姉妹な魔女を別に矯正しようとはしなかったはずの話(2)
私はお姉さんだ。それがなぜかと言えば私が自分がお姉さんであると決めたからになる。もちろん姉というものは自分で決めるものではなく、自然とその立場が定められるものであることは知っている…………ただ生憎と私は一人っ子で弟も妹もいなかった。私は自然と姉になることは出来なかったのだ。
もっとも私は最初からお姉さんになろうと思っていたわけではない。年下の家族がいるわけでもないのに姉になろうと思っている人間がいたら正直頭がおかしいと私は思う。妹や弟がいるから人は姉になるのだ。
それに正直に言ってしまえば私はわがままな子供だった。一人娘だったからか両親は私には甘く、当時の私はそれに増長して自分が特別なのだと勘違いしていた。けれど幸いにも私は周囲の人間に恵まれていた。わがままで傲慢だった私を友人たちは許容してくれて、わたしはその優しさに気づかぬまま幸せな日々を送っていたのだ…………あの日までは。
一つの事実として危機的状況下において生き残るのは他人を顧みない人間だ。他人に気を遣えばそれだけ死のリスクは高まる。見えざる獣は淡々と機械的に近くにいる者から消し去っていった…………だからただ自分が死にたくない一心で逃げ続けた私は生き残り、誰かを助けるために足を緩めた優しい両親や友人たちは真っ先に消えていったのだ。
周囲の優しさに許容されていただけの私は、その楽園から放り出されれば協調性のない厄介な人間でしかない。避難所で私はすぐに孤立し、それは実験対象として選ばれて移送された研究所の中でも変わらなかった。
もっとも両親や友人を全て失って自暴自棄になっていた私にはどうでもよかった。ただ感情のままに周囲に当たり散らしてその虚無感をごまかしたいだけだったのだから。
あの子に出会ったのは研究所に移ってそれほど経っていないころだった。
あの子は周囲に当たり散らして孤立する私とは真逆だった。誰に何を話かけられても何の感情の動きも見せない無反応。それはわかりやすいくらい心の傷を抱えた少女で、けれど集められた少女は大なり小なりその事情は似たようなものだった…………つまるところ、その子を可哀そうと思っても根気良く付き合ってあげるような心の余裕は誰も持っていなかったのだ。
正直に告白すれば私があの子を平手で打ったのは単に苛立ったからだ。
恐らく同族嫌悪に近いものだったように思う。私とあの子は同じ虚無感を抱えながらそれを他の皆のようにどうにもできなかった。私は周囲に当たり散らしてそれをごまかそうとし、あの子は心を閉ざしてじっと耐えようとした…………同じ苦しみを抱えながらあの子は耐え続けているという事実が、耐えられずに周囲に当たる私への当てつけのように思えたのだ。
しかしその私の理不尽な行動は偶然にもその子の閉じた心を開いた。誰も彼もが遠巻きにその子をいたわりるだけで刺激は小さかった。しかし私の与えた痛みは大きな刺激となり少女の反応を引き出してしまったのだ。
その後のことは正直あまり覚えていない。
ただその子は感情を取り戻したように泣き喚き始め、私はそれを必死で宥めようと努力し続けた…………私は確かにわがままで傲慢だったけれど、幸いにも自分のせいで泣き始めた子を放置して逃げるほど愚かではなかったのだ。
「ありがとう、お姉ちゃん」
そして気が付けば私はその子からそんなことを言われていた…………その言葉は私の失ったものを埋めるように心の奥まで入り込んでくるようだった。驚くほど簡単に私はその事実を受け入れていた。
心の中心が変わってしまったなら、人は変わる。
その日から私は姉となったのだ。
◇
「それは危険かなあ」
僕がこれまで二人に尽くしてもらった分を返す、そう告げたことに対して美優は困ったように眉をひそめた…………その反応は意外だった。正直に言えば美優も夏妃も一も二もなく飛びつくと僕は思っていたのだ。実際に夏妃はそのつもりだったようで、僕と同じように美優の反応を困惑した様子で伺ってる。
「えっと、危険って何が?」
「夏妃ちゃんを甘やかすのはいいと思うの…………この子は一度慕った相手には自分を削るくらいに尽くしちゃうタイプだから、むしろねっとり重点的に積極的に甘やかしてあげちゃっていいとお姉さんは思うのね」
「ネ、ネーサマ!?」
狼狽したように美優を見る夏妃を横目に僕は意外な面持ちだった。僕から見た二人の関係は明らかに美優が上で、優しい言葉遣いではあっても美優は夏妃に逆らうことを許さない雰囲気があった…………こんな風に自分は遠慮して夏妃を気遣うような関係ではないように思っていたのだ。
「美優さんはいいんですか?」
「うん、お姉さんには危険だから」
僕が尋ねると寂し気に美優は頷く…………危険。先程も口にしていた一体何が危険なのか僕にはわからない。
「ネーサマ、何が危険なんですか!」
それは夏妃にも同じだったようで焦ったような表情で美優に駆け寄る。それは純粋に彼女に危険が迫っているのかと心配している表情で、そんな夏妃の頭に美優は優しく掌を乗せる。
「夏妃ちゃんは昔からずっといい子ねえ」
「ネ、ネーサマ!?」
また困惑した表情を浮かべる夏妃に美優は優しく微笑む。
「そんな夏妃ちゃんに甘え過ぎてお姉さんは駄目になってたの」
それが理由だというように美優は僕へ視線を向けた。
「ネ、ネーサマは駄目なんかじゃありませんでした!」
「ううん、そんなことないのよ」
慌てて否定する夏妃に美優は首を振る。
「私は駄目なお姉さんだったのよ、夏妃ちゃん」
そのことを謝罪するように美優は夏妃の頭を優しく撫でる。
「私は甘やかしてくれる夏妃ちゃんに甘えて、夏妃ちゃんを妹じゃなくて使用人みたいに扱っていたわ」
「そんな、ことは…………」
「あるの」
はっきりと断言した美優のその表情にはもう笑みは浮かんでいなかった。
「お姉さんはね、本質的には駄目な人間なのよ。それでも夏妃ちゃんのお姉さんとしてしっかりするって決めたはずだったのに、いつの間にかそのことを忘れちゃってたの…………それをお姉さんは弟君に思い出させてもらったの」
僕の目には歪んだ関係に見えた二人も最初はそうじゃなくて、その事を美優は最近になって思い出せたという事らしい。一体僕の何が彼女の見識を改める事になったのかはわからないけれど、それが良い変化であるなら気にする必要もないだろう。
「つまり美優さんは甘やかされる側になると駄目になるから甘やかす側でいるってことですか?」
「ええ、そういうことね」
美優は頷く。しかしそれはそれで無理が出るのではないかと僕は思う。溜め込むだけではいずれそれが破裂してしまうのではないだろうか。
「んふふ、心配しなくても大丈夫よ」
そんな僕の表情を察したのか美優が言う。
「恥ずかしがる弟君を甘やかすの、ちゃんとお姉さんは楽しんでるから」
「っ!?」
つまり美優は僕が嫌がっているのわかった上で辱めているらしい…………穏やかそうな顔をしているのにやはり本質的にはS系なのか。僕が全力で拒否したいレベルじゃなくて恥ずかしい程度のところを攻めてくる辺り実にいやらしい。
「そんなわけだから夏妃ちゃん」
美優が不意に夏妃へとを顔を向けていつものように微笑んで告げる。
「お姉さんと一緒に弟君を甘やかしましょう?」
「は、はい! ネーサマ!」
それに夏妃もここまでの戸惑いを忘れるように元気よく頷いた…………しかしそれに僕は一つの事実に思い至る。確か僕はそれを変えようとすることで二人の本音に迫れるのではないかと試みたはずだった…………実際にそれで美優の本音は垣間見えた気がする。
「それじゃあ弟君、はい紅茶」
「ニーサマ、クッキーです」
しかし目の前には紅茶とクッキーが二人の手ずから差し出されている。
何も変えられていない現実が、そこにはあった。
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