第30話
アノーマリー127―A:スレイブ
アノーマリー127―A(以下、127-A)は、127との2度の契約を経て隷属化した人間である。
127-Aは127のアノーマリー的性質によって支配されており、しばしば本人の意思に反して127の意思を代行する。しかし完全に意識を剥奪されているわけではなく、127-Aの精神や身体機能は、契約以前から変化していない。
127がいかなる目的で127-Aを徴用しているかは不明であるが、これが人類社会への侵略の一環であるとする研究データもある。
アノーマリーなる怪しげな現象を引き起こす原因が、第一中に“ある”のではなく“いる”。この探偵さんだか弁護士さんだかは、そう言った。
“ある”のと“いる”のとでは大分ニュアンスが違う。それだとつまり、事件を引き起こしているのが自然災害みたいなもんではなくて、意思をもつ何者かということになるではないか。
「そ、それって……」
ごくりとつばを飲み込み、十吉郎さんの次の言葉を待つ。
ちょうどそのとき、事務所の扉が開いた。
「失礼します」
現れたのは新太だった。
さきほどまでの憤怒はどこへやら。すました顔で入ってくると、さも当然とばかりに杏樹の隣に腰を下ろす。
……いや。私たち、さっきまで喧嘩してましたよね? あんまり自然なんで、一瞬忘れてたけど。
「お待ちしてましたよ、新太君」
モジモジとソファーの端へ移動する杏樹を一瞥しつつ、十吉郎さんが笑う。
「珍しいものですね、貴方が遅刻とは。しかも連絡もなしに」
「……ちょっと、うっかりしていて。失念してしまいました」
「まぁ、詮索はしないでおきましょう」
十吉郎さんが意味深な笑みを浮かべながら立ち上がると、キッチンへと向かった。新太の分のコーヒーを淹れるようだ。
ってか、さっきから気になってたんだけども。
「あー……その。新太?」
「なんだい」
不機嫌さなど微塵も見えない様子でこちらを見る新太。クール・ダウンとやらは完了したらしい。切り替えの早いヤツだなぁ。ま、それならそれで、こっちも引きずらなくてイイけど。
「ひょっとしてあんたさぁ、十吉郎さんと知り合い?」
「そうだよ。魔法屋さんと同じくらい」
「どーいう接点?」
「端的に言えば依頼だよ。依然ちょっと、困っていたところを助けてもらってね。それからずっと付き合いが続いている」
「ふーん……?」
それって探偵と弁護士と、どっちの方に依頼したのだろうか? そもそも、まだ子どもである新太が探偵だの弁護士だのにどんな仕事を頼むというのだ?
そういえば魔法屋さんとの付き合いについても聞いていなかったが、コイツの交友関係って、どーなってんだろ?
そんなことを考えていると、デスク上で突然けたたましい音が鳴った。学校の火災報知器に似たベルの音だ。PCの隣の、箱状の物体から響いてきている。
一目見たときから気になっていた、あの奇妙な物体。あれ、何だろうか。
こちらからの角度ではよく見えないが、でっかい蓮根みたいなのが張り付いた箱の上に、垂れたネズミ(ディズニーのアレ!)の耳みたいなのが乗っかっている。で、その耳の端からケーブルが伸びていて、それが箱に繋がっているのだ。
時計の一種なのだろうか? と思って見ていると、キッチンから飛んできた十吉郎さんがネズミの耳をガチャンと持ち上げた。そしてそれを顔にあてて、「はい、藤宮弁護士事務所です」なんて言う。
「え。アレってまさか、電話なの?」
「ダイヤル式だよ。穴の開いた円盤があるだろう? あそこに指をいれて、くるくる回すんだ」
「うっそぉ。旧世代の遺物じゃぁないの」
いまどきプッシュホンでさえ滅多にないのに、ダイヤル式だなんて資料映像なんかでしか見たことがない。博物館クラスのシロモノだ。
「あ、レイコさん?」
珍しいので見つめていると、急に十吉郎さんの顔が青ざめた。どうも電話の相手がマズイ人だったらしい。落ち着きなくこちらに目くばせをし、ボソボソと小声で話しだす。
「あの、前にも言ったんスけど。仕事中に電話してくるの、本当にやめてもらえません? ……いや、職場の電話はもっと駄目ッスよ! ……はぁ? 今からッスか? いや……勘弁して下さいよ! そんな……えぇ!? あーもう……」
十吉郎さんが、「ったく、あの女どもは!」などと呻きながら受話器を置いた。そして懐からスマホを取り出す。あ、ちゃんと現代の電話も使えるんだ。
「悪ぃ。お前らもスマホ出せ。youtubeだ」
「え? 急になんですか」
ってか、口調。元に戻ってる。
やっぱりこっちの方が素なんじゃぁないの。
「知り合いが今から配信始めるんだ。人数稼ぎして欲しいんだと」
「はぁ!?」
「いや本当、迷惑なのは承知してる。だが黙って聞いてくれ。いいか? 『ゼロちゃん☆ねる』で検索だ」
☆(ほし)の部分を心底嫌そうに言いながらスマホをタップする十吉郎さん。その異様な悲壮感に不審がりつつ、杏樹も新太もスマホを取り出し操作した。
検索結果が出た。始まったばかりの配信が1つある。閲覧者は100人もいない。これでいいのかな? とにかく視聴開始。
『……というわけで、今日もゼロちゃんがゲーム実況していきますよ~!』
可愛らしい声と同時に、画面に3Dモデルのキャラクターが現れた。
どっかで見たようなとんがり帽子をかぶった、ピンク色の髪の女の子。ゲームのコントローラーをつかんだ手をぶんぶんと振っている。
「え、コレ……まさかVtuberってやつですか!?」
「ああ。そーだよ」
十吉郎さんが死んだ魚のような目で答える。
「うっそぉ。いまどきそんな……今はAItuberでしょ。時代遅れぇ」
「言わんでやってくれ。20年以上も頑張って続けてんだ。チャンネル登録者数は全然増えんが」
「20年も!?」
「すごいな。それだけ長く続けられるなんて関心だ」
と、新太がしきりにうなずく。いや、あきれるでしょ。フツー。
杏樹たちが生まれるよりも昔は、ゲームや日常生活の様子を配信するyoutuberが大勢いたらしい。それも大人だけでなく、杏樹たちみたいな子どもなんかもやっていたとか。
しかしここ10年ばかりの間に、利用規約の改定やら供給過多やら中の人の加齢やら不祥事やらで、“人間によるyoutuber”はほぼ死滅した。
代わりに台頭してきたのがAItuberだ。文字通りにAIが配信するyoutuber。女性タイプも男性タイプも、大人も子どももイロイロいる。
このAIのすごいところは、ほとんど24時間休むことなく配信ができることと、視聴者一人ひとりに対して細かく応答してくれるところだ。いつ、どんなときにどんなコメントを送っても、即座に必ず適切かつ個別に返答をしてくれる。それも人間並みに情緒的にだ。
おまけにAIだからカレシ、カノジョとか不祥事とかもないし、年を取ることもない。人間のyoutuberではどうやったって太刀打ちできないのだ。
それなのにこの『ゼロちゃん☆ねる』とやらは、勝てっこない相手がいる中で、20年間も。
確かにそれだけ長く続けていられる精神性はある意味スゴイが、それでこの視聴者数っていうのはなんとも……。ってか20年って、この人いまいくつなの?
『今日はスペシャル・ゲストを呼んでますよ~。日曜の昼なのにヒマしている皆さんを、私たち2人の魔法で幸せにしてあげますからね~』
画面の中で、ゼロちゃんとやらが言う。
ヘンなあおり文句だ。それに魔法ってのがどうもひっかかる。
眺めていると、コメントが流れていく。『うるせえぞババア』とか『お前こそ遊んでないで働け』とか。なんとも心無い。
それをゼロちゃんがわざわざ声に出して読み上げ、そして激高した。
『あ!? なんですか、まったく! この私に向かってなんて口の利き方を!? 怒りますよ!? 悪い魔法かけますからね、いいんですか!?』
すると、『おうやってみろ』だの『はやくしろBBA』だのとあおりだす視聴者。なんとも雰囲気が悪い。AItuberの配信なら、こんなことにはならないのに。
ゼロちゃん(の3Dモデル)が怒りでぶるぶる身を震わせると、大声でわめいた。
『もう許せません! イリっち! やっちゃってください!』
『へーへー』
ゼロちゃんの横に、新たな3Dモデルが現れた。どうやらこれが、スペシャル・ゲストらしい。
ゼロちゃんと同じく、とんがり帽子をかぶった栗毛色の髪の少女。ドレスみたいな黒い服を着ていて、手には木の杖を持って。まるで魔法少女みたい……って、んん? この女のコのモデル、どっかで見たことあるな~?
『ほーら視聴者ども、豚になーれ』
新たに現れた魔法少女のキャラクターが、なんともやる気のない様子でクルクルと杖を振る。するとコメント欄が一斉に『ぶひー!』だの『もっとお願いしますぶひぃぃ!』だのという汚らしい豚の鳴き声で満たされた。
ど、どうなってんだこの配信は。しかもどうやらこの一連の流れ、慣例行事であるらしい。機嫌を良くしたゼロちゃんが、腰に手を当て高らかに勝利宣言をした。
『はっはっはっ! 私たちの力を思い知りましたか!?』
『どーでもいーけどさぁ、ゼロっち。はやくランクマ行きましょうよ。私、今日中にダイヤ帯に入りたいのよね』
『おーっと、こりゃ失敬! でわでわ、始めましょうか!』
そして始まったのは、やはり以前どこかで見た覚えのあるFPSってゲームだった。
もう間違いない。このスペシャル・ゲスト、魔法屋さんだ。あの人、この配信で忙しいからって私たちに仕事をさせてるのだ。
……信じらんない!
結局『ゼロちゃん☆ねる』とやらの配信はたっぷり2時間続いた。
上手いんだか下手なんだかよく分からないプレイをぼんやり眺め、ときたまサクラのコメントを書き込み。大変充実した日曜の午後を過ごした杏樹の精神は、事務所を出るころには摩滅寸前にまで追い詰められることとなった。
2人の少年少女を事務所から送り出すと、十吉郎はデスクについた。
受話器をとりダイヤルを回すと、コール音が鳴る。1度、2度。相手は出ない。5度、6度。辛抱強く待ち続ける。10度めでようやく反応があった。
『……なによぅ』
何度も聞いた、少女の気だるげな声。魔法屋の店主だ。電話取って第一声がそれかよ、このババァが。
「頼まれた仕事が終わったぜ。あの2人、すぐにそっちに行く」
『あらそう。ご苦労様』
「……それだけか?」
『なによ。他にもなにかあるの』
「気に入らねぇな」
そっけない返答に、十吉郎は唸った。
十吉郎は、この魔法屋に対して個人的に大きな借りがある。だから彼女からの依頼には可能な限り従ってきた。
だが今回のは駄目だ。十吉郎の信条に大きく反する。
「なんでわざわざガキを使うんだ? もっと他にやりようがあったろう?」
十吉郎の問いに、電話機の向こうで少女は言った。
『最も効率的だからよ。それに“やつら”も馬鹿じゃぁない。アタシが表立って動けば警戒する。もっと厄介なことになるかも』
「だからって、あいつらを囮にするようなやり方は気に入らねぇ」
『……アンタもやつらのことは分かってるでしょ? やつらがどれだけ悍ましいか。どれだけ残忍か。その目で見たでしょう?』
「ああ、まぁな」
“大災厄”のときも、それよりもっと昔のときも。やつらの習性というか本質というか。そういうのは見てきたつもりだ。
やつらは他者に対してとことん残酷になる。そして創造主に似て、本能に忠実で衝動的だが、それでも馬鹿ではない。だから今も、人間社会の中にとけ込んでいる。20年以上もだ。
やつらが相手となれば、魔法屋がこんな手段をとるのも理解はできるというものだが。それでも十吉郎には納得できなかった。
『アイツらを野放しにする時間が長けりゃ長いほど危険なのよ。多少の無茶は承知の上よ』
「しかしあいつらだって、あんたが守ってくれようとしている第一中の生徒だ。わざわざ危険な目に遭わせることは……」
『守る……守るですって?』
「ああ、そうだよ。違うってのか。だってあんたは……」
突如、受話器から響いてくる笑い声。老人がするような乾いた笑いに、十吉郎は思わず息をのむ。
『何を言ってんの? はじめっから全部、アタシのためにやってるに決まってるじゃぁないの』
「なっ……!?」
『あの子たちだけじゃぁないわ。アンタを含め、アタシが集めた手駒たち。ぜーんぶ、アタシのために利用してるだけよ』
次回の投稿も頑張ります。




