姉妹な魔女を別に矯正しようとはしなかったはずの話(1)
正直に言えば美優と夏妃に対して僕は距離を掴みかねている。出会いは…………まあ、友好的なものだったと思うし、ぶっちゃけてしまえば結や切歌のように初対面でドン引きするようなものを見せられなかったことが大きい。
それはきっと美優と夏妃が結たちと違い二人であったからなのだろう。たった二人だけの閉じた世界とはいえ孤独でなかったことはたその精神面を支えたはずだ。だから二人には孤独をごまかすための好意は必要なく、結たちのようにおかしな趣味を持たずに済んだとも言える。
とはいえ、正直に言えば美優と夏妃の関係性が健全だとは初見の時には思えなかった。明らかに夏妃は美優に依存し過ぎてそれ以外の人間に敵意を見せていたし、美優はそんな夏妃をいいようにコントロールしているように見えたからだ。
ただ最近の二人に対してはそんな印象はない。
夏妃の僕に対する態度の一変は別にしても皆への敵意も落ち着いた印象だし、美優も普通にみんなのお姉さんという立ち位置に落ち着いているように見える。二人だから孤独に耐えられても二人だけだから歪んでいたものは確実に皆との交流で解消されているようだった。
だからまあ、僕には二人に改善して欲しいようなことはなかった…………それほどには。
◇
「はい、弟君お茶だよ」
「ニーサマ、お茶菓子です」
目の前に紅茶とクッキーが置かれるのを僕は椅子に座ったまま見ている。防衛隊本部の会議室には僕と美優と夏妃以外の姿はない…………今日のこの時間は二人と過ごす時間になっているのだ。そしてこういう時には結の住居であるあの倉庫は使えないので、支倉司令に話を通してその日に使用されていない個室を借りる事にしている。
「弟君は砂糖幾つだっけ?」
「…………二つです」
答えるとニコニコしながら美優は僕の前に置かれた紅茶へと砂糖を二つと落とす。さらにはスプーンでそれをゆっくりとかきまぜた。
「ニーサマはプレーンとチョコのどっちが好き?」
「ええと、チョコかな」
答えると夏妃はチョコクッキーを手に取って僕の前に差し出す。口元に差し出されたそれは食べろという事なのだろう…………期待する彼女の表情に僕はやむを得ずぱくりとそれを口にする。それに満足げな表情を夏妃は浮かべた。
「んふふ、二人とも仲いいわね。お姉さんも混ざらないと」
それを見て美優も僕へと紅茶を差し出してくる…………紅茶。淹れ立てでとても熱そうな湯気が立っている。自分の加減ではなく人の加減で口に含んだらやけどするんじゃなかろうかという具合だ。
「あ、ごめんね弟君。確かにこのままじゃちょっと熱そうだね」
そんな僕の視線に気づいたのか美優が慌てたように紅茶を引っ込める。
「大丈夫、すぐにお姉さんが冷ましてあげるから」
ニコニコとした表情のまま美優はそう言うと紅茶へとふうふうと息を吹きかけだす…………あかん。僕が受け入れさえしていればそれでいいのかなと思っていたけれど、流石に我慢し続けるのも問題な気がして来た。
「えっと、二人ともそんなに僕に気を遣う必要はないんだよ?」
とりあえず遠回しに僕はそう告げる。気を遣うというか二人が全力で僕を甘やかしにかかっているのはこれが初めての事ではない。二人との時間はそのほとんどが僕に対して何かしてくれるのを受け入れるだけの時間だ。
それで二人がとても満足しているから僕もこれまで何も言わなかったけれど、回数を増すごとにそのレベルが上がってきている。最初はただ用意されるだけだったお茶やお茶菓子が、今や僕の手すら使わせない状態なのだ…………ここらで止めておかないとどんどんとエスカレートしていくのは目に見えていた。
「弟君、気を遣うってどういう意味?」
キョトンとしたように美優さんが僕を見る。
「その、僕は自分でクッキーも紅茶も食べられるし飲めます」
当たり前のことを当たり前のように口にする。
「僕はそう、子供ではないんです」
まあ、なんというか二人の行為は子供相手ではなくても恋人同士のいちゃつきとしてはありそうなものなのだけど、美優のそれは子供相手にするような態度に感じられる…………いやまあ年齢で見れば彼女に比べれば僕は子供みたいなもんだろうが、東都の法では成人扱いなわけだし流石にその扱いは恥ずかしい。
「そうだね、弟君は子供じゃないね」
美優は否定することなく頷く。
「でも弟君はお姉さんの弟だからね」
けれど間をおくことなくそう続けた。
「お姉さんは弟を甘やかすものだから」
その表情はにこやかなものでありながらも、断固たる意志がそこには感じられた。それに僕は二の句を継げずに視線を夏妃の方へと思わず向けた。
「妹はニーサマに尽くすものです」
そしてそこに同様の断固たる意志を見せつけられる…………いや、だが諦めるのは早い。美優の方はともかく夏妃の方にはまだ付け入る隙はある。
「僕は夏妃よりも随分年下なんだけど」
厳然たる事実を僕は口にする。血のつながりはともかくとして兄妹というのは基本的に年齢がどちらが上か下かで決まるものだ。その点で言えば夏妃が僕の姉になる事はあっても妹になるのはおかしい…………とはいえこの事実を指摘するのにはリスクもある。
夏妃が僕への敵意が行為に変わったのは僕を兄認定してからなので、その前提が崩れれば再び態度を変えてしまう可能性もあるのだ。
「それがどうかしたのですか?」
しかし夏妃は不思議そうに僕を見るだけだった。
「いやほら、年下が兄っていうのはおかし…………」
「ニーサマは私のニーサマなのです。そこに年齢など関係ありません」
きっぱりと告げる夏妃に反論は出来そうも無かった…………しかしこのままではまた二人が僕を甘やかそうとしてくるだろうし、それがエスカレートすればどうなるかはあまり考えたくもない。トイレの世話とかまで言い出すようになったら僕は本気どうすればいいのかわからなくなることだろう。
「…………僕は美優の弟で夏妃の兄だ」
とりあえず、その関係性を変える事が出来ないのならそこは認めるしかない。流石に二人の長い孤独を慰めていた要素だけあってそこは堅固だ。
「うんうん、弟君はお姉さんの弟だよ」
「ニーサマが夏妃のニーサマなのは当然の事です」
それを認めるだけで先ほどの確固たる雰囲気が一瞬で和らぐ。前言撤回するけれどこの二人もやはり大きな歪みを抱えている…………それが結や切歌のように明らかな奇行ではないというだけの事らしい。
それならばなおのこと僕はただこの関係性を享受するだけではいけない。
「だとしたら、僕は弟して姉に日頃世話になっている恩を返すべきだと思うし、兄として妹を甘やかしてやるべきじゃないかと思う」
必要なのは受けだけではなく攻めに回ること。
そうして初めて僕は彼女らの本音に触れる事ができるような…………気がする。
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