六十七話 見えざる魔女たちの敗北
「やられたの」
わたくしは自身への戒めも兼ねて敗北感をたっぷり込めて吐き捨てる。見えざる獣の拠点を潰してその親玉らしき存在に痛い目を遭わせたことや、環奈を捕虜として確保した功績による達成感などもはやどこにもなかったの。
「まさか都市そのものを人質にして来るとは思わなかったのよ」
疲労を押して周囲を警戒しながら東都を見渡せるところまで戻った時の脱力感をわたくしは思い出す。ようやく一息吐けると思ったその瞬間に自室どころか都市ごと消失していた現実は流石にわたくしも堪えたの…………あの宗教狂いどもめ、なのよ。
さらにその現実はわたくしだけに留まらなかった。
「流石にお姉さん達もショックだったわね」
「はい、ネーサマ。ですがそれ以上に留守を狙う卑怯さに憤ります」
ショックと言いながらも美優の表情はいつものように穏やかだが、いつもなら窘めるであろう夏妃の憤りを注意しない辺りは同様の気持ちなのだろう…………わたくしはまあ、陽に出会う直前に心折れかけたけれど、それでもこれまで都市とそこに住む人々を守って来たというのは自分を誇れる大切な事実なの。
「うう…………私、頑張って、たのに」
うじうじと切歌が体育座りをしたまま呻く。美優と夏妃の守っていた北都、そして切歌の守っていた西都もわたくしの東都と同じく露と消えていたの。都市の存在は切歌の力でちゃんと潜ませていたのだけれど、それはあくまで都市の気配を潜ませるようなもので見えざる獣には通じても同じ魔女には通じなかったのよ。
「ええと、切歌ちゃん元気出して?」
そしてそんな切歌の頭をぽんぽんと舞が慰めるように手を乗せる。舞の守っていた都市は彼女自身の手ですでに滅んでいるから関係なかったの…………まあ、その辺りに触れると面倒だから誰も触れないのだけど。
「ほれ、コーヒー持ってきてやったぞ」
そしてもう一人自分の守る都市を持たず関係のなかった女が戻って来たの。晴香は人類の防衛をわたくしたちに押し付けて、自分は葉山の残した研究所で魔女たちの監視をしながらこれまで過ごしていやがったの…………改めて思い出すと実にムカつく話なの。今はそんな状況じゃないから見逃しているけどわたくしは恨みを忘れていないのよ。
「安っぽいインスタントの匂いなの」
「文句言うなら飲む必要はねえぞ」
「それにこの部屋埃くさいの」
「…………人の家間借りしといて文句言うんじゃねえよ」
都市が消え去った以上は休む場所は他になく、仕方なしにわたくしたちは晴香の拠点である葉山の研究所だったという場所に移動したの。あのクソ科学者が個人的に秘匿していた研究所という事で宗教狂い共にも見つからなかったのは良いのだけど…………その分狭いし晴香は碌な掃除もしていなかったようなので全体的に埃っぽいのよ。
晴香がわたくしたちを案内したのは食堂のような場所だったのだけれど、普段碌に使ってもいなかったのかゴミのような荷物も散乱していてまず休む前に片付けさせられるはめになったの。
「ええと、インスタントもそんなに悪くないよ…………部屋はそうだね、後でもう一度掃除しようか。そんなに大きくない研究所といっても一人じゃ掃除なんて大変だから仕方ないよ」
取りなすようにコーヒーの入ったカップを手に取って陽が口を開く。
「陽、この女を庇ってやる必要なんてないのよ」
「そんなつもりじゃないけど…………ほら、どうせしばらくは滞在することになるんだし」
「…………まあそれは一理あるの」
不本意ではあるけど当面の方針を決めて行動に移るまではこの場所に滞在する必要があるのは確かなの…………もちろんわたくしたちだけなら荒野で生活したって構わないのだけれど、陽にはちゃんと休める場所を用意する必要があるのだから。
「えっと、それはそれとしてさ」
話題を変えるように陽がわたくしたちを見回す。
「さっき結は都市を人質って言ったけど…………東都や他の都市は女神の国にいるっていう魔女たちがその力を使って持って行ったって認識でいいのかな?」
陽が言いたいのは都市が単純に消滅させられた可能性もあるのはないかという事だろう。普通に考えれば都市を丸ごと移動させてしまうのと消滅させるのではその難易度が大きく違うの…………もちろん後者が容易いというわけではないのだけど、前者を達成するための条件はかなり限られるのよ。
「その認識でほぼ間違いないはずなの…………言い方は悪いけど都市を丸ごと消してもわたくしたちの背負う者が無くなって身が軽くなるだけの話なのよ。しかも陽の心証をこの上なく悪くするというおまけ付きなの」
わたくし達にとってそれぞれが担当する都市は守るべき対象であると同時に身を縛る枷でもある。正直に言えばこの都市さえなければと思ったことも数度ではなく…………それが他者によって果されるならなんの罪悪感もなく都市から解放されるのだからある意味願ってもないことなの。
それがあちらにもわからないはずがないし、目的であるらしい陽の心証を悪戯に悪くしようとはしないはずなの。都市を奪ったことに関してもわたくしたちが不在で保護したと言い訳できないこともないのだし、少なくとも当面は都民に危害を加える可能性は薄いはずなのよ。
「だからこれは単純に陽、あなたをおびき寄せるための人質と考えるべきなの。あの女を見逃したのも恐らくは道案内代わりにちょうどいいと判断したのよ」
それに加えて環奈は恐らく女神の国とやらの深い所は知らないのだろう。わたくしたちに対する当て馬に選ばれたことからも鑑みるに、やはり信仰強さを利用されていいように使われていたとみるのが妥当なの。
「それはわかったけど…………都市を、それも三つも同時に移動させるなんてそんなに簡単にできる事なの?」
わたくしたちを見回すように陽は尋ねる。これまで陽はわたくしたち魔女の力を何度も見ているし、自分自身でも同様の力を行使しているの…………しかし都市に丸ごと影響を与えるような力というと舞との一件で見た程度、それにしたって都市を丸ごと消したり移動させるようなものでなかったのも確かなの。
見えざる魔女は確かに強大な力を持っているけれど、それは無尽蔵のものではない。力を使えば相応に消耗するし、その消耗が大きければ動けないくらいに疲労するの…………そしてその消耗の度合いは対象とする範囲か改変の度合いの大きさに比例するのよ。
「わたし、なら、いける、けど…………一つで、限界、かな」
おずおずと切歌が意見を述べる…………確かに切歌の力であれば適当な対象に潜ませることで都市の移動は可能なの。ただ本人が言っている通り都市一つを丸々となれば消耗は大きくてそれだけで限界になる。それを三つとは難しいのよ。
「可能性としては複数の魔女によるもの、もしくは使い潰すつもりで使わせたかだな」
「…………可能性としてはどちらも否定できないの」
環奈を当て馬にしたことやその話からすれば女神の国とやらは多くの見えざる魔女を抱えていると考えて間違いないの。だとすれば複数の魔女で分担して都市を移動した可能性も十分あるし、数がいるからと一人の魔女に限界を超えた力の行使をさせて使い捨てた可能性もあり得なくはない。
「三つ目の可能性もあるんじゃないの?」
そこに夏妃が口を挟む。
「三つ目?」
「はい、ニーサマ。私達はその可能性を目にしてます」
陽が尋ねると即座に柔らかく口調を変えて夏妃は切歌へ視線を向ける。
「あれ出しなさいよ」
「あ、あれ、って?」
「獣の拠点から回収したエネルギーの塊よ」
気が利かないとでも言いたげに顔をしかめる夏妃をわたくしはぶん殴ろうか一瞬迷ったけれど、それよりも前に切歌がそれを取り出したの。切歌への態度を改めさせるのは今度にしておくのよ…………わたくしは絶対に忘れないの。
「あ、そうか」
それを見て陽が納得の表情を浮かべる。青白い光を放つ石の結晶。わたくしたちの世界から獣共が採掘したエネルギーの塊。獣の拠点から一つ残らず回収したそれをうまく使えば確かに消耗を抑えて力を使えるはずなの。
「でもそれを使ったってことは…………女神の国の魔女たちも獣の拠点を把握しているってことになるよね?」
困ったように陽が口にする…………そう、そうなるとそれが大問題なのよ。
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