第五章 悲恋2
深月の命と引き替えに、全員の闘争心が奪われたその矢先。
「もう、やめてぇぇえっ!」
身をよじり、掴まれた髪が抜けるのも恐れず、両手でジャゲを突き放す深月。目に見えない力に押され、弾き飛ぶジャゲ。それはまるで気功か合気道のようだった。
――まさか、子供のときの力が発動したのか?
念動力。
地元の少年たちから聞かされた話が、今、現実となって目の前で起こってしまったのだ。一同がその超常現象に気を取られていると、再生体がトオルたちを押し払い、一直線に深月に駆け寄ていく。
「ミヅキッ!」
「一里塚さんっ!」
トオルも一歩、出遅れながらも後を追う。同時に深月がヘナヘナと崩れるように、その場に尻もちをついた。
「あはは……。また、やっちゃった……」
教師を死に追いやってしまった呪わしき能力。両手で顔を覆い、自責の念に震える深月の肩を再生体が抱いた。
「ああでもしなければ、ミヅキが殺されていたのだから、気にやむことはない」
そう言って再生体は深月を抱え上げた。女の子の誰もがトキメクお姫様だっこ。その突飛もない行動に、トオルは怒りを覚えた。
――ドサクサに紛れて、何してんだっ!
「再生体っ! 一里塚さんを下ろせっ!」
気付けば再生体の傍らで、長い尻尾と体毛を逆立たせ、両手の爪を伸ばして威嚇していた。煮え滾る血液が体中を駆け巡り、考えがまとまらないままトオルは再度警告した。
「聞こえないのかっ? 一里塚さんから離れろって言ってんだよっ!」
しかし深月の口から思い掛けない言葉が零れた。
「敷常くん、もうやめて……」
再生体に抱えられたまま哀憐の瞳を向ける深月に、トオルは胸くそ悪い不快感を覚えた。
――な、何で? どうして、そんな目で僕を見るんだ?
見せつけられた悪夢にヘドが出そうだった。
「この人は敷常くんが思っているような悪い人ではないよ」
再生体を全面的に信用して身を委ねる深月に、トオルは目眩を覚え、膝を折った。
――何で……何でなんだよ……。どうして、こうなるんだよ
たった一夜を過ごしただけで、こうも親密になっていたことが悔しかった。
――ふ……ふざけんなよ……
怒りと悔しさに猫の体を震わせていると、唸るリアクターエンジンとともに、茂みからライドマシンが飛び出してきた。
「トオル、無事かっ?」
マシンをドリフトさせ、両者の間に割って入る保子莉。きっと再生体の前で跪いているトオルを見て、怪我を負ったものと勘違いしたのだろう。
「その耳……貴様は、あの時の猫か?」
歪な形の猫耳を見て身構える再生体に、保子莉も巨漢の男に吼えた。
「覚えておるなら話は早い! 今すぐ深月を放せっ! さもなくば力付くでおぬしを倒すことになるぞっ!」
爪を立てて宣戦布告をする猫娘。だが深月が擁護するように再生体の首にしがみついた。
「何で……どうしてなの? なぜ、みんなして、この人を悪者扱いするの? この人のどこがいけないの?」
なぜ自分を攫ったやつのことを庇うのか、トオルは理解に苦しんだ。
「どうしてって……一里塚さんは知らないだろうけど、そいつはバケモノなんだよ」
「バケモノ? そう……敷常くんも村の人たちと同じ考え方をする人だったんだ」
理解を得られず、悄然とする深月。その黒く大きな瞳にトオルの姿は映っていなかった。
「ち、違うっ! 違うんだ、一里塚さんっ! これには色々と複雑な事情があってっ!」
必死になって誤解を解こうとするものの、深月は顔を背けたまま見向きもしなかった。その様子に保子莉は場の空気を感じ取り「なるほど」と頷いた。
「深月よ。再生体に対するおぬしの想い……本物なのか?」
すると深月は猫の瞳を見つめ、小さく頷いた。その揺るぎない意思表示に、保子莉は女の勘と呼ぶべき直感で全てを悟った。
「そう言うことじゃったか……。良かろう。ならば、わらわたちも再生体には手を出さん」
信じられないほど簡単に引き下がる保子莉に、トオルは反論の意を唱えた。
「保子莉さんっ! 一里塚さんは、再生体のことを何も知らないんだよ! それなのに二人の仲を認めていいのかよっ!」
「見惚れた当人同士が決めたことじゃ。他人がどうこう口を挟むことではなかろう」
「そんな……」
保子莉の後押しも無くなり、ガックリと項垂れるトオル。そして同意を求めるように長二郎やクレアを見れば……二人とも保子莉同様に頷いていた。
「トオル。こればっかりは仕方ねぇよ」
肩を竦めて同情する長二郎。すると今度はクレアが言う。
「トオルさまぁ。お気持ちは痛いほど分かりますけどぉ、ここはひとつぅ、二人の幸せを祝福してあげるべきかとぉ」
「つまり……僕に諦めろと……。そんなことが……そんなことできるかよ……」
胸を焦がす醜い激情。トオルはその感情を抑制出来ず、ついには……
――こうなったら一里塚さんにどう思われようが、再生体から奪い取るまでだっ!
『略奪愛』
そんな道理のねじ曲がったことを、まさか自分がするハメになるとは。トオルは感情をむき出しにして再生体を睨み上げると、片膝を持ち上げた。
――奪ってやる。こいつから一里塚さんを奪い取って、全てをメチャクチャにしてやるっ!
破滅を望む衝動を抑えきれず、憎しみを露わにしていると
「トオルよ。まさか……邪な考えを抱いておるのではあるまいな?」
保子莉に睨まれ、開き直るトオル。
「あぁ、そうさっ! そうすることのどこが悪いっ!」
刹那。パァンッ! と、保子莉の平手打ちが頬に炸裂した。
「ほ、保子莉さ……ん」
殴られた頬に手を当てて、放心していると
「良いかげんにせい、トオル! この後に及んで嫉妬とは見苦しいぞっ!」
そんなことを言われなくても分かっていた。……なのに、自分でもどうしょうもないほど感情がコントロールできないのだ。
「くそ……。くそっ! くそっ! くそっ!」
トオルは周囲の視線を顧みず、何度も何度も地面に拳を打ち付けた。
「ちくしょうっ! ちくしょうっ! ちくしょぉぉぉぉぉぉおっ!」
繰り返す大地への八つ当たり。その姿に誰も声を掛けることができずにいると……パチパチと拍手が辺りに鳴り響いた。
「いやぁ、実に面白い激情ぷりだね」
聞き慣れぬ幼声。その欣快とも思える言葉がトオルの勘に触った。
――面白いだって? 誰だ、そんなふざけたことを言う奴は!
怒り任せに顔を上げて、声の主を探し求めていると
「キミの後ろだよ」
言われて振り返れば、糸目をした白衣男と栗色の髪をした小さな子供が巨木の陰から姿を現した。
――子供? 今、喋ったのは、この子供か?
「そうだよ。ちなみに言っておくけれど、こう見えてもボクは203歳だ」
自己申告の年齢とは掛け離れた容姿。トオルが知る限り、その存在は宇宙広しと言えども数が限られている。
「まさか……クレハ星人?」
「ご名答」と手を叩く子供に、トオルは同種族であるクレアや、ジャゲを捕らえているエテルカを見やった。
――そうなると、隣の白衣男の代弁者なのか?
ディアとエテルカの関係がそうであるように、白衣男とクレハ星人の関係も同じものだと解釈した。が、しかし……
「残念だけど、その逆だよ」
「逆?」
「そうだよ。主従関係で言うならば、ボクがこの男の主だ。もっとも、この者はただのダミーに過ぎないのだけれどもね」
見知らぬクレハ星人の言っていることが理解できずにいると、クレアが説明を重ねる。
「どうやらぁ白衣男さんのほうはぁ、知性を持ち合わせていない有機生命体のようですよぉ」
「そう言うこと」
クレハ星人がパチンと指を鳴らすと、白衣男の体が衣類と共に軟体化し、大きなゼリー状の塊へと変化した。
「これはボクが作り出した有機生命体のスライマー。ご覧の通り、ボクはこの容姿だろ。だから相手に見下されないように、こうやって大人の格好をさせて連れ歩いているのさ」
すると長二郎が『ネーヴェル』を背中の鞘に収め、刃の折れた『パンツァー』を拾い上げて言う。
「なるほど。利口なやり方だな」
「褒めてくれてありがとう。そう、このスライマーは主張することはできないけれど、外敵の攻撃からボクの身を守ってくれるんだ。このぐらいの用心をしておかないと、宇宙の悪いヤツらにナメられてしまうんだよ。例えば、宇宙ハンターやそこのジャゲナッテ星人とかにね」
「有機生命体を作れるクレハ星人のぉ。確か、噂ではマッドサイエンスなクレハ星人がおると耳にしたことはあるが、おぬしがその者、つまり『リーン・プロット』本人……いや、リーン博士とお見受けして良いのかのぉ?」
「博士の敬称は他者が付けた尾ひれのようなものだから、リーンと呼んでもらって構わないよ」
リーンがスライマーを元の白衣男へと象らせると、長二郎が眉を顰めて保子莉に訊く。
「そんなに凄いのか、このクレハ星人は?」
「凄いかどうかは知らんが、物理学や科学力を魔法のように扱う天才と聞いておる。が、その見てくれの反面、ろくでもない奴だと巷では有名な話じゃ」
するとクレアが首を傾げた。
「でもぉ、そんな人がぁ、何でぇまた地球なんかに来たんですかぁ?」
その疑問に、ジャゲとビヂャに拘束首輪を掛けていた海賊頭首が、おもむろに再生体を指差した。
「……その男を取り戻しにきただけ」
ディアの告げた言葉に、再生体が一歩退き身構えた。
「そう。本来の目的は、それだけのはずだったんだけれど……」
と、リーンの幼い瞳が深月を捉える。
「この星に来て、そちらのお嬢さんにも面識があることを思い出してね」
口元を三日月のようにして笑う子供に、深月が怯えた。
「わ、私はあなたを知らないし、宇宙に行った経験も覚えもないわ」
「そうだろうね。でも、ボクはキミを知っている。昔、キミはボクと会っているんだ。確か、場所もこの辺りだったはずなんだけれど……」
と語り始めるリーン。本人の話によれば約十年前、この地球に訪れたことがあったらしく、その際、山の中で迷っていた幼き深月と遭遇をしたとのことだった。
遭難。
経験豊富な現在の彼女ならば、難無く下山できるだろう。だが当時の幼い彼女にとって自力で下山などできるはずもなく、不安に駆られるまま森の中でわんわん泣き続けていたと言う。
偶然にもその鳴き声を聞きつけ、少女と出会ったリーン。見知らぬお友達との出会いに少女は泣き止み、またリーンも深月の相手をしていたのだそうだが
「リーンちゃん、すごいすごいっ!」
未開惑星の子供のリクエストに、あらゆる能力を披露するリーン。川の流れを塞き止めたり、幼女を浮遊させたりして幼き深月を楽しませたとのことだった。
「わたしもリーンちゃんのような、まほーつかいになりたい!」
憧れの眼差しでマッドサイエンスを見つめる深月。その純粋な願望に、リーンは一時的な保護をかねて駐機場に停泊している宇宙船へと招き入れた。
「魔法使いになれるかどうかは、キミ次第だよ」
念動力と予知能力を与え……同時に惑星保護条約に基づき、深月の記憶を消去し、さらにマーカーインプラントを体内に埋め込んで元の場所に帰したとのことだった。
――それ以来、一里塚さんは身に覚えのない能力に振り回され続けたのか
教師の不倫と自殺……そして村中から『呪われし者』のレッテルを貼られ、生まれ故郷を追われる羽目となってしまっただけに、決して笑いごとでは済まされない。
「おやおや、そんなことがあったんだ。まったく、この未開惑星の原住民は理解に乏しいね」
リーンは白衣男と一緒になって笑っていた。トオルの心を読んだのか、それとも深月自身が抱える過去を読んだのかは定かではない。と、そこに……
「ミヅキの記憶を消しただと? 条約など無視すれば、ミヅキも苦しむこともなかったはずだ」
深月から自分の記憶を抹消された再生体。状況は違えど、記憶喪失による悪影響を蒙っているだけに憤慨の色を露わにしていた。
「貴様のことだ。どうせ何かしらの企てあってのことだろう。包み隠さず本当のことを申せ!」
深月を降ろし、リーンに食ってかかる再生体だったが、突如、両腕を鋭い槍に変化させた白衣男が立ち塞がった。
「企て? そんなの無いよ。ボクは純粋に彼女に能力を与え、コンタクトした事実を消したまでだ。まぁ強いて言うなれば、この未開惑星において、今後の彼女の人生観がどうなるのか興味のあるところではあったけれども……意外とつまらなかったね」
そのリーンの気まぐれに、トオルも怒りを覚えた。
「そんなふざけた理由だけで、一里塚さんの人生をメチャクチャにしたのかよ!」
「ふざけてなんかいないよ。考えてもごらん。科学や物理学と違って、生を受け継いだ生命体の一生は、どれひとつ同じ人生を辿らないだろう。それだけに『生物語』としては最高のエンターテイメントだと、ボクは考えているだけだよ」
そしてリーンはクスクス笑ってトオルを見る。
「もっとも、ボクの関心はキミに移ったけどね」
なぜ、自分なのか。とトオルが怪訝な表情を向けていると
「理由を知りたいかい? キミも、この再生体と呼んでいる頭部分のオリジナルなんだよね。しかも心身ともに弱く、今も好きな異性を奪われて憔悴の域に達している」
心を見透かすクレハ星人の能力に、トオルが言葉を失っていると、今度は保子莉が訊ねる。
「なぜ再生体のオリジナルがトオルだと分かる?」
「みんなが闘っている間に生体スキャンさせてもらったからね」
と白衣男を指すリーン。どうやら有機生命体の目を通して自分たちを観察していたらしい。
「同じ遺伝子を持ちながらにして、こうも性格が異なるのだから、これほど面白いものはないよね。再生体はトオル(キミ)との死闘に敗れ、宇宙を漂い、ボクの救済の手によってダストホールから生還した。きっと強い意志が、このように導いたのかもしれない。ところがトオル(キミ)はどうだい? その意思の弱さ。それが今、こうした結果を自ずと招いている」
リーンの高慢な態度に、トオルは苛立ちを覚えた。
「何が言いたいんだ」
「特に何もないよ。ただボクとしては純粋に、今後のキミの人生という『生物語』が見たいだけだよ」
――そんなふざけた理由だけで、人を見下すのか
子供らしからぬ笑みを浮かべるクレハ星人。それは悪霊でも憑依したかのように不気味なものだった。すると不意に長二郎が矢面に立った。
「リーン。いい加減、その辺でやめておけよ。もしそれ以上、トオルを追い詰めるような真似すっと、俺が黙ってねぇぞ」
「それは悪かった。でもキミのような優しすぎる友人は、きっと彼をダメにすると思うよ」
リーンの悟す言葉に、長二郎は反論の意を唱えることができないでいた。
――もしかして僕は長二郎に守られて生きてきたのか
意思が弱く、周りに流され続け……そして今もこうして長二郎にかばわれてるだけに、歯噛みすることしかできなかった。
「さて、キミたちとのお喋りは終わりにして……」
とリーンが深月に視線を向ける。
「キミはどうする? 幼き頃に夢抱いた魔法を解いてあげることができるけど?」
すると深月はその申し出を迷うことなく断った。
「今頃になって戻されても、過去は戻りません。しかも小さい頃の私が望んだこと。だから……だから、この力はこの人と共に歩んでいくために使います」
現状を受け入れ、前向きに将来を見据える深月の言葉が、トオルの胸を貫きえぐった。
「良い心掛けだね。じゃあ、そのままということにしよう。それと、ついでと言っては何だけれど、彼の首輪も取ってあげよう」
そう言ってリーンが指を弾くと、再生体に装着されていた首輪が二つに割れた。
「これで再生体の抑制と拘束は解かれた。これからどう生きていくかは、キミの自由だ」
「それは誠か?」
疑う再生体に、リーンが冷笑する。
「もうキミへの興味が失せたからね。安心していいよ」
すると再生体は相好を崩し、深月の肩を抱き寄せた。喜びを分かち合う二人。他者からすれば、それは感動的なシーンとして目に映ることだろう。だがトオルにとって、それはとても直視できるものではなかった。
――もう、勝手にしろよ!
居たたまれなくなったトオルは、祝福の声を掛けることもなく、逃げだすようにしてその場を離れた。
――さよなら……一里塚さん……
トオルは深月への未練を巡らせながら、脱ぎ捨てた服を抱えた。
――ここはもう僕の居るべき場所じゃない
カーゴパンツのポケットに入れておいた飴玉の包み紙を口にし、おぼつかない足取りでもって海岸へと向かう。澄み切った空と蒼い海。潮の香りと息吹を織りなす波の音。目にするもの全てが輝きを放っていた。だが淀んだ心が夏の風景を曇らせ、何もかもが灰色に見えてしまう。そんな景色を目に入れまいと、トオルは浜辺に座り込み、両膝に顔を埋めた。
――ちくしょう……
入学式から今日まで見てきた深月。その思い出が走馬灯のように脳裏を過ぎり……同時にそれは儚い幻となって霧散していく。
――どうしてこんな風になっちゃったんだろう
とそこへ、砂浜を踏みしめる音とともに誰かが隣に座った。
――クレア?
慰めにきたのだろうか。しかしそれでも顔を上げないでいると、不意に保子莉の声が耳に触れた。
「トオルよ。おぬしの変幻が解け次第、家に帰るぞ」
その声はいつになく沈んでいた。保子莉のことである。たぶんトオルを呼びにいくという嫌な役目を買って出たに違いない。累を及ぼしていることを感じつつも、トオルは無言で同意を決め込んだ。
「それまで、わらわたちが帰り支度を整えておく」
情けも同情なく、素っ気ない言葉。せめてこの哀しみを共感してもらい、慰めてもらいたかった。
「……保子莉さん。どうして一里塚さんは、再生体を選んだんだろう?」
同性としての見解が知りたかった。そして自身に落ち度がなかったことを認めてもらいたかった。だが一向に返事が返ってこない。
「保子莉さん?」
顔を上げて隣を見やれば、翡翠色の瞳と合い重なった。
「それを知って、どうするのじゃ? そもそも、わらわは深月ではないから知らんぞ」
笑うこともなく、こともなげに言い放つ猫娘に、トオルは声を失った。
「おぬしが何を知りたいか、分からん。じゃが、強いて言うなれば、おぬし自身にも問題があったのじゃろう」
「僕に問題?」
彼女の言うところに、まったく心当たりがなかった。
「そうじゃ。今日まで時間があったにもかかわらず、深月に対し、何のアプローチを示してこなかったのではないのか?」
傷心に踏み込む厳しい意見だった。確かに再生体よりも身近にいた。それにも関わらず、自分から何をするでもなく何を求めるでもないまま、深月の些細なリアクションに一喜一憂するだけの毎日を過ごしていたのだ。
――そうだよな……。そんな単純な男に、一里塚さんが靡くはずがないよな
「その点、再生体は深月に対し、何かしらの想いを一夜にして伝えたのじゃろう。形はどうあれ、遠い宇宙から深月を求め、この地球に戻って来たくらいじゃからな、相当、強い想いと覚悟があったに違いない」
「…………」
「覚悟がある者と無い者の差は歴然じゃ」
――そんなこと……言われなくったって、分かってるよ
だが認めたくはなかった。その対極的な理由に言葉を返さないでいると、保子莉が無慈悲に言い放つ。
「おぬしのためにハッキリ言っておく。おぬしは再生体の強い想いに負けたのじゃ」
けんもほろろに言われて押し黙るトオル。すると保子莉は憤懣したまま立ち上がり、お尻に付いた砂を手で払った。
「ヤツが憎いか? それともわらわに言われっ放しで悔しいか?」
そのどちらもだった。無遠慮に言い当てられ、トオルは答えることなく塞ぎ込むだけだった。
「それすらも声にできんのか。わらわかて、こんなことは言いたくないのじゃ。じゃが、今の落ち込んでいるおぬしを見ていると、腹立たしくさえ思えてくる」
同情してもらうつもりが、叱責されてしまい、自身の愚かさが悔しかった。
「すまぬ、ちょっと言い過ぎた。ただ、これだけは覚えておいてくれ。女は待つことはできても、待たされることはできん生き物なのじゃ」
言っていることの意味が理解できず……保子莉のほうを見上げれば、彼女はキャンプ場へと踵を返していた。トオルは呼び止めることもできず……ただただ、その背中を目で追うだけだった。
二時間後……。
トオルは地元行きの列車に乗っていた。保子莉の座るボックスシートの対面にはクレアとミオが座り、通路を挟んだボックスシートでは長二郎と幼女エテルカが身を寄り添ってイチャついていた。
「ところでエテルカよ。余計なことかもしれんが、ディアをひとりにして良いのか?」
「お気遣いなく。私がいなくともギンツォがおりますから、貴女の心配には及びません」
と言いつつも一抹の不安を抱え、端末機で確認する幼女。
「あっ、エテルカです。ディアさまの様子はどうですか? ……はぁ、そうですか。分かりました。用が済み次第、私も船に戻りますので、ジャゲ共々よろしくお願いします」
通信を終え、ため息を漏らす幼女に、保子莉が問う。
「浮かぬ顔をしておるようじゃが、どうかしたのか?」
「ディアさまが何も喋らなくって、ギンツォが困っているそうです」
「何をいまさら。元々、無口な性分なのじゃから、大して変わらんじゃろうて」
そう言って、今度はクレアに向き直った。
「それよりも心配なのは九斗のほうじゃ。まさかリーンが後見人じゃったとはのぉ」
九斗をクレアに預けた依頼主リーン。再生体の後を追い、深月との思いがけない再会。そして九斗との繋がり。その連なる関連性は、とても偶然の一致では片付けられず、むしろ意図的に仕組まれたこととさえ思えてきてならない。と、そんな考えを保子莉が口にすると、クレアがミオにお菓子を与えながら答えた。
「さぁ、どうでしょう? リーンさんから当社への依頼期間はぁ、一週間ほどとのことでしたしぃ、偶然を装うようなことはぁないと思いますですよぉ」
「一週間のぉ……。ちなみにその依頼内容は?」
「実は私も知らないんですよぉ。ただぁ上司からぁ、有給休暇を許可してやるからぁ、顧客から預かった子供の面倒をみてくれないかってぇ、頼まれただけですからぁ」
「つまり休暇と引き換えに、九斗を引き受けたと」
腕組みをしてジト目を晒す保子莉に、クレアが言い返す。
「雇われ者にとってはぁ、そうでもしないとぉ休みなんかもらえませんですよぉ」
「有能がゆえに、休みもままならないとはのぉ……まるでこの国で言うところのブラック企業じゃのぉ。それでリーンと九斗の間柄くらいは知っておるのじゃろ?」
「何ひとつ教えてもらってませんですよぉ」
素っ気なく答えるクレアに、保子莉が眉をひそめた。
「ならば、リーンの思考を読み取って、内情くらいは把握しておるのじゃろうな?」
「残念ながらぁ、それも無理でしたですよぉ。まるで読み手側を混乱させるような思考しかぁ読み取れませんでしたよぉ」
「例えば?」
「次世代銀河の偶発とぉ美味しい食物連鎖の作り方などぉ、読み取る側には理解ができないことばかりでしたよぉ」
「本心を読み取られないためのダミー思考かのぉ。じゃあ、九斗のほうはどうじゃった? 何かしらの思考を読み取ることはできたのじゃろ?」
「それもぉできませんでしたよぉ」
「どういうことじゃ?」
「深月さんと同じようにぃ封印されているみたいな感じでしたからぁ」
「ますますもって、怪しいヤツじゃのぉ」
そう呟いて疑念を膨らます保子莉。何しろリーンは再生体から血清製剤を受け取るや否や、まだ回復の兆しもみえていない内から九斗を抱え、トキンの宇宙船に乗って早々に地球を去っていってしまったのだ。
「まったくもって、何を考えているのか分からんのぉ……」
するとミオがグミを口に含んだまま会話に加わってきた。
「ねぇねぇ、クレアちゃん。また、きゅうとくんにあえるよね?」
「もちろんですよぉ。ミオくんが良い子にしていればぁ、きっと会えますですよぉ」
「じゃあ、ぼく、ずーといい子にして、きゅうとくんとあう!」
幼き瞳を輝かせ、九斗との再会を楽しみするミオだった。
一方、トオルは……みんなから距離を置くように横長シートに座り、車窓から見える大海原を漠然と眺めていた。
――どうして、こんなことになってしまったんだろう
駅まで見送りに来ていた深月と再生体。その仲睦まじい二人の姿を思い出す度に、胸の奥が軋むように痛んだ。それはトオルが思い描いていた恋人同士の理想像だった。
――あのクレハ星人が再生体をダストホールから助けださなければ、こんな結果にはならなかった
クレアたちと同じクレハ星人にも関わらず、人のことを面白半分に見下して笑っていた異なる存在に苛立った。
――あいつとは、二度と会いたくない
同時に自分の将来に対し、何の目標や希望がないことを知る。
――これから何を励みに生きていけばいいんだろうか
こんな切ない気持ちを抱えたまま、今後、新しく好きな人ができるのだろうか。そして将来、結婚できるのだろうか。……と、ひとり途方に暮れ、当てもなく浅慮を巡らせていると、保子莉がトオルを一瞥しながら通路を横切っていった。
――トイレかな?
トオルは保子莉に関心を寄せることなく車窓を眺め続けた。
――どこか遠くへ行きたいなぁ……
残りの夏休みをどうやって過ごそうか。そんなことを漠然と考え始めるトオルだった。





