第31話
アノーマリー1301:バスタード
種別:黒
アノーマリー1301(以下、1301)は、人類種の母体から出産された、01と近親の生物である。
1301は身体的特徴として、角、尾、翼、鱗状の皮膚などを有する。また成長した個体は、数種のアノーマリー能力を使用する例がある。
これらは明確な01との類似点であり、遺伝子的にも血縁であることが判明している。
1301の存在は、すなわち現在も地球上に相当数の01が残留しているという事実の証明である。
これら01による人類社会への侵略行為を、機関はあらゆる手段を用いて阻止しなければならない。
「あ~もう……疲れた……」
「仕方がないだろう、アンジー。魔法屋さんは僕らの都合なんて気にしないんだから……」
事務所を後にした杏樹と新太は、おぼつかない足取りで裏通りを歩いていた。2人して虚ろな表情をして、ゾンビみたいに呻く。
興味のないyoutube配信の視聴にサクラのコメント送信。ついでにスパチャも。たぶん杏樹が大人になっても、今日無為に過ごした2時間のことは絶対に忘れることはないだろう。
「それでコレ。魔法屋さんに届けたらお終いなのよね?」
事務所で渡された分厚い封筒を持ち上げてみせる。
十吉郎さんが調査した、“力”関連の事件に巻き込まれた人たちについての資料がパンパンに詰まった封筒だ。重くってメンドウだが、バッグに入らないのでこうして抱えるしかない。
「歩いてすぐの距離なのに。なんでわざわざ私たちに頼むんだろ」
「……分からない。けど、理由があるんだろう」
「理由って? ナニよ」
「僕が知るわけないだろう。自分で聞いてくれ」
めずらしく新太がなげやりに言った。
十吉郎さんの事務所も魔法屋さんのお店も歌舞伎町の端っこにあって、位置的には反対側同士だ。ちょっと遠いが、しかし歩いていけない距離ではない。
魔法屋さんはゲームで手が離せないからなんだろうけど、あの探偵さんだか弁護士さんだかが自分で届けに行かないってのは納得できないハナシだ。まぁ杏樹としては、魔法屋さんに直接文句の1つも言ってやりたかったので、この際どんな理由であっても構わないが。
しばらくふらふら歩いていると、前方に人混みが見えた。小さな公園の前にパトカーが停まっていて、それを野次馬が取り囲んでいる。
「何か事件かな?」
「そうみたいだね。見ていくかい?」
「やめとく。さっさと行きましょ」
とは言いつつも、なんとなく観察してみる。公園のトイレの出入口にブルーシートが引っかけられていて、そこにお巡りさんが出入りしているようだ。数人混じっている作業着みたいな人たちは、あれは鑑識ってヤツじゃぁないだろうか。
新太が眉をひそめる。
「ただ事じゃぁなさそうだ」
「ヤクザ同士のコーソーってやつじゃない? “サクラダモン”組ってのが、いろんなところにケンカをふっかけてるんでしょ」
帰り際に十吉郎さんがそんなことを言っていた。最近の歌舞伎町は物騒だから気をつけろ、と。事務所の前で会ったヤクザ屋さんも、きっとその“サクラダモン”組なんだ。
「どうも様子が違うようだけど……って、アンジー、前!」
「え」
視線を正面に戻すが、遅かった。信号待ちでもしていたのであろう背の高い男に衝突してしまう。その拍子に封筒を落っことし、中身を派手にぶちまけてしまった。
「す、すみませんっ!」
「なにやってるんだ、アンジー……あれ?」
頭を下げる杏樹の隣で、新太がすっとんきょうな声を上げる。つられてそちらを見ると、なんと今しがた衝突した相手はよく知る人物だった。たぶん向こうは杏樹のことなんて知らないだろうが。
「黒金会長。何故ここに?」
「中林の方こそ。こんなところで会うとは意外だな」
厳めしい顔をさらに引き締めながら、男が言った。
黒金大地。第一中の生徒会長だ。大人顔負けの身長と顔つきだが、れっきとした中学3年生。見た目に違わぬ厳格な性格で、規則にすんごくうるさい人なんだ。そのせいで悪ぶってるやつらには煙たがられることも多いけど、生徒会長をやってるってことは相応に信頼されてもいるんだろう。
黒金会長は岩みたいな顔を杏樹の方に向けると、軽く頭を下げた。
「すまなかったな。ボーっとしていて、よけそこなった」
「いえ、ぶつかったのは私ですから……」
「それより、落としたぞ」
ジーンズが汚れてしまうのにも構わず、黒金会長が膝をつく。杏樹が散らかした書類を拾ってくれるようだ。
おお、やさしいなぁこの人。会長として信任されているのも、こういう人柄だからなのかも。
「ん? なんだこれ。ウチの生徒じゃぁないか。これも、こっちも」
「あわわわわっ! なんでもないですっ、なんでも」
「いやしかし……」
「どうかお気になさらず!」
眉根を寄せる黒金会長から書類をひったくる。
十吉郎さんの調査報告書。中身はほとんどが第一中の生徒のことばかりだ。見られたら怪しまれるに決まっている。
「ちょっと新太、手伝って!」
立ち尽くしている新太に援軍を要請する。しかし新太はなぜか、黒金会長をじっと見つめたままだった。杏樹の呼びかけが耳に入っていないのか、じっと考え込んでいる。
「新太? 新太ってば!」
「ん、ああ」
「ナニをボケっとしてんのよ。あんたも拾うの手伝いなさいよ」
「そう、そうだな。うん」
ようやく正気に戻ったようで、ぎこちなく書類を拾いだす新太。なんなんだ、コイツは。とにかく2人で、黒金会長には触らせないよう大急ぎで封筒の中に押し込んでしまう。
「それで? 君らはここで何をしているんだ」
杏樹が片づけ終わったのを見計らったように、黒金会長が問うてくる。ときどき第一中の校門や廊下ですれ違うときに見る、生徒会長としての顔だ。不正や誤魔化しは許さないぞって、そこにはっきり書いてある。
さて、何と言って切り抜けようか。こんな怪しいモノを持っているのがバレていては、そう簡単に見逃してはくれまい。
そこで新太が口を開いた。
「デートをしているんです」
「そうそう……って、違うっ!」
即座に新太の後頭部を一撃。続いてヘッドロックを決めつつ道の端へと引っ張っていく。
「痛い! よせよ、アンジー」
「あんたこそ! よりにもよってそんなイイワケを!」
「これが一番自然だろう。それとも、十吉郎さんや魔法屋さんのことを正直に話せとでも?」
「だからって! あんたに都合のいいハナシを捏造されちゃぁ堪んないわよっ」
「……おい。さっきから何をゴチャゴチャ言ってるんだ? さっきの書類、ちょっと見せてくれ」
しびれを切らした会長が大きな手を伸ばしてくる。
「ごめんなさ~い。お待たせしました~」
ちょうどそこに新たな人物が割って入ってきた。
モタモタと走ってくる女性が1人。こちらもよく知る人物だった。そして今度は、向こうも杏樹のことをよく知っている。
「あら? 杏樹ちゃんじゃない。奇遇ねぇ、こんなところで会うなんて」
「亜子先輩こそ! どうしてここに?」
チャンスとばかりに新太に封筒を押し付け、息をつく神田亜子先輩のもとへ駆け寄る。
そろそろ寒くなってきたからか、チノパンとセーターの上にグレーのコート。地味だけど、先輩が着ると落ち着いたカンジが出て良く似合ってる。でもコートの方はちょっと厚手なので、身体のラインが隠れてしまっているのがもったいないなぁ。
「ちょっとねぇ。用事があって、会長と一緒に来てるの」
亜子先輩が、杏樹の頭をなでながら言った。
「用事って……あ! まさか会長とデートですか!?」
「ち、違うわよぉ。そんなんじゃないわぁ」
腕をぶんぶんと振りながら真っ赤になって否定する亜子先輩。くそう。カワイイなぁこの人。
ニヤニヤしてると、黒金会長が大げさなため息をついた。
「純粋に生徒会としての仕事だ。いちいち下世話な話にもっていくのは関心しないぞ」
「生徒会関連の? 僕は聞いていませんが」
そこで新太が問い返した。そういえばコイツも生徒会所属だったっけ。その上、学力テストで5位って……うわ、やっぱハラ立つなコイツ。
「なにか学校で問題でも起きたんですか? 僕にもお手伝いできることが」
「いや、それは……」
「私たち、お見舞いに来たのよぉ。西住さんの。彼女のお家、このすぐ近くでぇ」
言葉につまる会長を見かねたのか、副会長が助け舟を出す。
西住。ピンとこない名前だった。だが新太は知っていたようで、驚いたように目を見開く。
「西住花梨さんですか? 彼女、どうかしたんですか」
「最近ず~っと学校をお休みしているのよぉ。だから会長が心配して、様子を見に行こうって」
「そうですか。それで、元気そうでしたか」
「会えなかったのよぉ。お家を訪ねてみたんだけど留守みたいでぇ」
「そうですか……」
再び新太が考え込む。さっきからなんなんだ、コイツ。
「でもそれなら、どうして2人が行くんです? そういうのって、普通は担任の先生とかの役目では」
そのもっともな指摘に、今度こそ黒金会長が押し黙った。明らかに言いにくい事情があるらしい。苦しそうに目だけで亜子先輩の方を見る。
すると亜子先輩は、なにかを察したようにポンと手を打った。
「それがねぇ。西住さん、妊娠しちゃったらしくってぇ」
新太が「えっ」とうめく。
会長が「神田、よせっ」と小さく叫ぶ。
亜子先輩が「えっ! 違ったんですかぁ!? ごめんなさぁい」と慌てて口を両手で塞ぎ、困ったように笑う。うむ、カワイイ。
そして杏樹は、「ニンシン……」と繰り返した。
妊娠。
妊娠?
妊娠!!
それって、女と男がアレコレやって、赤ちゃんができちゃうってソレだよね!?
でも西住さんって同じ中学生だよね!?
えー!? えー!? どうなっちゃってんの!?
「どどどど、どういうことですか、それっ!?」
「声が大きい。まずは落ち着いてくれ」
「はぁ、は、は、はいっ」
「……仕方ないから話すが、絶対に口外するなよ」
「もももっ、モチロンですっ」
ちょいコーフン気味にうなずく。不謹慎だとは思うが、そんな気になる話を聞いてしまってこのままサヨナラとはいかない。
4人はすぐそこの小さな駐車場へと移動した。人がいないのを確認してから、会長がこれ以上ないくらいに険しい顔つきで説明をしてくれる。
「最初に気づいたのは神田だ。同じクラスで仲が良かったからな。2ヵ月前くらいから西住が体育の授業を休むようになって、授業中もよくトイレや保健室に行くようになった。そのうちにその……体型がな。はっきりと……」
「あー。お腹がおっきくなっちゃったんですね!?」
「だから声を落とせ。……まあ、そういうことだ。ついには学校にも来なくなった。幸いと言っていいのか、先生方はまだ事態を把握してない」
「バレてないんですか? でも、ご両親とかは知ってるはずでしょ? 学校休んだら連絡がいくだろうし」
「それがな。西住のご両親、あまり家に帰ってないらしいんだ」
「お仕事が忙しいんですって。『家に帰ってもいつも1人だ』って、さみしがってたわぁ」
と、亜子先輩が補足してくれた。
なるほど、それでは様子が変だったとしても気づかれなかっただろう。ひょっとしたら学校でも、クラスメイトである亜子先輩くらいしか相談できる相手がいなかったのかもしれない。
「とにかく、このことは絶対に誰にも言うなよ」
黒金会長はしつこく念押しすると、亜子先輩を連れて行ってしまった。
それを見送りながら杏樹は、イヤハヤとんでもないハナシを聞いてしまったなぁなどと独り言ちた。
“力”関係のトラブルだけでもとんでもないのに、まさか中学生で妊娠だなんて。相手はどんな男なのだろうか? まさか同じ第一中の生徒だったりするのかな?
「ねえ新太……新太?」
新太は答えなかった。
ただ顔を真っ青にして、しきりになにかを呟いていた。
十吉郎が魔法屋との電話を終えると、ちょうど事務所の扉を叩く者があった。返事をするよりも先に中へ入ってくる。昼間も来たどこから見てもヤクザのような風体の男だった。
「アニキ! お話ししたいことがありやして!」
「また来やがったな、ヤニカスが」
嫌悪も露わに口の端をゆがめると、男は歯を見せながらニカッと笑った。
「コンビニのトイレで歯ぁ磨いてきました! あとブレスケアも!」
「つーか、アニキはやめろって何度も言ってるだろうが」
「す、すいやせん。でも俺にとっては、アニキはいつまでもアニキですから」
「分かったから座れや。コーヒー淹れてやっから」
「ウッス! ゴチになりやす!」
男がいそいそとソファーに腰かけるのを見て、十吉郎は苦笑した。
『親父のように立派になりたい』と言っていたときから変わらないやつだ。ガキの頃なら可愛げがあったが、30過ぎのおっさんになってもこの調子でなついてくるから少々気持ち悪い。
「そういえばお前。こないだの昇進祝いに買ってやった靴はどうした?」
キッチンスペースに向かいつつ訊ねる。
「まだそんなスニーカー履きやがって。捨てっちまえよ」
「いえそんな。まだこれ、いけますって。それにあの靴、ウン十万もするヤツでしょ? 汚したくねぇんですよ」
「ヤクザどもだって身だしなみには気を遣うんだぜ。そんなんじゃぁお前、連中に舐められるぞ」
「でも俺、外回りが多いですし。やっぱりこっちの方が性に合うんでさ」
へへへ、と頭をかきながら男が笑う。やっぱりガキのままだな。
「んで? 話ってのは?」
「へぇ。つい3時間ほど前のことなんですがね。すぐ近場の公園に死体が遺棄されてまして」
「……そりゃ物騒なこったな」
十吉郎はつまらなそうに応じ、ヤカンを火にかけた。
昔に比べればずいぶん治安が良くなったと言われるが、それでもここ歌舞伎町ではトラブルが絶えない。暴力団などの組織的な抗争はもとより、個人レベルの下らない喧嘩が刃傷沙汰に発展することだってしばしばだ。そりゃぁたまには死体だって出てくるだろう。
ただ、たったそれだけのネタのために、この男が十吉郎のもとへやってくるはずがない。
黙って先を促すと、男は少しだけ言いにくそう声音を落とした。
「遺棄された死体ってのが、出産されたばかりの赤ん坊らしくてですね。しかも被疑者が、まだ14の娘で」
十吉郎は嫌悪感も露わにうめいた。
「ひっでぇ話だな」
「ええまあ。ですがよくある話ですよ。ガキがガキこさえて、どうにもなんなくなって。切羽詰まって公園のトイレに流そうとしやがったんで」
「……ひっでぇ話だ」
ほんの数年前まではランドセルを担いでいたような子どもが、おそらくは不本意な妊娠をして。
相手の男にも親にも救いを求めることができなくて。
それで結局、自分が産んだ子どもを自分の手で殺して。
挙句、その亡骸を便所に捨てようとして。
とことん救いようがない、酷い話だ。そんなものが“よくある”などとは、まったくもってこの世の中というやつはクソだ。
「耳が腐りそうな話だ。で? まさかそれで終わりじゃぁねぇよな」
「そ、それがですね。遺棄された赤ん坊なんですが」
よほど言いにくいのか、男が大きく深呼吸をした。長い間隔に軽く苛立つ。だがそんなものはすぐに吹き飛んだ。
「頭に角が生えてたらしいんですよ」
完結目指して来年も頑張っていきます。
読んでくださった皆様、よいお年をお迎えください。




