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【第四話『拡大と発展の木曜日』】②

主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。

    戦術家だが感情に流されやすい。

    この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望。

    学校間対抗戦で年下の女の子に負けて現在新技を開発中。

 親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。

    知らない物の値段を当てる特技がある。

    裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。

◆午後、魔術理論の授業の余韻を残したままの昼休み。

 

ハクが向かいの席に腰を下ろす。


その手には、黒地に金のラインが入った高級感のある小箱。どう見ても、学食のトレーには場違いな代物だった。


「朝、ドローンで届いた試作品。母の知り合いが始めたブランドらしい。

“菓子パンと呼ぶには贅沢すぎるもの”を、日常のおやつにできるかっていう実験」


そう言って、ハクは箱を開ける。


中には、小ぶりなブリオヌットが四つ整然と並んでいた。サイズは手のひらにちょうど収まるくらい。


一つは、焦げ目のついたブリオッシュ生地に香ばしいスパイスの香りが染みている。

一つは、断面からうっすらと緑とオレンジの野菜ペーストが覗いていた。

三つ目は、柑橘系の透明なグレーズが宝石のように光り、

最後の一つは、真珠のようなつやを持つバニラ・グレーズのシンプルな一品だった。


「一応、全部“ブリオヌット”。ブリオッシュ生地を軽く揚げて、中にいろいろ詰めたやつ。

見た目は似てるけど、構成はバラバラ。それが売りなんだって」


ハクはためらいなく、スパイスの利いたパンを指でつまみ、ひと口かじる。


外側のふわりとした生地がすぐに崩れ、中からチキンコンフィと香辛料の湯気が立ち昇った。


「……これは、うん。たしかに面白い」


軽く目を閉じながら言葉を繋ぐ。


「外はほんのり甘くて柔らかい。中は、スモークパプリカと黒胡椒、それにナツメグの甘さ。

チキンは脂控えめの胸肉、たぶん低温のコンフィ。シナモンが最後に香って、口の奥をスッと締める。

屋台で出てくるやつをおしゃれに再構成した感じ。でも、屋台ってさ――野菜の鮮度が落ちてたり、油が強すぎたりするじゃん?

これは全部逆。香りに振ってて、雑味が一切ない。……手がかかってるな」


そう言って、ハクはトレイ脇の銀色のパックを取り出した。

中には、淡い朱色の液体――ザクロとココナッツミルクが最初から乳化された、新商品のドリンク。


「これもセットで届いた。ザクロの酸味とココナッツの脂肪感。

最初は甘いけど、後からキュッと締まってくる。

味の構成を飲み物で完成させるとか、反則だよね」


「“うちカフェ”じゃなくて“うちラボ”っていうブランド名らしい。

高級志向には見えるけど、テーマは“試せる贅沢”。

百貨店じゃなくて、最初からネットと配送に特化するつもりみたい」


そう呟くと、残ったブリオヌットの中から、最もシンプルなバニラ・グレーズタイプを丁寧に持ち上げる。

箱の内蓋には、品の良い和紙のような高級感のある“サービング用の包み紙”が数枚入っていた。


ハクはその中の一枚を取り出し、無駄のない手つきでパンをくるりと包む。

まるでそれが最初から「誰かに渡すこと」が前提だったような自然な動作だった。


「これ、君に。

俺にはちょっとストレートすぎたけど、たぶん、お前が一番おいしく感じられるタイプだと思って」


リゲルは驚いたように瞬きをしてから、遠慮がちに聞く。


「……いいの?」


「構わないよ。そもそも箱買いしかできないし。全部食べたら舌の評価が濁る。

“ひとつだけ食べた感想”を別の人から聞くのが、いちばん参考になる。母に報告もしなきゃだし」


包み紙にくるまれたブリオヌットは、ハクの手からリゲルのトレイへ――

中央ではなく、あくまで“端”にそっと。ハクは視線すら寄越さず、それを置いた。


リゲルは数秒間それを見つめたあと、ぱっと表情を明るくする。


「……めっちゃうれしい。今日、デザートつけなかったからさ。

なんか、すごくいい匂いする……!」


「甘いのに、奥の方がちょっとだけ焼きたてのパンっぽくて……あ、違う、バターの匂いかも。

なんか、ふわってしてるのに、どっしりもしてる……」


ハクは目を細め、鼻先で息を弾ませるように微笑んだ。


「“いい匂い”って言えるの、いちばん信用できる感想だと思うよ。疑う人よりずっといい」


リゲルはパンを両手で持ち上げ、そっと包み紙ごと鼻先に寄せた。

甘い香りと、ブリオッシュの熱がほんの少しだけ残っていた。


そして、ぽつりとこぼす。


「……できたてなら、もっとおいしいんだろうな」


その言葉に、ハクは静かに頷いた。


「……うん。湿気と熱と空気、全部が合ってたら――もっと凄かった。

でも、それが分かるなら、もう充分だよ。

できたてを逃しても、“おいしさ”は失われないってこと、伝わったから。」


「俺がいくら分解しても、“本当に食べたい人”がそれを感じなかったら意味ないんだ。

でも、君は……一口食べる前から、たぶん、分かってた」


スパイスでも技術でもない。

ただ、「おいしいと思いたい」気持ちと「わかる」直感だけが、ふたりを並べていた。


◆食後前半


食べ終わったリゲルが包み紙をそっと畳み、トレイの端に寄せる。


ぴーちゃん――今日の彼は、知的で落ち着いた雰囲気の水曜日モード――が、光の粒となってリゲルの肩に浮かんだ。


「いいものを貰ったな。昔から、深い人間関係と食事は切っても切り離せない関係にある。関係性を大切にするんだぞ。」


「うん。……ハク、ほんとありがとう」


「礼はいらない。口と脳が温まったところで、次は作戦会議だろ」


ハクが紙パックの飲み口を軽く押しつぶしながら、さりげなく話題を切り替える。


リゲルも姿勢を少し直し、先ほどまでの柔らかい空気から戦術モードへと切り替える。


「……ねえ、ぴーちゃん」


リゲルが肩に乗った精霊をちらりと見上げる。


「……軽くて、すごく鋭くて、すごく脆い羽って、たくさん出せる?」


ぴーちゃんは少しだけ目を細めて、分析するような口調で応じた。


「うむ。前提として、重くて硬いものを維持するには、それなりにマナを消費する。

しかし、鋭さだけを持たせた軽い羽なら、マナの消費はそこまで大きくなかろう。

鋭さというのは、実は“質量”よりも“先端の構造”と“速度”の問題であるからな。

まとまった量を集中させれば、相手のアバターの脆弱な部分であれば、無視できないダメージが入るだろう。

アバターが発生させる羽である以上、召喚魔法ではないからこの点もよく考えられている。

リゲルらしくよく考えられている戦略だと思うぞ。」


ハクが短く息を吐き、トレイの上のスプーンを指先で軽く弾いた。


「羽で“空間を支配する”って発想、悪くないな。

いちいち命中を狙わず、“あそこに行きたくない”と思わせることができれば、それだけで価値がある。

相手の足が止まれば、次の展開に持ち込める。接近するのか、回り込むのか。こちらが選べる。

リゲルらしい頭脳的な発想だね。」


リゲルが頷きながら続けた。


「……たとえば、相手の移動先に向けて羽を運んでおけば、接触たびに細かく削れるし、

“あそこは通りたくない”って意識させられれば、動きが限定されていく。

その分、こっちの攻撃も通しやすくなる」


リゲルは一拍置き、さらに言葉を継いだ。


「……完全防備の防御型アバターならともかく、

素肌が露出してるタイプとか、特に“目”みたいな急所が見えてる攻撃型アバターが、

その空間に無理に踏み込んだら――致命傷になりかねない。

いくら強気でも、サンダルでガラスの破片が散らばった通りを突っ切る人間なんて、いないでしょ」


その例えに、ハクがふっと鼻で笑った。


「たしかに。靴底越しでも痛いのに、目とか、口とか、

そんなとこに薄刃みたいな羽が入ったら、試合どころじゃない。

“触れた瞬間、終わるかもしれない”って思わせる空間、か」


「……こっちが直接ぶつからなくても、“そっちが来づらい空気”を作れれば、

回避か、遠回りか、あるいはその場で立ち止まってくれる。

その間に、一撃通せればいい」


「羽の性質を知らない相手なら、なおさら有効だね。

どれくらい痛いか、どれくらい壊れるか――わからないからこそ、躊躇う」


ハクは飲み干したパックをテーブルに置いて、指先で空をなぞるように続けた。


「要は、“本当に刺さるかどうか”じゃなくて、“刺さる気がするかどうか”だ。

視覚で攻める。心理で縛る。戦術として洗練されてるよ、これは」


ぴーちゃんも、どこか満足そうに頷いた。


「……風と羽という構成は、“空間に意味を与える”魔法の組み合わせだ。

破壊するのではなく、選択肢を消す。

攻撃じゃなくて、『制限』の連続で戦場をつくる、そういう戦い方だな」


リゲルは少し口元を引き締めながら、自分の指先で空中に軽く円を描いた。


◆食後後半

「……で、考えてみたんだけど」


リゲルがテーブルの上に指を滑らせるようにして、空間に七つの形を描き始めた。


「……七つ、連携パターンを作ろうと思って。最初に出すやつと、展開用と、抑制と、誘導と……」


「待て待て」


ハクが即座に言葉をかぶせた。その声は鋭くも冷静だった。


「多すぎる。しかも、構造が綺麗すぎる」


リゲルが戸惑いを見せる前に、ハクは身を乗り出すようにして言葉を重ねた。


「パターンを作るのは悪くない。だが、それを“相手に読ませる形”で持ち込んだら、逆に利用される。

今の段階で、こっちの動きはある程度分析されてる。そこに“綺麗な戦術”を当てはめるってことは、“誘導してください”って言ってるようなもんだ。

それに、お相手さんの希望にも添えないよ。

人に時間を使ってもらっている以上、その趣旨に応えるのが最低限の礼儀だと思うんだ。」


「……でも、型がないと――」


「型があっても、動きが固定されたら意味がない」



ハクの声は切れ味を増す。


「パターンで攻めるんじゃない。パターンに“見せて”、違う動きを刺すんだ」


リゲルは視線を逸らしながら唇を噛んだ。


「……けど、それだと場当たり的になる。実際、どんな相手が来るか分からない中で、完全即興で対応できる自信は……正直、まだない」


「……今までみたいに、“用意してきた流れ”の中で動けないってことだろ。

それって、失敗したときの言い訳が効かなくなる。

自分の判断が間違ってたって、全部、結果として出ることになる。……怖いよ、それって」


「だったら、そこに賭けるしかない」


ハクは即答した。


「それが、読み合いの世界だよ。

結局、相手の考えも、タイミングも、こっちには読めない。

だったら、自分たちで“何を見せて、何を隠すか”を決めて、それを信じて動くしかない。

無責任に聞こえるかもしれないけど、俺は、君なら、いや、俺たちならそれができると思ってる。」


「読み合いに持ち込む以上、“定型”で勝てる相手なんていない。君の剣のしなり、ビットの挙動、俺の輝水、軽弓と双剣の二刀流も、もう見られてる可能性が高い。

だからこそ、“わざといつも通り見せて、ここぞというところで予測を外す”。なれさせて、裏をかく。それで崩していくしかない。」


「……じゃあ、あらかじめ決めた型は持っていかない感じ?」


「駄目じゃない。けど、相手に“これが型だ”って印象づけた瞬間に、裏をかけなくなる」


ハクは指を一本立てて強調した。


「1個でいい。“これが全部”って思わせるやつを一つだけ用意して、あとはその裏をかけばいい。

七つも構えてたら、どこかで必ず不都合が生じる。

そして、役割を明確にする。連携は必ず俺が支援に回る。」


「……一つに絞るのか」


「そう。“見せるための一手”として、一番“安全で、わかりやすく、誘導に使えるもの”を残して、それ以外は“変化と即興”に任せる。」


「……連携を減らす点については、妥協する。」


リゲルは深く息を吸ってから、静かに頷いた。


「それが、今の俺たちにできる最善の読み合いだと思う」


リゲルは少しだけ黙ったあと、指先をもう一度テーブルに滑らせながら言葉を加えた。


「……じゃあ、連携パターンは、確実にアバター能力にシナジーのある『反射』と『錯覚』の二つだけに絞るのはどうだろう?

一つは、俺のビットをハクの輝水の分身で反射させて、数と角度を読ませない攻撃。

もう一つは、俺の一撃をハクの輝水で歪ませて、相手の目測を狂わせる錯覚型の攻撃」


「……たとえば、俺のビットを三方向から同時に出して、ハクの輝水分身で一つだけ曲げて返す。

本体の光線は真っすぐに見せて、最後の瞬間にだけ“屈折した水面を突き抜けるような”角度で曲げる。

錯覚と時間差によって、“避けたつもり”の相手に当てる構造になる。

輝水でビットの数を胡麻化すのと組み合わせたらかなり有効だと思う。」


「……実際に動きとして成立して、かつアバター同士の相性が生きるパターンって、あんまり多くないんだよね。

考えていくうちに、最初に並べた七つのうち、半分以上が“読み合いで裏をかく構造”に転用できないって気づいた。

その上で、確実に決まる見込みがあって、奇襲にも誘導にも使える――

そんな条件でふるいにかけたら、『反射』と『錯覚』だけが残ったんだ。」


ハクは腕を組み直しながら、短く考える間を挟んだ。


「悪くない。どっちも、読まれても対処が難しい。“外しても当たる”か、“当たっても避けられない”構造になる。

反射と錯覚、正反対の理屈なのに、どっちも“先に動いたほうが負ける”形を作れるのは強い」


「……他は全部、即興にする。連携に使えるのはこの二つだけ」


「いいと思う。むしろ、僕もそのほうがこっちも動きやすい」


その言葉に、リゲルはようやくほっと息をついた。


「そうと決まったら、今日の個人練習は戦闘シミュレーション室で人形相手に特訓だ!」


いつもは抑制の効いたハクの声が、ほんの少し久しく聞いていなかった“弾むような調子”が混じっていた。


幼いころ、二人で訓練場に忍び込んで、誰もいない夜の校庭で影と戦ったあの頃――


リゲルの脳裏に、ふいにそんな記憶がよぎる。

昨日の模擬戦のときよりも、ずっと自然で――どこか、子供のころに見たあの無邪気さを取り戻しているようだった。


「……なんか、珍しいね。今の声」


どれだけ理屈を並べても、根っこのところでは、ハクもきっと“こういう時間”が好きなんだ。


リゲルが驚いて顔を上げると、ハクは口元を引き締め直して、わざとらしく咳払いをする。


「まあ、たまには全力で“仕掛けるだけ”ってのも、悪くない」


そう言って立ち上がる姿に、どこか少年のような軽さが宿っていた。


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