三十二話 全裸の魔女の布教と断固たる決意
「それじゃあおにーさんとおねーさん、何して遊ぶ?」
結たちと舞の和解も済んで一息ついた翌日に僕は二人に会いに来ていた。舞はそのまま結が面倒を見ると倉庫に残らせたので顔を合わせるのは数時間ぶりだ。あの後何事も無かったようでまずはその事実に安堵するが、期待するように僕と結を見るその目はその豊満な体型に似合わず子供のように輝いていた。
「約束したよね?」
「うん、ちゃんと約束は守るよ」
お人形遊びを我慢してもらう代わりに他の遊びを一緒にやってあげると僕は舞に約束している…………その約束というのは結構重要なのだとその後で結から教えられた。
見えざる魔女という存在は世界の根源たる世界そのものを動かすシステムに近しい存在であるらしい。だから世界に刻み込んだ自身の想念を元に世界を書き換えることができるのだと。
しかし世界に近しいからなのか、魔女が約束事を結ぶと世界そのものがその約束に絡んでしまうらしい…………そしてその約束を反故にしようとすると世界そのものが強制力を持ってその履行を求めて来るのだという。
だから僕がその約束を守る限りは舞も約束を守るよう世界から求められる。つまり僕が約束を守ってさえいれば、舞が子供特有のうっかりで東都の人々に手を出すようなことも起こらないのだ。
「舞、おねーさんではなく結と呼んでいいと言ったのよ」
そんなことを僕が考えていると結がそんな指摘をする。
「えっと、うん!」
それに少し躊躇いがあるのか戸惑った表情を浮かべつつも舞が頷いた…………やはり舞には自分が子供で僕や結たちが年上という思い込みがあるのだろう。実際は結とは同年代のはずだし僕よりも遥かに年上なのだけれど、幼い思考がそのまま自分自身への認識にも繋がって現状が反映されていないのだ。
「あの、その、それじゃあ…………結、おねーさん」
「まあ、それでいいの」
不安げに自分を見る舞に結が折れたように頷く。別に舞だって名前呼びを矯正したいわけではなく、単に美優と夏妃の二人を見てそれと近い呼び方になるのを避けたかっただけだろう。
「陽、おにーさん」
「うん」
おずおずと僕を見る舞に笑み浮かべて頷く。
「あー、ところで切歌は?」
それはそれとして昨日はいた切歌の姿が見えないので僕は尋ねる。
「切歌なら西都に一旦戻っているの。隠蔽のかけ直し次いでに周囲の様子も確認してくると言っていたのよ」
「あー、そうなんだ」
切歌は自分の守る都市である西都をその力で見えざる獣から潜ませることで安全を確保していた。もちろんそれは都市そのものの気配を潜ませることで獣から認識されないようにするものらしいが、ずっと持続するものではなく何日かしたら力のかけ直しが必要だとは以前に言っていた。
「でも別れの挨拶も無しってのは少し寂しいかな」
寂しいというか正直意外だ。調子に乗らないよう自分を戒めているつもりではあるけど、僕という存在が見えざる魔女にとって大きいのは事実だ。一旦戻るだけとは言え別れを惜しまれるだろうと思っていたし、だからその前に会いに来るものと思っていたのだ…………もしかして自意識過剰だったのだろうか。
「別れの挨拶なら行ったはずなのよ」
「え」
そんな僕に結が教えてくれるがまるで心当たりはない。昨日はここから帰った後はアパートの自室で夕食を取ってそのまま寝てしまったのだ。気が付いたら朝になっていて僕は朝食を取った後にシャワーを浴びてこの倉庫に向かって…………その間に切歌に会った記憶が当然ありはしなかった。
「王子様の寝顔を堪能してから帰るって言ってたから、恐らく声を掛けずに会って帰ったのだと思うの」
「…………なるほど」
つまり僕が気付かなかっただけで眠る僕の姿を見て帰ったという事か。
「出来れば次は声を掛けるように言っておいて欲しい…………」
「それは構わないけど恐らく望み薄なの」
「…………だろうね」
未だに切歌とは正面から顔を合わせる事は少ない。基本的に彼女は僕よりも後方にいるし、振り向いても大抵は物陰や地中に潜んでいて顔を合わせてくれない。別に僕を嫌っているわけではなく恥ずかしいからだけらしいし、本人も改善する意思はあるらしいから長い目で見守るしかない。
「ねーねー、結おねーさんに陽おにーさん…………まだ?」
結をと話していると舞が退屈だというように口を挟む。彼女からすれば今はいない切歌の事より自分との遊びを優先して欲しいのだろう。
「ああうん、もういいよ…………それじゃあなにしようか」
舞に頷いて思案する。選択肢は色々あるが一つを選ぶのは難しい。けれど何がしたいか舞に尋ねて人形遊びと提案されてしまうのも困る…………やらないと約束しているとはいえ聞かれれば好きな遊びとして口にしそうではあるし、それを却下されればやはりいい気分ではないだろう。
「ええと、とりあえずゲームとかどう?」
孤児院時代には他の子供たちと色々な遊びをしたが、やはり一番人気はゲーム機だった。孤児院にある数は限られていたので貸し出しは予約制になっていて、自分の番が来るのを楽しみにしている子供たちは多かった。
「えー、ゲームは昨日やったよ? 舞は違うのがいいな」
するとそんな返しをされたので僕はちらりと結に視線を向けると彼女は頷く。
「昨日あなたが帰った後に親睦も兼ねて三人で遊んだのよ」
「そうなんだ」
「ぶっちゃけ切歌が帰った後もあなたが来る直前まで遊んでいたの」
「…………なるほど」
見えざる魔女は食事が不要で力を使わない限り休息もほとんど必要ない。徹夜をしたって疲れはしないから僕が来るまで遊んでいたという事らしい。
「対戦はなかなか盛り上がったの」
そう口にする結の顔も緩んでいることから見るに彼女も楽しんで舞の相手をしていたのだろう。考えてみれば結も一人でゲームすることはあってもこれまで誰かと楽しむことは出来ていなかったのだ…………新鮮で楽しかったのだろう。
「そういえばオンライン対戦とかもやっぱり駄目なの?」
「わたくしたちが絡むと回線が落ちてしまうの」
「…………やっぱり駄目なんだ」
見えざる魔女の事を知って最初に思った疑問は直接話せずとも文字などでコミュニケーションを取る手段はあるのではというものだった。しかし結によれば見えざる魔女が何かを伝えようと物を使っても、それは常人には認識できないものになってしまうとのこと。
それならば電子メールはどうかと聞いたらその発信ができないという。彼女らが書くだけでそのメールは通常の回線では発信できないほど莫大な情報量となってしまうようだ…………それは会話のないただの対戦であっても同様だったらしい。
「ねー、まだ?」
そんなことを話していると再び舞からの催促。子供の遊びはいくつも知っているが急かされると何を選べばいいか困る…………選択肢がたくさんあるからこそ何が正解なのかをつい僕は考えてしまうからだ。
「どうしようか?」
「わたくしに良い提案があるの」
思わず結に意見を求めると彼女はとてもいい笑顔で頷いた。
「舞、おままごとなんてどうかとわたくしは思うの」
「えー、おままごとは舞一人でもたくさんやったよ?」
「お人形を入れずにわたくしたち三人…………ジャックを入れて四人でやるのよ?」
「わあ!」
一人ではなく皆でやるのだと聞いたら舞の表情が輝く。
「陽がお父さんでわたくしがお母さん、舞とジャックがその子供なの」
そこですかさず結は自身の希望の配役を口にする…………どう考えても舞をダシに僕との夫婦役を楽しむ腹積もりだ。とはいえ僕としても舞だけではなく結の機嫌だってきちんと取らなければいけない立場ではある。双方に異論がないなら口を挟む理由は見つからないのだ。
「えー、結おねーさんがお母さん?」
「…………わたくしが母親で不満でもあるの?」
しかし舞はその配役に不満を口にし、そんな舞を見る結の目が据わる。
「だって、服を着てないおかーさんなんていないよ?」
「っ!?」
もっとも過ぎて僕は擁護の口を挟めなかった。
「…………舞」
しかし当の結は落ち着いた様子で舞へと話しかける。
「舞が知らないだけで全裸の母親も世の中にはいるの」
「…………そうなの?」
いないよ! 少なくとも僕はいないと信じたいと叫びたくなるのを僕は必死でこらえた。あんまり認めたくないけど結の露出癖は彼女の心が壊れないよう繋ぎ止めてきた趣味でもあるのだ…………否定したいけどそれに舞が同調したりすると二人の争いの元になりかねない。
「だから全裸のわたくしが母親役をやる事には何の問題も無いの」
いや仮に露出癖の母親が存在したとしても、子供の前までは全裸ではないだろうにと僕は全力で叫びたかった。
「…………なんで全裸になるの?」
そこで根源的な疑問を舞が口にする。露出狂なんて言葉を知らないであろう舞からすれば全裸でなる理由がまるで分らないのだろう。きっと両親からも服はちゃんと着るように教えられてその常識が身に付いているはずだ…………そうでなければ一人で暮らしていた舞も律義に今まで服を着てはいなかっただろう。
「舞、人前で裸になるのはとても興奮して気持ちいいの」
そんな純真な少女に対して結は何一つ隠すことなくそれをぶちまけた。
「気持ちいいの?」
「とても」
「でも知らない人の前で裸になるのはなんかやだし、お母さんも駄目って言ってたよ?」
「いけないことをする背徳感がたまらないのよ」
「ちょっと結!」
流石に止めなければと僕は口を挟もうとするが、結は止まらなかった。
「それに知らない人じゃなくて知っている人でも大丈夫なの…………特に好きな人が相手ならもっと興奮するの」
「好きな人って…………陽おにーさんとか?」
「その通りなの」
自信たっぷりに頷く結にちらりと舞が僕を見る。
「それなら舞も裸に…………」
「それは駄目!」
僕は今度こそというように大声で止める。
結の露出の布教の魔の手から、なんとしてでも舞を救わねばならないのだ。
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