第72話 理不尽を切り裂く者
一色はその光景を俯瞰した状態で見ていた。
「はっはぁ! 今更このアタシが! 下級妖怪程度でビビるかよぉ!!」
銀の外套を靡かせ、銀の剣を振るう少女の戦いを。
「一人の少女を! よってたかって殺そうとする! つまり、テメェらは邪悪だ、おらぁ!」
少女の動きは決して、武術の達人というわけではない。
無駄な動きはたくさん。
全てを見切るような洗練された動きも無い。
荒々しくてざっくばらん。
時折、武術らしき足運びは見られるが、それでも剣を持った素人の如き戦い方だ。
けれども、強い。
まるで映画の中のアクションスターの如く、その少女は集まった怪異たちを次々と切り伏せていく。
――――なにあれ、格好いい。
一色はその姿に思わず心を震わせて、ふと気づく。
少女が銀の剣を振るいながら戦うその足元に、自分自身の肉体があることを。
どうやら、気付かない内に幽体離脱していたらしい。
――――ええと、なにこれ、どうやって戻ればいいの?
一色は知らない。
己が今、魔術師として重要な『イニシエーション』の一つを行っていることに。
【破邪の銀】の超越者との接触により、魂の階梯が上がっていることに。
その余波として今、一色は幽体離脱を起こしているのだった。
「はい、ラストぉ!」
一色が戸惑っている間に、少女の戦いは終わっていた。
鎧袖一触。
人の理から外れた怪物たちを、少女はまるで苦も無く葬ったのだ。
まるで、紙切れでも切り裂くかのように、余りにも容易く。
「……っと、思わず助けたけど。ええと、この子が保護対象でいいの?」
そして、戦闘を終えた少女は、ポケットから携帯端末を取り出し、その画面と一色の顔を見比べて。
「よし、多分オッケー! いやぁ、確認する前に飛び込んだけど! 合っていてよかった! まるで魔法とか関係ない相手だと、流石に色々と対処が必要だったけど……あの申請、意外と面倒なんだよなぁ」
ブツブツ言いながら、ほっと安堵の表情を浮かべた。
その顔は、先ほどまで山の怪異に対して無双していた時に比べて、あまりにも普通な――一色と同世代の少女に見えた。
学校に居れば、普通に背景の一つとして見逃してしまいそうなほど、その少女は平凡な容姿をしていた。
「あ、ショックで幽体離脱している……あー、魂が変なところに行かない内に戻さないと」
そして、ようやく一色は自分の現状を少女に気づいてもらえた。
――――そう! そうなの! 助けてぇ!
魂だけの状態で、一色は必死に少女へアピールする。
けれども、少女はその一色にはまったく視線を向けずに。
「魂がどこかに…………まぁ、いいか! よし、荒療治でゴー!」
――――荒療治って何ぃ!?
勢いよく、意識を失っている一色の頬を、ばしーんと叩いたのだった。
「いたぁーい!!?」
「お、戻った」
一色の覚醒は、鮮烈なる痛みと共に。
「痛い!? 思ったよりもずっと痛いよぅ! もうちょっと優しくしてほしかった! でも、助けてくれてありがとう!」
頬を押さえながら跳び起きた一色は、自分を助けに来たであろう少女に対して、文句とお礼を告げる。
「どういたしまして」
すると、少女はふわっと柔らかい笑みを返す。
同性の一色が、思わずどきりと胸を高鳴らせてしまうほど、魅力的な笑みを。
「アタシの名前は鈴木千尋。御覧の通りの魔術師見習いだ。ここには、生贄の果実を食べた者の救助にやって来た」
「……魔術師見習い? 生贄の果実?」
疑問を浮べる一色に、少女――千尋はざっくりと説明する。
自身が、魔法世界の魔法学校に通う生徒であること。
千尋の師匠はそれはもう、物凄い力を持った魔術師であること。
その師匠から、課題の一つとして今回の仕事を引き受けたこと。
そして、その救助の対象となっているのが、他ならぬ一色であること。
「生贄の果実ってのは、あれだよ。料理の下ごしらえみたいな感じ」
「し、下ごしらえ?」
「アサリとかさ、食べる前には泥抜きとかするだろ? 肉を焼く前に、香辛料を塗り込んだり、柔らかくするためにひと手間かけるだろ? そういう奴」
「…………えぇ」
あっけらかんとした千尋の言葉に、一色はぞくりと背筋に悪寒が走った。
あの美味しい果実。
ビワにも似た形の果実。
あれは毒ではなくとも罠であり、自分は見事にそれに嵌っていたことに今更気づいたのだ。
「色々と専門的なことを言うなら、その果実にはたっぷりと山の魔力が込められているんだよ。生き物がオドに……ええと、栄養にしやすい形に加工してな。だから、それを食べた生き物は魔力の操作に覚醒して、普段とは違う能力を得たりするわけだ。何か心当たりは?」
「は、はい……その、植物の成長を促進させたりとか、そういう」
「なるほど。生命操作系かぁ……そりゃあ、山の怪異たちも欲しがるわけだよ」
レアな固有魔法じゃん、と千尋は呆れたように言う。
呆れているのは、一色の幸運――否、とんでもない不運に、だが。
「ちなみに、どんな感じなのか、今すぐ実演できる?」
「ええと……はい、こんな感じです」
「…………んんー?」
ただ、その呆れ顔は直ぐに引きつることになった。
何故ならば、千尋は見たからだ。
単なる雑草が、ほんの数秒で、千尋の背丈を超えるほど巨大に育つ有様を。
「これは、生命操作の中でもかなり上位の…………えっと、青崎ちゃん」
「一色でお願いします。その、そっちの方が直ぐに反応できるので」
「ん、そっか。そうだな、確かに危機的状況になった時、そっちの方がいいか」
千尋は手元の携帯端末を操作しながら、あーだこーだ呟くと、何か得心したように頷く。
「一色ちゃん。ひょっとしてお前さ、元からこう、魔力とか、そういう系の力使えてない?」
「…………なんか、超能力っぽいことは出来ました」
「そっかぁ……相乗効果ってわけかぁ」
千尋の説明によれば、一色は奇妙な偶然が重なった結果、生贄の果実を使って得られる力よりも、更に強大な力を得る形になったらしい。
まず、先天的に魔力を知覚し、扱うことが出来た才能。
そこに、更に一色の力を増大させる生贄の果実が入って来たのだ。
下手をすれば、達人クラスと呼ばれる魔術師レベルには、今の一色は保有している魔力が巨大だった。
けれども、だからこそ、この絶好の機会を『山』は逃がさない。
『おろろうるるろろうるううおおおおおおおおお』
声が響いた。
地鳴りの如き声だ。
まるで、山そのものが鳴動するかの如き、悍ましくも神威溢れる声だった。
「ひうっ」
「んお?」
その声に対する反応は対照的。
一色は露骨に肩を震わせて蹲って。
千尋は銀の剣に手をかけ、じっと空を見上げた。
『おろろぉろろろろっ』
千尋が見上げた先に居たのは、巨大なる透明な人型だった。
山よりも遥かに高く、山を悠々と見下ろせるほどの体躯。
広げた両手は、そのまま振り下ろされれば、山は容易く砕けるだろう。
「事前情報によれば……ああ、やっぱり山神が出て来たか。『地球世界』でも、まだこんな神格が動ける場所あったとはなぁ。まったく、何が起こるかわからない仕事だぜ!」
されど、千尋の戦意は衰えない。
微塵も怯えていない。
まるでこんなのは朝飯前の雑事に過ぎないとばかりに、余裕たっぷりの表情で銀の剣を構えた。しっかりと、怯える一色を庇いながら。
「あ、あの、鈴木ちゃん!」
「千尋でいいぜ?」
「千尋ちゃん! あ、あれは!? あの怪獣みたいに大きい奴は!?」
「山神。この山を統べる神格って奴だ。まぁ。安心してくれ。大きさの割に、あれは意外と神格の中でも弱い方だから」
「よ、弱い方って……でも、あれは神様なんだよね!?」
「ああ、そうだよ? だけど、アタシは神殺しだ」
「えっ?」
平然ととんでもないことを言う千尋に戸惑う一色。
どういうことなのかと訊ねようと口を開くが、その先を紡がせるほど状況は悠長ではない。
『お、おおおおおおおっ!!』
空から降ってくる声が、更に大きさを増す。
びりびりと肌に衝撃が伝わるほどの声。
それ自体が攻撃にすらなる声。
けれども、巨大なる人型――山神のそれは攻撃手段ですらない。
「う、あ」
思わず見上げてしまった一色が見たのは、自分たちを圧し潰そうと迫る巨大な掌だった。
「汝は邪悪なり」
――――キンッ。
そして、次に見たのは、巨大な掌が、ずるりと斬り落とされた瞬間。
「アタシが定めた。アンタが自然の摂理の具現化だろうが関係ない。銀の超越者たるアタシが定めた。アンタは邪悪で――――アタシの敵だ!!」
どん、と一色の隣で地面が弾ける。
空気が衝撃波を撒き散らす。
「わぷっ!?」
その衝撃波に思わず一色は目を瞑って。
『おおおおおおおおおお――――』
「山の神よ! 形無き者へと還れ!!」
再び目を見開く。
そんな僅かな間に、決着は付けられていた。
「はははははっ! いよぉし! 試運転は上々!!」
巨大で透明な人型は切り祓われた。
肉ある者の如く、その巨体が山の上に倒れ込むことはない。
最初から何も無かったかのように、その場から綺麗に消え去った。
けれども、千尋が成し遂げた偉業は消えない。
「わぁ……」
何故ならば、一色が居るからだ。
千尋に助けられ、千尋が成し遂げた神殺しを目的した一色が居るからだ。
たとえ、跡形もなく山神が消え去ろうとも、今日この時のことを、一色は忘れることは無いだろう。
「ふぅ。まぁ、ざっとこんなもんだな」
「あ、あの……ありがとうございます!」
それから少し経って。
良い運動が出来た、みたいなノリで地上に戻って来た千尋に、一色は勢いよく頭を下げた。
いくらコミュ力に難がある陰キャの自覚が在ろうとも、お礼は言える。否、言わなければならない。一色自身の魂が、そう決めたのだ。
「た、助かりました、本当に! …………も、もう、駄目かと思って」
「あー」
「……え? あの、なんですか? その、『まだ助かってないんだよなぁ』みたいな顔は!?」
「まだ助かってないんだよなぁ」
「本当に言った!? 言って欲しく無かった言葉を!」
千尋はぼりぼりと頭を掻いた後、思案顔で告げる。
「とりあえず、振り払う火の粉は払ったけど。多分、一色ちゃんが怪異とか妖精とか、そういうのに対して『物凄く美味しい餌』ってのは変わらないからなぁ」
「うぇっ!? な、治すことは!?」
「可能だろうけど、代償としてどんな後遺症が残るか……最悪、五感の一つを失う可能性もあるから」
「あわわわわ……」
「だけど! そんな無理な治療をしなくても、アタシからおすすめの方法が一つある!」
にぃ、と凛々しく笑みを浮かべて、千尋の手が一色の肩を掴む。
「一色ちゃん! 魔法学校の生徒にならないか!?」
「……へ?」
一色は知らない。
鈴木千尋という少女が、最強の魔術師の弟子であることも。
【破邪の銀】を振るう超越者であることも。
ただ、今この時、一色は確かに、新しい物語が始まる予感で胸を高鳴らせていた。




