STAGE11.会いに来るよ
携帯が鳴って何事かと思ったらディルクだった。
「夕食を食べにおいで」
「またか。お前もまめだな。そんな面倒を見てもらわなくても夕食くらい用意できるぞ」
「今日はオムライスだよ」
「まあ、せっかくだから行く」
ディルクのマンションの部屋に入ってリビングのドアを開けると、横から笑い声がした。
「オムライス、好きなんだ? アンゼルム」
「ナオ!?」
すぐ部屋を出ようとしたところ、ナオに腕を掴まれた。
「せっかく作ってくれたんだから食べていけばいいじゃん」
ディルクがキッチンから皿を運んでくる。
「ディルク! お前、何のつもりだ! ぼくの味方だって言ってたじゃないか!」
「もちろん」
「じゃあ、どうしてナオがここにいるんだ」
「俺はお前がより幸福になる方向に味方するんだ、アンゼルム」
「ぼくの幸福はもう十分だ」
「俺にはそうは思えないな」
「ただまだ足りないとしたら、ナオのためにどうすればいいかを考えろ、ディルク!」
腕を組んでナオがうなるように声を出した。
「ふうん」
「ナオ」
ナオはぽんとひとつ手を打つとニッコリと微笑んで明るく言った。
「まあ、とりあえず食べようよ。ごはんに罪はないんだし、美味そうだ」
ディルクとナオとテーブルを囲んでオムライスとサラダを食べることになった。
ぼくはスプーンをオムライスにつけないままナオの顔を見た。
「どうした? 美味いよ」
ナオにそう言われて手を動かし、ぼくは訊いた。
「話をしに来たんじゃないのか、ナオ」
「え? ううん」
「何?」
「お前に会いに来ただけ」
邪気のない顔でナオはそう言い、オムライスを口に運んだ。
「ぼくに会いに? 会って何をするんだ」
「何もしないよ。そんな構えなくてもいいよ。ただ会いたいから会いに来たんだ」
「なんだと……?」
「何かした方がよかった? でもそんなつもりだったらディルクと一緒に会うわけないじゃん」
ぼくはいかにも不可解だという顔をしていただろう。
「焦るの、止めたんだ。こんなふうに会うだけならいいとお前も許してくれるかもしれないと思ったんだ」
「ナオ」
「とりあえず、今は食べようよ。ね」
ディルクの作るオムライスはどこで作り方を覚えたのか、かなり美味い。
今みたいに食欲がなくてもすぐに食べ終えることができた。
食後に話が待っていることを思えば、もっとゆっくり食べるべきだったかもしれない。
ナオはウーロン茶の入ったグラスをテーブルに置きながら言う。
「ただこういうふうに会うのもダメかな」
「会っていては忘れることができないだろう?」
「じゃあ、会っていても恋心は忘れるように努力するよ。そういう話だろ?」
「……出来るのか?」
「やってみなきゃわからない。やってみよう。それでいいのか?」
「……ああ」
「じゃあ、友達になろう、アンゼルム」
友達、の言葉にぼくは複雑な思いを抱いた。
確かにうれしい気持ちはある。
しかしどこかに重いものが引っ掛かる。
以前、あれほどナオと友達になりたいと思っていたのに、今ではもう手放しで喜べない。
しかし笑って、返した。声が弾んだ。
「ああ、友達になろう、ナオ」
手を差し伸べた。
「……そんなに、嬉しいかな」
ナオは苦笑いしながら差し出した手を握ると、ぼくの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「友達になったら、ナオに会えるのに、ナオの未来を壊さない」
ぼくがそう言うと、ナオは一瞬真顔になり、突然ぼくを抱きしめた。
「ナオ!」
「なんだよ、友達ならこれくらいするって」
「嘘をつくな!」
「ほんとほんと。嘘なんかつかないよ」
「そうか?」
「会いたいんだ、もう会えないなんて嫌なんだ、アンゼルム……」
囁くようなナオの声が心地よく胸に響いた。
「ああ」
「アンゼルム」
ナオの甘い声がぼくの名前を呼ぶ。
「会いたいのはおれだけじゃないだろ? お前もほんとは会いたいって思ってくれてるだろ?」
「ナオ」
「おれのためって思って身を引こうしたんだろ?」
「……ナオのためになることがぼくの望みだ」
「じゃあ、これからも会ってくれ。また会いに来るよ」
そう言うとナオはぼくを離した。
「ナオが来るのか?」
「もちろん来てくれたら歓迎するけど、おれもここやお前の部屋を訪ねてきてもいいだろ?」
「……部屋へ?」
「友達なんだから別に問題ないだろ?」
「ああ」
「おれの携帯番号とメアド、教えるよ」
「じゃあ、ぼくのも」
番号とアドレスのやり取りをすると、ナオは大きく背伸びをした。
「さて、帰るかなあ!」
ずっと横でパソコンのキーボードを叩いていたディルクが立ち上がった。
「送ります」
「よろしく」
ディルクとナオが部屋を出て行くのと一緒にディルクの部屋を出て自分の部屋に戻った。
これからもナオと会う。
次はいつ会うのだろうか。
ナオが来るより先に会いに行ってもいいものだろうか。
友達として付き合うのだからそんなに頻繁に会ってはいけないんじゃないんだろうか。
『友達』として。
ぼくはうっかりナオを恋する眼で見つめてしまったりしないだろうか。
いろいろなことを考えすぎてあまり眠れなくて、外を行きかう車の音ばかりを聞いていた。
いつも朝と夕方にナオからメールがくる。
簡単におはよう、おやすみとか、仕事の話や食事のメニューとかそう言った内容だ。
ナオは一週間に一回くらいぼくの部屋に会いに来た。
ぼくが好きだからだろう、いつも何か洋菓子を持ってきてくれた。
そして他愛もない話をして帰って行く。
以前のように正面からじっと見つめられることはなかった。
ただ時々、ナオに背を向けている時にだけ視線を感じて、振り返るとナオはうつむいている、そんなことがあった。
友達だ、そう自分に言い聞かせた。
このナオの屈託のない降り注ぐような笑顔を見られるだけで満足だ。
心の中で呪文のようにそう唱える。
仕事が忙しくなったと思ったら、すぐに衣替えがやってきて、暑さも和らいできた。
ぼくはまたディルクにラムズの予定を聞きだした。
彼らは新しいマキシシングルの制作に取り掛かっていた。
スタジオのロビーのドアをノックする。
「はい」
「差し入れだ」
「はい、どうぞ。ちょうど今休憩中だ」
ディルクに招き入れられロビーの中に入る。
「あれー、アンちゃん。久しぶりー!!」
GEIKAが明るい声を上げ手を振った。
「えっ、アン!?」
ナオが振り向いて驚いた顔をする。
女の格好でゆっくり会うのは1カ月以上ぶりだ。
「プリンを持ってきたんだ。食べないか」
「いただきます」
「ありがとう」
「いつも悪いね」
ナオにスタジオの隅に引っ張っていかれた。
内緒話をしたいようだが、顔が近すぎて落ち着かない。
「ちょっと、ホットパンツはやりすぎじゃないか?」
眉をひそめたナオに、ぼくは胸を張って答える。
「この美脚、せっかくの機会だ、隠していてはもったいなかろう?」
「お前って意外とアレな性格してたんだな」
「アレってなんだ」
「いや、いいよ……。でもまあ、可愛いよ」
「まあ、もう少しで寒くなるからな。こういう恰好も終わりだ」
「来年があるじゃないか」
「あ、兄上! 今日は『マーロウ』のプリンなんです! 横浜で仕事があったので買ってきたんですよ。どうぞ!」
ナオの話をかわして兄上にプリンを持っていく。
実は女装モデルを辞める話はなかなか進んでいない。
事務所が辞めるのを反対しているんだ。
でも、時間がかかってももう辞めると決めたんだ。
わくわくしながら尋ねた。
「新曲はどんな曲だ?」
GEIKAが答えた。
「うーん、激しい恋の曲」
「激しい?」
「ナオがここのところ、感情的な恋の曲しか書かないんだよねえ」
「そうか」
「ひとりの人をひたすら見つめて求めてるセツナイ感じ」
ナオがGEIKAの頭を軽くはたいた。
「GEIKA。新曲の内容を気軽に漏らすなよ」
GEIKAが思い出したように言った。
「アンちゃん、ナオが君に振られたっていうからさ、もう来てくれないと思ったよ」
こういう話を大きな声で言ってしまっても笑ってすまされるのはGEIKAの人徳だろう。
ナオはちょっと拗ねた顔で言った。
「今はいい友達なんだよ」
ナオの表情が可愛くて少し笑えてきながらぼくも言う。
「ああ、今はメールも朝晩してるし一週間に一回くらい会ってる、仲のいい友達だ」
GEIKAはきょとんとした。
「それ、前より恋人っぽくなってない?」
GEIKAに訊きかえした。
「え?」
「だって前は携番もメアドも知らなかったし、一週間に一回も会ってなかったじゃないか?」
ナオが慌てるように言った。
「そ、そんなことないよ。友達だよ? だいたい、おれとGEIKAなんか毎日会ってるじゃん、なあ親友?」
ぼくはため息とともに言葉を吐いた。
「ナオ……GEIKAは親友の前に仕事のパートナーじゃないか」
「いいの! 友達がいっぱい会ったって! 本当はおれ毎日だって会いたいんだぞ!」
ドキッとして、ナオの顔を見た。
「ナオ」
名を呼ぶと、ナオはしまった、という顔をした。
「あ……」
ナオは目を逸らしたまま、言った。
「……ごめん。こんなに会いたいの、友達とは言えないか……」
しゅんとしてナオは言い、ぼくはこともあろうにドクンドクンと自分の心臓が鳴っているのを聞いた。
「ナオは友達になるように努力すると言った。やってみなきゃわからないと。これからもその気があるなら今の発言は聞かなかったことにする」
「うん、がんばる」
GEIKAがプリンの最後のひとくちを口に入れながらこちらを見ていた。
「ふうん」
兄上がドイツ語でディルクに説明を求めている。
「やれやれ」
「君に会うためなら、なんだってする」
そう言ってナオは微笑んだ。
胸の奥の方がズキッと傷んだ気がした。
それから週一ペースのナオの訪問に加え、ぼくはナオたちをアンの格好で訪れ、会う回数は増した。
だんだんと秋が深まり、季節は冬へと近付いて行った。




