6、第三者の視点
「アルマン……あら、ジュールも居たのね」
家令アルマンの執務室を訪れたセラフィーヌは、そこに弟の従者のジュールの姿を見つける。
「セラフィーヌ様、どうなさったのですか?」
なにやらジュールと話し込んでいた様子のアルマンが、ソファから立ち上がろうとするので、そのままでいいと示す。
だが、真面目な彼は譲らず、さらにジュールにも立つように促した。
肩をすくめながらそれに従うジュールは、弟が見つけたというか、連れてきた従者だ。
「貴方たちは、ヴェルナレット嬢のことをどう思っているのかしら?」
譲られたソファに座り、アルマンとジュールには向かいに座るよう指示する。
丁寧に頭を下げるアルマンと、にっこりと笑って座るジュール。
飴と鞭でちょうどいいんじゃないか、と言っていた夫の言葉を思い出す。
「どうって……?」
ジュールがちらりとアルマンを見る。
どうやら、彼に先に話させたい様子だ。
セラフィーヌもアルマンへと視線を向け、答えを求めた。
「そうですね……。悪女と言うには違和感がありますね……」
「例えば?」
さらに問い詰めれば、アルマンは思い出すように視線を巡らした後
「ドレスが合っていないように思われました。袖が短かったように……」
その返しに、アルマンの隣に座っているジュールも頷いている。
(……そうよね。ちょっと見れば分かると思うのだけれど)
ジュールの方へと視線を向ければ、『僕ですか?』と自身に指を向けている。
「ええ、貴方の意見も聞かせて」
「これは恐れ多いですね……」
口元に笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。
アルマンも同じような表情をするが、ジュールがこの表情を向けるのは、いや、向けないのはルシアンだけ。
ルシアンにしか気を許していないのだ。
(あの子はそんなことにも気づいてないでしょうけど……)
子供っぽい性格よりも気掛かりなのは、人の感情に疎いところだ。
いや――人に興味が無いのかもしれない。
懐に入れた人間には甘い。だが、そうでない人間に対してはどんな興味もない。
おそらく弟自身も気づいていないだろう。
「悪女ではない、でしょうね。貴族らしい生活とは無縁だったのでは?」
「……どうしてそう思うの?」
「そばかすですよ。綺麗に隠れていないところをみると、高級化粧品ではないのでしょうね。近寄ればすぐ分かります」
「そうね」
「つまり、陽に当たる非常に健康的な生活をしていたことになりますね」
「……ヴェルナレット嬢本人ではないと?」
「あぁ……そう言えばスカートをめくったそうですね」
「……あの子はどういう話をしたのかしら?だいぶ語弊があるわね」
「足首を見られても気にしないとか」
「……」
アルマンの眉が不快げに寄せられた。
「……そうね。まるで気にしていなかったわ」
「袖の丈が合っていないということは、裾の丈も合っていなかったのですか?」
黙ったままのアルマンに対し、勘のいいジュールの鋭い質問が続く。
「その通りよ。本来のドレスの持ち主よりヴェルナレット嬢の方が背が高いのでしょうね。靴がヒールのあるものだったら足が出たでしょうけど」
「ヒールのない靴だった……それを確認する為にめくったんですか?」
「……めくってはいないわ。持ち上げただけよ」
「ルシアンには刺激が強かったんじゃないかなぁ」
ジュールの指摘に先ほどの弟の様子を思い出す。
紳士らしからぬ態度だった。
はぁとため息を吐くセラフィーヌに、ジュールはさらに続けた。
「そういえば、肩も合っていなそうで、少し窮屈そうでしたね」
「……そこまで分かるのはさすがに気持ち悪いわ」
「おや、失礼いたしました」
慇懃無礼に頭をさげる姿に、セラフィーヌは問い掛ける。
「……貴方はあの子が当主になるのが不満なのかしら?」
ジッと不思議な色合いの瞳を見つめる。
赤のような青のような……混ざりあうはずの無い瞳の色。
「僕はアイツが好きなように生きればいいと思ってますよ」
「……そう。従者としては百点満点なのかしら?」
「セラフィーヌ様はどうしてもアイツに譲りたいんですか?」
「……あの子のものだもの」
「そう思っていないのに?」
「……」
自分でも分からない。
あの子が“当主なんて嫌だ”というなら引き受けることに否はない。
でも、あの子は“嫌”なのではなく、まして“騎士になりたい”わけでもない。
ただ、セラフィーヌの為に、当主という道を譲ろうとしているだけだ。
セラフィーヌとしては、それは違うと思う。
だから、譲れない。
「どっちもどっちだと思うんですけどね」
呆れたようなジュールの声に、そうかもしれない、とセラフィーヌは思った。




