知識欲の魔女の好奇心を埋められない話(1)
僕にとって夜闇晴香という少女はある意味で落ち着ける存在だ。それがなぜかといえば結たちと違って彼女からは露骨な好意を向けられていないからになる。もちろん僕も男であるから異性から好意を向けられて嬉しいという感情はある…………しかし見えざる魔女の長い孤独の中で僕が唯一現れた彼女らを認識できる異性という前提を踏まえると素直に嬉しくも思えないのだ。
結はそれだけが理由じゃないと言ってくれるけど、僕の立場が他の誰かだったとしても変わらなかったんじゃないだろうかという考えは常に付き纏う。だからこそ僕に好意を向けない晴香に対してはそういうことを考えないで済むので落ち着けるのだ。
「なんだ人の顔見て呆けた面しやがって」
そんな僕の視線に気づいたのか晴香が睨んでくる。ここは晴香が見えざる魔女を生み出した研究者である葉山から受け継いだ研究所で今は彼女と二人きりだ。真っ白で無機質な部屋の中にはいくつかの机と椅子に、あとは乱雑に書類やファイルなんかが積み上げられている。
「妥協に妥協を重ねたせいでお前と差しで話せる時間は限られてんだ、シャキッとやってくんねえと困るぜ」
「ええと、ごめん」
基本的に結たちとはローテーションで個別の時間をとるようにしているが、晴香と二人きりの時間を作ることは彼女以外の全員が反対した…………舞すらも反対していたのだから晴香が魔女からどれだけ嫌われているのかがよくわかる。
ただ、流石に晴香だけ無しというのも不公平だし、何よりも彼女の知識欲を阻害することは僕としてもリスクに思えた。それで何度も話し合った結果として晴香と二人きりの時間も作るがその頻度は低くするということになったのだ…………結は最後まで誰かが立ち会うことを主張したがそこはジャックを護衛として舞から借りることで納得してもらった。
邪魔にならないように彼は床に置かれたリュックで待機しているが、晴香がよからぬ考えを実行しようとすれば即座に僕を連れて逃げ出す手筈になっている。
「それで、今日は何をするの?」
とはいえ僕は晴香を信用している。もちろん人間的には彼女は褒められたものではないし、過去に魔女たちを約束で縛ったのも正しいからといって許される話でもない。
ただそれでも彼女の知識欲は信じられる…………僕が晴香の知識を埋められる存在である限りは僕を害そうとはしないはずだ。
「なにかっつーとまあ、面談だな」
「面談」
つまり向かい合って話をするということ、それに僕は拍子抜けした気分になる。
「えっと、それだけ?」
「それだけだ」
他に何かあるのかとでもいうように晴香は僕を見返してくる。
「血液検査とか…………なんというか研究的なことはしないの?」
僕にはそれが意外だった。晴香のことだからまず僕の体を徹底的に調べるとか言い出すのではないかと身構えていたのに。
「あん? そんなもん調べてどうすんだよ」
「え、それは…………僕が見えざる魔女を認識できる理由がわかるかもしれないし」
「んなもんでわかるわけねえだろ」
はっ、と鼻で笑われた。
「お前が自分の血液型が知りたいってんなら調べてやってもいいがな」
「…………知ってます」
僕は特別な血液型でも何でもないただのA型だ。
「ま、お前の想像してたもんは大体わかるし肩透かしでも食らった気分なんだろうがな、そもそも私は知識欲が強いだけの人間であって研究者ってわけじゃない。もちろん知識だけは溜め込んであるから出来ねえことはねえが…………お前、技術の伴ってない知識だけの人間に医学的な検査をされてえのか?」
「…………嫌だよ」
手術とかの大掛かりなことをされるわけではないにしても、例えば血液の採取だって手順を間違えれば死の危険も起こりえるのだ。流石にそういう検査はきちんと技術の伴った人間にやってほしい。
「ま、そういうことだ。それにここは研究所って言っても設備は観測機器がほとんどだしな、大掛かりな検査をするには機器も人員も足りてねえ」
そして簡単な検査では基本的な部分は人間と変わりないことがわかるだけ。その辺は晴香も自分自身で確認済みで恐らくお前も変わらんだろうと言われた。
「確かに私もお前の体に興味はあるがな、それは目の前の問題を片づけてからにしておく」
「目の前の問題って…………」
「あの害獣どもに決まってるだろ。あいつらの問題さえ片付けば大っぴらに私らの存在を明かしてお前についての研究だってしても問題なくなる」
「確かにそうだね」
現状で都民に見えざる魔女や獣の詳細が伝えられていないのは、自分たちが孤独に追い込まれた少女たちの薄氷のような善意で生かされているという事実に耐えられないと判断されているからだ。その不安の元凶である獣さえ消えてしまえば大っぴらに人員を投入しての研究も可能だろう。
「幸いにして私には時間はあるからな…………優先順位をずらすだけだ」
人の人生は限られているが見えざる魔女である晴香はその限りではない。もともとあらゆる知識を求めているがゆえに、彼女にとってはどんな知識であっても等しい価値なのだろう。だからこそそれが今すぐは難しいと判断すればあっさりと優先順位を入れ替えられる。
「まあ、晴香がそれでいいなら僕も助かるけど」
世界が救われた後で結たちの手助けになるならば、僕としてもその研究対象になることに躊躇いはないことだろう。
「それで今は面談をするんだっけ…………僕の話をすればいいの?」
「まあ、お前の話だな」
晴香が頷く。とりあえず今は精神的な検査をしておこうというところだろうか。
「ええと、僕の生まれとか素性を話せばいい?」
「んなもん聞くまでもなく知ってる」
「え」
「防衛隊のデータベースにはお前に関する詳細な情報が保管されてる…………それこそ孤児院時代の人間関係から防衛隊内での上司からの評価から交友関係までなにもかもな」
「な、ななな」
僕は防衛隊に所属してるからそこに僕に関する資料があることは問題ない。しかしそこまで詳細な資料があるというのは初耳だった。
防衛隊員は容易に凶器となる銃器などの兵器を扱う。だから思想調査や過去の犯罪との関りなどの調査が行われることもあると入隊の際に説明されているし承諾もしている…………けれど防衛隊内での交友関係はともかく孤児院時代の人間関係まで調べるのは一隊員に対してコストを掛けすぎではないだろうか。
「きひひ、そりゃ司令官だって人間ってことだろ」
「司令官って…………支倉指令が?」
「言い忘れたが孤児院時代や防衛隊内での交友関係に関する調査が行われたのはつい最近の話のようだぜ?」
「あ」
それで僕は事情を察する。
「お前さんは人類の命運を左右する孤独な女共を唯一認識できる男だ…………そりゃあ一都市の防衛を預かる人間としてはその人間性を確認はしておきたいわな」
それは確かに僕が指令の立場だって即座に調べることだろう。もしも僕が人類の破滅を望むような人間だったとしたら結たちにささやくだけで東都を壊滅させることだってできるのだから…………無論、調査したところで司令にできることは何もない。
仮に僕がそういう人間とわかって即座に排除すべきと思ったところで、僕を殺せば唯一の希望を奪われた見えざる魔女が何をするかはわかりきっているからだ。
ただ、それでも知らないことは恐ろしい…………僕としても人間関係を暴かれたのはうれしくはないが、それで司令の不安が少しでも和らいでくれたのなら我慢するしかないだろう。
「おっと、話がそれちまったな」
「…………そういえばこれが本題じゃないんだったね」
思い出したかのように呟く晴香に僕は少しうんざりした表情を浮かべる。僕の早とちりに対する返答だけで精神的な消耗をしてしまった。
「なに、今日のところはそう大した話でもねえよ」
そんな僕を楽しげに見つめて晴香が本題を口にする。
「私が聞きたいのはな、魔女の中でお前はだれが一番好きなのかってことだ」
大した話じゃないと前振りしたはずなのに、その質問はとてつもない爆弾だった。
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