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No.1  作者: 紗智
10/18

STAGE10.終わらせない

あの翌日、仕事があったけどおれは一切ディルクとは口を気かなかった。

田村にどうしたの、と訊かれたがそれについてもノーコメントだ。

「目が腫れてるのは治まったようでそれはいいんだけど、仕事仲間とうまくいかないのはどうかと思うよー」

じゃあ、仕事仲間の恋人を盗るのはどうなんだよ。

……いや、アンゼルムは別におれの恋人だったわけじゃあないけど。

もしかしたらおれが横恋慕してただけなのかもしれないけどさ。

でもまさか同棲するような仲だったなんて。

それならもっと早く言ってくれればよかったじゃないか、おれが本気で好きになる前に!

ディルクの顔を見るのも腹が立ってもういられなくなってきて、抜けても支障なさそうな仕事はサボって、学校へ行った。

「陛下ぁ、GEIKAはどうしたの」

「あいつは仕事」

「なんで陛下だけ学校来てるの?」

「ちょっとね」

古典と物理で当てられて散々だった。

でも、ディルクと気まずい時間を過ごすよりはよっぽどいい。

ろくに1学期学校に行けてない。

こういう機会に学校へ行くのもいいのかもしれない。

「あー、おはよー、あっついね、陛下」

「おはよ、ああ、今日も暑いな」

冷房完備のスタジオや楽屋と違って学校は暑い。

「陛下はまだいいよ、リボンタイついてないんだから」

「スカート涼しそうに見えるけどな」

「陛下、セクハラー」

でも、もうすぐ夏は終わる。

おれの18の夏が終わる。

ひとつの恋と、もしかしたら芸能生活とともに。

雨の夜、夕食を終えたおふくろがおれを呼んだ。

「なおちゃん、なおちゃん!」

「なにー、おふくろ」

「マネージャーさんが見えたわよ」

「いないって言って」

「いるって言ったわよ、もう。いっちょ前に居留守使ってないでちゃんと出なさい」

「はあ……」

ため息とともに、階下へ降りた。

「サボタージュとはやってくれますね」

「今重要な仕事ないじゃん」

「どんな小さな仕事も仕事は仕事です」

ディルクは少し怒っている声音だった。

無理もないだろう、ほぼ三日もサボったのだから。

「ここでは話しにくいでしょうから、少し外に出ましょう」

「おれに話すことなんてないよ」

「こちらにはあります。このまま仕事をさぼり続けるつもりですか」

「明日からはちゃんとやるよ」

「それでも話したい」

「……何を話すんだ」

「誤解を解きたい」

ディルクの真剣な熱い視線に負けて、おれは人の少ないファミレスへ連れて行かれた。

もちろん変装も忘れずにしていった。

アンゼルムの話を始めるのかと思ったら、ディルクは突然、自分のことを話し始めた。

「俺の父は、日本とドイツのハーフなんです。国籍は日本。小さな会社で職人をやっていました。若くして亡くなりましたが」

「……そうなんだ?」

「母はやはりドイツ人で、親日家でした。俺の父と結婚して国籍も日本に変えてしまいました。俺ももちろん日本国籍です。これが、俺の家の戸籍全部事項証明書です」

「全部事項……?」

「戸籍に入っている全員の記録が載っているものです」

「そんな重要なもの、おれに見せちゃ……」

「俺の父が亡くなった後、母はドイツ人の男性モデルと恋に落ち、結婚しました。男の子が生まれた。見えますか? ここ、次男に記載されているのが俺。次に記載されている名前を読んでください」

「……アンゼルム……え……?」

「アンゼルムとおれは正真正銘の兄弟です」

「え……!?」

「あの子も今は日本国籍でね」

「も、問題そこじゃないだろ、ディルク」

「あ、ああ。一緒に住んでるわけじゃないんです。マンションのおれの隣の部屋にアンゼルムは一人暮らしをしてるんですが、あれは料理があまり得意でなくてね。すぐちゃんとした食事を抜くのでおれがよく食わせてるんですよ」

「そ、そうなのか」

「特に先週なんかは食欲がなかったようで、顔色も悪かったもので、無理に言ってうちに泊めてました」

「先週……」

「あなたもひどい顔をしていましたね」

「ディルクはおれがアン……アンゼルムに近付くのを渋い顔してた」

「当然ですよ。あなたはあの子が女だと思い込んで恋をしてた。いい結果が訪れるとは思えなかった。特にアンゼルムの方もあなたに想いを寄せていたから、傷付く結果になるのは目に見えているようでした」

「でも……」

「大切な身内が同じような立場になっていたら誰もが同じ反応をしたはずですよ」

「おれ、ものすごい恥ずかしい……。本当に兄弟なのか……」

「はい。あの子が生まれる時おれは立ち会いましたよ」

「あんた、歳いくつだ?」

「内緒です」

「その、似てないけど……」

「よく言われます。父親が違いますからね。俺は父親によく似たし、アンゼルムは母親似だ」

「そっか。ごめん、変な誤解して……。おれよっぽど頭に血が上っていたんだな」

「ごめん、だけですか?」

「え?」

「アンゼルムには今特に恋人と呼べる相手はいませんよ。俺とアンゼルムがそういう間柄じゃないとわかって嬉しくないんですか」

「え、でも……」

「あなたがおれのマンションへ来て、アンゼルムに会いたい、と言ったときに俺はあなたを逆に応援しようと思いました。まあ、あの子の反応は良くないですけどね」

「そ、そうだ、おれ、あいつに会いたいって……。ディルク、伝えてくれないか」

「もう既にあなたが会いたいと言っていると伝えました。しかし、アンゼルムは、もう会わないと」

「そんな」

「伝言を言付かっています」

「……何」

「ありがとう、と」

「……」

「まだあります」

「何」

「男を好きになったのはナオが最初で最後だと、こんなに誰かを好きになったのは最初で最後だと」

「何がありがとうなのかわかんねえよ……」

「……あなたに逢わなければあんな些細なことで幸せだと思うこともなかったんだと笑ってましたね」

「……駆け引きの苦手な奴だな」

「ナオ」

「本当にもう会わないって思ってるんなら、こういう時にはこっぴどい言葉で突き放すもんだろ」

「俺もそう思いますが」

「ん?」

「弟には幸福になってほしいので。そんな小さな幸せを胸に抱えて大切にしていくことだけを本当の幸福だと勘違いしてほしくないんです」

「やっぱり、おれ、諦めなくてもいいよな」

「はい」

「じゃあ、助けてくれよ、ディルク」

「あなたがサボった分、きっちり穴埋めしてくれたらいくらでも協力しましょう」

「いくらでも働きます! ……それにしても本当に似てねえ兄弟だなあ!」

そう話がまとまったら、すごく久しぶりに腹が減ってきて、ハンバーグを食べた。

ディルクはコーヒーを飲みながらニコニコと笑っていた。

恋も芸能生活もまだまだ終わらない。終わらせない。






仕事が終わった後、アンゼルムのマンションだというディルクの隣室のインターホンを押しても誰も出なかったので、そのままそこで待つことにした。

ディルクは一緒に待とうか、とか、電話をかけてみようか、とか言っていたが、今日のところは大丈夫だから、と断った。

一日で何とかなるとは思っていない。

一時間くらい経っていただろうか、カツン、と止まりかけた革靴の足音に目を向けると、制服だろう、ネクタイ姿のアンゼルムがこっちを向いて立ち止まっていた。

「……おかえり」

「ナオ」

ゆっくりとアンゼルムに近付く。

アンゼルムは、一歩後ずさりすると、くるっと背を向けて走り去ろうとした。

すかさずおれは走って彼の腕を掴んだ。

こうなるかもと思ってスニーカーを履いてきたんだ。

「なにもしない。責めたりもしない。おれの話だけ聞いてくれないか」

「ナオ」

アンゼルムは頷いておれの方を向いた。

鞄から鍵を取り出して自分の部屋の玄関を開けておれを招き入れた。

部屋に入れてもらえるとは思わなかった。

「通路で話すと他の部屋に丸聞こえだからな。用件はなんだ。手短に済ませてくれ」

「悪いけど手短に済ませられるような話じゃないんだ」

アンゼルムはため息をひとつついた。

「わかった。リビングのソファに掛けてくれ。お茶を淹れる」

「ありがとう」

少ししてティセットを盆に乗せてアンゼルムはリビングに戻ってきた。

本格的なティポットで淹れる紅茶だ。

氷をたくさん入れたグラスへ紅茶をアンゼルムがサーブしてくれるのをおれはぼんやりと見ていた。

鮮やかな紅い色のアイスティが目の前に出された。

「ありがとう」

「ああ」

「かっこいいね」

「え?」

「ブレザー、似合うよ」

「そ、そうか」

「こんなにかっこいいのに服装ひとつであんなに可愛くなっちゃうんだもんなあ」

「髪型やメイクもあるが」

「まあ、そうだけど。あのさ」

「なんだ」

話そうと思ったら急にのどがカラカラになって、アイスティで口の中を湿らせた。

「前みたいに、会って欲しいんだ。おれはお前が男でも構わないんだ」

「会ってなんになるというんだ?」

「おれといたら小さなことも幸せだと思えるんだろ? もっともっと、もう溺れちゃうってくらい、幸せにしてやる」

「バッ……ディルク、あいつ、おしゃべりめ……!」

「ううん、逆におれを幸せにしてくれよ、アンゼルム。おれはお前がいないともうダメなんだ」

「お前を幸せに……? 自信がない。ぼくには無理だ」

「そばにいてくれればそれで十分なんだ」

アンゼルムは訴えるように言った。

「男同士の恋がナオのためになるとは思えないんだ」

「アンゼルム」

「帰ってくれ」

「わかった。でも、また来るよ」

アンゼルムは戸惑うような顔でおれを見た。

そんな顔を見たいんじゃないんだ。

でもはっきりと断らないってことはお前だってまだ会いたいと思ってくれてるってことだよな。

早くおれを受け入れてくれ。

帰り道、空気は少しひんやりとして、月が不気味なほど大きくて明るかった。

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