十四話 孤独の共感
僅かでも可能性があるのなら危険は避けるべきなのだと防衛隊の訓練では固く教えられた。もちろん目的のためには時には危険を冒す必要があるけれど、だからそ冷静な立場でその判断をできる指令役が部隊には必要なのだ…………その点でいえば僕は指令役には向いていない。自分の感情を抑えきれないし、衝動のままに動いてしまうことがあるからだ。
問題なのはそんな僕の意見を皆が第一に考えてしまうことだろう。だから今も冷静な意見を僕の感情だけの意見が覆してしまって皆を危険に巻き込んでいる…………それでも感情を抑えきれないんだから僕は本当に罪深い。
「きひひ、さて誰から行くべきだろうな」
「それは私からではありませんの?」
「いや、お前はやるにしても最後だ」
「…………危険は新参者から請け負うものですわよ」
「はっ」
律儀にもそう主張する環奈を晴香は鼻で笑う。
「その自己犠牲は見上げたもんだがてめえはこの国にとっての裏切り者ってことを忘れんなよ? もちろんその裏切りはまだ発覚しちゃあいねえだろうが…………私が仮にこんなことをしてるような冷酷非道な輩だったらその可能性を視野に入れて対策しておく」
「私の反応があればわかるようにしている可能性があると?」
「そうだ」
「ですが、それは私以外でも同じですわよね?」
確かに女神の国以外の人間に反応すればわかるようになっていてもおかしくはない。そう考えると僕が求めたこの確認んはますます危険なわがままだったと思えてくる。
「その可能性はあるがお前と違って私らは女神の国に詳細を知られていないからな。明確にマーキングされている可能性のあるお前と違ってそこらの魔女と見分けは付かんだろう…………とっとと雲隠れすれば矛先の逸らしようはある」
協力を求めたい相手に矛先を逸らすのもどうなのだろうと僕は思うけど、皆はそれ自体には異論はないようで特に反論もしなかった。
「一般人がわたくし達に対しての防犯装置になっているかどうか、それを確認しておくことにまあ意味はあるの」
捕捉するように結がそう付け加える。それはたぶん晴香への援護というより僕のわがままによる罪悪感を減じさせるものなのだろう…………自意識過剰に思えるけど、たぶん間違っていないだろうから困るのだ。
「というかグダグダしてないでとっとと進めるのよ」
「きひひ、私はそのつもりだったんだがな」
「…………差し出がましい真似をしましたわ」
不服そうにではあるが環奈は謝罪して一歩身を引く…………これまで接した感じだと彼女はなんというかずいぶんと真面目に思える。僕らのもとに来るまで女神の国で暮らしていたからなのか無理に我を通そうとしない。
それは協調性があるともいえるけど、我の塊のような結たちの間では打たれ放題のサンドバックのようにも感じられる…………フォローするよう心がけようと僕は決める。
「では汎用的な魔女の例としてまずわたくしが行くの…………わたくしであれば仮に反応があってもその兆候の時点で気づけるのよ」
結はその力で体感時間を「伸ばす」ことができるという。それであれば都民が反応するその兆候を見逃さず、完全に反応する前に再び身を隠すことができるかもしれない。そしてその場合であれば術者に伝わらないという可能性は十分にある。
「じゃあ切歌頼むの」
「うん、じゃあ解く、ね」
一応身を隠していたビルの間の路地から通りに身を晒してから結が声をかけ、切歌がそれに答えて彼女のかけていた「潜む」力を解除する。見た目ではまるで分らないけれどそれで都民の認識から潜んでいた結の姿は見えるようになったはず。
「…………昔を思い出す無反応さなの」
通りの真ん中で仁王立ちする結が渋い表情を浮かべる。その言葉通りに通りを行き交う都民たちは無反応で彼女のことなどいないかのように通り過ぎていく。
昔、結は誰かに見つけてもらうために人通りの多いところで露出していた。今は布を一枚羽織っているという違いはあるけれど確かに似たような状況だ。でも僕はそれを悼んでいいのか未だにほぼ全裸を貫いていることに呆れていいのかわからない。
「考えてみたら、私たちに、反応しないのって、普通、だよ、ね」
「あ、確かに」
ぽそりと呟いた切歌の言葉に僕は確かにそうだと相槌を打つ。見えざる魔女を普通の人間は認識することができない。だからこそ僕は特別扱いされたし、皆から認識されるという女神の国は魔女から魅力的なのだ。
「だから、その条件を確認するのも含めた検証だろうが」
「…………あ、うん、そうだね」
呆れたような晴香の視線に僕は自分の考えの足らなさに恥ずかしくなる。結も晴香もそんなことなど最初から織り込み済みだったということなのだろう。
「魔女を感知して切り替わるスイッチになるものがあるはずなんだが…………やっぱり元々認識できない相手をさせてるわけじゃないみたいだな」
魔女を見たことで切り替わる、というようなことはそもそも普通の都民では魔女を認識できないから無理なのだ。
「次はお姉さんが出てみる?」
「多分変わらねえと思うが、まあ検証は必要だな」
「ネーサマ、それなら私が」
「偶にはお姉さんが前に出ないと、って思うのよね」
「…………どっちでも変わんねからとっとと行け」
美優と夏妃のやり取りに面倒そうに晴香が手を振る。
「あら本当に変わらないわね…………試しに直してみる?」
「リスクが高すぎるからやめろ」
結局美優が通りに出て、結と変わらず反応のない様子に提案すると即座に晴香がする。美優の力は「直す」で、基本的には怪我を治したり壊れたものを治したりと対象を元の状態に直すように使う…………それであれば都民を普通の状態に戻せるかもしれないけれど、そうすれば確実に術者に伝わると晴香は懸念したのだろう。
「なら次は僕、かな」
女神の国の所属ではない魔女の反応は確認した。それならば次は魔女以外の人間に対する反応を確認するべきだろう…………少なくとも僕は普通の人間にはきちんと認識されているのだから。
「危険なのよ?」
「わかってる」
警告する結に僕は頷く。皆と違って僕は確実に彼らからも見えるのだから反応する可能性は十分にあり…………そして僕はその能力においては常人と変わらない。防衛隊で鍛えられてはいるけれど通りの人間すべてが襲ってくるような状況になれば多勢に無勢だ。
「僕は弱いから、その時はちゃんと皆に頼るよ」
「むう、頼られたい側からすると止めにくい返しなの」
ぐぬぬ、と奥歯を噛みしめて何とも言えない表情を結が浮かべる。
「切歌、頼むよ」
「う、うん…………気を、つけて、ね」
「潜む」を解くように切歌にお願いして僕はその気遣いを背に通りへと足を踏み出す。多くの人々が行きかいながらも静かな大通り。よく観察してみればそれは規則的で人同士がぶつかり合わないように決まったレールを動いているようであり、その視線は前だけを見ていて何かを追うようなことはまるでない…………そうする自由な意思がないのだと間近で見てよくわかった。
「…………」
そして人々は僕を避けて通り過ぎていく。見えざる魔女を認識できない人々が彼女らを避けて歩くのは、認識はできずともそこに本能的にそこにある上位者の存在を感じ取って無意識に避けるのだと以前に聞いた…………では僕を彼らが避けるのはなぜだろうか。
例えば、そう例えばだ。これが僕ではなく何かしらの事故で落ちてきたコンクリートの塊であればただ規則的に決められた動きをする人々は避けることなくぶつかり続けることになってしまうだろう…………だから恐らく、そのルート上に障害物があれば自動で避けるように設定されているのではないだろうか?
「僕は物扱いか」
小さく呟く。しかもそれは彼らを操っている術者からの認識で、彼ら自身からは障害物としても認識されていない…………こんなにも人がいるのにどうしようもないくらいの疎外感を僕は覚えた。
そうか、と僕は思う。
こんな思いを、ずっと結たちは感じていたのだ。
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