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第6話


 アノーマリー55―2:パイロキネシス

 種別:黒

 55による火災現象を、化学的手法を用いずに引き起こす能力。主に思春期により精神が不安定な、十代の年少者に多く発現する。55に分類される火災現場が教育機関に偏っているという事実から調査が進み、判明した。

 

 補足:55-2能力者は、各国政府によって管理下に置かれる動きがある。アノーマリーの研究解析のみならず、軍事への利用を目的としていると考えられる。機関は55-2を含むアノーマリー能力者の心身ともに健全な生活を保障するため、この動きを阻止しなければならない。


「アンジー、どうしたの? はやく避難しないと」

「え、ああ、うん」


 気が付くと、レイナをはじめとしたクラスメイトたちがぞろぞろと教室の中から移動し始めていた。杏樹もそれに流される形で廊下を歩き出す。

 音楽室からの出火という放送を不思議がりつつも、みんな落ち着いた様子だった。実際、何かが燃えるような臭いはしないし、煙だってなかったから。

 「検知機の故障だろ」と冷静に分析する声もあったが、「これで授業つぶれるな!」なんてバカなこと言ってるヤツもいた。

 まあ杏樹としても、居眠りが先生にバレる恐れがなくなったので、その点については喜ばしい。それに上手くいけば、このまま帰宅になるかもしれない。だがしかし……

 再び、新太が走り去った方向を見やる。

 もう人混みでまったく確認できないが、アイツは間違いなく音楽室のある特別棟へ向かった。

 なぜ?

 どうしてこのタイミングで?

 さっき受け取ったメールが関係しているのだろうか?


「ああ、もうっ!」


 踵を返し、反対方向へと歩き出す。

 別にあんなヤツのこと、まったく全然心配しちゃぁいない。

 ただ、子どものころからアイツの面倒を見るのは杏樹の役目だったのだ。

 アイツは昔っから何をするにもどんくさくって、空気が読めなくって、だから周囲に合わせて行動できないヤツだった。だから今回もそうに違いない。

 ひっぱたいて引っ掴んで、グラウンドまで連れて行ってやらないと!

 杏樹は生徒の波をかき分けながら歩いた。幸い怪訝な目で見られはしても、誰も引き留めようとはしない。みんな大したことないと思っているのだろう。イヤハヤ最近のワカモノたちの危機意識のなさったら!

 そのまま難なく特別棟へ侵入を果たし、人気がないの確認してから全力疾走を開始。ダテに陸上部のエースをやってはいない。20秒と経たず、目的地である第2音楽室へゴールイン!


「……うわ」


 音楽室の中は、ヒドイ荒れ様だった。机や椅子がなぎ倒され、あちこちに散らばっている。異変があったのは間違いないようだ。

 しかしそれとしても、何かが燃えたような痕跡は一切見当たらなかった。臭いもない。バカな生徒がここで火遊びでもして、それで探知機に引っかかったとか、そういったカンジではなさそうだ。

 とすれば、やはり検知器の誤作動なのだろうか。


「そういえば新太のヤツは?」

 

 あのバクハツ頭が見当たらない。てっきりこっちに来ていると思ったのだが。当てが外れたのだろうか。

 ため息を1つついてから、すごすごと音楽室を後にする。


『きぃやああああぁぁぁぁぁぁっ!!』

「えっ!? 上っ!?」


 まさしく絹を裂くようなその叫び声は、上階から響いてきた。新太ではないようだが……?

 とにかくすぐそばの西階段を、一段とばしで駆け上がる。5秒とかからず3階へ到達。


「えっ……谷崎先輩?」


 階段から廊下へ跳び出すと同時に向こう側に見えたのは、尻もちをついた谷崎の姿だった。実にみっともないことに、涙と鼻水で顔中をベチャベチャにしている。整髪料を付けているはずの髪もひどく乱れていた。

 そして杏樹と谷崎の間に挟まれる形で、もう1人の女子生徒が立っていた。谷崎の方を向いているので顔は確認できないのだが……はて? あのポニーテールは?


「た、助けて! 助けて!」


 杏樹の存在に気づいたのか、谷崎が裏返った声で呼びかけてくる。

 助ける? 助けるって、いったい何から? イマイチ状況がつかめずに首をひねるが、まぁ避難の指示が出ていることだし、と駆け寄ろうとする。

 そこで、奇妙なことに気づく。

 こちらに背を向けたままの女子生徒の両手。その中で、青い光が揺らめいている。まるで、そう。燃え盛る炎のように。

 ……いいや、違う!

 手が、本当に燃えているのだ!

 その炎は制服の袖口にまで広がり、もはや肘にまで達しようとしている!


「ちょっと! 大丈夫ですか!?」


 杏樹は血相を変え、女子生徒へ駆け寄ろうとした。

 燃料か、それかアルコール薬品でも被ってしまったのか。ひょっとしたらさっきの警報と関係があるのか。混乱から、ゴチャゴチャとまとまりのない思考が頭の中で渦を巻く。

 ええい、とにかく一刻も早く消してやらないと!

 

「来ないで」


 不意に女子生徒がこちらを見た。そして、その燃える手の平を向けてくる。

 ほとんど直感的だった。

 足を止め、大きくのけ反る。すると同時に、猛烈な青い閃光が鼻先をかすめた。そして一拍遅れて襲ってくる、すさまじい熱気。

 炎だ。

 彼女の手から、炎が噴き出した!


「どっか行って」


 女子生徒が杏樹を見つめ、押し殺したような声で言う。

 杏樹も彼女を見つめ返し、そして小さくうめいた。さっき廊下でぶつかった3年生。そして……やっと思い出した! 彼女は昨日、魔法屋さんで見た谷崎の浮気の証拠写真に写っていたうちの1人だ!


「この“力”、まだ上手く使えないの。貴女は関係ないでしょ? だから早く、どっか行って」


 女子生徒がかざした手を下ろし、再び谷崎へと向き直る。

 鬼気迫る雰囲気。本気で燃やす気だ、と杏樹は確信した。

 同時に、止めなきゃ、とも思った。

 昨日の一件で、谷崎がサイテー男であることはもう理解できていた。それに、彼女の激高の理由もおおよそ察しが付く。

 それでも止めなきゃならない、と。そう思った。

 けれど、けれども。どうやって?


「アンジー!!」


 激しく床を叩く内履きの音と、聞きなれた声。

 完全に腰が抜けてしまっている谷崎の、その向こう側の廊下に現れる幼馴染の姿。新太だった。


「それ!」


 新太がこちらに向かって走りながら、指をさした。杏樹から見て右手、窓側の壁だ。そちらを見れば……消火器がある。


「アンジー! それっ、早く!」

「っ!」


 咄嗟に消火器をつかんで持ち上げ、安全栓を引き抜く。

 使い方は、小学校のときに社会科見学だったかで消防署に行ったときに教えてもらっている。そもそも消火器というのは、緊急時に誰にでも扱えるよう簡単な構造になっているものだ。

 左手に持ったノズルの先を女子生徒の顔面に向け、右手でレバーを強く握る。すると真っ白な粉末が勢いよく飛び出した!


「きゃっ!?」


 たまらず両手で顔をふさぐ女子生徒。残念ながら炎を消し飛ばすほどの威力はなかったが、それでも隙を作ることはできた。


「先輩! ほら、早く立って!」

「ひえぇぇ……」

「しっかりして下さい、ほら!」


 新太が谷崎に駆け寄り、助け起こそうと手を差し伸べる。その間にも杏樹は、消火器を放射し続けた。しかし徐々に粉末の勢いはなくなっていき、やがて途切れてしまう。

 杏樹は空になった消火器を放り捨てると、悶えている女子生徒の脇を走り抜けた。そして、いまだにその場を動こうとしない男どものもとへ。


「ナニをチンタラやってんのよ、バカ新太!?」

「ごめん。でも僕の力じゃぁどうにも」


 新太が額に汗を浮かべながら言った。コイツは運動オンチの上に体力が全然ないので、体格のいい谷崎を支えるのはムリなのだろう。


「あーもう! 先輩もっ! 自分の足で立って下さいよっ!」

「そ、そう言われてもさぁ。全然力が入らねんだよぉ……」

「ったく男ってのは!!」


 カンジンなときに役に立たん連中め!

 胸中で毒づいてから、谷崎の左脇を肩に担ぐ要領で支えてやる。それを見た新太が反対側に回ると、どうにか2人がかりで動かせるようになった。


「ごほっ……待ちなさ……待ちなさいっ」


 ラッキーなことに、消火剤をモロに浴びた女子生徒はまだ動けないようだった。

 杏樹は「お断りしますっ!」と短く叫ぶと、ほとんど自分1人の力で男どもを引っ張るようにしてその場を去った。



 さて、いくら陸上部でエースをやっているとはいえ、人を担ぎながらの全力疾走というのはかなり堪えるものだった。

 まして杏樹はまだ中学2年生の、しかも女子なのだ。成人男性とほぼ変わらない体重の谷崎は重荷に過ぎる。

 どうにか廊下の反対側にある東階段にまでたどり着くことができたが、そこで体力が限界を迎えてしまった。


「も、もうムリ……」


 肩に担いだ谷崎の腕を引っぺがし、膝に手をついてゼェゼェと息をつく。

 杏樹でさえそんな有様だったので、普段からまったく運動をしていない新太の方はもっとヒドイ状態だった。谷崎ともつれるようにして床にへたり込んでいる。


「と、とりあえず、時間は稼げた、ね……」


 新太の言葉の通り、さっきの女子生徒がこちらに近づいてくる気配はなかった。消火器による一撃がクリティカル・ヒットしてしまったからだろう。

 ……あの白い粉、目に入ったり吸い込んだりしたら、身体に悪かったりしないだろうか?

 イヤイヤ、だって手から火を出すだなんてことされたんだから、こっちだって必死だったんだもの。

 それに燃えかかっていた制服の方は鎮火できたんだし、ここはどうかカンダイな心をもって許していただきたい。


「にしてもさっきのアレ、なんなの?」

「あれ? あれって、なんの、こと?」

「あんたも見てたでしょ。手が燃えて……」 

「あれは……あれはね」


 新太が少しだけ言い淀んだ。コイツにしては珍しく、表情をゆがめながら。


「あれは本来、この世界にあってはならないものだよ」

「なによそれ。ワケ分からん」

「アンジーだってとっくに気づいているんだろ? あの力の異質さに」

「んむ……」

 

 確かに、そうだ。杏樹は勉強がキライだが、それでもバカではない。

 あの女子生徒の燃え盛る両手。あれは明らかに理科で習ったような化学的な炎ではなかった。彼女の意思のままに動くような素振りさえ見えたし。なんというか、ドラクエとかファイナルファンタジーとかの『火炎魔法』とか、マンガとかラノベとかで出てくる『炎のスキル・レベル1』とかそういうの。

 そんなもの、この地球にある筈がない。……この地球には。


「ひょっとして、“魔法”ってやつ? 異界の、都市シティの……」


 異界。つまりこの地球とはまったく異なる世界。それはゲームやアニメやラノベのようなフィクションではなく、確かに実在している。

 この帝都にある“環”という、やはり現実的には存在する筈のない現象を境界とした向こう側に。

 その異界にある都市シティでは“魔法”という、杏樹たちの知る科学とはまったく違う技術が発展しているとのことだ。

 

「さぁね。出所は分からない。とにかくはっきりしているのは、あの人は危険な力をもっていて、それをこの先輩に対してふるおうとしているってことだ」


 ようやく呼吸が落ち着いたのか、新太が立ち上がった。そして谷崎を見下ろしながら言う。


「その原因について、理解していますよね。先輩」

「うう……」


 谷崎が悲痛な表情でうめく。


「さっきの人。あれはサッカー部のマネージャーだ。名前は確か、江田島妙子えだじま たえこ。谷崎先輩と付き合っているという噂でしたね」

「それが……なんだってんだよ」

「どうして付き合うくらいに仲が良かったのに、貴方に危害を加えようとするんです? 下手をすれば火傷どころじゃすまない。そんなの非合理的だ。だからきっと、何か特別な理由があるんでしょう?」

「そりゃぁ、さぁ……」


 第一中でも1、2を争う程の人気を誇る谷崎が、同じく第一中でも1、2を争う程のヘンクツな陰キャである新太に詰められている。

 昨日までの杏樹ならば絶対に信じなかったであろう光景だが、あの魔法屋さんでの情けない谷崎を見た後では……もはや意外性もなにもあったものではなかった。


「あー。新太、それよか早く逃げないと……」

「ごめんアンジー、ちょっと黙っててくれるか」

「ハァ!? 今はそんなこと言ってる状況じゃないでしょ」

「僕にとっては重要なことだ。答えを聞かないと、気になって次の行動に移れない」

「んなこと聞くまでもないでしょうがっ! この谷崎先輩がいろんな女子に手ぇ出して! それでその江田島って人が怒ったんでしょ!」

「……そうなの?」


 新太がきょとんとした表情で、杏樹と谷崎を交互に見つめる。

 昨夜に杏樹が聞かせてやった話や、今朝がたの亜子先輩とのやりとりから、大まかな事情なんて予想がつくだろうに。

 本当にコイツときたら、他人の気持ちをまったく理解できないやつだ。


『谷崎くん……谷崎くんっ! どこ行ったの!?』

「うわ、やばっ!」


 向こうから江田島先輩の恐ろしい声が聞こえてきた。もうこれ以上ゆっくりしていられない。

 いまだにうずくまったままでいる谷崎の首根っこを引っ掴み、そのまま階段を降りていく。すると谷崎の尻が、段差の角の部分に激しく打ち付けられた。それはもう、リズミカルに。


「いてててててっ! ちょ、待てって! いてぇって! あ、あ、あ!」


 振動とともに上がる、これまたリズミカルかつ奇妙な悲鳴。ちょっとだけ溜飲が下がる。

 元はといえば、このケーハク男がすべての原因なのだ。ちょっとお尻が痛いくらい何だ。

 

「アンジー。もう少し優しくしてやったら?」


 新太がのたのたと付き添いながら、見かねたように言った。


「だったら! あんたも手伝いなさいよ!」

「悪いけど無理だ。僕ももう体力が限界で」

「ああもうっ! とにかくこのまま1階まで逃げるわよっ!」


 この下には、グラウンドに直結している非常口がある。そこまでたどり着ければ、大人たちに助けてもらえるだろう。しかしそこで、またもや新太が水を差してきた。


「いいや駄目だ。それは駄目だよ、アンジー」

「はああっ!? さっきからあんたナニ言ってんのよ! シめるわよ、いい加減!」

「あの力を人に見られるわけにはいかないんだ。パニックになる」

「もうこっちはパニックでいっぱいいっぱいだっての! ってか、危うく燃やされるとこだったのよ、私!」

「そう、その通りだ。危うくアンジーを燃やすところだった。ならこのまま避難場所まで彼女を連れて行ったら、無関係の人たちを巻き込んで暴走しかねない」

「そりゃぁ……」


 言われてハッとする杏樹。でも、だったらどうすればいいのだ?

 どうにか2階へたどり着く。谷崎を放してやると、尻を抑えてのたうちまわりだした。

 ケーハク男はこの有様で役に立たないし、ヘンクツ男の方は言わずもがな。ぶっちゃけコイツらは足手まといもいいところだ。そもそも、あんなワケの分からない力を相手に、一般人である杏樹たちが太刀打ちできるのか。


「さっきのだよ」


 新太が目を鋭く光らせながら言った。


「さっきの消火器。あれは悪くなかった。物凄い力をもってはいても、所詮は人間なんだ。不意をつけばチャンスはある」

「なら、もう一度同じ手で? 通用するかな」

「恐らくしないだろうね。だから……」

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