三十一話 全裸の魔女と子供の魔女が和解した、それだけ
「それじゃあ呼んで来るよ」
「わかったの」
舞が落ち着いて結たちと会う勇気が出たのを確認してから、僕は外で待っていた二人にその旨を伝えた。僕が舞と一緒にいる間に結と切歌も話し合いを済ませていたようで、少なくとも表面上は二人から舞への敵意のようなものは見えなかった…………まあ、舞と和解すると美優たちに宣言したのだし当たり前ではあるのだけど。
「僕も付いてるから、いきなりジャックをけしかけたりしちゃ駄目だよ?」
「うん」
念の為に最後に注意をしてから舞を連れて行く。やはり怖さがあるのか舞は後ろから僕の服を掴みながら少しずつ歩を進めて部屋を出た。その腕に抱えられたジャックは今は役目が無いからだろうか、見た目はただのぬいぐるみのように重力に従ってだらりと両腕を垂れている。
「…………」
「…………」
「…………」
僕の後ろに隠れるように現れた舞に結と切歌が対峙する。どちらも言葉はなくじっとお互いを見つめている…………舞はやはり二人に、特に結に対して怯えがあるのだろう。僕の服を掴む手が少し強張っている。
そのまましばらくして、ふうと息を吐いたのは結だった。
「悪かったの」
舞に向けてそう声を掛ける結の表情は、微笑むとまではいかないにしろ少し和らいでいた。もちろんそれは無理して取り繕っているのはまるわかりだが、僕の目には歩み寄ろうとしている努力が見えて好感が持てた。
「お前を傷つけて殺そうとしたことはひどかったの…………怖がらせて悪かったと思っているのよ」
「わ、私も…………ごめん、ね?」
自身の落ち度を口にする結に追従するように切歌も謝罪を述べる。それに舞が僕の服を掴む手も少しだけ緩む…………少なくとも二人がこれ以上彼女に危害を加える気がないことは伝わったのだろう。
「ただ、なの」
しかし結はただ謝罪をするだけでのつもりではないようだった。
「先にわたくしたちを殺そうとしたのはお前なのよ?」
その事実をはっきりと口にして少し厳しい表情で舞を見つめる。
「あ、う」
それに叱られていい訳の浮かばない子供の様に舞は口を詰まらせた。確かにそれはその通りではあるのだ。
結は先に謝罪を口にしたし舞は彼女に恐怖心を抱いているから事実を見誤りがちになるが、事実として先に手を出したのは舞の側なのである…………あくまで結は自身の反撃がやりすぎたと謝罪しているに過ぎない。
「ま、舞は本気で殺すつもり、は…………」
「そんなことわたくしたちにわかるわけがないの」
取り繕ったような言い訳を即座に結は切り捨てる。
「舞」
ここで初めて結が舞をお前ではなくその名前で呼ぶ。
「わたくしは舞と今後は仲良くやっていきたいの…………そして仲良くするなら対等な関係であるべきなの」
「…………対等な関係?」
「どちらが上でも下でもない…………わたくしが無理矢理舞に言うことを利かせたり、逆に舞がわたくしに嫌な事を押し付けたりしない関係なの」
難しい言葉を使わないよう結はかみ砕いて説明する。
「その為にはまず嘘を吐いてはいけないの。自分が悪かったことは素直に悪いと謝れるようにならなくてはいけないの…………だからわたくしは舞に謝ったのよ?」
結はじっと舞を見つめる。
「舞はわたくしや切歌、それに陽に謝る事は無いの?」
「…………ある」
これ以上は隠し切れないというように舞は頷いて口を開く。
「おにーさんを独り占めしたくておねーさんたちを殺そうとしたし、その為におにーさんのお人形を勝手に使った」
「それならわたくしたちに言うべきことがあるはずなの」
「ごめん、なさい」
「よくできたの」
結は頷いて、ここでようやく小さな笑みを浮かべる。
「それならわたくしは舞を許すの……………舞はわたくしが舞を傷つけたことを許してくれるの?」
「うん」
「それならこれでわたくしと舞は仲直りなの」
もう一度結は頷いて、彼女はゆっくりと促すように視線を舞から切歌と僕へと向ける。それに釣られるように舞も僕らへ視線を向けて、その意図に気づいたようにはっとした表情を浮かべて慌てて口を開いた。
「おにーさんと切歌おねーさんもごめんなさい!」
「うん、許す、よ」
「僕も許すよ」
切歌がその謝罪を受け入れ、僕も続いて頷く。これで舞は自分の過ちを自覚した上で謝罪をしてそれを受け入れられた…………それは舞にとって印象的なものとなったはずだ。
自分のわがままで人に迷惑をかけても簡単に許して貰えないと知っただろうし、そんな苦労をして和解した相手を再び起こらせようとは簡単には考えない。
「忘れてたの、ジャックにも謝罪をするのよ…………お前の主を傷つけたのは悪かったの。少なくとも今後はわたくしの方から手を出すことはないと誓うのよ」
じっと視線を舞の抱く熊のぬいぐるみへと向けて結が謝罪する。これに忘れずに気付けるのが結の細やかさだろう。大切なお友達であるジャックを忘れることなく一人の人格と認められて舞も嬉しそうだ…………当のジャックは判断を迷うようにすぐに反応しない。
「ジャック、許してあげて。舞も悪かったの」
その迷いを察したように舞が自分を引き合いにして促す。するとジャックは即座に結に向けて頷いて見せる。
「私も、ごめん、ね?」
続けて謝罪した切歌に向けてもジャックはこくりと頷いた。僕は舞が起きるまでの間にジャックとの和解は済ませているので、これで全員の謝罪と和解が済んだ事になる。
「えっとじゃあこれで仲直りは終了だね」
何事もなくすべてが丸く収まって僕は安堵しつつそう告げる。
「そうなの、仲直りは終了なの」
僕の言葉に結が頷き、さらに続ける。
「これからはもっと仲良くなるための時間なのよ」
「わあ!」
結が微笑みながらそう告げると舞の表情がぱあっと輝く。
「お菓子、とか、好き?」
「舞、お菓子大好き!」
「みんなでやれるゲームとかもあるのよ」
「やる!」
にこやかで楽しそうに三人が盛り上がる。
「…………」
そんな光景を素直に見られないのは僕の心が汚れているからだろうか? 三人の関係が丸く収まったことを素直に喜びつつも、結が舞と和解して優しくして見せているのは美優と夏妃に対抗するための戦力をとして必要だからだろうと僕は確信している。
恐らく僕の手前いきなり殺し合ったりはしないだろうし、舞だって美優に助けてもらっているのだからいきなり結たちに協力してあちらの二人を襲ったりはしないだろう…………ただ、それは表向き何もしないというだけで裏での闘争はきっと行われる。
これから僕はそれを防ぐために出来る事をしなくてはならないのだ。
◇
遠い昔にこの星の外へと打ち上げられた衛星のほとんどは耐用年数を過ぎて地表に落下して燃え尽きたり、瓦解してそのまま宇宙を漂うデブリとなっている…………ただ、残っているもののもゼロではないのだ。
もちろん普通なら残るはずがないのだけど、葉山とかいう頭のおかしい天才の打ち上げたそれだけは未だに目の前の情報端末へと情報を送り続けている。
「あーもう、くそっ、あの男があんなところでくたばりなんてしなけりゃこの私がこんな苦労しなくて済んだっつーのに」
苛立ち交じりに私は脚を机へと振り下ろす。遠い昔であったら机を足置きにするなんてと即座に注意されたものだが、今はそんなこともなくて煩わしくなくていい…………問題はその静かな環境に反して自分以外の使えるリソースが著しく減少してしまっていることだ。
「たくっ、バカ女どもも勝手にくたばりやがって…………自殺とか下らねえ真似してんじゃねえよ」
衛星を使えばこの世界に残った各都市の映像はいくらでも手に入る。もちろん衛星軌道にあるそれは位置関係によって映し出せる場所は変わってしまうから時間によって見れる場所は決まっている…………そしてその入れ替わりの間に消える都市はこれまで少なくない。その全てが自殺と限らないがその精神以外は恐ろしく頑強な魔女が死ぬ手段など他にそうはない。
「この私が知りたいんだから黙って全て差し出せって話なんだ」
知りたい、そう私は知りたいだけなのだ。知りたいことがたくさんあって、知らないことが許せないだけだ。この世界や人類の存続などに興味はないが、存続させなくては知りたいことが知れなくなってしまうから余計な面倒を掛けさせられている。
「しかしまあ、戦いがあっさり収まったってことはあいつらの誰かが死ぬ前に和解で来たってことなのか? 比較的精神状態がマシな奴らを送り込んだとはいえ一人か二人くらいは死ぬかと思っていたが…………予想よりあの男がいい男ぶりを見せたってことか? 興味深いじゃねえか」
この私の予想を少しばかり覆すとはなかなかやる。
「あのいかれシスコンどもが一旦戻ったのは撃退されたのか話し合いで済んだのか…………流石に映像だけじゃ詳しい経緯はわかんねえな」
衛星のカメラはかなりの精度で拡大も出来るが、流石に声は拾えないし見えざる魔女の常人ならざる動きを捉え続けるのは難しい。正確な情報収集には自分で出向くかドローンを送りこむしかないが数には限りがある。あの四人に手紙を送るのに使ったドローンの内の二台は未帰還でこれ以上浪費したくはない。
「ああクソッ、面倒くせえ」
本当にこの世界というものは思い通りにならなくて、煩わしくてしょうがない。
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