第五章 悲恋1
「ふむ。そうか。ならば再生体は長二郎たちに任せて、その隙にジャゲを叩きのめして深月を保護しろと、トオルに伝えてくれ」
ミオを抱え、熱にうなされ続けている九斗を見守りながら、保子莉は携帯電話のフリップを閉じた。
「こわいかおして、どうしたの?」
不安そうに見つめてくるミオに、保子莉は笑みを作ってみせた。
「すまんすまん。怯えさせてしまったようじゃな。じゃが、ミオが心配はするようなことではないので、気にせんで良いぞ」
そう言って優しくミオの頭を撫でていると
「猫ちゃん! 猫ちゃん! お友達の子が人質に取られて大変なことになっちゃってるよ!」
テントの入口シートを捲り上げて駆け込んでくるトキンに、ミオが小さな人差し指を口元に立てた。
「しーっ! トキンおねえちゃん、きゅうとくんが、びょうきでねてるんだから、うるさくしちゃダメなんだよ」
「ゴメン、ゴメン。それで猫ちゃん、話の続きなんだけど」
「言わずとも、クレアから聞いておる」
保子莉が携帯電話を見せた途端、トキンがガッカリした。
「なぁんだ、知っちゃったんだ。つまんないのー」
「まったく、その興味本意で落ち着かない性格、何とかならんのか?」
「ならなーい」と腰を下ろすトキンに、あきらめる保子莉。
「まぁ、良いわ。それで長二郎の太刀振る舞いはどうじゃった? エテルカとの再会を果たしたあやつのことじゃ、さぞや凄い活躍を見せておると想像しておるのじゃが?」
「それはもう凄いもんよ」
「ほぉ、それはそれは。……で?」
「えっ? 他に何か言わなきゃならないの?」
「…………」
「…………」
お互いの眼を見て、意思の疎通を図ろうとする二人だったが……結局、相手の意図をくみ取れず、先に根負けしたのは保子莉のほうだった。
「おぬしに聞いたわらわが、おバカじゃったようじゃ」
「ところでチョーちゃんと、あのエテルカって子はどんな関係なの?」
「宇宙空間をまたいだ恋人同士じゃ。まぁ、多少違うかも知れんが、例えて言うなら織姫と彦星と言ったところかのぉ」
「何それ?」
「この地球における民話じゃ」
「ふーん、そうなんだ」と、まったく興味のない顔をして相槌を打つトキンに、ガッカリさせられる保子莉だった。
「あぁ、チョーちゃん狙ってたのになぁ……残念」
「やめとけ、やめとけ。あの男はともかく、エテルカが黙ってはおらんから、素直に借金取りに精を出したほうが身のためじゃぞ」
「ふーん。じゃあ、そうしよ」
と、トキンは熱でうなされている九斗の頭を優しく撫でた。
「それで猫ちゃん。もしかしてチョーちゃんたちのことが気になる?」
「相手が再生体じゃからな。それにトオルのことも心配じゃ」
「なら、私のライドマシン貸してあげっから、行ってくれば?」
トキンの申し出に、一瞬だけ迷う保子莉だったが
「すまぬがトキン。ここで子供たちの面倒を見ていてくれ」
そう言って立ち上がると、靴を履いてテントの出入口のシートを捲り上げた。
「気をつけて、いってらっしゃーい♪」
「いってらっしゃーい♪」
トキンに習って一緒に手を振るミオ。その二人に見送られ、保子莉は耳抜きをしながらライドマシンに飛び乗った。
「妙なことになっておらねば、良いのじゃが……」
そう呟き、猫娘はライドマシンを急速反転させると、トオルたちのいる山へと向かった。
「クッ!」
左頬を掠める『パンツァー』の刃を紙一重でよける猫っ子トオル。相手の懐に入りすぎたとは言え、流石に今の攻撃はヒヤッとした。
――やっぱり、そう簡単にはいかないか
頬に伝う汗を手のひらで拭えば……肉球に血が付着していた。
――切られてる?
痛みを感じないところをみると、皮一枚といったところだろうか。と傷口に触れているところへ、再生体の足蹴りが顔面にブッ飛んできた。咄嗟に両腕でもって防御するものの、小さな体格が災いし、簡単に吹っ飛ばされた。軽すぎる体重。クレアが大人になって闘う理由が、なんとなく分かった気がする。
トオルは空中でバク転し、背後の大岩に四肢をつけて衝撃を相殺する。と、そこへ万能端末を手にして追いかけてきたクレアが言う。
「……だそうですよぉ」
「えっ? 何が?」
再生体ばかりに気を取られていたトオルは、あらためてその声に耳を傾けた。
「だからぁ、お嬢さまがぁ、再生体は長二郎さんに任せてぇ、ジャゲナッテ星人からぁ、深月さんを取り戻せってぇ言ってるんですぅ!」
保子莉からの助言。どうやら電話で状況を説明し、指示をもらったようだ。
――どうする?
無双状態の再生体を放っておいて、戦線離脱というわけにはいかないだろう。
「私がぁ二人の加勢しておきますからぁ、今のうちに早く!」
猫の聴力をもってすれば、ピンポイントで深月の位置を割り出すくらいは容易い。だが、もし自分がこの場を離れ、長二郎たちに怪我や、まして殺されでもしたら後味が悪いどころの騒ぎではない。
「クレア。一里塚さんも大事だけれど、やっぱり長二郎たちを放ってはいけないよ」
苦渋の末の選択に、クレアも呆れ混じりのため息をついた。
「仕方ないですねぇ。ではぁ、微力ながらぁクレアも全力でぇトオルさまを援護いたしますですぅ」
「うん」とトオルは頷き、すぐに長二郎たちの加勢に入った。再生体の連撃。対し、それらをことごとく受け流す長二郎。その親友の肩を足掛かりにジャンプしたエテルカが二丁拳銃を放っていた。
「拙者を倒したいならば、もっと銃の数を増やすべきだな」
エテルカの攻撃をかわし、再生体が『パンツァー』を上空のエテルカに突き出した。
ヴォンッ!
槍のごとく空を突くカマイタチ。だが長二郎がすぐに頭上に飛んだエテルカの足を引っ張り、その攻撃から逃す。
「小癪な真似を!」
舌打ちする再生体の右横にいたトオルは、すぐさま相手の懐に飛び込んで猫爪を伸ばした。
「懲りもせず同じことを!」と、再生体がトオル目掛けて剣を振り上げた。そこへ「させねぇよっ!」と長二郎がネーヴェルでもって剣を抑える。その隙を狙い、トオルが叫んだ。
「クレアッ!」「はいですぅ!」
返事とともに再生体の左脚目掛けてスライディングするクレアに対し、同じタイミングでもってトオルも即座に身を屈め、反対側の膝裏にローキックを蹴り込んだ。いわゆる膝カックンである。怪力自慢のクレハ星人と、その能力を持ち合わせたトオルの足払い。その連携プレイに、さすがの再生体も立ってはいられずバランスを崩して右膝を折った。……が、それでも再生体は片膝をつけたまま長二郎の剣を力押しで跳ね除けた。
――つ、強いっ!
屈強な肉体に加え、強靭な精神力。その圧倒的な強さにトオルはおののいた。
「ミヅキは誰にも渡さんっ!」
吠えながら剣を振るう再生体に、すかさず後方に飛び退いて間合いを取り直す。
――くそっ! 何で倒れないんだよ!
再生体の執念にウンザリしていると
「貴方の方が挫けてどうするんです?」
「そうですよぉ!」
長二郎の脇で銃を構えるエテルカとクレアの二人に、弱気になっていた心を思いっきり読まれてしまった。
「弱音を吐いてんじゃねぞ、トオルッ!」
ヤツに負けんじゃねぇ! と親友までに叱責されてしまった。
――僕は弱くないっ!
自身を奮い立たせ、すぐに次の攻撃に備えた途端、再生体がトオル目掛けてカマイタチを発動させようとしていた。……が、すかさず長二郎がその攻撃を阻止する。
ガチーンッ! と歪むような金属音を残し、退く長二郎。そして……
「そんなにカマイタチを撃ちたいなら、俺に向けて撃ってみろよ」
いつでも受けて立つぜ。とクイクイっと手招く長二郎の挑発に、再生体の額に怒りが浮かんだ。
「ふざけた真似を!」と剣を振り、空を切る再生体。だが風切り音がするだけでカマイタチが発動することはなかった。
「なぜだ? なぜ風技が使えない?」
何度も剣を振る再生体に、長二郎が言う。
「どうした、撃てねぇのか? なら、俺が手本を見せてやろうか」
そう言って、横へと『ネーヴェル』を一振りし、カマイタチでもって木立ちを切り倒した。
「いったい、どういうことだ?」
握りしめた『パンツァー』を確認し、目を見開く再生体。
「刃が、刃が欠けている。まさか……貴様、先ほどの剣撃で……」
睨む再生体に、長二郎がほくそ笑んだ。
「俺としては気が進まなかったんだが、カマイタチは封じさせてもらったぜ」
これにはトオルも驚いた。偶然ではなく意図して相手の剣を傷つけることができるとは。
「たとえ風技が封じられようとも、拙者は負けん!」
と、刃こぼれした剣を握りしめて構えた瞬間。
「逃すかぁん、このアマぁん!」
「……ジャゲ、いい加減弾に当たって」
茂みを掻き分け、転げるように飛び出してきた深月。それに続くようにジャゲと空飛ぶディアが現れた。
「ミヅキッ!」
再生体の意識が深月に向いた瞬間、長二郎が『パンツァー』を弾き飛ばした。
「しまったっ!」
宙を舞う魔剣。そして先端が大岩に刺さると同時に、真ん中からベキンッ! とへし折れた。
――今がチャンス!
頼みの武器を失った相手に、すかさずクレアと共に再生体の両膝を折り、立ち上がる隙も与えずにそれぞれの両脚を押さえつけた。同時に「臨時収入確保」とエテルカが関節技でもって右腕をガッチリ固め、残った左腕を長二郎が踏み押さえた。
「勝負あったな、再生体!」
力自慢の三人と『ネーヴェル』の刃先を喉元に突きつけられたのだ。再生体といえども、もう勝機はない。だがそれでも再生体は抗っていた。
「ミヅキッ! ミヅキーっ!」
死に物狂いで指先を伸ばす再生体。
「てめぇは本当に使えねぇなぁん!」
ジャゲは深月の髪を鷲掴みにして引き寄せると、銃を彼女の後頭部に突きつけた。
――まずいっ! 一里塚さんが殺されるっ!
再生体の片足を両手で取り押さえたままトオルが腰を浮かすと
「おっと、動くんじゃねぇんぞぉん! もっとも、こいつの頭から脳ミソがタレちまっても構わねえってんなら話は別だがなぁん?」
口からヨダレを垂れ流し、狂ったように触手を唸らせるジャゲ。トオルたちとの距離は数十メートル。たとえ猫の身体能力をもってしても、ジャゲを制することはできないだろう。頼みの綱は『ネーヴェル』のカマイタチか、エテルカの射撃。だが盾代わりにされている深月がいるだけに、二人とも手を出せないでいた。
「3つ数えるうちにぃん武器捨てろぉん! さもなきゃ、こいつを殺すんっ!」
「サァン…………ニィーン…………イチィン…………」
ジャゲのカウントダウンに舌打ちしながら武器を放棄する長二郎とエテルカに
――ここまでか……
とトオルも諦め、両手の爪を引っ込めた。





