第一話
俺の、村に片足と半分突っ込んでるが町と主張してる町には、代々言い伝えられてる掟がある。
『樹に近づいてはならぬ』
それだけだ。
もちろん、『樹』というのは普通の、そこらに生えてる木のことじゃない。
町…外れに、そこだけ周囲に何もない広大な土地がある。そこに、ぽつんと生えてる巨大な樹のことだ。
「ここ通るたびに思うけど」
学校からの帰り。
俺と友人の二人で、その樹を遠巻きに眺めてたら、隣からぼそりと、心底どうでも良さそうな声が聞こえてくる。
「寄るな近づくな関わるなって言うなら、柵付ければいいのに」
「確かに」
特に理由もなく、なんとなく立ち寄ったこの場所で、特に理由もなく、なんとなく呟かれた言葉。
やっぱり理由もなく、なんとなく頷く俺に、友人もなんとなく続ける。
「なのに、父さんも母さんも近づくなって。それしか言わない」
「そういや、理由聞いたことなかったな。ま、近づいたら近づいたで、爺ちゃん婆ちゃんたちが鬼の顔して飛び出してくるから、いらねえんだろ、柵」
「ああ、婆ちゃんたちがいたか。婆ちゃんたちもさ、よく飽きもせず、四六時中監視してるな」
実際、立ち止まったこの場所から一歩でも前に出ようものなら、今言ったことが現実となったりする。
子供の頃から幾度となく怒鳴られた経験から得た、無駄過ぎる知識だ。
「…ところで、この樹、大きくも小さくもなってない気がするんだが。お前、どう思う?」
「小さ、って小さくなったらホラーだろ!」
脈絡もない問いかけに、苦笑しつつ横向けば、友人は意外にも、真剣な顔で樹を見つめていて、続ける。
「あの実の位置も、変わってないよな」
「そんなん覚えてるワケ……変わってないのか?」
樹の幹は奇妙なほど凹凸がない。普通なら、枝が分かれてたり虫がいたり鳥が巣穴を作りそうなものだが、そういうものが一切ない。
濃い色の幹がずっくと伸び、その先に青々と茂った葉が続き、時折赤く丸い実が垂れ下がっている、そういう樹だ。
子供が書く『果物が生ってる木』そのものだと思って、間違いじゃない。
ぶっとい焦げ茶色の棒があって、上の部分に円形の緑があって、緑の中に赤い丸がいくつもある。そんな樹だ。
「写真も撮らせない、絵も書かせない、なのに、町の案内には堂々とシンボルだなんだの説明あるって、おかしいよな? つか、普通、樹の位置ならまだしも、実の位置なんて覚えてねえだろ」
「僕は分かるけど」
「あのなあ」
分かって当然、みたいな目を向けてきた友人に、冗談だろと笑い返してやる。
「大体だな、そんな記憶力あったら、この間の小テストで、あんな点数とらねえって!」
途端、隣からの視線が露骨に冷ややかになる。
「……自慢するなよ。どうやったら、授業前半でやったこと、ほとんど忘れられるんだ。熱心にノートとってたのに、二十点中、五点。お前は笑いが取れて良かったのかもしれないが、先生、顔引きつってたぞ」
「な、なんだよその目! 居眠り落書きしてねえって、お前も知ってるだろ! 俺きっちり真面目に授業受けてたから!」
「じゃあなにか、真面目に授業受けてその点数か………やっぱり頭、おかしいんだな」
「やっぱりってなんだよ! やっぱりって!」
完全に可哀想な存在前にした顔して言うんじゃねえ!
「テストの話はいい! で? あの実の位置が変わってなかったら、何かあるのかよ」
「次は満点とって、先生安心させてやれ……いや、別に何もない」
「ないのかい! って、おい! 待てよ!」
意味深な発言するから、何かあるのかと思えば、これだ。
友人はもう樹に興味も無くなったのか、歩き出し、慌てて俺も後を追う。