六十五話 刹那の時間に虐める魔女達と過剰な追い打ち
見えざる魔女たちと違って僕の身体能力は平凡だ。もちろん防衛隊で鍛えていたから一般の人達に比べれば十分高い。けれどほんの一瞬の間に行われた幾つもの動きを捉えられるような動体視力を僕は持っていない…………はずだった。
しかしどうやら僕が意識的に見る力を使ったことでそれは覆ったらしい。もちろんその間に僕が動けたりするわけではなかったけれど、その一瞬の間に起こったことの全てが僕の目にははっきりと見えたのだ。
「直れ」
美優のその言葉と共にあの腕の手の指が真っ直ぐに開いて、その手に拘束されていた環奈が零れ落ちる。それはつまり腕に対して何をするにも遠慮の必要がなくなったという事だ…………元々あんまり遠慮してなかったようには思うけれど。
「解す」
次に言葉を紡いだの晴香だった。彼女のその力であれば結の斬撃も浅くしか入らぬほどに固いあの腕も文字通りに解されて柔らかくなることだろう。いや、恐らく彼女はそれに留まらず腕そのものを分子までは分解してしまう心づもりだろう…………ただ流石というべきなのかその表面が解けるように緩みつつもあの腕は消えてはいかない。
「手首を落とす」
そこにいつの間にか結のナイフを借り…………奪ったのか夏妃が長く伸びたままのそれを振るう。彼女の力は異なる座標に対象を落とすというようなワープ的な使い方が主なものと思っていたけれど、そういう使い方も出来るかと僕は驚く。彼女の告げた言葉の示すとおりに振るったナイフはあの腕を斬り裂き、その手首を落とした。
「潜ませる」
そして最後に手首を失ったその腕へといつの間にかそこまで寄っていたのか切歌がその手を触れる。触れたその手に拳大の石が握られているのが僕には見えた。つまりその石の中に潜ませていたものをあの腕の中へと移動させたという事なのだろう…………そこまで見届けたところで、その伸ばされた一瞬は終わりを迎えた。
「っ!?」
そして次の瞬間に思わず僕は顔をこわばらせる。先ほど結が一撃加えた時よりも大きな空間の慟哭。今回は浅く斬られたのではなく手首を落とされたのだから痛みの大きさもその比ではないはずだ…………現に見えた痛みも怯えも遥かに大きくなっていた。
「逃げるぞっ!」
晴香の叫び。巨大な腕は与えられた痛みに震えながらも異世界へと繋がる穴へと引っ込もうと蠢く。しかしそれは先ほどとは違い報復の為の退避ではなく本気の逃亡に見える。
その意味ではここで逃がしたとしても目的の恐怖は充分すぎるほど与えたと言えるだろう…………ただ、逃がさずこの場で仕留めるのが最上であるのも確かなのだ。
「逃がして、大丈夫、だよ…………むしろ、逃がして」
そこにいち早く切歌が意見を述べる。その言葉とは裏腹にその表情は消極的なものではなく強気な意思が見えた。
「何か考えがあるの?」
ひどく疲労した表情を浮かべながらも結が尋ねると切歌はこくりと頷く。
「わたくしは賛成するの」
大きな力を使って疲労しているからではなく、友人への信頼から結は賛同を表明する。
「私も異存はねえ。今からあれを引きずり出すのは骨だからな」
あの腕を倒すのならばその腕の先の本体も引きずり出す必要があるがそれには大きな手間がかかるし、腕だけでこれだけ手こずったのだからその本体をここから相手にするのもリスクが大きい。
「お姉さんも…………って、言ってる間に引っ込んじゃったわね」
美優の言葉の途中で腕は完全に異世界へと繋がる穴へと消えてしまった。とは言え誰も行動に移さず悠長に話していた時点で表明などせずとも賛成していたようなものだろう。
「結ちゃん、急いで穴を閉じて」
「…………わたくしかなり疲れているのよ?」
即座に視線を向けた切歌に結は批難じみた表情を返す。余力が全く無いというわけではなさそうだけど、僕の目から見てもその疲労は嘘ではないように見える。
「早く」
けれどそれを考慮せず切歌は急かす…………珍しいと僕は思う。記憶にある限りでは最初に出会った時以外に彼女が結に対してそんな強気で応じるようなことはなかったからだ。それには彼女の心境の変化もあるのだろうけど、何か理由があるのは間違いないだろう。
「もう、わかったのよ」
そしてそれに気づかないようでは結は切歌の友人ではない。疲労を堪えて背筋を伸ばすと異世界へと繋がる穴へと視線を向ける。多分だけど彼女の力で周囲の空間を伸ばして穴を塞ぐ事を切歌は望んでいるのだろう。
「仕方ないなあ、お姉さんも手伝うよ」
すると結の隣に美優が立つ。確かにあの空間の穴は正常なものではないだろうから彼女の直すという力は有効かもしれない…………やはり疲労が深いのか、普段なら皮肉の一つも口にする結だけど横見するだけで何も言わなかった。それを頼られていると判断したのか美優がやる気を強めたように頷く。
「伸ばす」
「直す」
二人がその力を使い空間の穴がみるみるうちに閉じていく。イメージするなら結が穴の端を伸ばして小さくし、残る隙間を美優が直して塞ぐ感じだろうか。数秒と経たないうちに穴は閉じたが、それを見届けた結は限界というように肩を落とす。
「閉じたのよ、それで急いだ理由はなんなの」
そしてすぐに結は恨みがましい視線を切歌へと向けた。
「い、急いで閉じないと、危な、かった、から、えへへ」
目的を達したからか切歌は普段のように気弱に笑う。その表情に結は少し気が抜けたように息を吐く。頼れるようになったんだかなっていないんだかという表情だった。
「何が危なかったのよ」
そこに夏妃が口を挟む。そういえば二人が絡んだところを僕は見たことがないが、やっぱり夏妃は美優と僕以外に対しては辛辣らしい…………まあそれでも、彼女が結に向ける視線よりは幾分か柔らかいように思える。
「ば、爆発しちゃう、から」
「…………何を仕込んだっていうのよ」
見えざる魔女が焦るような爆発物の存在に返す夏妃の声色も険しくなる。あの結が引き延ばした一瞬の中で僕も切歌があの腕に何かを潜ませていたのは見えた…………つまりそれが爆発物で、異世界へと繋がる穴を閉じなければこちらまで被害が及ぶような代物だったということになる。
「切歌、あの腕に何を潜ませたの?」
その正体はこの場の全員が気になるところで結も問い質す。
「か、核爆弾、だよ、えへへ」
そして文字通りの爆弾発言を切歌は口にした。それを聞いた誰もが僕を含めて驚きを口にもできなかった。
「なんでそんなものを持っているのよ」
「む、昔見つけて、拾って、おいたの、ふひひ」
しばらくしてようやく口を動かせた結に切歌は答える。
「ま、まだたくさん、あるよ」
「…………切歌は怒らせないようにした方がいいと理解したの」
体力的なものだけではなく、精神的にも疲れた表情で結は呟いた。
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