第九話
ナニかが、視えた。
熟れ過ぎて、今にも落ちてきそうな実や、まだ橙といったところの実。暖色の実が垂れ下がった不気味な『樹』の横に。
「ちょっと、ま、て」
元は白だっただろう、褐色に汚れた、蔦が這いずり回っている、四角い箱状のソレが。
「しろ、い…はこ? は、こ? い、いや、は、はは」
気のせい。そう、気のせいだ。俺の視界には樹しかない。樹だけが映しだされている。
けども、像が脳裏に張り付いて剥がれない。
一瞬だけ捉えたソレが、脳に張り付いて張り付いて張り付いて剥がれず鮮明にさらにせんめいにつよくつよくさらにつよく。
「はは、ははは」
皹が入ったガラス窓の奥は暗く、中に何があるのか見ることができない。
正面にあるスロープの先には、これまた巨大な皹が入ったガラス扉がるけども完全に閉まっていて、埃なのか土なのか蜘蛛の巣なのか、とにかく長く放置されてると、一目で分かる状態で。
「はははははははは」
違う。
それは、ただ、俺の頭の中だけに浮かぶ光景の、はず。
「ははははははははははははは」
はずなのに、その扉が一人でに触ってもいないのにかすかに鈍い音を脳内で立て動いて指一本はいるかどうかの隙間が出来てそこから今にも誰かの指が伸びてくるようなでもそれは俺の頭の中であって外にここは現実でも頭の中から……
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
尋常じゃない音が聞こえてくる、一体何の音…と思う間もなく、理解する。
それは声で、発生源はとても近くで。
「ああああ、あっ? あ? あ? あ、っと……?」
思い切り叫んでた。
俺が。
全力で。
今まで出したことないほどの声量で。
「なんで………俺…?」
アホみたいに叫んでるのに気づいて、気付いて慌てて口を閉じる。どれだけ叫んでたのか、咳が出る。
「待った待った」
周囲を確認。よし、誰もいない。いや、いないからって安心できない。
この樹の周りには、他の樹はおろか、建物一つない。
だから、小さな音でも声でも、大分離れた場所まで、聞こえてきたりする。
つまり。
つまり、ご近所さんたちに俺の奇声、全部聞こえてんじゃね?
そういうことだ。
「ちょっちょっとうそだろおちつけおちつけおちつけおれ」
一瞬にして、現実に引き戻された。ついでに血の気も引いてきた。
これは…アレだ。生暖かい眼差しをもらうか、引かれて冷たい対応されるか。
俺自身でさえ、どうして叫んでたのか分からないってのに、昨日奇声あげてたけど、どうしたの? だなんて聞かれた日には……
「うわ、うわあ……どどどうすんだよ、いや、どうすんだよ」
そ、そうだ! 恥ずかしいとかどうでもいい。
どうでもいいから、まず俺が考えなくちゃならないことがあって、だからそれで叫んで、つまり俺がすることは、ええと……ええ、と?
「なんだっけ?」
考えるようなこと、あったか?
叫びすぎて、大事なことをすっかり忘れてないか?
すごくすごく大事なことだったのに、ソレを忘れて全力で絶叫して。
「アイツのこと、だったよ、な?」
確かに、行方不明になった友人のことは、大事だ。けど、それ以上に大事で重大で…
「ああ思いだせねえええっ!」
叫んでも思い出せないものは思い出せない。
空しく消えていく俺の声に、虚しさを感じて、これ以上考えることを止める。やめだ、やめ。
「大体、アイツがいなくなったのが悪いんだっての。ったく、叫んだのは俺のせいじゃねえし…いや、叫んだの俺だけどさ……」
どうしようもない思いを抱えたまま、最後にもう一度、八つ当たり気味に樹を睨みつけ、後にした。




