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「神官長は休職中ですから、そんなに畏まらないで下さい。むしろ、療養中だからってこんな格好でごめんなさい。弟にバレたらまた小言を言われそう……」
淑女の礼をした私に柔らかな苦笑で応じ、はぁぁと小さな溜息を吐く。私がやったら嫌味らしくなりそうなのに、女神様がやると一々絵になって見惚れてしまう。
どうぞお掛けください。とベッドサイドの背もたれ椅子を示されたので、有り難くお言葉に甘える。天使ちゃんと一緒に用意したお土産がそろそろ煩わしくなってきていたので、本当に嬉しい。
……いや、決してお土産を用意するのが煩わしかったわけじゃないよ? ただ、片手で持つには重かったんです。ひ弱なもので。
「それはそれは。気を使わせてしまって申し訳ございませんでした。どうぞ、そこへ置いて楽にしてください」
「あ、ありがとうございます」
再びの気遣いにお礼を言い、侍女さんに無理を言って用意してもらった茶器類をベッドサイドのチェストに置かせてもらう。カチャッと音を立ててしまったけれど、お湯は溢れてなかったからセーフ。あぁ、重かった。……って、んっ? あれ?
そのままお土産を用意しようとして、とある違和感に気付いて背筋がヒヤッと寒くなる。
私、今声に出してないよね? ……なのに、どうして私の考えていることが分かったんですか、女神様。
言い知れない恐怖に襲われながら視線だけで女神様を窺うと、彼女は口元に手を当てて「うーん」と首を傾げてから言葉を紡いだ。
「そうですね。分かりやすく言えば、私が神官長だから、ですかね。貴女の考えていることは『神託』のように私の中に流れ込んで来るんですよ」
……神、託? 霊感すらない一般庶民の思考なのに、何故そんなことが。……って待ってください! それってもしかして、陛下や先生にも考えていることがバレバレってことですかっ?!
「貴女は別の世界からいらした特別な存在ですからね。本来はもっと神聖視されてもいいはずなんです。それと、あの二人には私のような力はないから大丈夫ですよ。あ、でも弟の方は一応気をつけて下さい。同じ血を引いてますから」
「…………分かりました」
一方的に語りかけられるような形の会話にガクッと脱力する。心を見透かされるって疲弊するんですね。
「本当、気分がいいことじゃないですねよ。ごめんなさい」
深々と溜息を吐いた私に同情して、シュンと肩を竦める女神様。そんな可愛らしい彼女の仕草に「いえ、神官長様のせいじゃありませんから」と首を振る。
むしろ、私なんかの醜い思考を見せてしまってごめんなさいと謝罪したいくらいだ。
そんな心の内をまた読み取ったのか、女神様は苦笑して首を振る。
「貴女の心が、私を不快にさせたことなんてありません。だって貴女は、陛下や弟、城の人間にどんなことを言われても、どんな目で見られても、あの人を想って耐えてくれましたから」
「……えっ?」
突然の言葉に戸惑いを隠せない。
だって、私と女神様は初対面で……。騎士団長様は私のせいで死んでしまって……。それに、私の心なんていつも苛々ゴチャゴチャしていて、とても人様に見せられるものじゃなかったはずで……。
それでも、この世界に来てから初めて感じる確かな慈しみに、ジワリと私の視界は滲む。間違っても不細工な泣き顔を晒さないよう慌てて下を向いて顔を隠した。けれど……。
「貴女がこの城にいらっしゃってから、私はずっと、貴女の心を聞いていました。突然知らない世界に来て、ただでさえ心細かったはずなのに……心ないことを言われて本当にお辛かったでしょう。城の者を代表して謝罪します。申し訳ありませんでした」
恭しく頭を下げられ、私は驚いて女神様を止めようとした。だって、私が女神様に謝罪しなければいけない理由はあっても、女神様から謝罪をされる理由なんて一つもないのだから。ーーーーなのに、そう伝えようとしても、視線で、態度で制されて何も言えない。
私は仕方なく謝罪を受け入れる旨を伝え、ようやく女神様に頭を上げてもらった。しかし、それにホッとしたのも束の間。今後は両手をギュッと握られかと思うと、真正面から告げられる。
「あんな辛い状況の中でも、あの人のことを忘れず、あの人が守った命を大切にしてくれてありがとう」
「えっ?」
「貴女のその強さに、私は救われました」
救われた? 女神様が?
心中で疑問符を浮かべる私に女神様は力強く頷いた。でも、分からない。私は何もしてないのに。……ただ、誰かの命を賭してまで助けてもらったこの命を、粗末には出来なかっただけ。
「いいえ。それ以外にも、貴女は私のこと、この子のこと、陛下のことを気遣ってくれました。国王も神官長も機能せずに弱りかけたこの国を、貴女が守ったのです。……そんな貴女を助けたあの人の選択を、私は誇りに思います」
「……そんな、大層なこと、じゃっ……」
私は、私のせいで傷付いた人を見たくなかっただけ。私のせいで傷付いた人を減らすことで、『罪悪感』っていう自分の傷を埋めようとしただけ。この国を守るなんて大それたこと、考えたことすらない。
でも、そんな私に女神様は言ってくれた。
「それでも、私は貴女に感謝しています」
「……感謝、するのは、こっちの、方、ですよぉっ……」
混沌とした私の心も、この城内では決して歓迎されていない私の存在も。全てを許してくれるような女神様の言葉に、気持ちが抑えられない。
バフッと勢い良く女神様のベッドに身を預けた私は、えぐえぐとまるで先ほどの天使ちゃんのように泣いた。そんな私の髪を女神様はそっと撫でてくれる。さっき、天使ちゃんにそうしていたように……。
そんな温かな優しさに甘え、私はしばらくの間女神様の寝具に心の雨を降らしていた。
励ましに行ったはずなのに励まされる。そんな予定外は得てしてあるものですが、今回もまさしくその通りです! どうしてこうなった!←
今度こそ忘れないうちに続きを書こうと頑張っていますが、早速展開が変わっていますのでどうなることやら……少々心配ですね。とりあえず、次で2章は終わる予定です。
ではでは、読んでいただいてありがとうございました。また次回!
可嵐




