八話 統治する聖女、もしくは魔女
「庇護下に入れた都市…………他の魔女から奪った都市は女神の国の元から所有する都市に隣接するように配置されますわ。その後は隣接する都市との間に相互移動が可能な通路が作られますが、基本的には大きく住民が移動するようなこともなくそれまで通りの生活を送るようになっていますわね」
女神の国に奪われた都市の現状を知りたい。そんな僕の質問に環奈はまず奪われた都市がどう扱われるかの説明から入った…………それを聞いて僕は現実味を感じられないでいた。
住民だけではなく都市ごと奪ったのだから元ある都市の隣に置いて繋げる。やっていることは簡潔で単純極まりないのだが、そのスケールが普通ではありえない。それは子供の玩具では無く大勢の人が暮らす都市そのものなのだから、そんな簡単に移動して並べて繋げるなんてできるものじゃない。
「その…………移動の際に被害が出たりはしてないのかな」
あまり考えたくはなかったがいざ都市の話となれば聞かずにもいられなかった。以前に環奈は女神の国へ併合後の都市の死者は出ていないと言っていたが、都市が移動させられる際には出ているかもしれない。普通に考えてあれだけの質量のものを短時間で移動させようと思えば安全が犠牲になるはずなのだ。
「都市の移動の際に物理的な損傷が出たと聞いたことはないですわ…………ただ、その間の女神の国による統治が始まる前の混乱で多少の怪我人が出たケースはあるようですわね」
「そう、なんだ…………」
それはとりあえず安堵すべき情報のはずなのだけど、僕の頭には何か警鐘のようなものが鳴り響いていた。それをそのまま受け入れて安心してしまいたいけれど、僕の理性はそれを単純に受け入れてはいけないのだと警告しているようだった。
「とりあえず、それを誰がどうやってやったのかも聞きたいところなのだけど…………まずその統治の方法を教えてほしいものなの。一体どうやれば混乱の極地にあり自分たちを認識できない住民たちを従順にできるのかを」
そんな僕の内心を代弁するように結が環奈へと尋ねる…………そう、普通に考えればありえないことなのだ。仮に前提である見えざる魔女が認識されないことを覆す方法があるのだとしても、都市ごと元ある場所から移動させられていきなり自分たちを統治すると言われてもそれに納得するはずがない。
その力の差が歴然であるとしてもまず最初に反発するだろうし、力の差を実感して行政が臣従を選んだとしても、普通であれば納得できない少数派は存在して抵抗を続けるはずなのだ。
「それはあの方のありがたいお言葉で…………」
しかし環奈はその言葉を最後まで口にせず、苦い表情を浮かべて言い直す。
「いえ、私もここにきてようやく気づい…………違いますわ、これまで簡単に想像できる事実から目を逸らしていましたの。恐らくですが、住民の統治は洗脳によって行われていると思いますわ」
言い切った環奈の表情はようやく心のつかえがとれたようでもあった。きっとこれまでずっと心の奥底では引っかかるものがあったのだろう…………だけどそれを認めたくはなかったのだ。ようやく孤独から解放されたと思ったのに、それが塗り固められたハリボテなのだと認められる人間はそう多くはない。
話を聞いていた僕ですら、それはできれば信じたくない話だったのだから。
洗脳、それがどういう形のものなのかはわからないけれど、東都の人たちが禄でもない状況にあることは濃厚になってしまった。引き合いに出したくはないけれど舞との一件を思い出す…………洗脳された人々が魔女との戦闘に駆り出される事態になれば凄惨な結果にしかならない。
「ちなみに、それをやってる外道が誰かはわかるのか?」
「わかりませんわ」
晴香が尋ねると環奈は首を振る。住民を洗脳していると公言していなかったのだからそれを誰がやっていたかも明かされていないのは当然だろう。
「とはいえ候補となる相手は何人かいますわ…………つまるところ私が能力を把握していない相手が洗脳できる力を持っている可能性が高いというわけですから」
洗脳は間違いなく見えざる魔女の力によるものであり、そして一人の魔女の使える力の方向性は限られている。もちろん世界に刻み込んだその言葉によっては応用が利くこともあるだろうけど、環奈の把握している魔女の力の中には洗脳に応用できそうな力の持ち主はいなかったようだ。
「ちなみに、その候補の中にエリカはいるの?」
「いますわ」
即答する環奈に僕は一つ疑問を抱く。
「矛盾、してる、よ。エリカの能力を、あなたは、把握してないと、おかしい、から」
僕と同じ疑問を抱いたらしく切歌が先に指摘する。環奈はエリカが僕ら全員でも敵わないような力の持ち主だと断言していた。それはつまりその能力の詳細を知っているということで、それだと能力を把握していない相手が候補だという言葉に矛盾する…………そもそもエリカが洗脳に適した能力を持っているのなら、指摘されて答えるのではなく真っ先に候補に挙げるべきなのだ。
「矛盾はしていませんわ。私は確かにあの方の力を知っておりますけど、それが洗脳に使えるのかどうかは把握していないので」
「でも、可能性は、ある?」
「あくまで可能性ですわ」
そう前置きながらも環奈は切歌へと頷く。
「あの女の強さに関してはこの場では保留にしたが、力の詳細については聞いておくべきだったな…………それで、あいつの力はなんなんだ?」
「奇跡、ですわ」
「あ?」
答える環奈に晴香は怪訝な表情を浮かべる…………そしてそれは僕も含めた皆も同様だった。見えざる魔女は魔女になる際に世界へと自身の想念を刻んでいる。結で言えば「伸ばす」で切歌の場合だと「潜む」。それは必ずしも彼女らの根源に関わるような言葉というわけでもなく、見えざる魔女になるその際に強く思っていたものが刻み込まれたらしい。
だからその力の傾向は似通っているのだけど…………奇跡という単語はその中で異彩を放っている。
「まあ、あの女のことだからありえなくはないの」
集められた少女たちに対しても神の教えを説いていたという話だから、奇跡という言葉自体が想念として刻み込まれても不思議ではないとは思う…………問題は、それでなにをひきおこすことができるかだ。
「神の力を借りていかなる奇跡でも起こすことができる…………というのがあの方の触れ込みでしたわ」
「眉唾ですね」
信じるに値しないというように夏妃が眉を顰める。確かに奇跡というのは万能というかその言葉だけであれば起きることに限りはない。結達によれば魔女の力はその想念の持つ意味から外れた使い方になるほど減衰するらしいから、そういう意味では便利な言葉には思える…………とはいえそれだけで結達に圧勝できるかと言われれば疑問だ。
「んー、お姉さんもそう思うけど、これだとまた最初の話に戻っちゃいそうよね。その規模に関しては今は考えないで、そういう力も使えるかもってところだけ考えるといいんじゃないかしら?」
美優のその提案に反対は無いようだった。その力の規模は保留したまま、今はとりあえず彼女が洗脳も使えるかもしれない万能系であることを理解すればいいのだ。
「しかしあの女の性格を考えれば洗脳は好みそうではないの。あの女のことだから教義を正しく伝えれば共感されると本気で思っているはずなのよ…………洗脳みたいな反則手段に頼るとは思えないの」
「それには同意いたしますわ…………ただ」
何かを付け加えようとして環奈がちらりと僕を見る。
「ただ?」
「いえ、今言うべきことではないですわ」
そして促されて首を振った。
「お前に情報を明かすタイミングを選ぶ権利などないの」
「ありますわ。それもあなた達が同意する理由で」
「ちっ」
薄い目で見据える結に環奈は毅然とした表情で答える。僕を見てそのセリフということは、聞かせて僕が気に病むような話ということなのだろうか。それを察せないほど結も鈍いわけもなく、舌打ち一つで追及をやめてしまった。
それでも僕としては気にはなるけど、すぐに話すべきようなことであれば流石に彼女も明かすだろう。
今は気にしないようにするしかないか。
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