第39話 森を歩く
葵はいつもより早く目を覚ました。
「……今日はどうしようかな」
朝食の準備をしながら、昨日のことを思い出す。
グレンから教えてもらった森の知識。
「もっと森のこと知りたいな」
葵が鍋をかき混ぜていると、後ろから声がした。
「なら、今日は少し歩いてみるか」
「え?」
振り返る。
そこにはグレンが立っていた。
「傷は大丈夫なんですか?」
「ああ。かなり楽になった」
グレンは自分の身体を軽く動かす。
まだ痛みは残っている。
だが、昨日までとは明らかに違う。
「無理はしない」
「……本当に?」
「ああ」
葵は少し考える。
そして――。
「じゃあ、家の近くまでなら」
「それでいい」
⸻
朝食を終えると、葵はいつもの装備を整える。
「準備できました!」
「……」
グレンは葵の装備を見る。
「その弓、お前が作ったのか?」
「はい」
「……」
グレンは弓を手に取らず、目で確認する。
「悪くない」
「本当ですか?」
「ああ。ただ――」
グレンは弓の一部分を見る。
「ここは少し補強した方がいい」
「え?」
「森で使うなら、この部分に負荷がかかる」
「なるほど……」
葵はすぐに覚えようとする。
「帰ったら直してみます!」
「そうするといい」
二人は家を出た。
⸻
少し歩いたところで、グレンが足を止める。
「ここからは静かに」
「……?」
葵も足を止める。
「どうしてですか?」
「足跡を見ろ」
「足跡?」
グレンが地面を指差した。
土の上に、いくつかの小さな跡がある。
「これは?」
「……分かりません」
「小型の魔物だ。昨日の夜に通ったらしい」
「〖検索〗!」
葵がスキルを使う。
――【フォレストラット】
――小型魔物。
――雑食性。
――警戒心が強い。
「フォレストラットです」
「そうだ」
「すごい……」
葵は地面を見る。
「足跡だけで分かるんですね」
「慣れれば簡単だ」
グレンはさらに歩く。
「森では、魔物そのものを見る前に気づくことが重要だ」
「気配とか?」
「それもある」
グレンは木の幹を見る。
「だが、他にもある」
「……?」
「枝が折れている」
「……あ」
葵はよく見る。
確かに一本だけ、低い位置で枝が折れていた。
「誰かが通った?」
「そうだ」
「魔物?」
「おそらくな」
葵は感心する。
「グレンさん、すごいですね」
返事こそ無かったが、グレンは少しだけ誇らしそうだった。
⸻
しばらく歩いていると、葵が突然立ち止まった。
「……待ってください」
グレンが振り返る。
「どうした?」
「何かいます」
葵は目を閉じる。
【気配察知】。
周囲の気配を探る。
右。
小さい。
そして――少し遠く。
「……あっち」
葵が指差す。
グレンが目を細める。
「分かったのか?」
「はい」
「何がいる?」
「そこまでは……」
「十分だ」
グレンは周囲を確認する。
「確かにいる」
「本当ですか?」
「ああ」
少しすると、茂みから小さな魔物が顔を出した。
フォレストラットだった。
葵と目が合った瞬間――。
「!」
フォレストラットが逃げ出す。
「逃げました!」
葵が思わず追いかけようとする。
「待て」
グレンが止める。
「え?」
「追う必要はない」
「でも、食料に……」
「今は必要ないだろう」
「あ……」
葵は足を止める。
確かに保存している食料はまだ十分ある。
「……そうですね」
グレンは頷いた。
「必要な時に必要なだけ狩ればいい」
「なるほど」
葵はまた一つ学んだ。
⸻
さらに森を進んでいた時、グレンが突然葵の前に腕を出した。
「止まれ」
「!」
葵も止まる。
グレンは地面を見る。
「ここから先は行かない」
「何かあるんですか?」
「ああ」
少し先の地面には、妙な跡が残っていた。
大きく深い。
一つではない。
「……これ」
葵も見る。
「大きな足跡ですね」
「ああ」
「〖検索〗」
葵が試す。
――対象を特定できません。
「……分からない」
「お前の〖検索〗でも?」
「はい」
グレンの表情が変わる。
「なら、近づくな」
「……はい」
二人は足跡から距離を取った。
葵はその足跡をじっと見る。
以前にも似たようなものを見た気がする。
あの時感じた、正体の分からない気配。
グレイベアと遭遇したときにも感じた。
「……もしかして」
葵が呟く。
「何だ?」
「前に感じた気配と、同じなのかも」
グレンは答えなかった。
ただ、森の奥を見つめる。
「……俺もそう思う」
⸻
それ以上は進まず、二人は家へ戻った。
「今日は結構勉強になりました」
「そうか」
「足跡とか、枝とか、匂いとか……」
葵は今日教えてもらったことを思い出している。
「〖検索〗だけじゃ分からないこともあるんですね」
「能力だけでは森では生きられない」
「……」
「だが」
グレンは葵を見る。
「お前の能力も十分役に立つ」
「本当ですか?」
「ああ」
「……よかった」
葵は嬉しそうに笑った。
グレンもほんの少しだけ口元を緩める。
「明日も――」
グレンが言いかけて、止まる。
「?」
葵が首を傾げる。
「……いや」
「何ですか?」
「傷が完全に治ったら、もう少し遠くまで案内してやる」
「本当ですか!?」
「ああ」
葵の顔が一気に明るくなる。
「楽しみです!」
グレンはそんな葵を見ながら思った。
――この少女となら。
もう少し、この森を歩いてもいいのかもしれないと。




