三話 普通の彼と割とかなりちょろかった魔女
意外なことに環奈との交流はスムーズに進んだ。僕としては結達から聞いていた宗教家のイメージからもっと頑なな反応を予想していたのだけれど、好きな食べ物の話題を皮切りに会話はとても弾んだと思う…………彼女の背後の結達の表情は怖かったけれど。
「それじゃあ女神の国ではみんな普通に暮らせてるんだ」
「ええ、その通りですわ」
会話を続ける中でそれとなく普段の生活について尋ねてみると環奈はあっさりとそれに答えてくれた。勿論それが女神の国の不利になる情報じゃないからだろうし、見えざる魔女が普通の生活を送れるという事実で結達を揺さぶろうという意図もあったのかもしれない。
「獣共の襲撃は未だにありますけれど、それはエリカ様が出るまでもなく私たちの手で簡単に対処できるものです。防衛への参加は義務ですけれど、それ以外の時間は自由に暮らすことを許されていますわ」
「うん、それはいいことだね」
ただそれはそれとして素直にそう思う。覚悟も決められぬまま孤独に人類の守護を強要された彼女たちの境遇を思えば、今は平穏に暮らせていることを僕は喜ばしく思う。それは女神の国に対する感情とは別のものだから。
「でも、ひとつ聞いていいかな」
「なんですの?」
「そこでは魔女…………聖女たちは幸せなんだよね?」
彼女たちが自らを魔女ではなく聖女と呼んでいることを思い出して訂正する。きっとそこには孤独であった過去と決別するような意味も含まれているだろうから。
「もちろんですわ」
「それなのになんで東都を…………僕らの守っていた都市を奪ったの?」
そこで暮らす魔女……聖女たちが満たされているのであれば他所から奪う必要はないはずだ。侵略とは簡単に言ってしまえば自国で満たされていないものを他所から奪って満たそうという行為なのだから。
もちろん国によって事情は変わるし侵略される前に潰しておこうというような意図の場合もあるだろう…………しかし基本的に見えざる魔女は都市を守るという契約に縛られてその場所を離れられない。それでは女神の国を侵略することなんてできないし、そもそも女神の国の存在自体知らない魔女のほうが多いだろう。
「それは、都市で暮らす人々のためと聞いていますわ…………信仰なき魔女たちはいずれ闇に堕ちて彼らに害をなすだろうからと」
「…………」
それは正直に言ってしまえば否定しようのない事実だった。結も過去には心病んで自らの都市を滅ぼした魔女に出会ったことがあると言っていたし…………舞は自覚のないままに自らの都市を滅ぼしてしまっている。
舞は純粋だから懐柔されたら困ると結がこの場に同席させることを反対したのは正解だったと思う。あの子に今の話を聞かれてそのことを自覚されたらどうなるかわからないところだった。
「それでも、まずは話し合いをするべきだったんじゃないかな」
危惧はもっとでもあってもそれはあくまで未来の話であって現在の状況とは必ずしも一致しない。その都市を守る魔女がまだ正常な判断力を残している可能性がある以上はまず話し合いから入るのが正道だろう。
それがないのであれば、守っている立場からは侵略以外のなにものでもない。
「…………しようとしましたわ」
「あれは話し合いとは言えないよ」
ただの一方的な要求だ。その挑発的な言動を思い出せば最初から交渉など決裂させて此方を討とうという気は明らかだったろう…………その自覚はちゃんとあるのか環奈はバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「…………悪辣な魔女たちから囚われの救世主様を救えと命じられていたのですわ」
だから環奈は交渉の必要性を感じなかったということらしい。それはわかりやすいと言えばわかりやすいが乱暴すぎる…………やはり彼女に指示を出した人間は環奈を使い捨てにするつもりでそんな命令の仕方をしたのだろう。
「じゃあ他の…………僕の絡んでいない都市には?」
「ちゃんとした交渉役が向かっていると聞いていますわ」
流れで探りを入れてみると環奈は答えてくれる…………やはり僕ら以外の在来の魔女たちにも手を出しているらしい。最初結達は女神の国に対抗する戦力として在来の魔女たちを集めようと考えていたらしいけど、女神の国が先に動いたことでそれを保留にした判断は正解だったのだろう。
ではなぜ女神の国は先に動いたのかと考えれば、それはやはり僕の存在だろう。晴香が衛星を使って各地の魔女を監視していたように、おそらくは女神の国も適した力を持つ魔女を監視役として放っていたに違いない。
その結果魔女を認識できる僕という存在を知り、さらには見えざる獣の拠点を発見したところまで確認した…………その実績をもとに在来の魔女をまとめ上げる可能性を危惧するのは不思議なことじゃない。
だから先んじて在来の魔女たちを篭絡しようと動き、僕らの戦力を図ると同時に都市を奪ったのだ。
「比江鳥さん、僕は皆に囚われてなんていなかったし、彼女たちは悪辣な魔女なんかじゃないよ」
ただ正直に僕は事実を環奈へと伝える。少なくとも今の彼女は僕のそんな意見を無条件に否定するようには見えなかったから。
「…………彼女らの善性は別として、あなたとの関係が悪くないものであることを否定はしませんわ」
背後からの気配を感じてか環奈は溜息を一つ…………本当に僕としては悪い子たちじゃないと思うんだけど、現状では敵である彼女への敵意を向けるなというのは流石に無理がある。
「なら…………いや、うん」
いま彼女が認めた事実はその受けた命令の内容と相反する。それはつまり女神の国が間違った命令を出したという点を指摘しようとして僕はやめた。彼女の心をこれまで守って来たはずのものをいきなり殴りつけるような行為は躊躇われたのだ。
話してみれば彼女は決して蒙昧ではないように思う。少しずつ自覚してもらうのが一番だろう。
「とりあえずそれがわかってくれたなら僕としてはそれでいい」
だから僕はそれで今日のところは区切りにしようと決めた。
「そろそろいい時間だし僕はご飯の準備でもしようかな…………だからとりあえず話はこれで終わりにしようか」
「お、終わりですの?」
「うん、比江鳥さんも病み上がりのようなものだし、休む時間も必要だと思うし」
勿論それとは別に思い悩む時間を与えたいというのもある。僕らと接したことでこれまで女神の国で感じたことに違和感を覚えてくれれば、それは一人で思い悩む間に膨らんでくれることだろう…………まあ、結たちの監視は付くんだけど。
「それじゃあまたね」
「あ、ちょっと!?」
「うん?」
引き止められて環奈を見ると彼女は慌てて思考するように視線を巡らせる…………思わず引き止めてしまっただけなのだろう。
「あ、その…………あなたの都市のことですわ」
「東都?」
「これまで併合された都市の中でも死者は出ておりません。むしろ死傷率は併合前よりも下がっているというデータもありますの…………だから」
「ありがとう、少し安心できたよ」
僕は素直に感謝を述べる。笑みも浮かんでいただろう。東都には僕の友人知人も大勢いるのだからその安全が知れただけでもほっとする。それは彼女と話して今日一番の収穫だったかもしれない。
「ご飯にはデザートでクレープもつけるからね」
その礼というわけでもないのだけれど、僕はそう付け加えて部屋を後にした。
「…………尊いですわ」
そんな声が聞こえて気がしたけれど、それが誰のものかはわからなかった。
◇
「おい、聞いたか?」
私は隣にいる結へと小声で話しかける。
「最悪、最悪の状況確認なの」
私が予想していた通り、結は同じ考えに至ったのか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。陽は単純にあの女から聞いた話を喜ばしいものと捉えたようだが、私と結はそれに真逆の感想を抱いているわけだ。
「きひひ、下がるわけねえんだよ。普通逆だ」
「全くろくでもない話なの、あのいかれ女をぶち殺す理由が増えたのよ」
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