四十四話 人でなしの救世主
「ク、クソ野郎?」
結や切歌もその葉山という研究者のことはものすごく悪し様に言っていたけれど、それは彼が自分達を見えざる魔女という孤独な存在にした当人だからだ…………晴香も彼を嫌っているという事は魔女にされたことを恨んでいるのだろうか。
「勘違いしないように言っておくが私は見えざる魔女になったこと自体は後悔してねえぞ?」
「そ、そうなんだ」
「おかげさまで多少は頭の性能が上がったしな、それに知りたいことを知る前に寿命で死ぬなんてこともなくなった」
「…………頭もよくなるの?」
見えざる魔女になる事で老いなくなったり食事や睡眠の必要のない強靭な身体になったとは結に聞いたけど、そういう変化があるとは言ってなかった。
「別に頭のできそのものが変わったわけじゃねえがな…………記憶力は格段というか絶対になった。これは多分私達が世界に近しい存在になったことで世界そのものに記憶が保管されるようになったんじゃねえかと思ってる」
記憶というのは頭の良さを示す要素の中でも割合が大きいものだ。例えば学力テストであるならその範囲の事柄を全て覚えてしまえば大抵の問題は解いてしまえる。見聞きしたことを全て記憶し、それを必要な時に呼び出せるというのはそれだけ大きなアドバンテージなのだ。
加えて知識魔である晴香にとって忘れないというのは非常に重要だ。せっかく知る事でその興味を埋めても忘れてしまえば何の意味もない…………それではそこの空いたバケツに水を注ぎ続けるようなものだ。
「だから私は他の連中と違って見えざる魔女にしてくれたこと自体には感謝している…………私が葉山を嫌っているのはあいつがあっさりとくたばりやがったからだ」
「でもそれは不可抗力なんじゃ…………」
別に彼だって死にたくて死んだわけではないだろう。それでも危険を承知で実験を執り行うしかなく、その結果として暴走した実験対象に殺されてしまっただけだ。
「不可抗力なんざ知ったことか。あいつが死ななければ私は人類を守って新たな天才を待つなんて真似をしなくてよかったんだぞ?」
「…………うんまあ、そうだね」
本来であれば今知りたいことの大半が葉山に聞けば済んだ事だと晴香は言いたいのだ。それに彼が生きていれば追加の見えざる魔女も生み出されていただろうし、彼女らや獣に関する研究だって進んだろう…………晴香が気を張らなくても人類は守られたかもしれない。
「話には聞いてたけど凄い人、だったんだね…………ええと、話を戻すけど見えざる魔女の約束についてもその葉山さんに聞いたんだよね? つまりは見えざる魔女を生み出す前から彼はその特性を理解していたってことになるけど」
口にして見るととんでもない話ではある…………というかやはりおかしい。
支倉司令によれば見えざる魔女を生み出す実験は理論に基づいたものではなかったらしい。そうすればそうなるとわかっていても、なぜそうなるかの理論がわかっていなかったのだと。
果たしてそんな状態で実験前から見えざる魔女の特性がわかるものだろうか?
流石に天才だからでは片付かない気がする。
「お前の考えていることは多分間違ってないぞ」
口にした部分だけではなく、僕に抱いた疑問についても晴香は肯定する。
「葉山の野郎は紛れもない天才ではあったがそれだけじゃ説明できない部分も多かった。大体認識できないはずの見えざる獣の存在を発見して多少なりとも通用する兵器を短時間で作れてる時点でおかしいんだよ…………見えない何かがいるかもなんて想像ができたとしても、普通に考えればそれを見つけ出す手段なんて総当たりだぞ? 認識できない上に近づくだけで危険な存在相手にそんなもん不可能だ」
「確かに…………」
大前提として見えざる獣は認識できないのだ。それはつまり反応が無いのは見えざる獣に効果がないのか、そもそもそこにいないのかが判別できないということ。しかも実際に見えざる獣がそこにいた場合は襲われて消し去られてしまう可能性が高いのだから。
普通に考えてそんなのは無理があると僕でもわかる。
「私が思うに、葉山の野郎には見えざる獣が見えてたんじゃねえかと思う」
「っ!?」
「そう考えれば色々と辻褄は合うんだよ」
見えているなら総当たりの検証も確実性がある。見えざる獣との距離も測れるし、危険になったら逃げることも可能だろう。そうして生み出されたレーダーにちゃんと効果がある事だって確認できるはずだ。
「つまり葉山さんは見えざる魔女に近い存在だったってこと?」
「まあ、どこまで近い存在だったかまではわからねえけどな。お前みたいにほとんど見えるだけだったのかもしれねえし、それ以上だったのかもしれねえ…………私に言えるのはそれでも暴走した見えざる魔女にはあっさり殺される程度だったんだろうってことくらいだ」
その時点で少なくとも現状の見えざる魔女と同等でなかった事だけは確かなのだ。
「で、葉山の野郎はそんな自分の体の状態を元にして見えざる魔女の特性についても推測していたんじゃねえかと思う。元々見えていた云々を別にしてもあの野郎が段違いの天才であったのは間違いねえからな」
「それはまあ、そうだね」
仮に僕が葉山さんの立場だったとしても同じことは不可能だ。見える事を利用して実験に協力したりは出来るだろうけど、何かを開発したり解明するような才能は僕にはない。
「で、最初の話に戻すとだ…………葉山の野郎はもしも研究所が壊滅した場合に備えてとか言って私に見えざる魔女の特性について教えて来た。それでいざという時には皆を約束の上書きで縛って人類を守るように誘導して欲しいってな」
「…………」
それは必要で仕方ないことだったのだろうけど僕は何とも言えない表情になる。支倉司令は葉山さんが見えざる魔女となった少女達の為に残した配慮から善人だったのだろうと彼を判断したけれど、今の話を聞くといたいけな少女達を利用したことへのただの罪悪感からだったように思える。
「…………ええと、一ついい?」
「なんだ?」
「なんで晴香だったの?」
ただ一つ疑問なのは葉山さんが晴香を選んだ理由だ。まさか他の少女達への裏切りともいえる行為を適当に選んだ相手には頼まないだろう。
「まあ、私は当時からこんなだったからな。他の奴らを騙させるにはちょうどいい相手だったんだろう…………実際になんの罪悪感も抱いてはいないしな」
「…………人類を守るためだから?」
大義ではなく晴香自身の個人的な望みの為に。
「それもあるし、報酬も貰ったからだ」
「報酬?」
「ああ、あいつが打ち上げた特別製の人工衛星の使用権とかドローン…………それをコントロールするための研究施設なんかだな」
「研究所は崩壊したんじゃ…………」
「研究所が一つだけなはずないだろうが。もちろん見えざる魔女やらに関するデータは残っちゃいないがな、個人用の秘匿施設で各地を監視するにはちょうどいい…………そこでお前達のことも見ていたわけだ」
「…………」
監視されていたことを思うといい気はしないし、それが確かなら結たちと違って晴香は都市防衛には参加していないことになる…………他の少女達にはそれを強制しておきながら。
「おいおい、あいつらはともかくお前が私を恨むのはお門違いだぞ? 何せ私が約束の上書きであいつらを縛り付けてなかったらお前も今この世界に存在してなかったかもしれないんだからな…………それを考えればあいつらだって私に感謝してもいいくらいだ」
「っ」
確かに晴香が言っていることは事実ではある。彼女の皆への裏切りが無ければ東都だって滅んでいたかもしれないし、そうなれば見えざる魔女にとっての希望となってしまっている僕だって生まれてはいなかっただろう…………ただ、流石にそれを感謝しろと彼女自身が口にするのはどうかと思う。
「おっと流石に言いすぎたか…………別に私だってお前やあいつらを怒らせたいわけじゃないんだぜ? 利用しあうにしても後腐れないほうがいいに決まってるからな」
「…………それなら少しは言葉を選んだ方がいい」
「はっ、昔からよく言われる」
しかし改善することはなかったし、これからもするつもりはないのだろう。
「と、前置きはこれくらいにしてそろそろ本題に入るか」
「あー……………うん」
一応…………一応ではあるが晴香が人類を守りたい理由と結たちとの確執については理解できた。それだけで僕としては精神的にかなり疲弊したけれど、確かに晴香の言う通り本題はこれからなのだ。まだ僕は何のために彼女が結たちを集めて接触して来たのかを聞いてはいないのだから。
「まあ本題といっても電話で伝えた通りに私の目的は見えざる獣の排除だ。人類存続の為の問題はそれ以外にも山積みだが、まずは獣の排除が大前提だからな」
「それはわかってるし、その為にならなんだって協力するつもりだよ」
「その言葉が聞きたかった」
きひひ、と晴香は笑みを浮かべる。
「それじゃあまずは報酬の話について決めようか…………具体的な話に関してはその後だ」
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は遮るように手を前に出す。
「報酬って?」
「相手に何かしてもらうなら報酬を差し出すのが当然だろうが」
「いや待ってよ!」
それは何かおかしい。
「僕らを協力させるために晴香が集めたんだよね?」
それはつまりこの場は彼女が望んだ結果だという事だ。
「むしろ晴香が僕らに報酬を支払うべきじゃないの?」
「いいや?」
彼女はおどけるように肩を竦めて両手の掌を上に向ける。
「お前は東都や人類、そして見えざる魔女を救いたいんだろう?」
「ああ」
「そしてその為に必要な情報を私が持っているわけだ」
だから報酬を差し出すのは僕だと晴香は言う。
「いやでもだから、君だって人類が滅んだら困るはずじゃないか」
だから僕の情報を流して切歌たちを東都に集めて協力関係を結ぶように誘導したのだ。
「ああ、困るよ」
「だったら!」
「きひひ、でもお前は善人で私はそうじゃない」
「は?」
何が言いたいのか理解できず、僕は彼女を見る。
「私はほら、お前が頷くまでぎりぎりまで待てる…………その間にも獣の排除が遅れる事による被害は出るだろうけど私は許容できるぜ?」
「ぐっ」
「でも、お前は違うよな?」
そう、その通りだ。僕は許容できない…………犠牲なんて少ないほうがいいに決まっているし、僕の決断の遅れで犠牲が出る事に耐えられない。
「さて、どうする?」
勝ち誇るように晴香が僕を見る。
僕は初めて見えざる魔女に対して、抱いてはいけない感情を抱きそうになった。
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