十六話 女神の救うもの
「あの方の望みは全ての魔女が安らかに暮らせる世界を作ることなのですわ」
「その救済というのはわたくし達も入っているの?」
重々しく告げた環奈の言葉はわたくしにとっては驚くべきものではなかったの。ああいう輩は少なくとも余裕のある状況においてはそういう理想をきちんと遂行しようとするものなのよ。
「その通りですわ…………だから一応私も誘いから入ったでしょう?」
「あれは誘いではなく挑発なの。お前の交渉センスはゼロなのよ」
はっきりと指摘してやると流石に自覚はあるのか環奈は苦虫を噛み潰したような表情になりやがったの。ざまあ…………まあ、それがわかったうえで鹿島とかいう女が環奈を送り込んだのだろうけど。
「えっとでも、それが目的なら都市を奪うのは矛盾してないかな」
当然の疑問を陽が口にする。それは確かにその通りでそれは救おうとする相手に初手から敵対行動をとるという意味不明な行動なの。普通に考えればおかしいとしか思えない行動なのだけど…………あいつらは普通じゃないのよ。
「女神の国は多くの魔女から良い印象を持たれてはいませんわ…………だから普通に話を持ち掛けても聞いてもらえないことのほうが多いのです」
「それは当たり前なの」
研究所の中でエリカたちのグループは目立っていたの。恐怖と不安の入り混じる感情を誰もが抱える中で神の教えを説くエリカとそれを聞いて救われた笑みを浮かべる信者たち…………ほんの少し前までは絶望しきっていた人間が僅かな時間で様変わりするのは弱みに付け込んだ洗脳にしか見えなかったの。
あの場でまともな判断力を残していた誰もがああなりたいとは思わず、決して近寄るまいと警戒したものなのよ。
「それで、都市を奪って、無理やり、話を聞かせることに、したんだ」
「そうなりますわね」
切歌の指摘に環奈が頷く。確かに当時ならいざ知らず、孤独に苛まれた現在の魔女であれば無理やりにでも女神の国の環境に置かれれば懐柔される可能性は高いの。
そもそも魔女の中には都市を守ることに内心うんざりしているやつもいるだろうから、奪われたことでむしろせいせいしたと感じていたっておかしくはないのよ…………ぶっちゃけわたくし達のように憤慨しているほうが珍しいのかもしれないの。
「…………それなら話し合いの余地はある、のかな」
「ないの」
わたくしははっきりと陽に断言する。あくまで懐柔のために仕方なくという形ならばと陽は思ったのだろうけど、環奈の言葉選びを考えれば無理な話なの。
「陽様、あの方が救うべきと考えているのは私たち魔女だけなのですわ」
沈痛な表情で環奈が打ち明ける。
「それはつまりそうじゃない人たちのことは…………」
陽の言葉が途中で途切れる。その答えは今まさにこの都市の人々が証明している…………だからこそこれまで環奈は言い淀んでいたの。救う対象を限定しているのなら、それ以外はどうなのかという話になるからなのよ。
「少なくとも害そうとは思っていないはずなの…………あの女はいかれてるけど、そういう性根じゃなかったことだけは確かなのよ」
わたくしの言葉に陽が環奈へと視線を向け、環奈はゆっくりと頷いたの。
「前にも話しましたが都市の人々の死傷率そのものは減少していますわ。ただもしも魔女の救済にそれ以外の人々の犠牲が必要であれば…………いえ、違いますわね。魔女の救済のために人々をあの方は犠牲にしています」
途中で言いなおしたことは褒めてやるの。今現在まさに魔女のためにその行動の自由を奪われている人々の前でこれは犠牲じゃありませんなんてほざいたら…………その頬を引っ叩いてやるしかなかったところなのよ。
「これで都市の現状をエリカが黙認しているって可能性の確認はとれたわけだ…………まあ、今のところは魔女のために必要だから命は守られてるってことを喜ぶしかねーな。この環境に満足してる魔女がいる限り危害は加えられねえってことだからな」
何の救いにもならないことを晴香がほざく…………そんなもので陽を慰めようなんて相変わらずいやらしい女なのよ。
「でも扱いが軽いのは間違いないのよね。奪い返すなら慎重にやらないと…………犠牲が出たらニーサマが悲しむ」
「お姉さんも悲しいわよ?」
「ニーサマもネーサマも私が悲しませません!」
勝手に盛り上がってろ、なの。
「奪い返すといってもわたくし達の手が足りないの…………切歌、都市を潜ませて運ぶとしても一つが限度なのよね?」
「う、うん…………あれを使えば、わからないけど」
あれ、というのは獣共の巣で奪った結晶のことなの。わたくし達の世界を獣共が採掘して純粋なエネルギーへと還元したものの塊。それを使えばわたくし達は普段よりも大きな力を使うことができるはずなのよ…………ただ。
「瞬間的なものならともかく、長期的に使うのにはリスクが高いの」
まだそれがわたくし達に与える影響もはっきりしていないの。単純に考えても外部からのエネルギーの供給を受けて本来よりも大きい力を使うのだから負担は大きいはず…………途中で切歌がダウンして複数の都市をぶちまけるような事態になれば大惨事なの。
潜ませる帰還が短時間で済むならまだしも、女神の国の追撃を受けることを考えれば安全な場所を確保するにはかなりの時間が必要なのよ。
「となるとやっぱりトップを狙うのが現実的か」
「それには反対と申し上げたはずですわ」
「そうだったな…………まずは女神さまの実力を確認しないとだ」
環奈の苦言に晴香が肩を竦める。エリカがわたくし達よりも圧倒的な力を持っているというのはやっぱり眉唾なのだけど…………単純に旧主を庇っているという様子にも見えないのが厄介な話なの。
「ん?」
そんなことを考えていると都市にサイレンが鳴り響く。それはわたくし達の東都でも聞きなれた音で、見えざる獣の接近を知らせると同時に防衛隊の出動を教えるものだったの。
「やっぱり見えざる獣はまだいるのか…………」
その音を聞いて落胆するように陽が呟く。獣共の拠点で遭遇した全ての首魁らしきあの巨大な腕には撃退に際して切歌が核兵器というおまけを潜ませたの。けれど向こう側のことはわたくし達にはわからないからその結果は不明…………あの腕の本体を吹っ飛ばしたのかもしれないし、法則の違う向こうの世界ではうまく起爆しなかった可能性だってあるの。
だからわたくし達にわかっていたのは少なくとも晴香の拠点にいた間には再度の獣の出現は見られなかったということだけ…………単純に獲物となる都市が奪われてなくなったせいという推測もありはしたのよ。
「結局わたくし達に獣に関してわかっていることはないに等しいの。この都市にやって来ているのは主を失っても残っていた烏合の衆かもしれないし、わたくし達があの腕を倒せていたのだとしてもそれは全体ではなく地方の統括者だったのかもしれないのよ」
可能性はいくつもあって、そのどれも確証にするための情報をわたくし達は得られない。ムカつく話なのだけど今はあるがままに受け入れるしかないのよ。
「見えざる獣はいずれ確実に駆逐するの…………ただそのためにはまずこの国をどうにかする必要があるのよ」
でなければ見えざる獣の駆逐に集中できない。
「そしてその為には相手の戦力の把握が必要だ…………そういう意味では獣共も役に立つっちゃ立つな」
「ムカつくけどのその通りなのよ」
今この状況においては獣共の襲撃はわたくし達に好都合だ。
「せっかくの機会なの、女神の国の力とやらを見せてもらうとするのよ」
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