四話 全裸の魔女による選択という名の宣告
自分で提案しておいてなんだけどここ数日はストレスの溜まる日々だったの。思い人が他の女を気遣い、その女が彼に向ける視線が段々と艶を帯びていくのを見守るというのは非常に不快な時間だったの…………ストレスが限界に達してあの女をぶち殺さなかったわたくしの自制心を褒めてやりたいのよ。
さて、愚痴はこんなものにしておくの。わたくしのストレスは別として陽は予定通りの仕事をしてくれた。宗教狂い共のぶら下げていた偽物なんて所詮本物の魅力には叶うわけもないのよ…………もう一押しであの女は堕ちるの。
「とはいえその一押しができないのが陽の人柄なの」
わたくし魔女に対して普通であるからこそ効果があったのだけど、普通であるからこそ相手を奈落へと突き落とすような真似はできないの…………ましてやその結果が見えているからなおさらなのよ。
「貧乏くじ、貧乏くじなの」
愚痴りながらあの女を軟禁している部屋へと立ち入る。別に押し付けられたわけでもないのに自らこういう役目を請け負ってしまう自分の性分を少し恨むのよ。
「お、時間か」
入ってきたわたくしに晴香が視線を向ける。その隣には仏頂面の夏妃の姿。環奈から力を取り上げられない以上はわたくしたちで見張るしかなく、しかし最初のように全員で見張るのは効率が悪いので現在は二人交代で見張っているの。
夏妃は美優と離されたことが不満のようなのだけど、美優の力はあまり戦闘に向いてないのだから仕方ないのよ。
「悪いけど交代の時間はまだなのよ…………それと話があるから表で待機していてほしいの」
「それはニーサマも承諾しているのか?」
「お前の大切なニーサマのためになる話をするのよ」
話の論点はずらしているけれど、これで伝わるはずなの。
「…………責任はお前がとれ」
「もちろんなの」
誰のためであれ自分の選択した行動の責任は自分で取るものなの…………その代わりその行動に対する報酬もわたくし一人のものになるのよ。
「きひひ、まあなにかあったら呼んでくれ」
そんなわたくしたちの様子に晴香は肩をすくめるだけで出ていくの…………本当にその力だけでは頼りになりやがるからうっとおしい女なのよ。
「それで、私に何の用ですの?」
二人が出ていくまでずっと黙っていた環奈が口を開く。
「背中を押しに来てやったのよメスブ…………比江鳥環奈」
危ないの、思わず本音が口から出そうになったのよ。
「お前、わたしを侮辱しに来たのですか?」
「…………背中を押しに来たと言ったはずなのよ」
耳ざとい女なの。
「私が女神の国を裏切ることなどありえませんわ」
「裏切る…………そう確かに裏切りなの。でも何かを手に入れようと思ったときにそれと相反するものを切り捨てる必要があるのは珍しくもないの」
この世の中は両方を手に入れることができるようにはできていないのよ。
「それとも、お前は陽を諦められるの?」
「諦める必要などありませんわ」
迷いを隠すように強い口調で環奈は言う。
「いずれ女神の国から助けが決ますわ…………その時には救世主様も共に来てもらうのですから」
「二つ、お前は間違っているの」
わたくしは指を二本立ててありがたくもこのバカ女にご教授してやるの。
「まず陽はわたくしたちにとっての救世主であっても彼自身は救世主ではないの。確かに彼はわたくしたちを認識できるけど…………ただそれだけなのよ。それ以外は特別でも何でもない、ちょっと優しくて善良な心を持ち合わせているだけで、この世全てを救ってやろうなんて救世主の在り方を備えてはいないの」
陽自身はわたくしたちごと世界を救いたいと宣言はしていたけれど…………ぶっちゃけあんなの自棄になったようなものなの。普通であるがゆえに自分しかいないのだという重圧に耐えられなくなって気を張っただけなのよ。
「…………」
そしてそれはこの女にもわかっているはずなので、指摘してやってもそんなことはないと否定できず黙ってやがるの。どうせ陽についても救世主だから連れて来いと言われた程度で詳細は聞いていなかったはずなのよ…………だからこそ余計な印象もなくただただ普通に接した陽の態度が突き刺さって抜けないの。
「そして二つ目…………仮に助けが来て陽が女神の国に連れていかれても、お前はほとんど彼と会わせては貰えないはずなの」
「そ、そんなことは…………ありません、わ」
否定する語尾が弱い時点で頭は理解している証拠なの。
「まず単純な理由としてお前は任務をしくじっているの。女神の国が救援を送ってわたくしたちから陽を奪ったとしてもそれはお前の手柄ではないの…………そんな奴にご褒美をくれるほどお前に命令した奴は優しくないはずなのよ」
「…………」
唇を嚙み、目を逸らす。それがエリカであれば即座に否定するだろうから、この女に命令を下したのは別のやつ。この女を使い捨てにする命令を平然と下せて且つ、エリカからもそれを咎めにくいか隠せる立場にいるやつなのよ。
「それに仮にそうじゃないとしても女神の国に行けば陽は救世主として扱われるの。彼自身がどう思おうがその振る舞いを強制されるのよ…………そして救世主は誰に対しても平等なの。お前のためだけにクレープを焼いてなんでくれないのよ?」
「!?」
手ずから振舞われたその味を思い出したのかあからさまな動揺を環奈が浮かべやがるの。わたくしだってまだ個別に好みの料理を振舞ってもらったことはなかったのに、本当にむかついたのを思い出したの。
「女神の国に陽を連れて行けばお前は彼にとってのその他大勢の中の一人になるの…………でも、こちら側に付けばお前は比江鳥環奈として陽に認識されるの」
「…………それでも結局あなた達の下ですわ」
「そんなものは当たり前なの」
何を当然のことをとわたくしは鼻で笑う。
「何度も言うけど陽は救世主ではない普通の人間なの…………普通の人間なら付き合いの長い相手に情を傾けるのは当然のことなのよ。そして新参者に対してわたくしたちがいい顔をしないのだって当たり前の権利なの」
それに文句を言うのはただのわがままでしかないのよ。
「そんな環境を私が魅力に感じると思いまして?」
「もちろん思うの」
くだらねー強がりをわたくしは即答で否定する。
「情の偏りはあっても陽はお前に情を向けないわけではないの…………忌々しいことに彼がお前を気にかけるのはわかり切ってる話なの」
良くも悪くも普通である彼は見えざる魔女に対する罪悪感を忘れられないのだから。多少の贔屓はあっても見捨てることだけはあり得ないのよ。
「そしてだからこそお前にもチャンスはあるの」
最後の一押しのためにわたくしは考えるのも苛立つような可能性を告げる。想像するだけで今すぐこの女をぶち殺したくなるけど仕方ないの。
「さっきは付き合いの長いほうに情が傾くのが当たり前とわたくしは言ったのだけれど、それとは別に一気に相手を特別に思うことがないわけでもないの」
勿論それでわたくしたちへの情が消えるわけではないだろう…………けれど可能性としてありえないことはでないの。想像したくない話のだけれど。
「ただそれは有象無象に埋もれていては絶対にありえないことなのよ」
陽が相手を個人で見ることのできる人数であるわたくしたちだけの話なの。
「…………」
そのことをこの女がゆっくりと理解できるように間をおいて、わたくしは尋ねる。
「さあ、お前はどっちを選ぶの?」
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