第四話
多少の力ではびくともしない、ガラス扉。
思い切り力を込めて、やっと開いた隙間に半身を滑り込ませ、診療所の中へ足を踏み入れる。
途端、床に積もった埃が舞い上がる。手で口を覆い、周囲を見回す。
「あれ?」
近所にある診療所を思い浮かべ、二度、三度と確認するが。
「受付…ない、のか?」
どの病院、診療所でも、入ってすぐが受付兼待合室になっているものだと思っていたから、まさか入ってすぐ、医師の診察台と診察机が置いてあるとは、予想もしなかった。少し裏切られた感じだ。
まあ、町というほど大きい場所でもないし、飛び込みで患者が来ても知り合いだろうし、こんなものかもしれない…と自身を納得させる。
ざっと見たところ目ぼしい物もなく、そのまま部屋の奥へ続くだろう、両開きの扉に力を入れて、左右に開く。
「…………」
ここは、外からでも確認できた通りの光景が広がっていた。
左右にベッド。枕が全部壁、つまり頭部が窓へ向くように置かれている。それぞれを区切るように、長いカーテンが垂れ下がっているところもある。
「………」
やはり埃だらけだが、何か無いだろうかと、一応探索してみる。
懐中電灯を用意していて良かったと安堵しつつ、それを点灯しつつ左右に振る。
「まあ…ないか」
いつ放棄されたのか分からないが、驚くような何かが落ちていた、ということもなく、部屋の端までやってくる。
文字通り、ベッドと仕切り台しかない殺風景な部屋で、それ以上の、棚もなければ、点滴台みたいな医療器具もない。
突き当たりには、すりガラスの扉があり、試しに少し開けてみると、外の暗闇が飛び込んできた。
「………」
扉を閉め、閑散とした部屋で、立ち尽くすこと数分。
やはりこれ以上なく、何か起きる気配もない。樹の傍らにあるからか、耳が痛いほどの静寂。
この場所は諦め、入り口、診察室に何かないか、と探索するために戻る。
と。
「……なんだ?」
懐中電灯片手に棚を開き、机の引き出しを強引に開け閉めし、床や壁、天井など周囲を探っていると、視界の端に何か白いモノを捉える。
光源をそこへ回し、注視する。
「四角い…ノートか?」
最初入ってきた時には気付かなかったが、机の上に置かれていたのは、一冊のノート。
少し黄ばんでいるが、白い表紙のノートだ。それなりの厚さがあり、試しに持ち上げてみれば、少し重い。
ノートの横に置かれた丸い物体も気にはなるものの、まず、ノートの表面に積もった埃を払い、咳込みつつ、ぱらぱらとページをめくる。
軽く見たところ、ほとんど最後まで空白なく書き込まれているようだった。
「さっき、あったか…? これ」
疑問に思うも、内容が気になる。ここには誰もいない。そして、時間はある。
決心し、埃塗れの椅子に腰掛け、題名も何も書かれていない表紙を、めくった。
『……日。先日の××は失敗。××××と××は干渉しあう関係であることは論文、実験で確認済。
××××から××を切除すればよい、という単純な話ではないことが、はっきりした』
所々かすれ、判別が付かない文字が並ぶ、日記のような中身。
突然始まった話に、当然理解できるはずもなく、頭は疑問符で埋め尽くされる。
が、とにかく、先へ、先へ。読み進めていく。
『……日。×××術も失敗。××という、個々に依存するものを、等しい強さで感じることはやはり不可能か。
否、諦めてはならない。今度は××と××の間を切断し、確認する。まだ×××はいる。諦めてはならない』
「………」
どうやら、このノートを書いていた人間は、何らか治療のようなことをしていて、失敗続きだったようだ。
具体的に何をしていたのかは、文字がかすれていたり、意図的に塗り潰されていて理解出来ないが、淡々と続く文字に、どことなく不穏な気配が漂ってくる。
その後の頁も、何々術は失敗した次は何々をする、という、半ば定型文と化した結果が続くだけ。
けれど、その方法はどれ一つとして同じではなく、一つの結果に向かって何回も、何十回も『何か』が行われ失敗し、それでも続いていくのは、静かな狂気を感じる。
過去の記述を追っているだけの僕でさえ、ノートの内容を前に、胃が重く、憂鬱になってきている。
「………あ」
それでも読み進めて、どれほどの時間が経っただろうか。
時折、短くはない休憩を挟みつつ、気がつけば、窓から月灯りではない光が差し込んでいた。
「……帰らないと」
日の光を感じ、ふと、現実に戻ってくる。
読みかけのノートの端を、どうせ誰も見やしないだろうと栞代わりに折ると、僕は静かに診療所を後にした。




