった。
楽屋に戻ると、ディルクとアンがいた。
あんなことを言ってしまったから、てっきり帰ってしまったんじゃないかと思ってた。
「アンちゃん、最後まで観てくれたんだ」
やはり気まずそうな顔でアンは頷いた。
「あ、ああ」
田村は楽しそうに言った。
「これからナオの家で新年会やるんだけど、男二人じゃむなしいからアンちゃんも来ない?」
なんてことを言いだすんだ!?
「え……」
「た、田村」
「いいじゃん。ナオのママさんの雑煮、美味しいんだよぉ。ね?」
「……」
アンは黙ってディルクの顔を見た。
ディルクが言う。
「行っておいで、アン」
「……どうしてディルクがアンちゃんに指示を?」
田村の疑問ももっともで、アンが答えた。
「……ディルクとは兄弟なんだ、父親は違うけれど」
「え!? あ、そうなんだ、似てないんだね」
ディルクが言った。
「ライブが終わると同時に帰ろうとしてたのでここへ連れてきました」
「ディルク、グッジョブ!!」
「なかなかいい告白だったので、これで今日そのまま帰すのは惜しいかなと」
「……とりあえず、終わったんだし帰ろうか。どうせならディルクも一緒に新年会やろうぜ」
「ああ、そうですか? じゃあご一緒に。アン、おいで」
ディルクの後を、アンがひらりとロングスカートの裾を綺麗に揺らしながらついて歩いた。
おれはそのあとをついて行く。
ヒールを履いたアンはおれより背が高い。
まっすぐに伸ばした背すじを眺めていたら、一瞬、はちみつ色の金の髪がおれを振り返って、戸惑ったような表情を見せた。
無理もないよな、あんな告白、しかも大衆の面前でしちゃったんだから。
おれは今更になってドキドキしていた。
返答を聞かせてもらえるんだろうか。
それはもしかして、いい返事だったりするんだろうか。
おれたちを乗せて車は都内のおれの家へと辿り着き、4人で家の中に入った。
前日昼間も仕事してそのまま夜通しライブで演奏したというのに、ちっとも眠くなかった。




