五話 全裸の魔女たちと寝返りの魔女
「さあ、お前はどっちを選ぶの?」
目の前で私に選択を突き付ける女は、彼がどう庇おうとも悪辣な魔女であることは間違いないと私には思えますの…………だって恐らく全てはこの女の手のひらの上で進んでいるはずですわ。
私の答えだってもうわかっているはずなのに、私に自分で崖から飛び降りさせるためにその答えを口にするように迫っていますの。
「…………」
私は悪辣な魔女を睨むように見ながら女神の国で過ごした日々を思い出す。エリカ様にお仕えし、その見返りとして与えられる孤独とは無縁の平穏な日々…………かつては満たされていたはずのそれが今となってはとても白々しいものに感じられてしまいますわ。
だって私は本物を知ってしまった。
きっと最初から情報目当てに彼が近づいてきたのなら私は心に強固な壁を築いていたはずですわ…………それがあんな無防備に、純粋に私を気遣ってくるなんて反則ですの。
彼の行動や態度には周りの魔女たちからの意思はまるでなかった…………あえて意図的に何の指示も与えずただそのままの彼を私の前に放り出したのですわ。そこに彼女らの意思の一片でも感じられれば私は抵抗し、心に壁を築いたはずですのに。
ああ、本当に目の前のこの女は魔女ですわ…………知らなければ、彼という本物を知らなければ私は幸せな日々を与えられていたのだと信じていられましたのに。私に与えられていたものが全て偽物だったのだと確信したうえで彼という本物をただ私にぶつけやがったのですわ。
本当に憎たらしくて、それに救われてしまった私の愚かさが本当に恨めしいですわね。
「私は…………彼を選びますわ」
「それでいいの」
当たり前のことを確認しただけと、私の身を切るような選択をつまらなそうに目の前の魔女は切り捨てやがったのですわ。
「ただ私は彼の味方になっただけで、あなた達の味方になったわけではありませんわ」
「はっ」
私のせめてもの抵抗をこの女は鼻で笑いやがりましたの。そして愚か者に講釈してやるとでも言わんばかりの表情で口を開きやがりましたわ。
「言っておくけどそんなものはわたくしだって同じなの。表向きはどう見えていようが内心では他のやつらなんてどうでもいいと思っているはずなのよ…………わたくし達にとって大事なのは陽一人だけなの」
だから、と悪辣な魔女は続けましたわ。
「わたくしや他の女共を蹴落としたいなら好きにやればいいの…………ただ、それで陽を悲しませることだけは許されないの。邪魔者を排除したいなら彼を悲しませないようにうまくやりやがれ、なのよ」
平然と、裏切るなら上手くやれと目の前の女は言いやがりましたわ。それはもちろん何かあれば彼が悲しまないように配慮して私を消してやるという脅しでもあるのでしょうけれど…………その正直さだけは認めてあげなくもないですわね。
「仕方ないですわね」
私は一つ息を吐き、まっすぐに目の前の魔女を見据える。
「私があなたを排除するまでは、表向きは仲良くしてあげますわ」
「いい度胸なの、気に入ったの。利用価値が無くなるまできっちり綺麗に使い潰してやるの」
ふふ、と私は笑みを浮かべ、目の前の女も挑発的な笑みを浮かべる。
「私のことは結でいいの。表面上仲良くなったように彼に見せるための儀礼なの」
「では私のことも環奈でいいですわ」
私はそれに答え、何の意味も生じないであろう握手のために手を差し出しましたわ。この女…………結がそれに手を取り互いに目を細める。
「ただ私、まともに服も着れない女のことは本音では変態だと思ってますの」
「いい度胸なのよ」
そしてお互いの手を全力で握り潰さんと握手しましたわ。
◇
はっきり言ってしまうと結たちは僕より頭が回る。それは元々の出来の差もあるだろうし、単純にこれまで生きてきた長さによる経験の差も大きいだろうと思う。
だからというかなんというか僕の知らぬ間に状況が進んでしまうことは少なくない…………恐らくは、僕に見せたくない部分を裏で済ませようとする意志もあるのだろう。
「改めて、この度あなた方の軍門に下った比江鳥環奈ですわ」
そして今回も僕のあずかり知らぬところで環奈が女神の国を裏切って僕らに協力する覚悟を固めていた…………その懐柔というか説得は僕に任されていたはずなのに。
勿論僕のしたことに意味がなかったわけではないのはわかっている。環奈とはずいぶん打ち解けられたと思うから、彼女が心変わりしてくれたことにはその影響も大きいのだとは理解している…………ただ、自分の役割を全うできずにまた彼女らに負担をかけてしまったのではないかという感覚があるだけだ。
「んー、おねーさんは舞たちのお友達になったってこと?」
そんな僕の葛藤をよそに舞が彼女なりに状況を読み取って口を開く。それに環奈のほうが困惑した表情を浮かべるのは、舞の口調や雰囲気がその容姿とまるで違うからだろう。事情をまだ知らない環奈からすれば子供のように振舞う舞の姿に困惑するのは無理もない。
「ええ、そうですわ。お友達ですのよ」
それでも何となく事情を察したのか笑みを取り繕って環奈が答える…………舞を傷つけるような発言が飛び出なくて正直僕はほっとした。
「わー、新しいお友達だ!」
「仲良くしてくれると嬉しいですわ」
素直に喜ぶ舞に優しい声で環奈が続ける。
「ではそのお友達のためにとっとと情報を吐くの」
「勿論ですわ。なぜか全裸のお友達」
「…………本当にいい度胸なの」
その横から睨むように促した結に環奈は笑みを浮かべたまま切り返す…………この感じだと彼女に翻意を促したのは結なのだろうか。二人が喧嘩腰なのは見て明らかだが、それは互いに本心をぶつけ合った故とも考えられる。
「えっと、それじゃあ比江鳥さんから話を聞こうか」
とはいえ良好な関係には見えないので僕は話を進めようと提案する。それが本来の目的だし、重要な話なのだからしている間は二人もまあ喧嘩はしないだろう。
「環奈、ですわ」
「え」
そこに予想外の訂正を彼女は求めて僕が思わず固まる。
「環奈、ですわ。陽様」
「…………」
じっと僕を見る環奈にあえて僕は皆の様子を確認しなかった。別に確認するのが怖かったわけではなく、確認するまでもなく想像できるものをあえて見る必要はないと判断しただけである…………怖くは、ない。
「えっと…………環奈さん」
「今はそれでよいですわ」
満足げに頷く環奈を他所に僕は刺すような寒気を覚えたが気にしないことにしておく。
「えっと、それじゃあ環奈さんに話を」
「その前に一つよろしいですか?」
「えっと、なにかな」
「質問に答えること私は構いませんの。女神の国の内情だろうが奪われた都市の状況だろうが私にこたえられることならいくらでも答えますわ」
裏切ったのだから慮るものもないと清々しいまでに彼女は言い切る。
「ただ、その前に私の立ち位置というか望む方向性について話しておきたいのですわ」
「方向性?」
「ええ、その通りですわ」
環奈は頷く。
「具体的には、私としては女神の国に敵対することを望みませんの」
「なかなか面白い女なの」
結が笑みを浮かべる。しかしそれが好戦的な笑みであることは明らかだった。
「待て」
けれどそこに晴香が待ったをかける。
「待たないの。そこの女には教育が必要なの」
「うーん、お姉さんも一旦待ったほうがいいと思うなあ」
「ネーサマに賛同します」
けれどそこに美優も口を開いて、夏妃も賛同を口にする。
「結」
「ここは陽に免じるの」
「…………結ちゃん、ちょっと短絡すぎ」
「若干心に刺さったの」
僕が名前を呼んで諫め、切歌が思わずといったように苦言を口にすると流石に結も反省したように唇を尖らせる。
「あー、それでだ。お前のその望みは女神の国に情があるからってわけじゃねえよな?」
「その通りですわ」
結が矛を収めてから晴香が疑問を口にし、環奈がそれに頷く。
「じゃあ、なんでだ」
「勝ち目がないからですわ」
そしてはっきりと、その理由を口にした。
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