六十六話 見えざる魔女たちのなんだか足の重い凱旋
最後にドスンという大きな音を立ててドラゴンもどきが崩れ落ちる。それを見届けて今度こそわたくしは一息つけると大きく息を吐いたの。
あの腕が逃げたことで影響があったのか熊もどきもドラゴンもどきもジャックが一人で倒しきれるようで助かったのよ…………流石にここから戦闘をしろと言われたらわたくしはぶっ倒れる自信があるの。ここまで疲労したのは久しぶりだけど、感覚として一度倒れたら丸一日は眠ってしまいそうなのよ。
…………とはいえまだ眠るわけにはいかないの。最低でも陽と自分の安全を確保してからでないと意識は失えない。この場でわたくしが信用できるのは切歌のみなの。宗教狂いどもの存在が明らかな状況で裏切るとは思えないけど、奴らの追撃の可能性も考えるとまだまだ意識を保っている必要があるのよ。
「霧島とかいうあの女はどこに行ったの?」
思い出したようにわたくしはその名前を口にする。確かあの腕に環奈が捕まった際に撥ね飛ばされて…………それのざまを嗤ってやった後は記憶にないの。床に転がって動かなくなったところまでは確認したけれど、その後は戦闘に集中して気にする余裕が無かったのよ。
「いねえな」
ちっと舌打ちして晴香が答える。どうやらわたくし以外も存在を失念していたようなの…………ふぁっく、なのよ。使えねー奴らと言いたいところだけど流石に自分も含めずそんなことを言えるほどわたくしは厚顔無恥ではないの。
「潜んではないの?」
「うーん、お姉さんにはちょっとわからないかなあ」
わたくしの確認に美優が首を振る。しかしそれは彼女以外も同じようで夏妃は悔し気に唇を噛み、切歌は困ったように顔を俯かせたの。涼子の力に関しては僅かな情報をしか得られていないのだけど、少なくともわたくし達の目から姿を消せるのは確か…………この場に潜んでいたとしても見抜ける力がわたくし達にはないのよ。
「陽を…………起こすのは流石に酷なの」
思わず視線を向けてしまった陽は舞の無駄に大きな太腿に頭を乗せて介抱されている。わたくしたちほど頑丈ではない彼は二度大きな力を使ったことで疲労が限界に達したの…………それでもあの腕をどうにかするところまでは気力で見届けたようだけど、それからすぐに眠ってしまったのよ。
恐らく陽の見る力であれば涼子が隠れていても見つけるのは簡単なはず。けれどそんな彼を起こして無理をさせればそれが致命的になる可能性もゼロではないの…………肉体的には陽はわたくしたち魔女と違って普通の人間とそれほど変わらないのだから。
「まあ、幸いって話でもないが多分この場にゃいねえだろ。私達があの腕をどうにかするまではいたかもしれないが、それを確認した時点で逃げたと思うぜ?」
「…………その根拠はあるの?」
「陽がいる以上は隠れて監視するにはリスクが大きい…………第一この場に残ってんならそいつに止めを刺してないのがおかしいだろ」
「それは納得できる理由なの」
聖女を名乗る馬鹿共にとって内部情報の塊である環奈を生かしておく理由はない。あの腕がから環奈が解放された後に殺すつもりであればチャンスはいくらかあったはずなの。だとすればあの女は早々にこの場を離脱したと考えるのが正しい…………わたくしたちが全員あの腕に始末されるとでも考えていたなら浅はかなものなのよ。
「ならまあ、とりあえず戻るとするのよ」
本当は切歌が潜ませたという核兵器の効果についてとか今後の対応についてとか話したいことはあるのだけど、流石に今は後回しにしてまず休みたいの。
「まあ、異論はないな。一度体制は立て直すべきだ」
「お姉さんも賛成」
「にーさまもちゃんとしたところで休ませたいですし賛成です」
「わ、わたしも賛成、だよ」
「舞も賛成!」
疲労の差はあれど反対するものはいなかったのでわたくしたちは踵を返す。
一つの勝利を得たにしては、その足取りは軽くも重くも無かったの。
◇
「出口が見えたな」
そう誰かが呟いた言葉で僕はふと目を覚ます。意識を失う前と変わらず体はひどく脱力しているしひどい眠気もあるけれど…………頑張れば起きていられそうな程度には回復したようだった。
「ん、目が覚めたの」
僕が声を出すより前に気づいた結が視線を向けて来る。そんな彼女も疲労の極致のようで目は座っていて声にも余裕がない…………と、そこで僕は自分の姿勢に気づく。横たわる姿勢なのに視線は結とそれほど変わらない高さにあって、まるでソファに寝そべっているような感触が背中にはあった。
「…………あはは」
見上げてみればジャックと目が合う。どうやら僕は彼にお姫様だっこをされているのだとそれで理解する。その寝心地はとてもいいのだけれど、皆に見守られてのその体勢は男としてのプライドに若干のひびが入った気分だ…………まあ、今更と言えば今更なんだけど。
「起きたんならそのままの格好でいいから周囲を見回してくれねえか? 逃げたあの女が仲間と一緒に待ち受けてる可能性もあるからな」
「あ、うん」
見回すぐらいなら何とかと僕は首を持ち上げて周囲を見回す。何もない白い空間にぽっかりと空いた僕らの世界へと繋がる空間の穴。流石にその向こうまでは見通せないが、見回した範囲に皆の気付いていないような誰かは潜んでいないようだった。
「多分、大丈夫だと思う」
「ならいい」
「もー、弟君に無理させちゃ駄目よー!」
「こっちの世界の領域を見る分には消耗はねえ筈だ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
ぷんすかと美優が晴香を責め立てるが、僕はそれよりも気になる事があった…………というよりも寝起きからようやく思考回路が機能し始めた感じだ。
「そういえばええと、比江鳥さんだっけ…………彼女は?」
みんなが警戒しているのは女神の国から来て自分達を魔女ではなく聖女であると名乗った少女達だ。あの場では詳しい説明はされなかったけど、以前に僕は結から研究所で宗教を広めていた少女がいたのを聞いている…………多分、その彼女が築き上げた勢力なのだろう。
そしてその女神の国から使命を与えられて僕を連れにやって来たのが比江鳥環奈と霧島涼子の二人だ。けれどその二人との交渉が決裂して争いになろうという瞬間にあの腕が現れて環奈は捕まり、涼子も撥ね飛ばされた…………しかし話からするに涼子の方は途中で意識を取り戻して逃げおおせたという事なのだろう。けれど僕が見た時点で環奈の方はあの腕から解放されても完全に意識を失っていたし逃げられたとは思えない。
「その女なら不本意ですが私が連れていますよ、にーさま」
夏妃の声に視線を向けるが、彼女が誰かを連れているようには見えなかった。しかし少し視線を下げてみればその疑問は氷解する…………夏妃の右手は誰かの足首を握っていた。その先を見れば地面に仰向けで倒れ伏す環奈の姿があった。つまり夏妃は此処まで彼女の足首を握って引き摺って来たという事なんだろう。
「その、大丈夫なの?」
「もちろんですにーさま。気が付かないように意識は落としてありますから」
僕が聞きたかったのはそういう事じゃないのだけど、ともあれ夏妃は彼女の意識が戻らないように力を使っているらしい…………まあ、彼女らを結たちが嫌っているのは聞くまでもなくわかっていたし扱いとしてはまだマシだと思うしかないのだろうか。
「そんじゃあ外に出るぞ…………疲れてるところ悪いが目が覚めたんなら使わねえ理由がねえ。馬鹿共が潜んでないか警戒してくれ」
「悪いけど頼むのよ。わたくしも流石にここで不意打ちされるときついの」
「うん、僕なら大丈夫だから」
申し訳なさそうに結まで頼んでくる辺り本当に限界なのだろう。ジャックに抱えられたままの情けない体勢ではあるが僕は僕のやれることをやるのだ。
けれどその気概も余所に僕らは何事もなく帰路へと付く事が出来た。
そして東都があったはずの場所に辿り着いて、聖女たちがあっさりと引き上げた理由を知ったのだった。
お読み頂きありがとうございます。
励みになりますのでご評価、ブックマーク、感想等を頂けるとありがたいです。




