【第九話 『遊戯と幻想の日曜日』】②
主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。
戦術家だが感情に流されやすい。
この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いが進路に志望。
現在3人目のチームメンバーを探している。
親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。
知らない物の値段を当てる特技がある。
裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。
占い師:謎の老婆。占星術50年のプロ。
AIと同じ内容と本人は言っている。
占星術の立場は月星座を最重要視し、その月の反対側の星座を本質と捉える。
【対戦後】
画面越しに微笑んだハクは、静かに言葉を残す。
「……綺麗に決まったね。完璧だった。次はないかもしれないから、今を大事にするんだ」
リゲルは、ディスプレイの余韻をじっと見つめたまま、呼吸を整えようとした。
鼓動が、わずかに速い。体の内側が火照っている。
さっきまで冷えていたはずの指先に、じんわりと汗がにじんでいることに気づいた。
傍らに置いていた水筒の蓋を開け、冷たい麦茶を一口、口に含む。
喉の奥がひんやりと冷え、ようやく、世界の輪郭が戻ってくる感覚があった。
熱はまだ残っていた。でも、悪くない。
人気のない早朝の校舎に、ふたりの言葉と、微かな水の音だけが余韻として残された。
――そしてまた、新たな構築と戦術が始まる。
静かな余韻の中で、喉の奥に残っていた熱が、冷えた麦茶で少しずつ薄れていく。
視界に映るディスプレイの光も、さっきまでの眩しさを失い、ただの待機画面へと戻っていた。
リゲルは、ごくりと一度喉を鳴らすと、軽く息をついて背もたれに身を預ける。
しばらくの静けさのあと、ふと――
「……そういえば、昨日の……」
言いかけて、隣にいるハクの顔をちらと見る。
彼の目はまだモニターの奥に何かを映しているようだったが、声に気づくとゆっくりとこちらを向いた。
「……占星術のこと。昨日、聞いてただろ? どうだった?」
口にしてから、少しだけ迷う。
自分から話題にするのは、ちょっと不意打ちだったかもしれない――けれど、もう遅い。
けれど、ハクは驚くでも、茶化すでもなく、
「……ああ。うん、たしかに聞いたね」
と、穏やかに笑って、小さく頷いた。
「最初は……AIで出るやつと、大体同じだったよ」
「でも――」
「……でも?」
「そこから先が、ちょっと違った」
ハクはそう言って、視線をふっと空中に流した。
言葉にはならない何かが、そのまま余韻のように場に残った。
◆占いの回想。
ハクの視線の先で、老婆はホロスコープの円の中――“蠍座の月”を指でそっと押さえた。
その声には、先ほどまでの柔らかな響きの奥に、わずかに冷えた芯が宿っていた。
「まあ、ここまでがAIと変わらない内容さね……」
そう言ってから、老婆はわずかに間を置いて続ける。
「――でもね、肝心なのはここからなんだよ」
ハクが小さく頷くと、老婆は少し声を落として言った。
「いまの機械は、太陽と水星と火星……表に出やすい星ばかりを整えて、“その人っぽい部分”を綺麗に切り取る。
でも、ほんとうに厄介なのはね……自分でも“自分じゃない”と思ってる場所さ」
「月、ですか?」
老婆はわずかに口角を上げた。
「そう。“月”はね、生まれてから、だいたい七つくらいまでの間に、“母親的なもの”に褒められるために組み立てられた人格――それが月さ。
つまり、月は“こうすれば好かれる”“こう振る舞えば見捨てられない”って、小さな頃に自分で覚えた“最初の演技”なんだよ。
それがそのまま、“これが自分だ”って思い込んで育つ。でもね、それは本当の自分じゃない。“生き残るために作られた自分”なのさ……」
ハクは眉をひそめた。
「じゃあ……月って、間違った自己認識、みたいなものですか?」
「間違いとは言わないよ。ただ、月は、月並みなんだ。
誰もが似たようなことをして、似たような場所でつまずいて、似たような方法で人を求めてしまう。
それが“月の癖”ってやつだね……」
「それに、囚われると?」
老婆は、真顔で頷いた。
「“自分らしさ”を探しているつもりで、実はずっと、“かつての誰かに褒められた自分”を繰り返しているだけになる。
そうやって月に囚われると、人はいつまでたっても、親の顔色を伺う子どものままなんだよ。
強がったり、群れたり、いい子にしたり、極端に孤立したり――全部、“本当の自分”じゃない。
でもね、不思議なことに、人はその“欠けた場所”にこそ、ものすごく敏感になる。
だから月を満たそうとする。でも、それが一番、遠回りなんだ。
確かに、そういう人は平凡な分、他人に劣等感を抱かせないから周りから無害に思われる。
そこが曲者なんだよ。
月に囚われた人は不思議と他人に安心を与える一方で、それを本当の自分だと思ってしまうの。
結局、他人本位の人生になってしまうのにね……」
ハクは黙って聞いていた。
その目は伏せられていたが、どこか痛みにも似た静けさを帯びていた。
老婆は、そっと続けた。
「だから、月はね、“ない”ものとして生きる方がうまくいく。
そういう開き直った人の方が、自分の本当の太陽を活かせるんだよ」
老婆は一度、口を閉じた。
けれど、ほんの数秒の静けさのあと、ゆっくりと目を開き、言葉を紡ぎ始める。
「それでもね、月の意識を使って生きてる人は多いよ。むしろ、ほとんどの人がそうさ……」
淡々としたその声には、どこか深い疲れが滲んでいた。
「月を意識して動くとね、決まって同じ道をたどる。“期待”が生まれて、“興奮”する。そして、必ず“失望”する……」
ハクが静かに眉を寄せる。
「それはね、月の意識が“ないものを取り戻そう”とする働きだからさ。
自分にはないとどこかで知ってるからこそ、求めてしまう。
そして得られないたびに、“またうまくいかなかった”“また誰にもわかってもらえなかった”って、心のどこかがすり減っていく……」
老婆は、ホロスコープの月を指先で軽くなぞった。
「本来、天から与えられていた才能ってものがね……そうやって“月に囚われた人生”の中では、いつのまにか使われずに終わってしまう。
“本当はこんなはずじゃなかった”“なんでこうなってしまったんだろう”そんな言葉を残してね……」
「じゃあ、どうすれば?」
その問いは、どこまでも素直だった。
反論でも反発でもない。ただ、知りたいというだけの声。
老婆は、すぐには答えなかった。
しばらくホロスコープの上をじっと見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「“月の意識を使わない”。そのかわりに、“反対側”を使う。――それが答えさね……」
ハクが、視線を上げた。
老婆は、ホロスコープの円をなぞるように、月からちょうど180度離れた地点に指を置く。
「月には欠けている。だからこそ、人はそこに執着する。
でもね――その真逆の場所、つまり“反対星座”には、必ず力が宿ってる。
それはもう、“持っている”んだよ。誰もが、等しく……」
「僕の月は蠍座ですよね?」
「蠍座の月――君の場合は、集中や欲求(desire)が欠損しているのさ……」
老婆の声は、どこか遠くを見ているようだった。
「月蠍は、“深く結びつこうとする演技”を身につけた子が多い。
君は、きっと小さな頃は大人っぽかったんだろうね。
見抜かれたくない、でも見捨てられたくない。大人っぽく見られたい。
だから人を試す。絆を試す。“ここまでやっても、離れないか”ってね。
だけど、それは蠍座の“魂の深さ”とは、似て非なるもの。
それはただの、“表面的な猜疑心”さ。
単純な裏切られ方をして、同じように傷ついて、摩耗していく……
月が蠍座だから、“深さ”を演じることはできるが、本質的には“深さ”の力を自家発電できない」
「かといって、本当に深刻な場面では軽い態度になってしまう。
要するに、“深い情愛”とか“魂の交わり”がわからない。
深く見せかけることはできても、実際には、深い人間関係を築くことができないんだよ……」
老婆はそこで一度、言葉を切った。
そして静かに、言い添えた。
「要するに、君は―― 一生、情愛が子供っぽいのさ……」
ハクはしばらく黙っていたが、やがて小さく、ぽつりと漏らすように言った。
「……どうすれば、いいんですか?」
その問いには、抗いも、反発もなかった。
ただ、“このままでは終わりたくない”という、わずかな意志の熱だけが宿っていた。
老婆は、ホロスコープの盤面で蠍座の真反対に位置する場所に指を滑らせた。
その指先が静かに止まる。
「なあに、西が険しいなら、東のなだらかな山道を行けばいいのさ。
ここが、“君が生き直せる場所”――牡牛座……」
ハクは、指されたその位置を見つめた。
聞きなれない名前ではなかったが、そこに“自分の一部”があるという感覚はなかった。
老婆はそんな彼の反応を見透かしたように、言葉を継ぐ。
「反転牡牛座の本質は、“継続”だよ。
一時の情熱や激しさじゃない。“自分が快適でいられるやり方”で、長く、穏やかに続けていく。
そういう力なんだ。
最大瞬間風速で何かしようとしたり、派手な逆転や強引な関係の結びつきとは無縁さね。
でもね――本当に何かを変えるっていうのは、実際にはそういった継続力がないとできないんだよ……」
老婆の声は、穏やかで、それでいて迷いがなかった。
「そして、牡牛座の子は“快適さ”をとても大事にする。
自分が不快だと、どんなに正しいことでも続けられない。
だから逆に言えば、“快適さの中でなら、驚くほどの粘り強さ”を持っている。
自分のペース、自分の肌触り、自分の生活――それをちゃんと守れる人間なんだよ……」
ハクのまなざしが、少しだけ動いた。
「それにね、牡牛座には“裏表”がない。
気まぐれな駆け引きもしないし、人を試すこともない。
そういうことをする前に、“触れてみて、確かめる”んだ。
五感が鋭いから、余計な説明をしなくても、何が心地よくて、何が嘘かをちゃんと知っている……」
老婆は、そこまで言うと一度呼吸を整えた。
「この世界の“本当の豊かさ”――音、手触り、温度、味、時間の流れ。
そういうものを、“ちゃんと味わえる人間”でもある。
誰かと深く結びつかなくても、世界と静かにつながる力を持ってる。
だからこそ、本当に価値のあるものを選び取る感覚が、君の中にももう眠ってるんだよ……」
ハクは言葉を返さなかったが、耳は確かにその声を追っていた。
「しかも、反転牡牛座の生まれ持った強さはね――挫折しないこと。
傷ついても、折れない。自分の五感を信じる。
なぜなら、最初から無理をしてないからさ。
誰かの期待に合わせず、競争にも巻き込まれず、
自分の価値を、自分の手で確かめながら生きていく。
それが、君の反対側にある、“もうひとつの生き方”さ……」
老婆は、円盤からそっと指を離した。
「最後に、月が3ハウスにあるから、見知った環境か外に出るか迷う時が来たら、9ハウス――知らない外に出た方がいいだろう……」
ハクは目を伏せたまま、円盤を見つめた。
その声は、もう遠くから聞こえるものではなかった。
さっきまで“他人の話”に聞こえていた言葉が、どこかで急に、“自分のこと”に変わっていた。
――ハクには、思い当たる節が、いくつもあった。
◆現実への回帰。
「……そういうことが、あったのか」
リゲルの声は小さかった。
驚きでも詮索でもなく、ただ、目の前にいるハクの“どこかが変わった”という事実を、そっと受け止めるような響きだった。
ハクは返事をしなかった。
けれど、それで十分だった。
二人の間に流れる空気が、ほんのわずかに柔らかくなっていた。
リゲルは、もう一度麦茶を口に含んだ。
日曜の午後、校舎の奥にあるこの部屋には、人の気配も物音もない。
空調のかすかなうなりと、端末の待機音だけが、時間の流れを伝えていた。
「……なんか、ちょっと損した気分」
ぽつりと、リゲルが言った。
「……俺も見てもらえばよかったかな。……でも、怖いか」
その笑い混じりの独白に、ハクがようやくわずかに口元を動かした。
それは笑ったとも言えない、でも否定ではない反応だった。
そして、ほんの一拍の間を置いて――
ハクは、ごく自然に言った。まるで、それが特別なことではないかのように、当たり前の顔で。
「大丈夫だよ。そう言われると思って、リゲルの答えだけは、もらってきた」
リゲルが目を丸くする。
「……え、それ、マジで?」
ハクはわずかに肩をすくめる。まるで他愛ないことのように。
すると、リゲルは――一拍も置かずに前のめりになった。
「……じゃあ、俺の月って何? 今の俺に、何が欠けてる? 教えてくれ!」
勢いそのままに身を乗り出す。
ハクの視界の端で、空になった麦茶のグラスが、カランと小さく音を立てた。
そんなリゲルの姿に、ハクは少しだけ目を細めた。
今の言葉には、期待でも不安でもない、“知りたい”という純粋な知的好奇心だけが宿っていた。
ハクは、驚いたように目を瞬かせた。
けれどすぐに、どこか感心したような表情で、静かに言葉を返した。
「ほんと、双子座って感じだね。怖がってたかと思ったら、もう次の問いかけに飛んでる。――そういうとこ、俺は結構、好きだよ」
「ハクもまさに天秤座だ。ハクのそういう気が利くところ、頼りにしてるよ」
ハクは少しだけ肩をすくめ、目線を端末の待機画面に落とした。
「ま、そういう星だからね」
そして、少しだけ間をおいてから、言った。
「リゲルの月、出生時間的にも99%魚座だった」
淡々としながらも、慎重な口調だった。
ハクは言葉を選びながら、静かに続けた。
「ないものは、“ほんとの優しさ”とか、“境界のない共感力”。
表れ方は、“人に優しくしてるつもりなのに、どこか空回りする感じ”。
囚われると、“人の感情を勝手に背負って、勝手にしんどくなる”。
やるべきことは、“共感じゃなくて整理”。
感じるより、仕分ける。ちゃんと線を引け。自分の気持ちも、他人のも」
ハクはそこで一息ついた。
伝え終えたことを確認するように、麦茶のグラスをそっと持ち直す。
「そうすれば、疲れずにちゃんと優しくなれる。そういう月なんだよ、月の魚座は」
リゲルはしばらく考え込むように目を細めていたが、ふいに指を立てて言った。
「……要するに、約束守って、自分の仕事はしっかりやって、曖昧なこと余計なことはせず、清潔感出して、どこまでも現実主義者になれってことだな!」
そしてそのまま、さらに言葉を重ねる。
「……てかそれって“誠”じゃないか。本心と態度の一致。言葉と行動が一致する、かっこいい人間になるって、結論もう出てるよ」
その勢いに、ハクはふっと笑った。
そして、麦茶のグラスを指先で軽く回しながら、呆れたように、でもどこか安心したような声で言った。
「……いや、まとめ上手すぎるだろ。なんで君が占ってもらったみたいになってんの」
リゲルは肩をすくめて笑い返す。
「これが、“反転乙女座”ってやつだな。乙女座ってもっと女らしいと思っていた。
まてよ、男性性と女性性の調和した人格とも取れるか。
そして、3人目の仲間は多分、水瓶座の月蟹座。
まあとにかく、俺は、占っても占わなくても運命は変わらなかったってことだな」
ハクも、ようやくグラスを口に運びながら、ぽつりと漏らした。
「ほんと、双子座って、ずるいわ……」
リゲルは軽く笑って、短く返す。
「……そういう星だから」
ふたりは、同時に小さく笑った。
しばらくして、リゲルがまた口を開いた。
今度は、先ほどよりも少しだけ照れたような口調だった。
「……俺が現実主義者と言うのは認める。占いが何故そうなるかはわからないけど、
ハクとの約束だと思えば“誠”を守り通せる気がするよ」
その言葉を聞いたハクは、少し目を伏せながら、思い出したように言った。
「ついでにどういう意味か分からないけど、リゲルは“人が酔うものに酔えないこと”に気を付けろってさ」




