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【第四話『拡大と発展の木曜日』】①

主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。

    戦術家だが感情に流されやすい。

    この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望。

    学校間対抗戦で年下の女の子に負けて現在新技を開発中。

 精霊:名前はぴーちゃん。孔雀の精霊。曜日ごとに性格や見た目が変わる。

    木曜日のぴーちゃんは、老成した苦労人で意外に家庭的。

    イメージカラーは緑色。

    リゲルを哲学的な視座をもって精神的に保護してくれる。

 親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。

    知らない物の値段を当てる特技がある。

    裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。

【第四話『拡大と発展の木曜日』】 

――今日は、少しだけ視界が広がっている。


◆木曜日の朝/登校直前


 いつもと同じ寝具。変わらない天井。


 それなのに、目を開けた瞬間――

 世界が、少しだけ遠くまで見えるような気がした。


 体は軽い。頭も重くない。

 むしろ静かで、それが少しだけ不気味だった。


 ピッ、と端末が小さく光を放つ。


「……起きたか。おはよう、リゲル」


 低く落ち着いた声が、部屋に満ちる。


 木曜日のぴーちゃんが現れた。

 孔雀の羽を、控えめに揺らしながら。


 その羽は深い緑の光沢を帯び、静けさを纏っていた。

 どこかくたびれたようで――でも、知性と誠実さは失っていない。


「顔色は、悪くないな。昨晩は、ちゃんと休めたか?」


 淡々とした口調。

 けれど、労わるような優しさが滲んでいた。


 リゲルは、布団の中で小さくうなずく。


「そうか。……なら、今日の進み具合は、君次第だ」


「無理はするな。ほどほどにな」


 少し間を置き、ぴーちゃんはまた視線を向けてくる。


「……忘れるなよ。

 君が経験するすべては、無駄になることはない」


「たとえ今、意味が分からなくても、だ」


 そう言ってから、ぴーちゃんは静かに端末の時間を確認した。


 今日は、いつもより言葉が少なかった。

 でもその分、空気が澄んでいる。


 ――場所だけが、静かに整えられたような。


 リゲルはようやく布団をはねのけて、座り上がった。


 広がりかけている何かを。

 今日は、少しだけ掴めるかもしれない。


◆ 午前中の授業


 魔術理論の教室に、静かな緊張が漂っていた。


 今日の題材は――

 かつて多くの魔導士が憧れ、今では廃れてしまった魔法。


 黒板に記された一語。


《風の斬撃魔法》。


 空気を刃に変えるという、古くロマンある術式。


「では始めよう。

 本日は《風の斬撃魔法》を通じて、魔法選択の思考構造を学ぶ」


 教師は三つの理論を板書する。


【❶ 純粋風魔法説】

【❷ 召喚魔法説】

【❸ 牽連発動説】


「❶は、風――つまり気体に直接斬撃力を持たせるという説だ。


 だが、空気は原則として刃にならない。

 “鋭さ”を持たせるには、極限的な圧力と密度が必要になる」


「確かに見えないという利点はある。

 だが現代では、光や液体に不可視化魔法を載せたほうが効率がいい」


 教師は補足を書き足した。


【刀身専属性】:斬撃を直接発生させるための構造的特性。


「どうして使われなくなったか、分かる者は?」


「はいっ、もっと切れ味のいい魔法があるからじゃ――」


「正確には、“もっとマナ効率のいい魔法”だ。


 今の世界はマナが減少傾向にある。

 非効率な魔法は、技術より運用コストで淘汰されるんだ」


 ぽつりと、生徒がつぶやく。


「……つまり、“風の刃”って、もうロマンだけ?」


「そうだ。

 だが――ロマンが無駄とは限らない」


「次は、❷召喚魔法説。


 風も刃も、異世界から召喚する構造だ」


「一見便利だが、問題は多い。


 異世界の風とこの世界の風を区別する意味がない。


 干渉対象が現地の空気になる以上、

 結局は“風魔法”と分類されてしまう」


「それに、召喚は構造が大きく、制御が難しい。


 暴発リスクや、術式の一部を相手に使われる危険もある。


 実戦では、そういう“実用上の脆さ”が命取りになる」


「最後に❸牽連発動説だ。


 これは、風魔法で召喚した刀身を“運ぶ”。


 つまり、移動手段と斬撃を分離し、

 両方のメリットを活かす形だ」


「液体が蒸発する環境、光が反射する空間。

 そうした特殊戦域では、風による運搬型が唯一の選択肢になる」


【牽連発動】:手段と目的の魔法を連続的に発動する形式。


「こうした複合魔法には他にも分類がある。


 単純発動、包括発動、競合発動。

 それに、併合発動と呼ばれる形式もある」


「いわゆる“合体魔法”は分類外の応用概念だ。


 ……それは、もう少し先の話だな」


 リゲルは、ノートを閉じた。


 ――使われなくなった魔法。

 その淘汰された理由。


 けれど、どこかに残っている“ロマン”。


 合理に押し流されても、それは消えない。


 今日は――

 そんな“使われない魔法”が、妙に心に残った。


◆ 補記:風魔法の理論的位置づけ


 風魔法の本質は「柔軟に運ぶこと」にある。


 媒体が軽く、加速や方向転換の自由度が高い。

 だからこそ、他の属性以上に応用範囲が広い。


 さらに属性を超えた分類で、火=発生、水=吸収、風=変化とされる。


 風は“変化体系”に属し、ただの気象現象ではない。


 構造そのものを“切る”のではなく、

 構造を“移す”。

 あるいは“変える”。


 それが風魔法という存在の、本質なのだ。


◆ 午前中のとある授業


魔術理論の教室に静かな緊張が満ちていた。


予告されていた「特殊魔法応用」の授業内容は、かつて多くの魔導士が憧れ、今やほとんど姿を消したある魔法だった。


教師は黒板に、ひとつの語を記す。


《風の斬撃魔法》。


空気そのものを刃と化す――そんなかっこいい術式が、今日の題材だった。


「では始めよう。本日は《風の斬撃魔法》を題材にして、魔法選択の思考構造を学ぶ」


教師は淡々と語りながら、黒板に三つの項目を示す。


【❶純粋風魔法説】【❷召喚魔法説】【❸牽連発動説】


「かつて主流だったのは、❶純粋風魔法説だ。風――つまり気体そのものに斬撃力を持たせるという見解だな。

もっとも、空気は、原則として刀身たりえない。物理的に、圧力や密度の構造上、“鋭利さ”を持たせるには極限的な条件が必要だ」


「確かに、目に見えないという利点はある。

だが、現代では、光線や液体といった明確な媒体に不可視化魔法を牽連発動させる方が、術理的にもマナ効率の面でも優れているとされる。

結果として、純粋風魔法説は完全に姿を消した」


教師が板書の下に補足する。


【刀身専属性】:魔法自体が斬撃を直接発生させるために必要な、構造的・圧力的特性。


「どうして使われなくなったか、わかる者はいるか?」


「はいっ、もっと切れ味のいい魔法あるんじゃないですか」


「正確には、“もっとマナ効率のいい魔法”だ。現在、我々の住む環境はマナが減少傾向にある。高負荷魔法は、技術的可能性よりも“運用合理性”で淘汰されている。その一例が風の斬撃魔法だ」


生徒がぽつりとつぶやく。


「先生、それってつまり、“見えない風の刃”ってもうロマンだけなんですか……?」


「そうだ。だが、ロマンがすべて無駄というわけでもない。時にロマンは、合理を超える理由にもなるな」


次に、教師は召喚魔法説を指し示す。


「❷召喚魔法説では、風も刀身もまとめて異世界から召喚するという構造が想定されていた。

一見、理にかなっているように思える。だが問題は、異世界の風とこの世界の風を区別する意味が乏しいことだ」


「仮に異世界の風を区別できたとしても、それが最終的にこの世界の空気を運搬するなら、干渉対象はこの世界の気体となる。

結果として、術理上は“風属性魔法”と解釈されてしまう。

加えて、召喚魔法は構造が大きく、属性魔法よりも干渉負荷が高い。現代のマナ環境では適合しにくい」


ある生徒が問いかける。


「でも先生、全部召喚しちゃえば早い気がするんですけど……」


「自然な感覚だ。だが、“早くて便利な魔法”は、必ずしも“良い魔法”とは限らない。術理の安定性と定義の厳密さが失われるのなら、その魔法は危うい。」


「具体的には、構造が大きい分、術者の制御も難しく、暴発の危険もある。

さらには、相手に魔法解除の対象をとられやすく、術式の一部を利用されてしまうことだってある。

実戦においては、そうした“実用上の脆さ”こそが淘汰理由になることが多い。」


教師は最後の項目に指を走らせる。


「現行の通説は、❸牽連発動説だ。この世界の風属性魔法を用いて、召喚された刀身を高速かつ柔軟に移動させ、対象へ到達させる――すなわち、“運搬と斬撃の機能分化”を前提とする構造だ」


「召喚魔法説と純粋風魔法説、それぞれの問題点を回避しつつ、術理的整合性と実用性を両立させた中間的な立場とも言える」


「発動上はあくまで“一魔法”に見えるが、実際には二つの魔法を手段と目的の関係で一体化させて発動している。そのため、当然単純な1個の魔法よりもコストは高くなる」


【牽連発動】:手段と目的の関係にある魔法を一主体が連続的に発動する形式。


「この構造なら、定義的にも術理的にも、斬撃魔法として成立する。液体や光線が使えない環境下で斬撃魔法を使う需要は一定数存在する」


「たとえば、視界が閉ざされた戦域や、液体が蒸発・光が反射する特殊空間など、通常の媒体が成立しない環境では、このような風魔法との複合による斬撃が機能する。」


「風で刃を運ぶだけでは、ただの遠隔攻撃だ。魔法そのものが“切る”ためには、刀身専属性が必要になる」


教室が静まり返る中、教師が小さく付け足す。


「なお、複数の魔法を組み合わせる発動形式は他にも存在する。

牽連発動の他にも、1魔法として扱われるのは単純発動、包括発動、競合発動というのがある。

他方で、複数の魔法として扱われる併合発動と呼ばれる形式もある。

君たちが夢中になっているような“派手な合体魔法”は、これらの分類には収まりきらない、応用的な外延概念に属する。」


「……だが、それはもう少し先の話だ。今は、地味でも構造を理解する時間だと思ってくれ」


リゲルは、黒板に並ぶ三つの理論と一連の定義を見つめたまま、ノートを閉じる。


使われなくなった魔法、その合理的な理由。


だが、それでもどこかに残っているロマン。


合理に押し流される中で、捨てられたロマンが、ひとつの“選択肢”として残り続ける。


今日は、そんな“使われない魔法”が、妙に心に残った。


【補記:風魔法の理論的位置づけ】

 風属性魔法自体の本質は「柔軟に運ぶこと」にある。

 媒体が軽いため、他の属性と比べて重力の影響を受けにくく、方向転換や加速の自由度が高い。

 そのため、属性魔法の中でも応用範囲が極めて広く、多くの戦術魔法の基盤として用いられている。

 それが“風”が今も残っている最大の理由の一つだ。


 加えて述べておくと、魔法という体系には属性を超えたもっと根源的な分類が存在する。たとえば火は発生、水は吸収、風は変化を象徴する。

 風魔法は“風”という気象現象そのものではなく、“変化”体系に属する重要な概念として機能しており、純粋な属性分類よりも広く、深い構造と関わっている。


 その意味でも、風魔法は斬撃の手段としてのみならず、世界の構造変化に関与する“柔軟な運び手”として不可欠な位置づけを占めているのだ。


 ……つまり、純粋風魔法は“鋭利な風”という構造を魔法単体で実現しようとしたが、術理的負荷とマナ効率の低さによって、現代では淘汰されたわけだ。


 たとえば、雷や火は結果を強制するが、風はその過程を変容させる。

 すなわち、“風”は構造そのものを強引に切り裂くのではなく、構造の移行可能性を象徴する存在なのだ。

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