第四章 死闘!VS再生体!2
「フン♪ フフフーン♪」
生い茂る木々を抜け、大岩を乗り越えて川沿いを登っていくライドマシン。陽気にハンドルを握るトキンの後ろでクレアが道案内をし、トオルは幼女を抱え込むように一番後ろに乗っていた。
「でぇ、この川の先にぃ……」
――この調子なら、簡単に再生体の居場所を突き止められそうだ
順調な道のり。問題は再生体との交渉だけだと考えていた矢先だった。突然、幼女が悲鳴を上げてトキンの背中を叩いた。
「トキンさん! ストップ、ストップするですぅっ!」
「どうしたの? クレア?」
端末を凝視する幼女の頭越しから、トオルが理由を訊ねれば
「再生体がぁ……」
小さなナビゲーターが声を失ったまま口をパクパクさせていると、トキンがライドマシンを停車させた。
「どうやら本人直々のお出ましのようよ」
眼前を見やれば、朝靄の中から巨漢の男が現れた。
――再生体……
昇り始めた陽射しを受け、薄明光線に浮かぶ影に、トオルは固唾を飲んだ。二ヶ月ぶりに対面する自身の分身。それは以前の丸裸とは異なり、首に金属の首輪と着物のような衣類を身に纏い、長い髪を後ろで縛っていた。保子莉の証言ではないが、その出で立ちは明らかに知性を持った者にしか見えなかった。同時にそれを示すように再生体の口から言葉が発せられた。
「耳障りな音がすると思ったが……まさか貴様が来るとはな」
トオルよりも2オクターブほど低い声音で睨む再生体に対し、トオルも同じように睨み返した。面識のある相手であり、ひとりの異性を巡って拳を交えた者同士。それだけに意地でも気迫負けするわけにはいかなかった。
「何しに来た?」
先に問いかけたのは、再生体だった。
「そんなこと決まってるさ。一里塚さんを……」
と言い切らぬ内から、トキンが岩場に降り立ち、再生体に向かってビシッと指を差す。
「決まってるでしょ! 私から奪った血清製剤と、その剣を返してもらうためよ!」
すると再生体は担いでいた『魔剣ヴェルファー』の柄を握りしめた。
「残念だが、それは出来ない相談だ」
「何でよ? それは私がチョーちゃんの借金のカタに押収した物なんだから、返しなさいよ!」
「これはミヅキを守るために必要な物だ。ゆえに返すわけにはいかない。もし、これを取り返したいのならば、力尽くで奪うが良い」
そうすれば拙者も諦めがつく。と抜刀した剣先をトキンに向ける再生体。そのためらいのない眼力に気圧され、トキンの猛りだっていた発奮が一瞬にして削がれた。
「トオルちゃーん、あいつ、どうにかしてよー」
友達感覚で泣きつくトキンは置いといて、とりあえず交渉を試みようと、トオルはクレアを抱き上げてライドマシンから降りた。
「再生体。剣はともかく一里塚さんと解毒剤を返してくれないか?」
「再生体? それは拙者のことか?」
眉をひそめて、トオルに一瞥くれる再生体。自らの名前を知らず、名前を持たない人間としては当然の反応だった。
「そうだ。僕らはお前のことを、そう呼んでいる」
「貴様らに、そう呼ばれていたとはな」
不愉快とばかりに唾棄する再生体。そして……
「ミヅキは返さん。それと残りの薬も全て捨てた」
もちろん剣も返す気はない。と鼻っから突っぱねる回答に、トオルは歯軋りを覚えた。
――全て拒否するのか
同時に連れ添う幼女が囁いた。
「トオルさまぁ、血清製剤はぁまだ再生体が持っているみたいですよぉ」
いつものように相手の心を読み取る幼女。クレハ星人の能力の前では、隠し事が通用しないことを再生体はすぐに理解したようだった。
「お前のように、心の読める者を拙者は知っている」
再生体に睨まれ、クレアはそそくさとトオルの背中に隠れた。
「お前もあいつと同じ仲間なのか?」
――あいつ? あいつとはいったい誰のことなんだ?
同じ種族のクレハ星人のことを言っているのだろうか。
「もし、あいつと同じ仲間ならば、お前も信用に値せん」
クレアを敵視する再生体に、トオルは目線を下げて幼女に囁いた。
「どう言うことかな?」
「たぶんですけどぉ、再生体はぁ他のクレハ星人とのぉ関わりを持っているみたいですよぉ」
そうなると再生体の言うところのクレハ星人とは、別の個体なのだろうか。
「エテルカかな?」
「再生体が抱いている印象からしてぇ、違うと思いますですよぉ」
断言する幼女に、トオルは以前、保子莉から聞いた話を思い出した。
――そう言えば、クレハ星人は出産時に三人以上の子供を産むとか言ってたっけ
鼠算のような出生率を考えれば、再生体が他のクレハ星人と関わりを持っていても何ら不思議ではなかった。いずれにしてもクレアを嫌忌していることは違いないようだが……だからと言って、ここで交渉を諦めて、おめおめとキャンプ場へ引き返すわけにもいかないのだ。
――なんとかして説得しなきゃ
引くにも引けない状況に、トオルはありのままを再生体に伝えることにした。
「こっちにも毒で死にかけている子供がいるんだ。だから残っている解毒剤を分けて欲しい」
下手に出て同情を誘うトオルの懇願に、再生体は考えを巡らせ
「良かろう。その代わり、貴様たちに聞きたいことがある」
唐突な駆け引きに、トオルは身構えた。
「なぜミヅキから拙者の記憶を消した?」
「記憶?」
不意に紡がれた再生体の言葉に、トオルが戸惑いを見せていると
「忘れたとは言わせんぞ。貴様と闘ったあの日の記憶がミヅキから消されているのだ」
どうやら二ヶ月前に闘ったことを言っているらしい。推測だが再生体は深月と話をし、彼女に当時の記憶が残っていないことを知ったのだろう。しかし、それは告白したトオルも同じだった。
「ちょっと待ってくれ! 一里塚さんから記憶が消されているのは、僕も一緒だ!」
だが再生体は鼻であしらうようにトオルの訴えを退けた。
「一緒だと? ミヅキの中の貴様の存在は生きたまま。それに比べ、拙者は存在自体が無いのだ。これがどれほど辛いことか、貴様には分かるまい」
悔しげにギリリと奥歯を噛み締める相手に、トオルは返す言葉が見つからなかった。
「もう一度訊く。なぜ拙者だけの記憶が無いのだ?」
突きつける問いに、トオルは返答に戸惑った。事の詳細を最初から教えるにしても、果たして信じてもらえるかどうか。しかも解釈ひとつ間違えれば、再生体の機嫌をも左右しかねないのだ。
――場合によっては、自分がフラれた話まで聞いてくれればいいんだけど……
すると背後でリアクターエンジンが唸った。
「なんだか話が長くなりそうだし、とりあえず猫ちゃんに報告してくるねー」
振り返れば、トキンがライドマシンを元来た方へと反転させていた。
「いや、ちょっと待って! トキンさん!」
「ちゃんと戻ってくるから大丈夫よー」
そうではない。今、ライドマシンを失うと逃走手段が無くなってしまうのだ。だがトキンにとって、そんなことは知ったことではなく
「じゃあ、また後でねぇー」と、手を振りながら川を下っていってしまった。
――そんな……
トキンの独断行動に、トオルがクレアと目を合わせて項垂れていると……まだ終わってはいない。と再生体が話を続ける。
「誰の手によって、ミヅキから記憶を消した?」
「そ、それは……」
正直に保子莉の名を口にしようとした途端、幼女がトオルのカーゴパンツの裾を引っ張った。
「私怨を抱いている以上ぉ、迂闊にお嬢さまのぉ名前を出してはダメですぅ」
「なぜ?」と幼女の口元に耳を寄せれば……
「再生体から不穏な殺気を感じますですぅ。場合によってはぁ、お嬢さまのぉ身が危うくなりますですよぉ」
見れば再生体の表情が険しいものとなっていた。もしこの場で全ての事情を聞き入れることなく、保子莉の仕業と知ったらどうなるだろうか。もしかしたら『魔剣ヴェルファー』を握りしめて麓のキャンプ場へと走り出すかもしれない。再生体の足の速さはトオルも良く知っているだけに、迂闊なことは言えなかった。
「答えられないのか?」
繰り返す再生体の問いに、トオルは意を決した。
「わかった、全て話すよ。だから、その剣を収めてくれないか。そうじゃないと、こっちとしても落ち着かない」
一瞬だけ相手の表情に迷いが生じた。が、すぐに「良いだろう」と『魔剣ヴェルファー』を鞘に収める再生体。これでようやく交渉ができそうだ。残る問題は、どうやって真実を誤解なく再生体に伝えるかだった。
「そのことでしたらばぁ、私にぃ、お任せくださいなぁ」
ペッタンこな胸を反って自信満々で言うクレア。どうやら妙案があるらしく、この場は幼女に託すことにした。
――保子莉さんが故意にやったんじゃないと伝われば、いいんだけど
苔むした岩場に腰を下ろして胡座を組む再生体。どうやら納得のいく回答を望んでいるようだった。
「それでクレア、どうするの?」
と幼女に囁くと
「口頭では誤解が生じますのでぇ、トオルさまのぉ記憶を、そのまんまぁ再生体に伝えますですよぉ」
名案だった。それならば誤解を招くこともなく相手に伝わるはずであり、解釈の度合いは再生体次第となるだろう。いずれにしても交渉を始めるための第一歩としてはまずまずだろう。が、しかし……
「見つけたちゃんよっ!」
空に響き渡る甲高い声に、頭上を見上げれば、一匹の地球外生命体が宙を飛んでいた。
ビヂャヴゥロォ星人。
タルタル星で智花を浚った宇宙人の片割れ。その二対の翅を背中に生やした小人の姿を、トオルは忘れるはずがなかった。
「ダンナ、ダンナー! ヤツを見つけたちゃんよ!」
ビヂャが木陰に向かって声を張り上げると、斜面上の崖の茂みからジャゲナッテ星人が現れた。
「俺様はぁん、お前のように空を飛べないんだからぁん、少しはこっちの身になって移動しろぉん! ……って、ん?」
ジャゲはトオルの存在に気付くと、ヤツメウナギのような口端を持ち上げた。
「おやぁん。誰かと思えばぁ、のじゃ猫の相方じゃんよぉん。その後はどうなんだぁん? のじゃ猫の妹は元気しているかぁん?」
再生体ひとりでも手に負えないところへもってして、仲間の宇宙人の登場。その最悪なタイミングにトオルが困惑していていると、再生体がゆらりと腰を上げ、トオルたちを睨んだ。
「貴様ら……グルだったのか」
確か、再生体はジャゲたちと一緒に地球に来たはず。それなのに、なぜ自分がジャゲたちの仲間扱いされているのか、まったく分からなかった。
「勘違いするな、再生体! 僕らはそいつらの仲間じゃない!」
「そうですよぉ! むしろ敵なんですからぁ!」
二人の説得に再生体が真偽を見出せないでいると、ジャゲが口から触手を出してほくそ笑んだ。
「ウヨヨヨ~ン! お前ら、そりゃないぜぇん。タルタル星で生死を共にした仲じゃねぇかぁんよぉん!」
人の心を悪戯に惑わすのが上手い宇宙人だった。だが愚直の上に事情を知らない再生体にとって、それは揺るぎない確信とへ向かわせるには充分だった。
「なるほど……この者たちの仲間ならば、なおのこと薬は譲れん!」
「違う! 本当に仲間じゃないんだ! 信じてくれっ!」
「……本当に仲間ではないのか?」
『魔剣ヴェルファー』に手をかける再生体に尻込むトオルだったが、それでも相手の眼を見て頷いた。
「子供の命がかかっている以上、嘘などつくもんか」
頼むから信じてくれ。と懇願するトオルに、再生体は思慮を巡らした後、納得の表情を見せた。
「良いだろう。貴様の言葉を信じよう」
その返答にトオルがホッと胸を撫で下ろした途端、ジャゲが面白くなさそうに舌打ちした。
「つまんねぇ連中だなぁん。仲間割れしねぇとぉん盛り上がんねぇじゃんよぉん」
「貴様、またもや拙者を弄んだのか!」
と再生体が剣を抜いて、崖上のジャゲに刃先を向ける。
「おやおやーん。逆らうつもりなのはいいがぁん、このメスがどうなってもいいのかぁん?」
そう言ってジャゲは茂みの奥からひとりの人間を引っ張り出すと、見えるように崖っ淵に突き出した。
「一里塚さん!」
「ミヅキっ!」
「深月さん!」
三人の声に「ごめん」と項垂れる深月に、トオルと再生体がジャゲを睨みつけた。
「貴様ぁ……」
怒る二人を前にして、ジャゲは動じることなく深月のこめかみに銃口を押し当てた。
「おっと、動くなよぉん。俺様の指がちょっとでも力を込めたらぁん、このメスの頭が焼かれることになるぜぇん」
勝ち誇るジャゲに、再生体は振り上げていた剣を下ろした。
「分かった。武器を捨てよう。だからミヅキを解放しろ」
言って、潔く剣を破棄する再生体。だが、それはジャゲの思うところではなかったようだ。
「おいおぃん、誰がそんなことしろって言っただぁん? 寝言も大概にしろよぉん」
つまり剣を捨てるな……そう言うことなのだろうか。
――いったい何をさせたいんだ
ジャゲの意図を汲み取れず、トオルが不審に思っていると、クレアが小声で補足する。
「どうやらジャゲナッテ星人はぁ、再生体にトオルさまをぉ襲わせる気ですよぉ」
「な、なな、何で?」
「きっとですけどぉ、タルタル星の時のことを根に持っているみたいかとぉ」
――逆恨みも、いいとこじゃないか
するとジャゲはトオルを指差し、再生体に命令した。
「このメスの命が助けたければぁん、お前の手でぇん、そいつらをブッ殺せぇん」
「ふ、ふざけんなっ! 何で僕が殺されなきゃならないんだ!」
「そうちゃん! 何も殺すことはないちゃん! 純人間ならオスでも、そこそこの値段で売れるちゃんよ!」
頭上を舞うビヂャに、トオルは声を荒げて言い放った。
「売り買いの問題じゃないっ!」
「下等種族のくせに生意気言ってんじゃないちゃん!」
「ゴチャゴチャとおん、うっせぇぇぞぉん! それでぇん、やるのかやらねぇのかぁんハッキリしろぉんっ! 俺様はじれったいのがぁん一番嫌いなんじゃんよぉん!」
煽りたてるジャゲに、再生体は意を決し
「良いだろう。貴様の望み通りこの男を亡き者にしよう」
『魔剣ヴェルファー』を拾い上げ、ギラリと光る剣先をトオルに向けた。
「ミヅキを救うためだ。悪く思うなよ」
ジリっとにじり寄る再生体に、トオルも睨み合ったまま後ずさる。
――本気で僕を殺すつもりなのか
相手の殺気立った眼光に、トオルが身構えていると
「そんなことぉ、このクレアがぁさせませんですぅ!」
言うや否やクレアはパーカーを脱ぎ捨て、大人へとフォームチェンジした。
「き、貴様はあの時の女!」
「呉羽先生っ?」
「トオルさまを殺すなんてぇ、絶対にさせませんですぅ!」
漆黒に染まったボディウェアに輝くレッドライン。戦闘モードで身構えるクレアに、深月も声を張り上げた。
「そうよっ! 敷常くんを殺しちゃダメよ! そんなことをすれば、私はあなたのことを一生恨むし、あなたも一生悔やむことになるわよ!」
「しかしミヅキ! この男を殺さなければ、お前が殺される!」
それでも深月はなり振り構わず叫び続ける。
「あなた、夕べ私に言ったよね! どんなことをしても私を守るって! あれは嘘だったの? そんなことをして助けられても、私、ちっとも嬉しくないよ!」
――何なんだ、この二人の親密度は?
まさか再生体を信頼しているのか。と二人の関係を疑っていると
「トオルさまぁ、再生体は私が足止めしておきますからぁ、今の内にぃ逃げてくださいなぁ」
「でも一里塚さんが」
「再生体がぁトオルさまを殺さない限りぃ深月さんも殺されませんですよぉ。それに……」
「それに?」
「ジャゲナッテ星人の最終目的はぁ、お嬢さまですぅ」
――だとすれば、保子莉さんが危ない!
何の事情も知らずに九斗を看病している保子莉。もし今、闇討ち同然に強襲でもされれば、いくら保子莉でもただで済むはずがない。見れば、再生体も深月の説得に戸惑い、二の足を踏んでいる。
――ここは一旦引いて、このことを保子莉さんに知らせないと
「分かったよ、クレア。でも、もし危なくなったら無理しないで逃げるんだよ!」
「了解ですぅ!」
クレアの返事を聞き届けるや否や、トオルは下流に向かって走り出した。が、すぐに再生体に気付かれ
「そこをどけ! 女っ!」
再生体は大岩を蹴ってクレアを跳ね除けると、トオルの背中目掛けて『魔剣ヴェルファー』を振り上げた。
――ヤバいっ!
トオルは反射的に頭を覆い、振り下ろされる魔剣に恐怖した。





