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【第十話 『アイドル』】②

主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。

    戦術家だが感情に流されやすい。

    この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いが進路に志望。

    現在3人目のチームメンバーを探している。

 親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。

    知らない物の値段を当てる特技がある。

    裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。

雪月花:非公式学内アイドルグループ。

    まだ、駆け出し中。経済的な動機に巻き込まれていないので、純粋。

    主人公は、ルックスはミラハ、性格はルミナ、声はサロネが好き。

    熱狂はしていないが遠目から見るのは好き。


【第十話 『アイドル』】②


【第五節:違和感の顕在化】

 ステージのライトが完全に落ち、場内がほんの数秒、暗闇に包まれた。

 それから照明が戻り、拍手が自然に――いや、奇妙に整ったリズムで響いた。


 リゲルはその音の“正確さ”に、ほんのわずかに眉をひそめた。

 だが、自分の感覚がおかしいのかもしれないと思い直し、深く息をついた。


 観客が一斉に立ち上がる。

 整然と。だが、騒がしくはない。

 まるでそれが、あらかじめ定められた所作であるかのように。


 ふと、ハクが口を開いた。


「……なんかさ」


 リゲルが振り向く。


「制服、多くない?」


 言われて見渡してみると、確かに見覚えのある制服がずらりと並んでいた。

 最前列から後方にかけて、少しずつ視線をずらすと――気づいてしまう。


 あまりに“同じ学校”の生徒が多すぎる。

 しかも、名前をはっきり言えないような、クラスの隅や廊下の端で見かける顔ばかりだ。


「こんなに……いたっけ?」


 リゲルの声は、自分でも聞き取れないほど小さかった。


 誰もが拍手をしていた。

 それぞれが感動の余韻に浸っているようにも見える。


 だが、ふたりには、そこに“個別性”が見いだせなかった。


 まるで、ひとつの感情がコピーされて全体に貼り付けられているような、そんな統一性。


 リゲルは鼻をすんと鳴らす。

 さっきまで香っていたはずの桜のような香りが、すっと消えていた。


 代わりにあるべき“人のにおい”が、やはりない。

 熱気はあるのに、汗の匂いもしない。

 香水や服の残り香も、存在しない。


 空気は、ただ“空っぽ”だった。


「……なんか、ちょっと変かも」


 リゲルが言うと、ハクは頷いた。


「気づいたの、今?」


 その言葉に、リゲルは肩をすくめた。

 だが、彼はそのとき、ふと気づく。


 観客たちの“目線”が――

 誰もがほんの少し“上”を見ている。


 ステージが終わっているのに、そこに何かをまだ見ているような、あるいは見せられ続けているような気配。


(見せられてる……?)


 リゲルの中に、ごく弱いが、確かな直感が走った。


 ここに“長くいてはいけない”――そういう種類の予感だった。

 だが、それがどういう意味かは、まだうまく言葉にできなかった。


 むしろ、余韻の強さがその違和感を上から覆ってくる。


 リゲルは思い出す。

 あの光は確かに美しかった。

 あの歌声は、胸に届いた。


 でも、それは“誰か”に届いたものではなかった。

 “全体”に、無差別に、均質に向けられた祈り――それだけだった。


「……見てるんじゃなくて、

 見せられてたんだ、俺たちも」


 ハクの声は、ほとんど囁きだった。


(俺も……その一部だったんだ)


 自分も、この群れの中に“溶けていた”のだと、リゲルは思った。


 ほんのわずかなズレで、彼らと自分の立場は入れ替わっていたかもしれない。

 彼もまた、何かに導かれるように、あの座席にいたかもしれない。


 その可能性が、“怖さ”ではなく、どこか“謙虚さ”として胸に染みてくる。


 ハクは、もう一度あたりを見渡してから、ぽつりとつぶやいた。


「……何が与えられたのか、じゃない。

 “与えられすぎる”ってことが、あるんだよ」


 その言葉に、リゲルは初めて、“受け取る”という行為の重さを、本当に理解した気がした。


【第六節:危険信号】

 そのとき、舞台袖の暗がりに、新たな照明が灯った。


 場内が再びざわめくこともなく、自然と拍手が静まり、音楽が切り替わる。

 次の演目が始まろうとしている。


 だが、リゲルの背中に、ぞくりとする感覚が走った。


(ダメだ。ここに、これ以上いたら――)


 言葉にならない“警報”が、胸の奥で静かに鳴り響いていた。


「ハク、出よう」


 声に出すと、思った以上に喉が渇いていた。

 舌が張りつくようで、言葉が少し遅れて出てきた。


 背中には、冷たい汗がじっとりと滲んでいた。


 ハクはリゲルの目をじっと見て、そして静かに頷いた。


「……そうだな。今なら、まだ」


 ふたりは席を立とうとした。


 だが――身体が、すっと前に出すぎていたことに気づく。

 思っていたよりも、前方の列に入り込んでいた。


 最初は後方の壁際に近いあたりに座っていたはずなのに、いつの間にか、ステージのかなり近く。


 背後を振り返ると、列の密度が異様に高い。

 通路が見えない。観客たちの背中が、まるで一枚の壁のように並んでいた。


「……こんなとこだったか?」


 リゲルがつぶやく。


「いや、俺ら、こんなに前じゃなかった」


 ハクもまた、焦りの混じった声で言う。


 ふたりは身を縮め、列の間を抜けようとする。

 だが、すぐに動きを止めた。


 通路がない。

 いや――物理的にはある。


 だが観客たちが、まるで“退く”という概念を持たないかのように、微動だにしない。

 肩と肩の隙間がない。


 それでも、ふたりは無理にでも後方へと進もうとした。


「すみません、通ります……」


 ハクが声をかける。

 しかし反応はない。まるで、誰にも届いていないかのように。


 それでも、リゲルは前の観客の肩に手をかけ、押しのけようとした。


 そのとき。


 ざらり、とした感触。


 それは“人間の服”の質感ではなかった。

 冷たく、乾いた布の感触。

 まるで長い時間、誰の体温にも触れずにそこに置かれていた何かのような。


「っ……!」


 リゲルは手を引っ込め、ひとつ息を呑んだ。


「ハク、急ごう」


「わかってる」


 ようやく一人、肩をすり抜け、後ろに出る。


 その瞬間、音楽が一段と大きくなった。

 リズムが速く、拍手がまた始まる。


 ――その拍手が、異常なまでに揃っていた。


「全部、合わせられてる……」


 ハクが小さく言った。


 リゲルも、もはや言葉が出なかった。


 ふたりはようやく出口に近い通路にたどり着いた。


 そのとき、背後から「ミラハ!」という呼び声があがる。


 観客たちが、一斉にその名を唱えた。


 それはもう“応援”ではなかった。

 祈りでもない。


 “合唱”だった。


「出るぞ」


「うん」


 ふたりは駆け出すようにして、最後の階段を駆け上がった。


 空気が変わる。

 地上の空気が、肌にまとわりつくように戻ってくる。


 リゲルは、はじめて深く息を吐いた。


 そして、ただ一言だけ、呟いた。


「……怖かった」


【第七節:花より団子】

 商業区のうどん屋に入ったとき、ふたりはまるで別の世界に帰ってきたような気がした。


 店内には、天井扇風機の緩やかな羽音と、出汁の香りがふわりと漂っている。

 甘く、温かく、湿り気のあるその香りは、さっきまでいた場所の“無臭”とは正反対の、生きた匂いだった。


 カウンター席のほか、いくつかのテーブル席には、制服姿の学生たちがぽつぽつと座っている。

 誰もが黙々とうどんをすすり、安心したように肩の力を抜いていた。


 その風景は、どこか懐かしく、平和だった。


 リゲルはカウンターに座り、メニューも見ずに「肉うどん、大盛りで」と頼んだ。

 ハクも「わかめとたまご」とだけ言って椅子に腰を下ろす。


 注文が通り、鍋の音が聞こえ始めると、リゲルの肩がすとんと落ちた。


「……戻ってきたって感じ」


「うん。俺もそう思う」


 湯気が立つ。器が置かれる。

 リゲルは箸を割り、一口すすると、思わず目を細めた。


 甘辛い出汁が、舌にじんわりと広がる。

 麺はやや太めで、もちもちとして、唇にまとわりつくようだった。

 肉の脂が、少しずつスープに溶けていく。


 味が重なって、香りが立って、体の芯まで染み渡るようだった。


「……めっちゃうまい」


 リゲルがぽつりと呟くと、ハクも頷いた。

 わかめが出汁を吸って柔らかく、たまごはとろけるようだった。


 器の中で、すべてがやさしく一体になっていた。


「さっきの、夢だったのかな」


「いや……でも」


 ハクは一拍置いて言った。


「俺、あのとき、観客の顔を見てた。……みんな、学生のはずなのに、老けて見えたんだ」


 リゲルは箸の動きを止めた。


「気のせいかもしれない。でも、なんかこう……色が抜けてるというか、時間が外側に落ちてる顔っていうか」


 しばらく沈黙が落ちた。

 だが、それは嫌な沈黙ではなかった。


 出汁の香りと、麺をすする音が、ふたりのあいだをゆっくりと温めていた。


 まわりの学生たちの食事の音も、どこか心地よく耳に入ってくる。


 リゲルはふと思った。


 あの場所の“光”は、確かに力をくれた。

 だけど、あまりにも一方的で、応えられない種類のものだった。


 誰かが誰かに“与え続ける”という形は、とても美しい。

 けれど、どこかで、誰かを“動けなくする”。


「俺たち、ほんの差で“そっち側”だったかもしれないな」


 リゲルがつぶやくと、ハクは珍しく、はっきり頷いた。


「うん。目標とか、仲間とか、なかったら、たぶん」


「……ずっとあそこに、いてもおかしくなかった」


「……ていうか、俺、あの拍手……してた気もする」


「うん。俺も……最初の一曲目、たぶん……」


 そして、ふたりは同時に笑った。

 重くなく、救いのある笑いだった。


 箸を置いて、リゲルは最後にひとつだけ、口の中に残った甘い余韻を味わった。


「――花もいいけど、やっぱり、団子だな」


 ハクは、吹き出しそうになりながら、頷いた。


「ほんと、それ」


 祈りと贈与、光と匂い、忘却と記憶。

 そのすべてを、器の底に溶かしながら、ふたりは最後の一滴まで出汁を飲み干した。


【第八節:漏れ出す贈与】

 それは確かに「贈与」だった。


 だが、それは誰かの意図によって発せられた“贈りもの”ではない。


 ミラハたちは、自分たちが“何かを与えていた”という自覚を、おそらく持っていなかった。


 彼女たちの表情、所作、歌声のひとつひとつは、どれも美しく、儀式的ですらあった。

 だが、それは“奉仕”ではなかった。

 “訓練”でもなかった。


 それは、まるで無意識の呼吸のように――

 そこにあるだけで周囲に作用する、“過剰な純度”そのものだった。


 この世界では、何かを“発信”するには意図と自覚が必要だとされている。

 だが、“祈り”はちがう。


 それは祈ろうとしたからではなく、“こぼれ落ちる”ものとして現れる。

 彼女たちの歌には、そうした構造が宿っていた。


 だからこそ、それは“無償”でありながら、“逃れられない”ものだった。


 贈与とは、ただ優しい行為ではない。


 与える者と、受け取る者のあいだに、静かに構造を生む。


 それが継続し、均衡を欠いたとき――

 贈与は、受け取る者を“縛る”。


 それがたとえ、本人に悪意がなくても。

 それがたとえ、誰もそれに気づかなくても。


 だから、彼女たちは“恐ろしい”のだ。


 あまりにも無垢で、あまりにも無防備なまま、

「見るだけで感動せざるを得ない」状態に他者を巻き込む。


 そして、観客たちはその“巻き込まれ”に、拍手という形式で“返戻”していく。


 拍手のタイミングが揃っていたのは、誰かが指示したからではない。

 そこには、意図すら存在しない。


 だが、全員が同じように感動してしまう。

 それが問題なのだ。


 “無署名の祈り”は、受け手の個を無効化する。


 そうして、全体はひとつの“空気”となり、個々の視点が剥がれていく。


 それを止められたのは、リゲルが「違和感」を“言葉にした”からだった。


 語り、疑い、踏みとどまる。


 そのささやかな抵抗がなければ、

 彼もまた、あの“均質な拍手”の中に溶けていたかもしれない。


 だから、これは贈与の話であり、

 同時に“語りの回復”の物語でもある。


 少女たちは、何も悪くない。

 だが、だからこそ、彼女たちは危うい。


 誰かに“値札”をつけられる前の、まだ“意味”を持たない贈与の構造――


 その美しさと恐ろしさの両方を、彼らは確かに目撃してしまったのだった。





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