知識欲の魔女の好奇心を埋められない話(2)
「ぼ、僕が誰を一番好きなのかだって…………?」
それは僕らの中でも暗黙の了解で禁句だった質問のはずだった。なぜなら彼女らは晴香を含めて六人だが僕は一人。現状はみんなで僕を共有する形で話はついているが、その裏で僕を独占するために他を蹴落とそうという意思があることに気づかないほど僕も鈍くない。
そんな状況下で僕が好意の優劣をあらわにすれば血を見るのは間違いないことだった。
「ああ、それを聞いてる」
そんなことを晴香が理解していないわけもないのに、真正面から彼女は踏み込んできた。
「…………僕はみんなのことが同じくらい好きですよ」
答えられないというのは暗に一番がいると認めているようなものだ。だから僕は玉虫色の答えを返すが当然晴香は納得した表情は浮かべてくれない。
「んなわけねえだろ」
すっぱりと僕の言葉を否定する。
「お前だって人間なんだから女の好みはあんだろ…………そんでもってお前の周りにいるのは全員が十人十色の人格破綻者だ。そんなもん全員に同じだけの行為を抱くなんてことがありえるわけがねえ」
それはその通りなのだろうけど、それを認めるわけにいかないのが僕の立場だ。
「そもそも晴香はなんでそんなことが知りたいのさ」
「ただの興味だ」
受けに回っていてはいずれ返答に詰まるだけ。話を逸らすためにも逆に質問を返すが即答される…………まあ、そりゃあそうなんだろうと僕は思うしかない。晴香の知識欲には理由がなくそれは生まれついての本能のようなものだ。知識を求めることに理由がないから説得するためのとっかかりもないのが厄介すぎる。
「ああ、一応理由はあったな」
しかし思い出したように晴香は呟く。
「きひひ、お前が誰を好きかはあいつら全員が興味のあることだからな、それを知っていれば交渉するうえで私が非常に有利になる」
「それ、一時的な交渉の優位性のために将来的な破滅を許容してないかな…………」
「安心しろ、匂わせるだけで実際に教えるつもりはねえよ」
そこは流石にわかってると言うように晴香が僕を見る。
「匂わせるだけな実際に知っている必要もないんじゃないかな」
「そんなことはねーよ」
ブラフで済ましてほしいと願う僕に晴香は首をふる。
「実際に知ってるかどうかってのは無意識に態度に出るもんだ。特に見えざる魔女なんて連中は能力が常人より高い分その手の機微には聡い。あいつらにとって重要な事柄で嘘を吐くのはリスクが大きすぎる」
だからこそ実際に教えるつもりはなくとも真実は知っておきたいと晴香は言う。
「でも本当に知ってると思われたら拷問してでも暴いてやろうってならないかな」
「…………一理あるな」
僕の指摘に晴香は今気づいたとでも言うように顎に手をやる。僕の頭には結たち全員が結託して晴香を拷問にかけるさまがありありと浮かんだ…………そして彼女が耐え切れずに真実を口にした後に盛大な潰しあいが始まるのだ。
「ふむ、この情報を交渉に用いるのは検討の余地があるな」
「できれば検討じゃなくて撤廃してください」
「それはないし、交渉に使わなくても知りたい気持ちは変わらねえぞ?」
それはそれ、と言わんばかりに晴香は僕を見る。
「それを知っていればあいつらの醜い争いにも見ごたえが生まれるからな」
「…………」
僕が本当は誰が一番好きなのかを知っていれば、それ以外のみんなの僕へのアピールは滑稽な無駄な努力として哀れむこともできるだろう…………知識欲だけかと思っていたけど存外に晴香は性格も悪いらしい。
「いやいや、これはお前にも利点はある話だぞ?」
そんな僕の表情を察してか晴香はそんなことを言う。
「…………そんなものはなさそうだけど」
「あるさ。お前の中のあいつらに対する順位を自覚できる」
「そんなものを自覚する必要があるとは僕には思えないよ」
「いいや、あるね」
はっきりと、否定する僕とは真逆に晴香は断言する。
「お前は自分の中の価値基準を明確にすることであいつらへの対応に差ができてしまうのではないかと危惧してるみたいだがな、それを明確にするからこそ平等に接せられるんだよ。一番最悪なのは価値基準を明確にしていないことで平等に接しているつもりが無意識に不平等になっていることだ」
「…………」
好きない相手であれば贔屓してしまうのが人間だ。しかしそこに自覚がなければそれは無意識なものとなって、平等に接しているつもりで誰かを贔屓する形になる…………それは間違いなく不和の原因になるだろう。
だから晴香は僕に自覚しろと言っている。自分の中での価値基準が明確になっていれば無意識にその相手を贔屓していないだろうかと確認ができるからだ。
「一理…………ある、かな」
僕はそれを認めざるを得ない。僕は聖人でも何でもないごく普通の人間だ。万人を平等に愛するなんてことができないのは自分が一番よくわかっている…………だからこそ、これまでそれを自覚しないよう努めてきたのだ。
「で、誰なんだ? お姉さんにとっとと教えろや」
年上ムーブをしようとしたその瞬間には面倒くさくなったらしい晴香が睨みつけるように急かしてくる…………もちろん迷わずとも浮かぶくらいには僕だって好意の自覚はある。しかしそれをいきなり晴香に教えられるかというと…………というか教える必要あるのだろうか?
「確かに価値基準を明確にしておく必要はあるかもしれないけど…………別にそれは僕が自覚しておけばいいことで晴香に教える必要はないよね?」
僕は晴香の知識欲を満たすことに協力するのは構わないと思っている。だけどそれは無条件に何でも協力するという意味ではないし、そんな約束もしていない。それが不和を生みかねないことであると判断すれば断る権利は僕にはあるはずだ。
「ちっ、気づきやがったか」
晴香は顔をしかめて舌打つ。
「あー、だが一応お前にも利点はあるんだぞ?」
「何が利点になるのさ」
「お前が一番好きなのが誰かわかればそこからお前の好みが分析できるからな。その他の連中にそれを教えてやればお前の好みに合わせるようになるだろ」
「…………」
たとえ自分の好みのものであっても、それを押し付けられれば醒めることもあるのを晴香は知らないのだろうか…………知らないんだろうなあ。
「晴香って、男心がわかってないんだね」
だから思わず僕はそんなことを口にしてしまう。
「…………なるほど、それは一理あるかもしれねえな」
そして意外にも彼女はそれをあっさりと認めた。
「ふむ、これまで特に必要ないかと優先順位は低くしていたが…………お前という研究対象と接するうえでも必要なことではある」
これまで僕を研究対象としては見ながらも、その内面にはまるで興味のなさそうだった晴香の見る目が変わる。
「よし当面はそれを知ることを優先するとしよう」
藪蛇を踏んだのだと、その楽し気な表情を前に僕は悟った。
とりあえず一通りのキャラの閑話も書けましたし、二部のプロットも概ねできたのでそろそろ書き始めます。少し書き溜めて推敲したいので次の投稿は一月後くらいになるかと思います。
それではお読み頂きありがとうございました。
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