潜む魔女にストーカーを止めさせようとした話(2)
とりあえず、僕の作った切歌の分のパスタは後で食べるからと彼女が潜ませて保存した。僕としては出来立てを食べて欲しかったし、できれば目の前で味の感想を聞きたかったけど僕の配慮不足が原因なので仕方ない。
「それでええと、切歌」
何はともあれ目の前には切歌がいて話し合いに応じる姿勢でいてくれているのが重要なのだ。相変わらず怯えるような表情で腰が引けていて、なんだかこうしているだけで罪悪感を覚えるような状態だけど、こんな機会は次がいつになるかわからない…………貴重なチャンスだ。
ただ問題はどう切り出すかだろう。僕の立場からすれば単純に止めろと要求できるようなものでもないし、やはり切歌に利のある提案から結果としてそうなるようにするしかないだろう。
「…………そういえばこうして二人きりで話すのって久しぶりだよね」
思い返すと最初に切歌に攫われた時を除けば僕の覚悟を告げた時くらいだ。
「う、うん。そうだ、ね。二人きり、で、話すのは…………久し、ぶり、えへへ」
うんまあ、多分話さなくても二人きりだったことはたくさんあったのだろう。けれどその点に関して今はつっこまないでおく。
「僕としてはやっぱり切歌とはこうして面向かって話してるのがいいな」
必要なのは過去ではなく未来の展望を提示すること。理想としては僕をこっそりストーカーするのではなく、話しかけての会話を望むようになってくれればいいと思っている。
話しかけられずにずっとどこかから見られているよりは、それが深夜であっても彼女と会話して満足してもらった方が僕の精神的には幾分かマシだ。
「は、恥ずかしい、から」
「でも今はこうやって話せてるじゃないか」
「お、王子様の、希望、だから、頑張って、るの」
無理をしている、という事なのだろう。確かにそれは表情に現れているし本心ではあるのかもしれない…………ただ、以前の彼女であればすぐに隠れてしまったかもしれないところを我慢してでも話せるようになったのは大きな前進だ。
「やっぱり人前に出るのはつらい?」
「う、うん」
「僕と話すのも嫌?」
「そ、そんなことは、ない、よ」
卑怯だとは思いつつも僕は切歌が否定できない質問をした。それが誘導であろうと何であろうと、彼女に僕と話す事に前向きになって貰わなくては一も二も無いのだから。
「僕はもっと切歌の事が知りたいし、その為にもこんな風に話す時間がもっと欲しいと思うよ」
「う、うう」
切歌だって馬鹿じゃないから僕の意図なんてわかり切っているだろう。だからこそ追い詰められた表情をしているし、それでもどこか期待するような表情を浮かべているのだ。
彼女からすればこれはいかに自分の趣味を守りつつ、僕からの対価を多く引き出せるかという交渉なのだから…………ただまあ、そんな形であっても長く話してくれるならそれはそれで彼女の修練になって僕としては本望だ。
「う、嘘つき」
「嘘なんてついてないよ」
「ほ、ほんとは…………私に、監視されたく、ないだけ、だよね?」
「…………まあ、それは否定しないよ」
嘘は吐きたくないので僕はそれを素直に認める。
「ただ、切歌と話す時間が欲しいっていうのは嘘じゃない」
それもちゃんと僕の本音なのだから改めて口にする…………結果としてその時間分彼女が僕を隠れて監視する時間は減るわけなのだし。
「むしろ…………そうだね。この際改めて聞いておきたいんだけど、どうして切歌は僕を隠れてかん……見守りたいと思うの?」
考えてみれば僕はその辺りの話を切歌から聞いたことはなかった。見えざる獣から避難するまで引き籠もりをしていたことは聞いているけれど、その後に見えざる魔女になってからストーカーを始めて続ずっとけている理由を聞いたことはなかった。
例えば結であればあの露出も最初は過激な格好をすることで誰かに自分を気づいて欲しいという切実な気持ちから始まったものだ。ストーカー行為はそれと真逆の行動ではあるけれどきっと同じような理由があるはずなのだ。
「最初から、気付かれ、なれけば…………同じ、だから」
迷うように、けれどしっかりと切歌はその理由を教えてくれた。最初から気付かれない状態であれば人から認識されなくても変わらない…………そうやって彼女は他者から認識されない孤独をごまかして来たのだ。
「僕が気付いてる」
それならば僕に言ってあげられることは一つだけ。
「今は僕が切歌に気づいてあげられてる。君を見てるし、君の声を聞いてる」
ただ真っ直ぐに、切歌のその姿を僕は見つめる。
「は、恥ずかしい…………」
それに縮こまる彼女に僕は苦笑するけど、見つめる視線は揺るがせない。
「それでもまだそんなごまかしが必要?」
「お、王子様……………」
相変わらずの王子様呼びに僕は気が抜けそうになるけど何とか表情を維持する…………後でその呼び方についても話し合わないとなあ。
「そ、それは、それ、だよ」
「ん?」
ふるふると首を振る切歌に僕は疑問符を浮かべる。
「最初は、そうだった、けど…………今は、違う、から、ふひひ」
「え、ええと、じゃあ今続けてる理由は?」
楽し気に、しかし暗く笑う切歌に僕は戸惑いつつ尋ねる。
「だ、誰も知らない、王子様の、私だけの、姿、ふひひ」
「うぐ」
恍惚の表情を浮かべる切歌に僕は思わず頬を引きつらせる。結が誰かに気づいてもらう為に始めた露出から立派な露出狂になってしまったように、切歌も自分をごまかすための行為から本物へと道を歩んでしまっていたらしい。
「その知らない姿っていうのは…………いや、やっぱりいい」
尋ねようとして僕はそれを止める。それが料理中や食事とか就寝中であるなら何の問題もない…………けれど、僕にだって人に昨日はあれをやっていましたと言えないような事をしてはいるのだ。
きっと多分ほぼ確実に見られてはいたんだろうけれど…………それを事実として口にされるかされないかでは精神的に大きな違いがあるのだ。
「で、でもね。王子様が、どうしても、っていうなら、私も、少し慎む、よ」
そこに切歌がそんな提案をして来る。思わず僕が飛びつきそうになる提案だ。しかし僕には先ほどとは切歌の表情に含まれる感情が変わっているように感じられた…………その卑屈さを隠れ蓑にして僕を罠にかけようとしているように見えたのは多分勘違いではない。
「少し、っていうのは具体的にどれくらい?」
だから僕は慎重にそれを尋ねる。あくまで少し、なのだ。それはつまり全面的には僕へのストーカー行為を止めないという意味でもある。
「王子様、が、見られたくない、ってところは、見ないように、する、よ、ふひひ」
「…………それはとても助かる、かな」
返って来た内容に僕は安堵というか拍子抜けする。先程考えたように僕としては就寝中だとか料理中だとか普通の生活を覗かれる分にはまあ、許容範囲だと当面の間受け入れる心づもりは出来ている。だからそれ以外の見られたくないところを見ないでいてくれるなら概ね僕の切歌への望みは叶ったようなものだ。
「それじゃあ僕の日常生活以外の…………」
「そ、それじゃ、わからない、よ」
「え」
にぃっと、罠にかかった獲物を見つめるように切歌が暗い笑みを浮かべる。
「具体的に、どんな行為を見られたくないか言って貰わないと、ね」
そこだけは流暢に切歌が僕へと宣告する。それはつまり僕の人に言いたくないような行為を切歌には明かして見ないでくださいとお願いしろという事…………それこそ僕の羞恥心が限界値を超えそうなんだけれど。
「は、早く、教えて、ふひひ」
切歌が楽しげに笑う。
僕はこの日、切歌という少女がその見た目以上に強かなのだと知った。
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