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国王陛下は傷心中  作者: 可嵐
こもりうたはいかがですか?
13/17



 コンコンコン。

 女神様の前で懺悔をしてから数時間。目の腫れぼったさがすっかり解消したのを確認して、わたしは陛下の執務室を訪れていた。すっかり夜とはいえ、国のトップがおわすフロアの警備は流石に万全で、相変わらず周囲の視線は厳しい。

 やっぱり、明日にすればよかったかな……。

 少しの後悔を覚えつつ、それでも陛下の元を訪ねたのは……明日の朝では意味がないから。

「何方ですか?」

 そわそわと応答を待っていると、よく知った声がわたしの正体を尋ねた。その問いに、作法通りに応える。と、執務室の扉は静かに扉が開き、目を丸くした先生がわたしの前に姿を現す。

「おやおや、こんな時間にいらっしゃるなんて……。如何いたしました、姫様」

「あっ、えっと……」

 気合を入れてここまで訪ねてきたものの、問いかけの多い先生の視線に決心が揺らぐ。

 女神様からの依頼とはいえ、こういう差し入れには煩そうだもんね。

 持参したティーセットを隠しながら、わたしは必死に言い訳を探した。と----

「もしかして、陛下に差し入れですか?」

「えっ?」

 先生、やっぱり能力者ですか?

 女神様との謁見のあとだったため、ついつい疑心暗鬼の視線を向けてしまう。そんなわたしに、先生は心の読めない笑顔を浮かべて手元を指差した。

「それ、お茶か何かですよね?」

「えっ、あぁ……」

 なんだ、隠せていなかっただけですね。あまりにタイミングが良くて、つい疑ってしまいました。

 「ごめんなさい」と頭を下げながらティーセットを差し出したわたしに、先生は「何故謝るんですか? コレ、何か入っているんですか?」と眉を顰める。

 あぁ、その反応。やっぱり女神様のような力はないんですね。

 ホッと頬を緩めたわたしに更に訝しげな視線を向けつつ、ティーセットを受け取って入室を促してくれる先生。怖い怖いと思っていましたが、実は優しい人だってやっと分かってきました。

「何か失礼なことを考えていませんか、姫様?」

「気のせいです。では、お邪魔いたします」

 先生の小さな溜息が掛からないように、わたしはスタスタと部屋の奥へと進んだ。



「遅くまでお疲れ様です」

「なっ! お前っ!」

 先生を伴って姿を現したわたしの姿を認め、陛下はガタッと音を立てて勢い良く立ち上がった。

 ちなみに、その拍子に書類が2、3枚落ちましたが気付いてないみたいですね。早く拾った方がいいですよ。先生のオーラが威圧感を増してますから。

「お茶をお持ちしたんですけど、少し休憩しませんか?」

 先生から茶器を返してもらい、ポットを見せながら誘うと陛下は「茶だぁ?」と眉を潜める。

 仕草といい、言葉遣いといい、陛下って何だか道端のヤンキーみたいだけど……。王族の品位は一体どこへ落としてしまったんだろう?

 なんて失礼なことを考えつつ、トポトポとカップにお茶を注ぐ。休憩するなんて言葉は聞いていないけれど、そもそも働きすぎな陛下だから強引に休ませるくらいでいいよね。先生も止めないし。

「このお茶、リラックス効果があるんですよ。先ほど神官長様に召し上がって頂いた際に、『是非陛下にも』とお願いされたので、安心して召し上がってくださいね」

 『美味しい』と微笑んでくれた女神様の神々しい笑顔を思い出しながら、拒否は認めないという意思も込めて笑顔でティーカップを差し出す。と、それまで元気だったはずの陛下も先生も何故か同じような表情で固まり、わたしを凝視していた。

「……どうかしましか?」

「いや、どうかしたかってお前……。神か」「姉さんに、会ったんですか?」

 陛下の言葉を遮るように尋ねた先生。その怖いほど真っ直ぐな視線にドキッと心臓が鳴って、緊張感が全身を走った。

「あっ、はい。先ほど、先生の姪御さんと一緒に……」

「何か、言われましたか?」

「何か……。あの、わたしの心の声は神官長様にはだだ漏れだって……」

 もっと言い方はないのか! と自分で突っ込みたくなるほど拙い説明に絶望する。----が、そんなわたしの絶望を遥かに超えるくらい痛ましい表情を二人が浮かべるから……わたしはそれ以上、何も言うことができなくなってしまった。これ以上、墓穴を掘りたくない。

「えっと、勝手なことをして本当にごめんなさい。でも、どうしても彼女を放っておけなくて……」

 カップを差し出したまま頭を下げる。すると、少しして溜息とは違う二人分の息遣いが聞こえ、手のひらから重みが消えた。

「姫様が謝ることなんて、何もありませんよ」

「あぁ、そいつの言う通りだ。神官長の勧めなら間違いないだろうし、この茶は有難く頂くとしよう」

 言うや否や、堂々と上座に踏ん反り返る陛下。その様子はいつもの陛下で、先生も先ほどの動揺が嘘のように陛下の傍で静かにカップを手にしている。それだけでなく、『さっ、姫様もどうぞ』なんて同席を勧めてくるのだから、先ほどことには触れてはいけないのだろう。まっ、好き好んでパンドラの箱を開ける趣味もないからいいか。

 「ありがとうございます」と礼をして柔らかなソファに腰を下ろし、自分で整えた茶器に手を伸ばす。口元へ運べばふわりと香る、リンゴにも似た花の香りは天使ちゃんが女神様に編んだあの花と同じもの。

----この花はエリムピュアラ。この国では繁栄と泰平を象徴する花なんですよ。

「……逆境で、生まれる力」

「んっ、何か言ったか?」

「いえ、何も」

 陛下の問いを首を左右に振って否定し、女神様から教わったこの花の意味と祖国での記憶を照らし合わせながら再び味わう懐かしいハーブティー。じんわりと体に染み渡るこの温もりと、カモミールによく似た可憐な花の香りは、果たして陛下たちにも素敵な夢を届けてくれるだろうか。

 願わくば、そうでありますように。

 目の前でウトウトと微睡見始めたオレンジ髪の男性と、それを困ったように見守る線の細い男性を見つめ、わたしは心からそう願った。


 ◇


「……やれやれ、すっかり眠ってしまわれました」

 声を掛けても肩を揺すっても身動ぎ一つしない陛下の様子に苦笑し、先生は溜息を吐いてブランケットで陛下を包み込んだ。

「まぁ、そのための差し入れですから」

「あっ姫様、後はわたしが片付けますよ。部屋までお送りしますから、もうお休みになってください」

 さっさと茶器を片付けていたわたしを止め、先生が退室を促す。

 けれど、わたしはそれをやんわり断って微笑んだ。

「わたしは一人で大丈夫です。先生こそ、早く部屋に戻って休んでください。お疲れですよね? なんなら特別に子守唄も歌いましょうか?」

 あんなワーカホリック状態の陛下に付き合っていて疲れていないはずがない。わたしは至極当然のこととしてそう思ったんだけど----あれっ?----何故か、先生はわたしの言葉に目を見開いて、それから女神様によく似た柔らかな表情になり、優しくわたしの髪を撫でた。

「……全く、貴女にはかないませんね」

「えっ?」

 言葉の意味を計りかねて首を傾げたけれど、「こっちの話です」と誤魔化され、スマートに部屋の出入口までエスコートされる。そして今度は断る間も無く、外で控えていた兵士さんに声を掛けて部屋まで案内する手配を整えられ、わたしは為す術もなく先生と別れの挨拶をしなければならなくなっていた。

「では、美味しいお茶をありがとうございました。ゆっくりお休みになってください」

「ありがとうございます。どうかっ……いえ、どうぞ先生も良い夢を」

 なんとか伝えた願いに心の読めない笑顔を返され、ポカポカだった心が少し温度を下げる。

 嘘でも、「はい」って言ってくれてもいいじゃん。

 先生の反応が不満だったわたしは、今度は自分の意思で差し入れを持っていくことを心に決めた。

 そりゃ、陛下たちがお忙しいのも分かっているし、会って間もない人のテリトリーにズカズカ踏み込む気もサラサラないけど……心配したくなる要素をチラッと見せるだけなんて性格悪いよね!

「……先生の好きなもの、女神様に聞いてみようかな」

 こんなことを考えたことすら筒抜けなのかな、なんて思いながらふわふわのベッドで微睡んでいると、甘くて温かいエリムピュアラティーのような夢がすぐにわたしを迎えに来た。




どうも、多忙にて少々更新遅く……といっても、一年以上放置したわけじゃないし『まぁまぁだよね|ω・')?』と思っています可嵐です。


登場人物の名前が出てこないこの物語で初めて出てきた名前。女神様こと、エリムピュアラ様。通称エリン様です。天使ちゃんの名前も出すはずが、なぜか出てこなかったのが残念。いつか陽の目を見るんだ!


引きでわかるかもしれませんが、次は宰相様のターンです! が……もしかして、陛下出したほうがいい?

チラッと見え始める不穏な空気とともに、作者までそんな不安を抱く2章の最終話でした。


ではでは、読んでいただいてありがとうございました。また次回。


可嵐

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