【第十八話『連勝と弛緩』】②
主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。
戦闘スタイルは、①しなる剣、②複数の種類の孔雀目ビット、③鋭利な大量の羽根
戦術家だが感情に流されやすい。
この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望している。
今は、自分の目指すべき「誠」という人格態度を磨いている。
親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。
戦闘スタイルは、①軽弓、②双剣、③分身
知らない物の値段を当てる特技がある。
裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。
仲間:名前はサダル。太陽水瓶座、月蟹座。早生まれで少し体が小さい同じ学校同級生。
戦闘スタイルは、①氷の双銃②魔方陣型迫撃砲③自律型bot④ガジェットの作成
リゲルとハクのアバター戦の3人目ののチームメイト。
万能支援をやってくれる。現在はやや二人より実力は上。
最低限の単位だけ取ってゲームセンターに入り浸っている。
あまり仲のいい人がいないが、すごい才能をもっている。
一度リゲルの誘いを拒絶した。
――慣れと無自覚
控室の照明は仄暗く、ホログラフの光だけが淡く瞬いていた。
試合を目前に控えた三人の間に、焦燥感はなかった。
「……ねえ、リゲル」
ハクが言った。椅子の背にもたれ、手元の端末を指で回しながら。
「最近さ、開幕のとき、ちょっと余裕出てきてない?」
リゲルはその言葉に、少しだけ視線を向けた。
「……余裕?」
「うん。たとえば砲撃のタイミング。前はさ、毎回びくってしてたけど、最近は“あ、来るな”って感じで、なんかこう……ちゃんと動ける気がするんだよね」
リゲルは小さく頷いた。
「……慣れた、ってこと?」
「そうそう、それそれ」
ハクは笑う。悪気のない、素直な表情だった。
「俺たち、サダルの組んだ構造の中で、ちゃんと動けるようになってきたんだと思う」
「地形もタイミングも、なんかもう、すっぽりはまってる感じがするんだよ」
「……すっぽり、か」
「うん。何かが決まってるっていうかさ。上手く噛み合ってるなーって」
「たぶん、もし敵がちょっと読んできても、サダルが変えてくれるでしょ? 前も反射板の位置、すぐ変えてたし」
椅子の背後で、機材の冷却音が微かに響いた。
サダルは何も言わず、演算ログの画面に目を落としていた。
だがリゲルは、その手がさっきから同じ位置で止まっていることに気づいていた。
「……でも、気づけないってこともあるかも」
リゲルが口を開いた。
「何かが少しずつズレてても、“慣れてる”ってだけで、気にならなくなってる可能性」
「え、ズレてたっけ? ちゃんと勝ってるし、大きな問題は出てないじゃん」
ハクは気にした様子もなく言った。
「むしろ最近、こっちの動きが安定してきた分、敵の方が焦ってる感じじゃない?」
リゲルは黙った。
その沈黙が、何かを探っているようだった。
「いや、もちろん緊張感が消えたわけじゃないよ? でもさ、今の感じ、そんなに悪くないと思ってて」
「最初のころより、みんな落ち着いて動けてるし、サダルも……あ、いや、サダルは最初から落ち着いてたか」
後ろで、トバナイがふいにサダルの袖を引いた。
その小さな動きに、リゲルはわずかに目を向ける。
「……でも、本当に何も問題がなかったのかな」
リゲルが静かに言う。
「え? あった?」
ハクは少し驚いたようにリゲルを見た。
「さっきの、滑走路が撃たれたとき。俺、少しだけ、動きが遅れた」
「たぶん、前に見た形だと思い込んでて。別の方法が来るなんて、想像してなかった」
ハクは一瞬だけ黙ったが、すぐに明るく言った。
「でも、そのあと修正できたんでしょ? 結果的に勝ってるし、それでいいんじゃない?」
リゲルは答えなかった。
サダルも、目を伏せたままだった。
けれど、トバナイがわずかに顔を上げた。
その目が、何かを問うように、控えめにリゲルを見ていた。
リゲルはその視線を受け止めながら、胸の奥に、ひとつだけ言葉にならない感覚を覚えていた。
自分たちは、ほんの少しずつ、“何か”を見逃しているのではないか――
そんな、形のないざわめきだった。
――まぶしすぎる忠告
ガコン。
それは、不意の音だった。
廊下の端。訓練用備品が積まれた仮設ラックの上段に置かれていたケースが、ゆっくりと傾いた。
そして次の瞬間、カタカタと軽い音を立てながら、箱が一つ――
「危ない!」
弾けるような声と共に、視界が強引に引き寄せられる。
ハクの体がぐい、と横へ引っ張られた。
「うわっ――」
肩を掴まれた拍子に体勢を崩したハクは、勢いのまま壁際にぶつかる。
同時に、落ちてきた空箱がその場に転がり、床に乾いた音を鳴らした。
ハクの目の前にいたのは、目を吊り上げたシェラだった。
淡い赤のリボンが揺れている。肩にかかった髪が、わずかに乱れている。
「バッッッカじゃないの!? 戦闘中だったら、一発退場よ!」
鋭い声が、廊下に響いた。
「ちょ、ちょっとした反射神経の話で――」
苦笑いで返すハクに、シェラはさらに睨みを強める。
「“ちょっとした”で死ぬの! あんた、何のために模擬戦やってんのよ!」
そこに、くるりと踊るようにアレッタが入ってくる。
水色のスカートをひらりと翻し、箱を拾いながら、頬をふくらませて言った。
「もー、びっくりしたよ〜! あたし、落ちてくるのが見えてなかったら避けられなかったかも!」
「え、あれって結構重かったの?」
「当たったら、首の骨はやられてたかもね~?」
アレッタはさらりと不穏なことを言って、くすりと笑った。
無邪気さと毒を絶妙な比率で混ぜた、彼女らしいバランス。
「とにかく、ありがとうシェラ。さすが、反射神経女王」
ハクが手を合わせて軽く頭を下げると、シェラはふいっとそっぽを向いた。
「……当たり前でしょ。仲間なんだから。落とされたら困るもん」
その背中越しに、くすっと笑う声が重なる。
「ふたりとも、ほんとに変わらないね」
歩いてきたライサが、長い髪を指先で優雅に一撫でする。
ウェーブのかかった毛先が揺れ、午後の光を帯びて虹色にきらめいていた。
「でも、それがいいこととは限らないのよ」
その言葉に、リゲルとハクが同時に顔を向ける。
ライサは、彼らの目をまっすぐに受け止めたまま、やさしい声音で続けた。
「ユリちゃんがね、言ってたの。リゲルとハクのこと、すっごくかっこよかったって」
「え……?」
「前の模擬戦。動きも声もぴったりで、“本当のヒーローみたい”って。あの子なりに、いっぱい褒めてたのよ」
リゲルが少し視線を逸らす。ハクは、照れくさそうに笑った。
「それは……ちょっと嬉しいかも」
「でしょ? あの子みたいな、小さくて素直な子に好かれるって――それはきっと、君たちが“ちゃんといい人”だからよ」
ライサの声は、まるで魔法のように空気をやわらかく染めていく。
だがその響きの奥に、微かな張りがあった。
「でも……」
少しだけ、間を置いて。
ゆっくりと、言葉を続ける。
「好かれてるからって、気を抜いてもいい理由にはならないわ」
リゲルの指先が、ぴくりと反応する。
ハクはその隣で、口元に笑みを残しつつも、わずかに表情を引き締めていた。
「本当に強い人って、評価されてるときほど、慎重になるのよ。過信より怖いのは、“慣れ”だから」
「……“慣れ”」
リゲルが、反芻するように呟く。
「うん」
横でアレッタが明るく言った。
「でもね、あたし、信じてるよ? 君たちなら、絶対に“進化”すると思ってる」
ふわりと笑って、指を立てる。
「今のままでも十分すごい。でも――“最後まで勝ちたい”なら、それじゃ足りない」
シェラが、ちらりとリゲルを見て、視線を落とした。
「こっちから言うことじゃないかもしれないけどさ」
小さく息をついて、吐き捨てるように言った。
「……気づいてるでしょ? “どっかズレてきてる”って。自分たちでも」
その声は、強くて、まっすぐで、どこか悲しかった。
言葉の余韻が、廊下の空気に微かに滲んでいく。
誰も、それ以上は言わなかった。
アレッタは箱を拾い、スカートを小さく整えてから「じゃあねっ」と笑顔を残し、先に廊下の奥へ駆けていった。
シェラは何も言わず、軽く肩をすくめてから、くるりと踵を返す。
ライサは最後に振り返って、リゲルにだけ短く言った。
「君は、ちゃんと見てる人だから。……きっと、間に合うわ」
その言葉が、何を指していたのか――リゲルは、問い返せなかった。
3人の足音が、次第に遠ざかっていく。
廊下には、リゲルとハクだけが取り残された。
「……助かったな」
ハクが、落ちていた箱を見て、苦笑混じりに言った。
「ほんとに、危なかった。あんなの直撃してたら、マジで骨折だったかも」
リゲルは返事をしなかった。
ただ、視線を箱からずらさないまま、思考を深く沈めていた。
いつもなら、ハクが言う“冗談めかした反省”に釣られて、笑うのが定番だった。
けれど、今は――どうしても、笑えなかった。
「……なんか、さ」
ハクが言葉を探すようにして、続ける。
「みんな、心配してくれてるのは分かるんだけど……ちょっとだけ、怖かったな」
「……怖い?」
「うん。あの3人、誰も怒ってないのに、なんか……“見透かされてる”感じ」
その言葉に、リゲルの眉がわずかに動いた。
「ほんとは、自分たちのこと、自分たちが一番分かってると思ってたのに――
なんか、あっちの方が、ずっと先まで見えてる感じがしてさ」
リゲルはそれでも、すぐには返さなかった。
少しして、静かに言葉を落とす。
「……ハク」
「ん?」
「もし、今日あの箱が落ちてこなかったら――何も変わってなかったと思う?」
ハクは考える。少し間を置いて、目を細めた。
「うーん……たぶん、何も変わってなかったんじゃない?」
それを聞いて、リゲルはほんのわずかに、目を伏せた。
「……そっか」
また、沈黙が落ちる。
けれど、今度はその沈黙の中に、“形にならない言葉”がひしひしと詰まっていた。
少し先――
何かが崩れ落ちる音が、たしかに、そこに近づいていた。
――サダルの本音
夜。
寮区画のひとつ――その奥にある、一部だけ音を吸い込むように静まり返った空間。
サダルの部屋は、扉を開けるとまず“普通の”生活スペースが広がっている。
だがその奥、半透明のエネルギーカーテンをくぐると、別の部屋が現れる。
彼自身が改造し、隔離遮音と簡易演算環境を備えた“集中部屋”。
照明は必要最低限。室温は低めに保たれており、床には座りやすいようラグが敷かれていた。
中央にはホログラフ端末と、トバナイ専用の小型ポッド。
壁一面には演算ログが常時反映されている。
サダルは椅子に座り、視線を空中の座標モデルに向けたまま、ひとつ息を吐いた。
操作を止めてから、どれくらい経ったのか分からない。
「……今まで見てきたbotよりも、人間らしくないと思った人間たちよりも、あいつらの方が、ずっと人間らしい」
天井を見上げながら、ぽつりとこぼす。
「表情に嘘がないし、声の出し方が自然。迷ってるときの視線の泳がせ方とか、ほんと面白いし……
時々予想を超えたこともしてくれる」
その声に、室内の一角でゆっくりと動く影があった。
小さな足音。
静かに立ち上がったのは、彼の精霊――ペンギンの姿をした執事型bot、トバナイだった。
「ご主人様、今日は珍しく、溜め込まれておりますね」
やや古風で丁寧な口調。
カップに入った熱いミントティーを、慎重にトレイから取り出して差し出す。
「……ありがと」
サダルはそれを受け取ると、温かさが指先に広がるのをじっと感じていた。
やがて、小さく口を開く。
「こうなることは、最初から分かってた。
誰と組んでも、結局こうなる。最初はうまく回る。
でも、徐々に差が開いて、最後はどっちかが壊れる」
その言葉に、トバナイがそっと首を傾げる。
「それでも、あのお二人と組むことを選ばれたのは?」
サダルは少しだけ目を細める。
ゆっくりと、言葉を探しながら。
「……最初は、こいつらしかいないって、思ったんだ。
いちばん、人間らしくて、感情が分かりやすくて。
支えるのも楽しいし、応えがいがあるって」
そこで、言葉が止まる。
しばらく沈黙。
トバナイは何も言わない。
ただ、静かにサダルの手元を見つめていた。
「……でも、最近、少しだけ疑い始めてる自分がいる」
その声は、かすかに揺れていた。
「俺の理想が高すぎるのかな。
期待しすぎて、勝手に幻滅しそうになってるだけかもしれない」
「理想を持つことは、罪ではございません」
トバナイが、そっと答える。
「ただ、理想が高い方ほど、“現実と向き合う時間”も必要になります。
……ご自身の心を、あまりに後回しにしすぎてはなりませんよ」
サダルは、わずかに笑った。
そして、ミントティーの湯気に目を落とす。
「戦闘以外のときはさ、リゲルとハクと一緒にいるの、わりと好きなんだよ。
くだらないこと話してる時とか、ラピスにいじられてる時とか……あれは、けっこう楽しい」
「それこそが、人間関係の“核”なのでは?」
「……だったら、もうちょっと信用してみるべき、なのかな」
「はい。進むことと、止まることのどちらが正しいかは、未来にならねば分かりません。
ですが、“待つ者”だけが見るものも、確かにございます」
その言葉が、ふわりと、サダルの胸に沈んだ。
静かな夜だった。
でも、明日が静かである保証は、どこにもない。
それでも、サダル・ミネザキは、もう一度演算ログを開いた。
誰かの動きに合わせるためではない。
明日、誰かが“ちゃんと変わる”と、まだ信じたい自分がいたからだった。




