十五話 拾われた魔女の救い
「その、陽様大丈夫ですか? 少し顔色が悪いですわ」
「ううん、大丈夫だよ」
通りから戻って来た陽様の顔色は少し青ざめているように見えましたわ。それでも気遣う私を安心させるように陽様は大丈夫だと微笑んで見せる…………尊い。その微笑みのためであれば私はかつての同胞であっても討つ事を躊躇わないだろうと思えるほどに。
「みんなは、強いね」
ぽつりと、その強さが悲しいのだというような声で陽様が呟く。
「僕はほんの数分で心が挫けそうになった」
自嘲するように呟きながらも、そんな孤独に私たちがずっと耐えていたことを悲しむような表情でしたわ…………それに私は少し心が痛みますの。私はこの場のほかの魔女とは違い、耐えられなくて早々に女神の国という逃げ場へと飛び込んでしまったのですから。
「悲哀に満ちたその表情もなかなかにそそるの。甘く蕩けるように慰めてあげたいの」
それには同意…………ではなく何を言っているのでしょうかこの全裸魔女は。陽様に対してあまりに不敬ですわ。
「ほんと強い」
呆れるように、それでも少し頼もしさを感じたように陽様から悲哀さが薄れる…………これを狙ってやったのなら褒めてやりたいところですけど、絶対狙ってないのですわ。
「おほん、これで女神の国以外の魔女とそうでないものの確認が済んだことになりますわね…………やるにしても私は最後という話でしたけどどうするのですか?」
それが癪に障ったので私は話題を変えるようにそう尋ねましたわ。
「さっきも言ったがリスクが大きい。私は反対だ」
私の裏切りの可能性に備えている可能性があるという話でしたわね。その可能性がないとは私も断言はできませんわ。
「わたくしとしては確認しておきたくもあるの」
「…………何をですの?」
「そのお前を使い捨てにした鹿島恵とかいう女の傾向なの」
「あの女の傾向?」
「その通りなの」
怪訝な私に全裸魔女は頷く。
「お前の話によればその女は実質この国のナンバーツーなの。これで仮にお前に反応して何かが起これば、それが誰もかれも疑うような疑心暗鬼の塊だと方針が立つの」
それがわかればこちらの行動に対する反応も予想しやすくなるというわけですわね。かなりの偏見が入っているような気がしますけど、一理はありますわ。
「反応が無かったら?」
陽様が尋ねる。
「その場合は裏切りを疑ってないってことになるよね」
「ならないの」
確認するように続ける陽様へ全裸魔女ははっきりと否定を口にする。
「え、でも」
「仮にその可能性に至らないような奴が相手なら楽勝もいいところなのよ」
「それは…………そうかもしれないけど」
あの女がそんな無能であれば確かに私たちは楽になりますわね…………ですが、私にはあの女がそんな残念な輩には見えませんわ。ムカつく話ですけど。
「えっとでも、その可能性があるってわかってるなら対策するんじゃ」
それともできない理由があるのだろうか、そんな疑問が陽様の顔には浮かんでいた。
「裏切ろうがどうでもいい、そう思っているのよ」
「っ!?」
だから対策の必要もない、そう告げた全裸女に思わず陽様が言葉を詰まらせる。そんな彼を横目に全裸女が私へと視線を向けましたわ。
「お前はどう思うのよ」
そしてそう尋ねてくる。この中で唯一面識がある私が一番よく知っているだろうという視線でしたわ。
「あの女ならありえますわね」
そして私は意外なほどにしっくりと全裸女の予想が正しいと確信していましたわ。
◇
そんなひどい話はないだろうと僕は思っていたけれど、どうやら現実はそんなひどい話ばかりらしかった…………まあ、うん。そもそも見えざる魔女の現状を知った時に僕はこの世界の非情さを知っていたはずだったのだけど。それでも同じ境遇にある魔女同士の連帯のようなものを信じたかったのかもしれない。
「ご覧の有様ですわ」
いっそせいせいしたというように環奈が肩を竦める。そんな彼女の周囲には環奈へと目もくれず淡々と避けて通り過ぎていく人々の姿があった…………結の予想は悲しいくらいに的中し、環奈はこの国の一員とはもはやみなされていなかったのだ。
「自分で予想しておいてなんだけどムカつく話なの」
それは口だけではなく実際に腹立たしいように僕には見えた。彼女のことだから環奈に同情したわけではないのだろうけど、その理不尽を許せないのだろう。仲間を使い捨てのように死地に追いやって、失敗を悟るや否やその存在をなかったことにするなんて非情以外の何物でもない。
と、そこまで考えて僕には一つの疑問が浮かぶ。
「ねえ、環奈。女神の国って何が目的なの?」
「…………目的、ですか?」
「うん」
突然の質問の意図が見えないと見返す彼女に僕は頷く。
「女神の国は最終的に何を目指してるのかなって」
僕らは女神の国から仕掛けられたからここまでやって来たわけで、考えてみるとその目的について深く考えたことはなかった。都市を奪ったのは僕らに対する人質だとしてその先はなんだろう? 僕らを屈服させるなり倒すなりして彼女らは何を得るのだろうか?
「どうせ神の教えをあまねく広めたいと考えてるのよ。陽には実感がないだろうけど宗教ってやつは遠い昔の時代からその教えを無理やりに広めるか、染まらない連中を根絶やしにするようなことを延々とやって来ているの」
そう告げる結の意見には僕と環奈以外は全員賛同しているようだった。宗教というものを実感として知っている彼女らからすれば女神の国の行動はおかしなものではなく、だからこそ僕のように疑問が湧いてくるようなこともなかったらしい。
「少し、違いますわ」
しかし環奈がそこに訂正を入れる。
「どの辺りだ?」
「あの方は神の教えを良しとしていましたが、それを私たちに強制はしていませんでしたわ。現に私も教えにある神の存在は信じていませんし、信仰していたのはあの方本人でしたから」
「そういえばあの女は女神を名乗っていやがったんだったの」
それを思い出したからなのか腑に落ちないという表情を結は浮かべる。
「きひひ、考えてみりゃ自分が信仰する神と同列の存在と名乗るなんざ不遜もいいとこだな」
同意するように晴香が言う。
「で、でも、それだと、信仰の対象が、変わるだけ、だよね」
切歌の意見はもっともで、広める対象が違うだけではある。
「私の言い方が悪かったですわね。あの方は宗教を広めることを目的とはしていません」
「じゃあ、何が、目的なの?」
ここで僕の疑問と結達の疑問も一緒になった。
「あの方の目的は…………見えざる魔女の救済ですわ」
そしてなぜだか僕に気を遣うような表情で、環奈はそう答えるのだった。
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